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81話 遠征イベント①

「違法魔道具じゃない?」


 予想外の言葉に、報告書をまとめていた手を止める。

 カロリーナは書類から顔を上げて頷いた。


「ええ。お父様の調べによればあれは違法魔道具ではなく、ただの瓶だったとのことです。中には液体が入っていたようですが、完全に気化しているので現時点では分からないと……」


 数週間前、ロニーと共に中庭で見つけた赤色の瓶。生徒会を通して先生に報告した後、念のためカロリーナに頼んで調べてもらっていた。

 そうか、と返しつつ腕を組む。何度も見た香水の瓶に形が似ていたから、てっきりあれも違法魔道具かと思ったのだが。


――あの瓶から魔物が現れたわけではなかったのか。


 偶然そこに落ちていただけで、魔物とは関係なかったのかもしれない。気付くタイミングが悪かったなと小さく息をついて、彼女に顔を向ける。


「すまない。スワロー公爵は忙しいだろうに、個人的に頼んでしまって」

「いいえ、頼っていただけて嬉しいですわ。魔道具は我が家の専門ですし、アレン様にはご恩がありますもの」


 彼女は机の上で書類を束ねながら、「それに」と続けた。


「授業であんなことが起こった直後でしたから。警戒するのも当然ですわ」


 創作呪文の授業中に起こった事件については、未だに何も分かっていない。操られていた生徒たちは授業の記憶がなく、魔法を使ったことも覚えていなかった。

 表向きは魔力調整の失敗による魔法の暴走ということになっているが、彼らは総じて魔力保有量が少なかった。暴走などするはずがなく、先生方も誰かが生徒たちを操ってルーシーを襲ったのだと察しているようだ。


 しかし、それが学園長代理の仕業しわざだとは思い当たらないらしい。


――怪しいと思って調べていても、記憶を消されたらどうしようもないのか。


 とはいえ、魔法は完璧ではない。記憶を消しても、不信感は消えないはずだ。


 そこでふと、魔道具庫で彼に出会った時のことを思い出す。確かマディは監視魔法を使っていたはずだ。具体的にどうやって確かめているのかは分からないが、そもそも何故私は監視されているのだろう。

 講堂で眠らされたあの時、彼は魔力保有量を調べていたようだった。魔力が多い生徒を選んで監視しているのだとすれば、何か不都合な理由があるのだろうか。


 そう考えていたところで生徒会室の扉が開いた。金髪の彼が顔を覗かせる。


「2人とも、いるかい?」

「セシル? ……どうしたんだ?」


 なにやら元気がない。不思議に思っていると、彼は苦笑を浮かべた。


「今まで、学園長室に呼び出されていたんだけど……」


 その言葉だけで嫌な予感がする。セシルは部屋に入って扉を閉めると、持っていた紙に視線を落とした。カロリーナと顔を見合わせ、席を立って彼の元に集まる。

 セシルが私たちに見えるようかかげた紙を見て、思わず怪訝けげんな顔をしてしまう。


「魔物退治の遠征訓練?」

「ああ。マディ学園長代理が唐突とうとつに思い付いたらしくてね。ルーシーの聖魔法を鍛えるためには、実戦しかないと」

「……長期休暇の直前に、ですか?」


 走り書きのような計画書に目を通したカロリーナが眉を(ひそ)めた。長期休暇まで約1か月。その前にこの遠征が予定されているらしい。

 マディはとにかく、一刻も早くルーシーをなんとかしたいのだろう。あわよくば今回の遠征で彼女に怪我を負わせようと考えているのかもしれない。門を開く際、聖魔力保持者である彼女に邪魔されるのを避けるために。


 ため息が出そうになるのをこらえつつ、生徒会長席に積み上げられた報告書の束に目を向ける。


「まだ、例の授業の件も解決していないんだがな」

「そうだね。だから、カロリーナには学園に残って処理を続けてもらう。生徒会が全員不在というのもよくないだろうから」

「え? 私だけなのですか?」

「ああ。この遠征への同行者は、生徒会から僕とアレン。例の授業でルーシーを守ったライアン。そして雷魔法を扱うロニーとすでに決まっているらしい」


 遠征に参加するメンバーは、マディの独断で選ばれたようだ。見事に攻略対象だけだが、それも当然かと心の中で呟く。

 これは創作呪文の授業と同じ『共通イベント』だ。ここまで矢継(やつ)(ばや)にイベントが起こるとは思っていなかったものの、ゲーム通りに進めば、いずれ遠征があることは知っていた。


