仲介役
「相談って、オレで役に立てる話?」
「役にというよりは……あなたでなければ確実に面倒になる話、ですね」
ありていに答えれば、「ふは」と気の抜けたような笑い声が返ってきた。
「永倉さんと一緒にいた斎藤から、オレ相手じゃなきゃ面倒になる相談話……とくれば、永倉さんが会津に何か訴えたいとかそういう類の話かな?」
「お察しの通りです」
隣を見下ろすと、苦笑の視線で見上げられる。愁介の長い髪が肩に流れ、着物に擦れたそれがさらりと風を吹かせたような音を立てた。
白の着物に流れる濡れ羽がいやに艶やかで、艶やかだからこそ血濡れの刀のような輝きにも見え、斎藤は目を細めた。
「えーっと、永倉さんってことは……前に怒ってた近藤局長さんの件だったりする?」
「ええ。いくら言っても改善されないので、殿に建白書を差し上げたいと」
「おっと……建白書ときたか」
これには愁介も驚いたのか、落ち着いていた声がわずかに上ずった。
「永倉さん、思い切るね」
「思い切りが良すぎて私には留め立てできませんでした。永倉さんは腹を切る覚悟です」
打ち明ければ、愁介は噛み切れないものを放り込まれたように口元を歪める。
「……土方さん、苦ぁい顔しそう」
「まあ、そうでしょうね」
相槌を打ってから、ふと何故そこで土方が出てくるのか、という疑問が湧く。
しかし斎藤がそれを口に出す前に、愁介はあごに手を当てて「うーん」と低く唸った。
「建白書そのものは、まあ……受け取れるよ。父上に渡せばいいんでしょ、内々に」
「……できれば殿に差し上げる前に手が打てないかと思うのですが。ただでさえこの時期です。何かとご心労の多い殿に、さらなる心労の種を増やすのは避けたい」
「ああ、その気持ちはありがたいけど」
「それに今の会津と新選組の関係を思えば、新選組側は勿論、会津としても大ごとにするのは望むところではないかと」
「だいぶ仲良くなってきたもんねえ、会津と新選組」
愁介は気負いなく言って、三歩ほど大股で前に出ると斎藤と向かい合うように振り返った。しかし足を止めるでもなく、器用に後ろ向きに歩きながらじっと見上げてくる。
「……何か?」
「いや、うん。斎藤はどうしたいのかな、と思って」
「……今お伝えした通りですが」
言葉の意味が図れず、眉をひそめて端的に答える。
愁介は猫のような吊り上がり気味の目をたわめ、また困ったように微笑んだ。
「んー、まあいいや。とりあえず建白書はそのまま父上に差し上げよう」
「それは……しかし」
「父上を気遣ってくれるのはありがたいけど、大ごとにしないのが会津にとっても最善って話なら、下手に誰かに回すより、父上に直接渡したほうが確実に穏便に済むと思うよ」
あまりにあっけらかんと言うので、斎藤は続く言葉が出ず、唇を引き結んだ。
「あれ。何か不満?」
「いえ、不満はありませんが……梶原殿に仲介を願っているいつもとは勝手が違いますから、本当にこれで良かったのかと疑問が生じています」
「でも、大ごとにしたくないから、斎藤もいつもと違ってオレに渡したほうが良さそうって思ってくれたわけでしょ?」
愁介は後ろ歩きをやめ、改めて斎藤の隣に並んだ。
視線をそのままつられて移せば、一つ違いとは思えぬような、幼さが垣間見えるはにかんだ笑みを向けられた。
「仲介者がオレだろうが誰だろうが、勝手がいつもとは違っていようが……正直、そこに大した意味なんてないんだよ。斎藤は父上の遣いなんだから、父上にとって一番だと思う方法を変わらず取ってくれればいいし、その結果が今回はたまたまオレだったってだけでしょ」
指揮系統を大いに無視した発言にも思えたが、『容保の側近』という点で見れば梶原も愁介も同じ立場にある――はずなので、確かに問題ないのかもしれない。少なくとも、そう考えられる程度には愁介の言葉が腑に落ちた気がして、斎藤はゆるくあごを引いた。
「……では、お願い申し上げます」
「よし、じゃあこのまま父上のところに行こう。一緒に」
「はい?」
懐の封書を差し出そうとしたのを、軽く手を上げて制止される。
斎藤が訝って目をすがめても、愁介は何故か嬉々とした様子で深く頷いた。
「聞いてるでしょ? 禁門の変以降、父上は帝の警護のために、いつもの金戒光明寺じゃなくて御所の南門前にある凝華洞屋敷にいるんだよね」
「ええ、存じております。帝のご意向もあって、しばらくは凝華洞での滞在が続くと」
「つまり、新選組の屯所との距離が金戒光明寺に比べて約半分! すごく近い!」
それが何だ、と切り返す前に愁介は急速に足を速めた。
「というわけだから、行くよ!」
「いえ、お待ちください。愁介殿――」
「俺が今その建白書を預かって、ずっと持ったまま総司と遊びに出かけて欲しい?」
逆に立ち止まった斎藤を振り返り、愁介はまた器用に後ろ歩きをしながら首をかしげる。
「……それはご遠慮願いたいですね」
「そうでしょうとも。だから急げば何とかなる。というわけで一緒に行ったほうが早い!」
無邪気とも思える足取りで再び走り出す愁介を追って、斎藤も仕方なく大きく足を踏み出した。先を行く愁介の背が、いつぞやのように沖田と重なって見え、ついつい溜息がこぼれ落ちる。
――奔放がすぎる。
類は友を呼ぶ、という言葉の体現を目の当たりにさせられたような心持ちだった。




