責務
斎藤はあごを引いて首肯を示し、改めて今後の想定を口にする。
「二重間者となると、良くも悪くも、土方側から私は注視されることとなりましょう。同様に、伊東がまことに新選組に対し何かしらの反目を企てているならば、元より近藤、土方に近しかった私は、行動に制限を設けられるか、あるいはそれこそ伊東側の監視がついた上で新選組側の内情を探らされる、などを余儀なくされる可能性がございます」
「……そうか。そうだな、その上ではこれまでのように、そなた自身の口から余への報告は上げられまい」
「仰せの通りにございます」
神妙に頷いた斎藤に、容保も頷き返す。
そう、それこそ斎藤が会津本陣へ足を運べるのは、この一件に片が付くまでの間、恐らく今が最後の機会と言っても良いだろう。二重間者の命を受けてから初の非番日である今日でさえ斎藤は、土方自身はもちろん、各監察方の目が己に向けられていないことを念入りに確認の上でここへ参上した。
しかし今の立場に置いては、周囲を警戒して動くなど下手に繰り返せることではない。これまでのように周囲の警戒がない上で間者として忍び込むのと、今後、周囲の警戒を受けている上で間者として動くのとでは、行動の制限に雲泥の差が出る。
「会津のお手を煩わせてしまうことは恐縮の至りにございますが、何かしらの繋ぎをつけていただきたく存じます」
「……ここへは来られずとも、外には出られるな」
「はい。ある程度の定期で外へ出る理由を、何かしら用立ててしまえば問題ないかと」
言えば、容保は指の節で軽くあごを撫で、わずかな思案の間を置いた後、呟いた。
「……愁介を、使うか」
斎藤は思わず、膝の上に置いていた手をぴくりと跳ね上げた。
「殿。お言葉ではございますが、現在、既に愁介様は伊東によっても、『沖田に近しい者』と認識されております。そのようなお方と私の接触を、伊東が見逃すはずがございません」
「しかし余が言うのもおかしな話やもしれぬが、会津者は愁介を除けば、良くも悪くも柔軟性に欠けるところがある。そも、そなたや山口を知る者すら限られている中、そなたの立場に合わせて今すぐ自由に動かせられる余の手の者が、もはや愁介しかおらぬ」
「それは……」
「立ち居振る舞いが垢抜けぬ会津者をこそ、今のそなたに近づけては、近藤、土方にも怪しまれよう」
その通りであった。
が、だからこそ斎藤は、わずかながらでも苦い顔を隠せなかった。
先日の壬生寺で胸の内を打ち明けて以降、斎藤は愁介に会っていない。が、それへの気まずさを凌駕する忌避感を抱えずにいられない。
単純に、あまりに危険だからだ。
裏切者と知れた折、命に保証はない。状況によっては、死を持って『真実』を秘さねばならない状況にすら立たされる可能性がある。それが間者であり、二重間者ともなればあらゆる危険も倍以上となる。
無論、斎藤は下手を打つ気などない。
しかし、いくら斎藤にその気がなくとも、斎藤より幾重にも知恵の回る土方と、同類と思われる伊東からの警戒を受けるようになって以降は、果たして――……
「……そなたの懸念は、わからぬでもない」
斎藤の心情を察した様子で、容保が神妙に口を添える。
「しかしそなたの情は、愁介も会津武士であるという事実をないがしろにして良い理由にはならぬ」
厳しいひと言だった。
ぐうの音も出ず、斎藤は顔を伏せるしかなかった。
――そうありたいと願うのが愁介の意志であり、会津の主たる容保の意志である以上、そもそもとして斎藤は否やを口にできる立場にもない。
「どのように接触を図っていくかは、まず愁介とも話し合う必要がある。以降は、愁介への言伝を余の言葉と心得よ」
「……は」
「斎藤」
呼ばれて膝元に伏せていた視線を上座へ向けると、容保は先の厳しい声音とは打って変わった、それこそ情に溢れた目で斎藤を見やっていた。
「そなたの無事を、心より願っている」
澱みのない真っ直ぐな言葉に、斎藤は何も返せなかった。
ただ、深く、畳に額がつくほど深く、頭を下げることしかできなかった。




