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80話 授業とルート②

 くらくらと揺れる視界の中で、なんとかその場に踏み留まる。しゃがみ込んでいる生徒も多いが、今の衝撃で倒れた生徒はいないようだ。

 音の魔法は初めて見たが、ここまで威力が高いとは思わなかった。事前に塞いでいたはずなのに、まだ耳鳴りが残っている。


――そうだ、ルーシーは……!


 目を向けると、彼女の周りには土の壁ができていた。一番近くにいたライアンがしっかり守ってくれたようだ。

 さすがだなと息をついたが、安心する暇はなかった。


 数人の生徒がふらふらと立ち上がり、杖を構える。先程の女子生徒と同じく、みんな揃ってうつろな表情をしている。

 彼らの杖の先がルーシーに向けられていることに気付き、私も杖を構えた。


「アイスウォール!」


 彼らの足元から氷の壁が生え、杖を上空へ弾き飛ばす。

 その隙に、とセシルが声を上げた。


「意識のある生徒はすみやかにこの場から離れろ! 先生方、生徒たちの避難を!」

「し、しかしセシル王子を置いては」

「僕は大丈夫だ! いいから早く!」


 生徒たちはざわざわと顔を見合わせて、慌てて駆け出した。杖を弾かれた生徒たちは反応せず、静かに自分の杖を拾いに向かっている。

 カロリーナが魔法で彼らの動きを止めながら、焦ったように言った。


「この生徒たちは、まさか……」

「ああ、操られている。怪我をさせないように気絶させなければ」


 同じ状況になったからか、ぼんやりと思い出してきた。確かゲームでも、こうやってラスボスに操られた生徒たちがルーシーを襲っていたはずだ。

 その時はどうしていたんだろう。時間が立てば自然に解けるのだろうか。それとも気絶させれば、目が覚めた時には解けているのだろうか。


 とはいえ、気絶させるのも簡単な話ではない。この生徒たちは全員貴族だ。1人ずつ、怪我をさせないようにとなると余計に難しい。



 そこで、突然セシルが杖を生徒に向け、唱えた。



「ファイアボール」


 それを見て「え?」と声が漏れる。躊躇ためらいなく放たれた火の玉は生徒の眼前で向きを変え、地面にぶつかって弾けた。魔法を向けられた生徒は一瞬目を見開き、そのまま膝から崩れ落ちる。

 セシルはあごに手を当てて呟いた。


「気絶させるだけなら、これくらいが手っ取り早いかな」


 その言葉に、カロリーナと顔を見合わせる。彼が人に向けて魔法を使うなんて。それだけ魔力調整に自信があるのだろうが、万が一ということもある。


――危険だ。……でも確かに、それ以外の方法は浮かばない。


 殴って怪我をさせるくらいなら、驚かせるほうがいいのかもしれない。理屈は分かるが、なんとなく引っかかってしまう。

 セシルらしくないと思っていると、彼はこちらに顔を向けて言った。


「さぁ、急ごう。操られたままでは彼らにも悪い影響があるかもしれない。ルーシーが狙われているようだし、すぐ対処したほうがいい」


 そう言う彼は、いつも通り王子としての顔をしていた。彼らのためを思っての行動だったのだろうか。少々荒っぽいが、何か影響があるかもしれないと考えていたのなら、一応納得はできる。

