お天道様
「そりゃ、お前が死にたがりだからだろうよ」
人のことを言えないざっくりとした物言いで、藤堂は切り返した。それから難問式でも前にしたように、腕を組んで首をひねる。
「じゃあさ、オレの言うこと、鬱陶しい?」
どう答えていいものか返答に窮し、首をひねり返す。
藤堂は、苦笑のような困惑のような複雑極まりない顔をして溜息をついた。
「うーん……斎藤ってさぁ。試衛館にいた頃から、割と世捨て人っぽい雰囲気あって、何でなんだろうなーってずっと思ってたのさ。オレはお前のこと割と好きだけど、お前はたぶんオレみたいなのって好きじゃないだろうし、っていうかオレがお前の立場ならオレとか近寄って欲しくないなと思うし。だから今まではあんまり触れないようにしてたけど……」
藤堂はくるくると舌を回し、押し付けがましいわけではないけれど口を挟む余地のない速さで、言葉を続けた。
「それでも、オレはやっぱりお前が好きだから、死にたがりだったってのは衝撃だったわけさ。死ぬなよオイって突っ込みたくもなっちゃうわけなのさ」
「……藤堂さんに好いていただくような人間じゃないですよ、俺は」
ただの事実として答えると、ところが藤堂は、普段の底抜けの明るいものとは打って変わった、いやに大人びた表情で目を伏せた。
「うん。お前はお前自身が嫌いなんだなぁって……昨日のを聞いて、何となくわかったよ」
初めて見る表情に驚き、とっさに何も返せなかった。
藤堂は改めて口元をほころばせると、そっと斎藤を見上げてくる。
「でもね。それでもオレは、お前が悪い奴じゃないってことだけは知ってるんだ。『面倒』って言いながらオレ達に手を差し伸べてくれる奴だって……ものすごい無関心そうな顔しながらも、怪我したら必ず声かけて心配してくれて、無事とわかったら『何よりだ』って言ってくれる奴だって、知ってるんだよ」
――いいように、解釈しすぎだ。
思ったのに言い返せなくて、斎藤は藤堂から視線を逸らしながら喉元を押さえた。
息が詰まる。本当に、誰も彼もひたむきで純粋で、目が痛くなるほどだ。
ただ、そんなふうに思うのに……、
何故だろうか。藤堂の言葉は、不思議と不快に思わなかった。
息苦しさは同じだが、沖田の言葉ように腹に溜まるわけでもなく、愁介の言葉のようにいら立ちを覚えることもない。
ふと、先刻の藤堂の言葉が、改めて頭に引っかかる。
――『オレがお前の立場なら……』
改めて視線を返すと、藤堂は不思議そうに目を丸くした。
「ん、どした? やっぱ鬱陶しい?」
「いや、そうじゃなくて……」
否定するも、どう訊ねていいものかわからず、また口をつぐむ。
そうして、しばらくの間を置いて考え抜いた末に口にしたのが、
「……『取り残されたこと』が、あるのか」
そんな、わかるようなわからないような言葉だった。
藤堂は一度、二度と目を瞬かせると、気の抜けたような笑みをへらりと浮かべた。
「……オレにとってねー、山南さんってお天道様なのさ」
「お天道様……?」
「うん。山南さんが、初めてオレをオレとして認めてくれたから」
斎藤が目を瞠ると、藤堂ははにかむように歯を見せた。
「やー、お恥ずかしいことにね。性格は元からこんなだけど、オレ、昔っから『他人』て苦手でねー」
何てことのないように手をはためかせ、藤堂はあっけらかんと言った。
「母親が津の藤堂家の女中上がりで、オレはお殿様のご落胤で……身分で言えば結構なもんだけど、だからって表に出られるわけじゃないから。周りからすれば、オレや母親って要するに厄介者だったわけでさ」
「厄介者……」
「そ。だから母親が早くに死んでからは、それこそ『取り残された』感じだったかなぁ。なーんか、みんなオレをオレじゃなく『ご落胤』としか見なくて、かと言ってオレ、別にお前ほど突出して剣の腕が立つわけでもないし、特別に学があるわけでもないから、身分を隠せば誰も見向きもしないしで……」
同じではないが聞いたことのあるような境遇に、斎藤は唇を引き結んだ。
まさかの告白に驚いたような、しかし妙に腑に落ちて気が抜けたような、曖昧な気分が胸をかき回す。
「……俺は、その『お天道様』を亡くしてしまった」
気付くと、考えるより先にそう漏らしてしまい、
「そっか。やっぱ、そうなのか」
藤堂は納得したように頷いて、苦笑した。
「……生き苦しいよね」
部屋に沈黙が下り、思い出したように近くの木で蝉が鳴き始める。
それまでずっと立ちっぱなしだった斎藤と藤堂は、どちらからともなく腰を下ろして身を落ち着けた。並び合うでも、向かい合うでもなく、ただ座って視線を交わす。
「オレは、お前のお天道様にはなれないけど……たださ。オレ、お前のこと好きだから、お前が死んだらやっぱり泣くよ」
ぽつりと、藤堂が改めて呟いた。
先ほどは訝るばかりだった言葉が、けれど今はすんなり耳に入る。
初めてだった。葛への想いを初めて、葛以外の誰かに真っ直ぐ認められた。あの容保でさえ逆手に取り立場を縛ることに利用した想いを、ただ、純粋に、真っ直ぐ。
その事実が酷く、かつてないほど斎藤の心を落ち着かせてくれた。
「……傍に逝きたいと、思う気持ちが消えるわけでもないが」
斎藤はささめくように、それでもようやく藤堂に本心を返す。
「藤堂さんの気持ちは、ありがたく思う」
藤堂は歯を見せて、いつもの底抜けに明るい笑顔を満面に浮かべていた。