 ゲームでは疑問に思わなかったが、わざわざ同行者まで指名するのは何故なのか。もしやルーシーと共に、攻略対象者をまとめて始末するつもりなのだろうか。

 そんなに危険なイベントだったかと首を傾げる。記憶では、ずっと会話しかしていなかったような気もする。しかし私の記憶は当てにならない。


――学園外なら、護衛兵の1人くらいいてもいいのでは。


 そう思い、セシルに尋ねる。


「スティーブンは一緒に連れていけないのか?」


 彼は同じことをマディに聞いた後だったらしく、すぐに首を横に振った。


「授業の一環だから駄目だと言われた」

「でも、先生は同行するんだろう?」

「いや。行きと帰りは御者ぎょしゃが付くようだけど、それ以外には誰もいないらしい。どうしても生徒だけの訓練にしたいみたいだ」


 セシルはそう言って肩をすくめた。いざという時ルーシーを守る人数を減らすためだろうか。護衛もいないと聞いて、カロリーナは青い顔をしている。

 ラスボスの考えはわからないなと思っていると、彼はこほんと軽く咳をした。そして、生徒会長らしい真剣な顔をする。


「とにかく、この遠征さえ終われば長期休暇だ。生徒会としては前期最後の仕事になる。色々と気になることはあるだろうけど、気を引き締めていこう」


 こうなっては、もはや避けては通れない。

 3人で視線を交わし、大きく頷いた。




===




 生徒会室で話を聞いてからさらに数週間。特に大きな問題が起こることもなく、あっという間に遠征訓練の日がやって来た。

 以前私とリリー先生がゴーレムを運んだ(ほろ)馬車が用意されているのを見て、ルーシーが驚いたように声を上げる。


「これで行くんですか? 王族であるセシル様も一緒に? 私はともかく、みなさんはもっと立派な馬車の方が良いのでは……」

「いいんだよ。馬車が分かれていたら、いざという時に君を守れないだろう?」


 にっこりと笑うセシルの隣には、ライアンとロニーも集まっていた。


「みんな一緒の方が楽しそうだしな」

「ちゃんとクッションも持ってきたから平気だよ」


 訓練というわりにはみんな楽しそうだ。改めて考えると、もう1人くらい女子生徒がいたほうが良いのではないかと首を傾げる。

 男子4人に対して女子1人なんて、ルーシーは平気なんだろうか。無理をしているのではと心配したが、彼女はまったく気にしていないようだった。


「それにしても、魔物退治訓練ねえ」


 荷馬車に気付いて見送りに来たリリー先生が、隣で腰に手を当てた。


「わざわざ国境付近まで行かなくても、魔物は学園内の方が出るじゃない」


 ねえ? と同意を求められ、苦笑してしまう。


 歴史を調べて知ったが、この国は元々他国と比べて魔物が出現しやすい土地だったらしい。そこに神殿を作り結界を張ることで、魔物の出現を防いでいた。

 その後魔界の門が現れた際に瘴気しょうきが溢れ、魔物が現れるようになってしまったが、それも前神官様の活躍で落ち着いた。


 しかし今、再びその門が開かれようとしている。


 リリー先生の言う通り、門に近い学園内の方が魔物は出現しやすい。遠征でルーシーを始末したいのかと思っていたが、どちらかといえば『学園から外に出す』ことが目的なのかもしれない。私たちがいなければ、マディは自由に動き回れる。


――もしかして……学園の方が危険なのか?


 眉をひそめたところで、声が聞こえた。


「夜のゴーレムはもう少し減らせんか。あんなにいても無駄だろう」

「いえ、校舎内の警備のためですので……」


 マディと学園長補佐の先生が校舎の扉から姿を現す。マディは「おお」と顔を上げると、こちらに向かってわざとらしい笑みを浮かべた。


「いよいよだな、諸君しょくん。まぁ、なんだ。できるだけゆっくりしてくるといい」

「……はい、行って参ります」


 セシルが同じようにわざとらしく笑顔を作り、ルーシーの手を引いて荷馬車に乗った。ライアンとロニーも後に続く。最後に私も乗り込み、御者ぎょしゃが席に着いた。


「気を付けていってらっしゃいませ!」


 カロリーナとリリー先生に見送られて学園を出る。彼らの姿が見えなくなったところで、ちらりとルーシーに視線を向ける。

 彼女はこの遠征について特にいぶかしむ様子もなく、ライアンやロニーと話していた。不安に思っているのは私だけかと息をつき、腕を組む。


――『できるだけゆっくり』か。


 やはりマディは、ルーシーを学園から出すことが目的だったようだ。


 この遠征については本当に彼の独断で決行されたらしい。生徒会で必要なものを用意したが、計画自体はかなり大まかにしか立てられていなかった。

 移動して、実戦を経験して、学園に戻る。1日で終わるかもしれないし数日かかるかもしれない。先生もいないため、途中で引き返して適当な報告をすることもできてしまう。当然、監視されているなら無理な話だが。