 わかった、と頷いて他の生徒たちも同じように気絶させていく。途中からロニーが混ざり、雷で一気に操られていた生徒たちの意識を奪っていた。


 ゲームでもこうやって気絶させていたのだろうか。申し訳ないと思いながら、なんとか誰にも怪我をさせずに抑えることができた。

 カロリーナが胸を押さえて、ふぅと息をつく。


「守るためとはいえ、生徒に向かって魔法を使うなんて心苦しいですわ」

「……そうだな」


 自分の手を汚さず、生徒をこまのように使っているマディに腹が立つ。証拠さえあればすぐにでも彼を捕らえて門を封印できるのに、闇魔法を使うから厄介だ。

ここでラスボスが彼だと知らせたとしても、きっとすぐに記憶を消されてなかったことにされてしまうのだろう。


「ちょっと、大丈夫!?」


 リリー先生の声が聞こえ、はっとして顔を向ける。


 彼は地面にしゃがみ込んだ女子生徒の傍にいた。カロリーナと共に駆け寄って息をのむ。最初に音魔法を使った生徒が、両手で耳を押さえて苦しんでいた。


「自分の音魔法で耳を傷つけたのね」


 先生はそう言って辺りを見回した。ルーシーを探しているのだと気付き、背後を振り向く。彼女の姿が視界に入ったところで、思わず言葉を失った。


「ルーシー、怪我はないかい?」

「はい、大丈夫です。ライアン様のおかげで」

「土魔法が間に合ってよかったぁ」

「ねえ、僕も雷魔法で色々頑張ったんだけど」


 ルーシーの周りに『彼ら』が集まっている。セシルもライアンもロニーも、本気で彼女のことを心配していたようだ。

 しかし彼らの周りには、気絶した生徒たちが倒れたままになっている。そちらには目もくれず、ルーシー以外は眼中にないといった様子に違和感を覚えてしまう。


 呆気あっけに取られていると、ルーシーが先にこちらに気が付いた。


「あっ! もしかしてその人、怪我してるんですか!?」

「あ、ああ。治してやってくれるか」

「わかりました!」


 彼女は慌てて駆け寄ってくると、すぐにヒールを使って女子生徒の治療を開始した。これでこのイベントの前半は終了だろう。あとは放課後に、彼女が進んでいるルートの相手と2人きりのイベントがあるはずだ。

 しかし、相手が誰になるのか想像がつかない。セシルかと思っていたが、この授業中に彼がルーシーと2人で話していた姿は見ていない。


――ルーシーは……誰のルートに進んでいるんだ?


 ちくちくと背中に視線を感じながら、込み上げる不安を飲み込んだ。




===




 ページをめくる手を止め、目に入った文を初めから読み直す。


――闇魔法について。


 心の中で呟いて、念のため周囲の気配を探る。人がいないことを確認し、小さく息をついた。


 今日の授業がどうしても気にかかり、放課後に生徒会で報告書を書いた後、図書館に来ていた。気を紛らわせるため、この国の歴史について書かれた本に片端(かたはし)から目を通していたところだ。

まさかこんな形で闇魔法についての情報を得られるとは……と口をつぐむ。


『闇魔法は精神に対しての影響が大きく、通常大人には効果が薄い。しかし、魔道具を使用した場合はこの限りではない』


 とある歴史書の注釈ちゅうしゃく。闇魔法についての本を処分したマディも、ここまでは手が回らなかったらしい。

 ただ、今も監視されているとすれば、あまりのんびり読んでいる暇はないかもしれない。わざとページを行ったり来たりしつつ、注釈に目を通す。


『短期間に集中して闇魔法の影響を受けると、人格に影響が出る可能性がある』


 以下につらつらと例が載っていたが、それ以上闇魔法については書かれていなかった。ぱたんと本を閉じて棚に戻す。すかさず隣の本を手に取り、適当に開きながら脳内で先程の文章を思い起こす。


――闇魔法は大人に対して効果が薄い……まだ精神が不安定な子供の方が効きやすいということか。


 だからこそマディは、魔法を使いこなせる先生ではなく、生徒たちを操っているのだろうか。そういえば、ゴーレムを運んだ時の盗賊団も全員若かった気がする。

 彼らは操られていたわけではないが、もしかしたら一部の記憶を操作されたりしていたのかもしれない。


 次いで、続きの文を脳内で復唱する。人格に影響、と考えて真っ先に浮かぶのはセシルのことだ。昔は悪人にすら魔法を向けなかった彼が、気絶させるためだけに生徒に魔法を向けたことが未だに信じられない。


――生徒のためを思って急いでいた、というようにも見えなかった。


 それに、その後のことも引っかかる。気絶した生徒たちや怪我人を放っておいて、ルーシーの周りに集まっていたこと。

 なんとなく『彼ら』らしくない気がしてしまう。『攻略対象』としては、正しいのかもしれないが。


 しかし、彼らはそんなに闇魔法の影響を受けているのだろうか。普段別行動をしているセシルはともかく、ライアンとロニーはほとんど私と一緒に行動している。誰かに闇魔法を受ける機会なんてなかったはずだ。


 数分かけて本と睨み合い、考えても仕方がないかと窓に目を向ける。外はすでに薄暗い。鐘が鳴る前に帰ったほうがいいだろう。

 手にしていた本を棚に置いて図書館を出る。渡り廊下を歩いていたところで、中庭の方から話し声が聞こえてきた。


「私……今日は守られるばかりで、何もできませんでした」

「そんなことないって。最後にちゃんと生徒の怪我を治してただろ」


 どちらも聞き覚えのある声だ。さっと柱に身を隠し、様子を伺う。ベンチにライアンとルーシーの姿が見え、これはイベントだろうと理解する。

 共通イベントの後半。ヒロインと共にいるのが彼だということは、つまり。


――ルーシーは、ライアンルートに進んでいる……のか?


