微妙な心持ち
すっきりしない気持ちを抱えつつ、再度副長室へ向かう。その途中、離れに渡ったところで背中に「ああ、斎藤先生」とやわらかい大坂弁で呼びかけられ、斎藤はゆるりと足を止めた。
「山崎さん。お疲れ様です」
振り返れば、濃茶の着物袴を身に着けた監察の山崎烝が、同じく渡り廊下を歩いてきたところだった。今日も変装はしておらず、頭も総髪に結わえ上げて武士らしく落ち着いた格好をしている。
「お疲れ様です。先生も、副長室へ向かわれるんですよね? ちょうど良かった。ご一緒しても構いませんか」
隣に並び、穏やかに瞳を和ませた山崎に、斎藤は一つ瞬きを返した。
「私は構いませんが……逆に、そちらこそ問題ないのですか?」
副長の元に上がる監察方の報告を、斎藤まで一緒に聞くことになる――という状況への疑問に、思わず首を傾ける。
が、山崎は「むしろ、ありがたいですね」と目尻に浮かぶ小さなしわを深くした。
「ちょうど、前に斎藤先生からもお願いされてた『調査』の報告ですから」
返ってきた答えに、斎藤は一瞬ばかり何のことかと目を細めかけて、
「……ああ」
愁介についての調査報告だ、とすぐに思い至った。
――三月ほど前。会津から新選組に助力に来ていた、柴司が腹を切って間もなかった頃。愁介が、葛について何か知っているらしい、と斎藤が初めて明確に察した頃。確かに斎藤は、近くに居合わせた山崎に、愁介の調査を密やかに頼んでいた。
忘れていた、とは言わないが、会津侯の落胤を名乗る相手の調査だ。通常の任務の合間に調べるとなれば、それなりの時がかかることは当然覚悟していたのだが、むしろ三月で報告が上がってくるのは、早く感じるくらいだった。
さすが、と言って差し支えない仕事ぶりに、斎藤は薄く口の端を上げる。
「助かります」
「こちらこそ。報告が二度手間にならんで助かりました。っていう言い方したら、ズボラみたいで良くないですかね?」
茶目っ気を含ませて笑う山崎に促され、改めて並んで副長室へ向かう。
そうして声をかけて部屋に足を踏み入れれば、見慣れたとは言い難い組み合わせに、土方も少し驚いた様子だった。丸くなった切れ長の瞳に、斎藤がまず河上彦斎討伐について愁介の助力を受ける旨を告げれば、沖田が想定した通り、その目は普段以上に据わって剣呑な色を滲ませる。
しかし今日は隣に山崎の存在があるお陰か、土方は一応のところ落ち着きを崩さず、「で? 山崎はどうした」と苦いへの字口から先を促す言葉を投げかけた。
「私は、命を受けておりました、松平殿の件についてご報告に上がりました。時がかかってしまい、申し訳ありませんが」
山崎が丁寧に畳に手をつき、文机の前であぐらをかいている土方へ頭を下げる。
と、土方は「ああ、それか」と頷くようにあごを引きかけて、それからピタリと動きを止めた。
「……んあ? まさか斎藤も同じことを頼んでたのか」
その辺りの報告は受けていなかったらしい土方が、しかし状況から即座に察して、斎藤に訝るような目を向ける。
「ええ、まあ」と首肯を返せば、土方の目にあった剣呑な色が薄れ、再び驚いたような、一種のあどけなさみたいなものが滲んだ。かと思えば、次いですぐ、酷薄めいた苦笑いを整った顔に浮かべて見せる。
「お前ら、最近は割と仲がいいようにも見えたが?」
「普段会話を交わすことと、内心で信用が置けるか否かは、全くの別問題ですので」
簡潔な土方の問いに、斎藤は軽く肩をすくめて答えた。
土方は何故か機嫌を直した様子で、いからせていた肩を下ろした。そうして愉快げにハ、と唇で弧を描く。
「やっぱりお前は俺に似てやがる」
どう反応して良いものか迷う言葉に、斎藤はいったん口をつぐんだ。
けれど隣から、ふ、とささやかに笑う声が聞こえ、わずかに片眉を上げてしまう。
――山崎は大坂者としてひょうきんな一面を持つものの、普段あまり余計なことは言わない性質だ。だからこそ、ある意味で素直なその反応は肯定に他ならず。斎藤はやはり、これをどのように受け取っていいものか図りかねて、沈黙するしかできなかった。




