天王山での束の間
日が暮れて、辺りが夜闇に包まれる。長州軍本隊を追って会津軍と共に天王山に入ると、その中腹から、都に火の手が上がっている様がよく見えた。
「あーあ……燃えてるねぇ」
隊からわずかに離れてそれを眺めていた斎藤の背中に、歯がゆそうな声がかけられる。振り返ると、不機嫌に顔をしかめた藤堂が斎藤の隣に並び立った。
「せっかく池田屋で『都の焼き討ち』を阻止したっていうのにさぁ」
悔しいのか、藤堂は握り締めた拳をかたわらの木の幹に叩きつけた。鈍い音が鳴り、どこかの夏虫が一瞬ばかり声をひそめる。
「……敵に、何か動きは?」
斎藤が短く問うと、藤堂は大きく息を吐いて肩をすくめた。
「相変わらずだよ」
山頂近くのお堂に立てこもっているという敵の総大将、真木和泉とその腹心達――大した数は残っていないはずだが、近付けば大砲を放たれ、日暮れの時点ではまだ抗う姿勢を崩してはいなかった。
「このまま動きがないようなら、明日の朝に総攻撃を仕掛けるかって……さっき近藤さんと土方さんが、会津のお偉いさん達と話してた」
「……妥当だな」
「オレもそう思う」
藤堂は軽くあごを引き、それから不意に気が抜けたようにその場にしゃがみ込んだ。
訝しんで見下ろすと、藤堂は顔を伏せてしばらくの間を置いてから、
「……山南さん、屯所に送ってくれたんだってね」
「ああ……」
そのことか。納得して相槌を返すと、藤堂は伏せていた顔を上げて都に目を向けながら「怪我とか、してなかった?」と呟くように問うた。
「……流れ弾がかすめたようだったが、元気だった」
というと語弊があるような気もするが、見たままを答えた。顔色は確かに悪かったが、声を張る余裕と藤堂の心配をする余裕だってあったわけだから……
そこまで考えたところでふと思い出して、斎藤は「ああ」と付け足した。
「藤堂さんに、無茶はするなと言伝を受けた」
「人の心配してる場合かなぁ?」
わずかな間も空けずぼやいて、藤堂は自分の髪をくすぐったそうにかき混ぜた。が、その声音は安堵に満ちていて、心なしか嬉しそうだ。
「まぁいいや、大事ないなら。ありがと、斎藤。それと……良かったよ、お前も無事で」
言葉なく視線を返すと、藤堂は裏表のない顔でにっと笑う。
何だか首元がかゆいような感覚に見舞われる。どういう顔をしていいのかわからず口元を歪めると、藤堂はおかしそうにフハ、と吐息を揺らした。
立ち上がり、斎藤の肩を軽く叩く。そうして何かを言おうと口を開いた藤堂は、
「……あ」
急に間の抜けた声を上げて、斎藤の後ろに視線を固定させた。
同時にかさりと、草を踏み分ける音が耳に届く。
肩越しに見やると、薄暗がりの中に具足を身に着けた会津兵の姿が映り込んだ。
「……オレ、戻るね。左之っちゃんも脇腹にかすり傷こしらえたって言ってたから、腹の線が二本に増えてないか確かめてくるわ」
藤堂は明るく言い、もう一度ぽんと斎藤の肩を叩いてから去って行った。
その後姿を見送り、斎藤はゆったりとした動作で足を返して、体ごと後ろを振り返る。
「……生きてたね。良かった」
途端に藤堂と同じことを、けれど藤堂よりも安堵しきった声音で呟いて、愁介が口元をほころばせた。