 ルーシーは創作呪文の授業でも新しい魔法を作り出していなかった。ホーリーライトを覚えるのはゲームの後半だとすれば、おそらく長期休暇が終わって後期に入ってからだろう。このイベントで彼女の魔法が成長するとは思えない。

 攻略対象の誰かが怪我をして、ヒールを使うことに慣れるくらいだろうか。


 戦闘系のゲームであれば、ヒロインが危機的状況で新たな力に目覚めることもあるかもしれないが、ここは乙女ゲームの世界だ。

 このイベントも魔物退治というより、きっと恋愛イベントがおもになるのだろう。


 今回もライアンルートになるんだろうか。それなら私がやることはあまりないかもなと荷馬車の外を見ていると、ふいに気配を感じた。

 隣に移動してきたセシルが、不思議そうな顔をする。


「何か考え事かい? アレン」

「ああ、……いや」


 答えに迷い、口をつぐむ。彼は眉を下げて笑った。


「魔物退治訓練と聞いて君が不安に思う気持ちは分かるよ。でも今回の魔物はくまのような形をしていたという目撃情報があるから、心配しなくても大丈夫さ」


 セシルは蜘蛛くもの魔物を退治した時のことを言っているらしい。そのことを不安に思っていたわけではないが、それはそれで安心できる情報だ、と小さく笑う。


「他の場所にも住み着いている魔物がいたんだな」

「今はどこにでも魔物が現れるからね。対応が追いついていないんだ」


 そう言うと、彼はルーシーを見た。


「学園にも魔物が現れるのは、門の封印が弱まっているせいだろう。本当は彼女に聖魔法を上書きしてもらいたいんだけど、残念ながらまだ力が弱いみたいでね。学園に入るまでほとんど魔法を使わなかったらしいから」

「……なるほどな」


 魔法は使えば使うほど強くなる。そう考えれば、今回の遠征も全く彼女の成長に繋がらないというわけではないのかもしれない。

 当然誰も怪我をしなければ魔法を使う機会はないが、そこはイベントの強制力が働く可能性も……と、別の不安が出てきてしまった。このイベントでは大きな怪我や戦いはなかったはずだと頭を振る。


 まぁでも、と彼は苦笑いを浮かべた。


「すぐに魔物が見つからなかったとしても、僕たちだけで長居はできないからね。遅くとも明日には学園に戻るつもりだよ。生徒会の仕事もあるし」


 遠征先に選ばれたのは、国境付近にある小さな森だった。近くに街があるわけでもないため、夜は野営をすることになる。食料も大量にあるわけではない。

 そうだなと頷いて返しながら、カロリーナが計画書を見て不敬だと怒っていたことを思い出した。それと同時に、生徒会室に溜まっていた報告書が頭に浮かぶ。


――これは、聞いてもいいのだろうか。


 過ぎたことを掘り起こすべきではないかもしれないし、彼はただ生徒のことを思っていただけかもしれない。悩んでいると、セシルが顔を覗き込んできた。


「どうかしたのかい?」


 そう尋ねるセシルはいつも通りに見える。少しだけ考え、間を置いて答える。


「例の授業で生徒たちを魔法で気絶させたために増えた報告書が、未だに残っていたなと思って。他にやりようがあったのではと考えていた」

「ああ、そのことか」


 彼は腕を組んで、眉根を寄せた。


「あれは僕も後から報告書を見て、さすがにやりすぎたと反省したよ。生徒たちには怖い思いをさせてしまったね」


 その答えを聞いて、気付かれないようにほっと息をつく。よかった。もしここで彼に『何が悪いんだ?』なんて返されたら、言葉に詰まっていただろう。

 知らないうちにマディから闇魔法をかけられていたのではないかと心配していたが、どうやら杞憂きゆうだったようだ。


 そう思ったところで、セシルは首を傾げた。


「なんだかあの時は、とにかくルーシーのために動かねばと思ってしまってね。つい短絡たんらく的な行動を取ってしまったよ」

「……ルーシーのために?」


 確かに彼女は良い子だし、国にとっても大事な存在だ。彼が他の生徒より優先するのも分かる。でも、ライアンとロニーも揃って彼女を優先するなんて。


――もしかして……『攻略対象』だからか?


 攻略対象は無意識のうちに、ヒロインを最優先に行動してしまうのだろうか。しかしそれならどうして私は、と彼女に顔を向ける。

 視線に気付いて顔を上げたルーシーは、きょとんと目を丸くしていた。

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