視線の理由
日も傾きかけた頃、支障なく歩ける程度に足の痛みが引いたとのことで、愁介は一人、会津本陣へと帰って行った。
「……沖田さん、俺に何か言いたいことでもあるんじゃないのか」
ひと気のない祇園社の脇道で彼の人を見送り、二人きりとなった直後。斎藤は沖田が何か行動を起こす前に、すぐさま口火を切って先手を打った。
途端、斎藤の隣に立っていた沖田はぎこちなく体を強張らせ、視線を泳がせた。
「いえ、別に私は――」
「埒が明かない」
誤魔化そうとした言葉をきっぱり遮って、体ごと沖田に向き直る。
「どうしても言いたくないなら、何故言いたくないのかを話してくれ。場合によっては考慮して呑む」
言って促すと、沖田は視線を逸らしたまま苦々しく眉根と口元を歪め、拗ねた子供のような顔をした。
かと思えば、わずか一瞬ちらと斎藤を横目で窺い、今度は打って変わって叱られた犬みたいに情けなく眉尻を下げてしまう。
「……すみません」
不本意、という気持ちを音にしたような苦みを帯びた声だった。
斎藤は目をすがめ、思わずゆるく首を傾ける。
「沖田さん。何の謝罪なんだ、それは」
「いえ、わかってるんですよ。でも、どうも自分の中で上手く整理がつかなくて」
「何が」
「本当にわかってるんです、すごく馬鹿だって! 子供っぽいことも自覚してるんです!」
「だから何が?」
終始わけのわからない言い訳を重ねていく沖田に、斎藤もさすがに訝って眉根を寄せてしまう。
と、沖田はまるで羞恥を絞って吐き出すように「あああ」と嘆息して、とうとう両手で自身の顔を覆い隠した。
「斎藤さん。私が今から言うこと、聞き流してくれません?」
「さあ。話の内容による」
「相変わらずざっくり言うなあ、もう!」
憤ったように声を荒らげられるが、とんだ理不尽に溜息を堪え切れなかった。
「だから何なんだ……」
「あのですね!」
沖田は勢い良く顔を上げ、初めて見るほど一切の余裕を失ったように顔を赤くして、その割に無駄にハキハキと明瞭な声で言った。
「最近、斎藤さんと愁介さんが前よりずっと仲が良くなってて嫉妬しました!」
「は?」
まさにそうとしか答えられない、あまりにも想定の斜め後方に捻られた言葉に、斎藤は返す言葉を失った。
「いや、ですから、わかってるんですよ……私が子供過ぎて馬鹿なんです、知ってます」
沖田はしおしおと、塩をかけられたナメクジのように視線を下げ、小さくなっていく。
「別に、仲良くしないでくださいってわけじゃないんですよ。むしろ仲が良くなることは喜ばしいです。それに私、きちんとあなた方の関係もわかっていますから、そこは……何と言いますか、私の関与するところではないですし」
「俺と愁介殿の関係?」
思わず背筋がヒヤリとするが、沖田は「だから普通のご友人と言いますか」と、斎藤の間者という立場など知る由もない様子で、平然と首を横に振る。肩透かしを食らって再び答えあぐねると、沖田はその間にももごもごと言い訳を募らせていった。
「いえ、本当にわかってるんですよ。仕方ないことなんです。たぶんその内に慣れてくると思います。ただ、私にとって愁介さんって、たぶん完全唯一の『対等な人』なんですよ。だから余計に、初めの頃は『愁介さんにとっても私だけ』だったのが、最近はそうじゃなくなりつつあるってことに……やっぱり、どうしても、嫉妬してしまって」
俯く沖田とは真逆に、斎藤は視線を斜めに上げてこれまでのことを軽く思い返した。
――沖田が、普段とは違った視線や表情を見せた折々のこと。
覚えている限りではあるが、確かにその時は愁介が傍らにいて、他愛のないことながら、それなりに斎藤と話したり視線を交わしたりした時だった……ような気はする。
「……はあ」
つい、相槌とも溜息とも取れない声が漏れ出た。
沖田は小さく肩を震わせ、「本っ当にすみません……」と殊勝に弱々しい声を上げた。
「子供っぽいですよね」
「まあ……否定はできないが」
「ですよね、知ってました! 本当にすみません、だから斎藤さんは何も悪くないんですよ。それもきちんとわかってます。でも、何というか、色々と初めてで自己整理がとにかく追いつかなくて!」
悶えて頭を抱える沖田のぼんぼり髪が、ゆらゆらわたわたと、それこそのたうつように揺れる。
それを眺めながら、斎藤は何とも複雑な想いを口の中で転がすしかなかった。