 それにしては一緒にいることが少ないような気もする。ゲームと違って、ずっと1人に限定して進んでいくわけではないのだろうか。


 ライアンとルーシーはしばらく話していたが、ルーシーがくしゃみをしたところでベンチから立ち上がった。その流れに既視感を覚えるのは、ゲームのセシルルートでも似たような描写があったからだろう。

 ライアンは制服の上着を彼女に羽織らせて、並んで講堂の方へ歩いていく。


 このまま私が寮に向かえば、彼らと鉢合わせてしまうかもしれない。少し待ってから帰るべきか、と柱の裏から離れていく後ろ姿を見送る。


 そこで、地面がゆらりと動いた気がした。


 彼らの背後。私と彼らの間に黒い影が立ち上がる。それは犬のような形を取って、かすかな唸り声を上げた。

 パキッと何かが割れるような音が響き、影が複数に分裂する。


――魔物……!?


 何故か魔物たちは酷く興奮している様子で、今にもライアンとルーシーに向かって駆け出しそうだった。

 このイベントに魔物は出てきただろうかと考えるが、他のイベントと混ざって思い出せない。話しながら歩いている2人は、まだ魔物には気付いていないようだ。


 どうしようかと少しだけ迷い、懐から杖を出す。


 背後からこの数に襲われたらきっと怪我をしてしまう。攻略対象として、ライアンはルーシーを庇うだろう。魔法で治療できるとはいえ、友達が怪我をすると分かっていて見逃す気にはなれない。


 彼らに聞こえないよう、小声で唱える。


「アイススピア」


 この場で大きな魔法を使ったら気付かれてしまう。小さな氷の槍が飛んで、1匹の魔物をつらぬく。狙い通り、魔物たちはこちらを振り向いた。

 標的が移ったのを確認して中庭に飛び出し、ライアン達と反対方向へ駆け出す。


 魔力につられた魔物たちは揃って追いかけてきた。校舎裏まで引き寄せ、振り返ると同時に再度同じ呪文を唱える。

 今度はすべての魔物を貫いたが、数が減ることはなかった。それどころか、魔物たちはまったくひるまずにじりじりと距離を詰めてくる。


「やはり、以前より強くなっているな」


 囲まれないよう杖を構えたまま後ろに下がる。氷魔法の攻撃力では弱いかもしれないが、さすがに何度も当てれば効くだろう。


 そう思い、口を開こうとした時だ。



敵を倒せ(サンダー・ビート)!」



 バチッと暗闇に鋭い光が走り、緑色の線が魔物を一斉に貫いた。瞬間的に辺りが明るくなる。思わず閉じてしまった目を開くと、魔物はすでに消えていた。

 ぱたぱたと足音を立てて、中庭の方から小さな人影が走ってくる。


「アレン様! 大丈夫ですか!?」


 私が答える前に飛び込んで来た彼を抱き留めて、目を丸くしてしまう。


「ロニー! どうしてここに?」

「帰ろうとしていたら、アレン様が魔物に追われているのが見えたので」


 ロニーはぎゅっと手に力を込めて顔を上げた。彼の不安そうな表情に、心配させてしまったかと頭を撫でる。


「そうか……君のおかげで助かった。ありがとう」


 魔物がいた場所にはあとも残っていない。あの一撃ですべて霧散むさんしたらしい。さすがは雷魔法だと感心してしまう。氷魔法と攻撃力が違うのは分かっていたが、強くなった魔物でも簡単に倒せるその力は羨ましい。


 ロニーは顔を輝かせて、嬉しそうに笑った。


「さっきの授業のことを先生に話していたら、遅くなってしまって」

「そうだったのか。私は図書館から帰るところだった」


 また魔物が出てこないとも限らない。彼の手を引いて中庭に出る。そのまま寮へ向かおうとしたところで、自然と足が止まった。

 隣で首を傾げる彼にも反応できず、じっと街灯に照らされたそれを見る。


 先程、魔物が現れた地面。

 そこには特徴的な形をした赤色の瓶が、割れた状態で落ちていた。

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