79話 授業とルート①
今日の午後、ルーシーが創作呪文の授業に参加するらしい。
それをセシルから聞いたのは昨日の放課後だった。1年の授業だが、去年のマークスの件を踏まえて生徒会の3人も参加することになっている。
万が一問題が起こった時、すぐに対処できるように。そして、大事な聖魔力保持者であるルーシーが、誰かの魔法で怪我をしないよう守るためだ。
――聖魔法を使う彼女だけ別枠で授業を受ける、ということにはならないんだな。
今の学園長代理であるマディは、彼女を特別扱いしたくないのだろう。
彼がこの授業中に彼女を狙ってくることは分かっていた。何故なら、これもゲームにあった『共通イベント』のひとつだからだ。
詳しい内容は覚えていないが、魔法を使う授業中だったことは覚えている。去年1年間授業を受けて、大勢の生徒が集まった状態で魔法を使うのは、創作呪文の授業だけだと知っていた。
食堂に向かいながら隣を歩くライアンに目を向ける。すべての攻略対象共通のイベントだということは、つまり彼も午後は一緒のはずだ。
こちらから言い出すべきかと考えていると、彼が思い出したように言った。
「そういや、今日の午後にルーシーが創作呪文の授業を受けるらしいな」
「ああ。生徒会も念のため参加することになっている」
「そうなのか……」
ライアンはうーんと頭を捻って、ちらりと私をみた。
「俺も、参加していいかな? 生徒会の手伝いとして」
なるほど。彼はそうやって参加するのか、と心の中で呟く。共通イベントには先生以外の攻略対象が全員揃っているはずだ。生徒会である私とセシル、1年であるロニーはともかく、ライアンはどうやって参加するのだろうと思っていた。
小さく頷いて、答える。
「いいんじゃないか? 君の土魔法は優秀だから」
イベントを抜きにしても、いざという時のために動ける人数は多いほうがいい。
ライアンはぱっと顔を輝かせた。
「よかったぁ。ルーシーって聖魔法しか使えないだろ? 身分も身分だし、いろんな属性の魔法を使う貴族の間に1人でいるのが心配でさ」
そう言った直後、何故かハッとしたように口をつぐむ。妙に気まずそうに頬を掻いて、彼は私から目を逸らした。
「まぁでも、アレンもセシル王子もいるなら俺の出番はなさそうだけどな」
「そんなことはないだろう。私たちの魔法は……」
相手の属性によっては危険だ。と、言いかけたところで気が付いた。
廊下の向こうから、ルーシーとセシルが並んで歩いてくる。
早めの食事を終えて食堂から出てきたのだろうか。もしくは、今まさにセシルルートのイベント中なのかもしれない。
どちらにせよ、ここで他の攻略対象である私たちと鉢合わせるのはよろしくないだろう。幸い、今のところ気付いているのは私だけのようだ。急いで隠れなければと周囲を見回す。
この廊下は左右に小さい教室があり、基本的に日中は鍵も開いている。セシルが私たちに気付く前にとライアンの腕を掴む。
そして彼を引っ張るようにして、共に空き教室へ飛び込んだ。
「へ?」
突然のことできょとんとしている彼に申し訳ないと思いつつ、音を立てないように扉を閉める。午前中に使用されていなかったのだろう。教室の中はカーテンも閉まっていて薄暗かった。
目をぱちくりとさせて、ライアンが首を傾げる。
「ど、どうした? 急に」
「いや、その」
当然の問いに何と答えるべきか迷う。咄嗟に行動してしまったため、言い訳を考えていなかった。前から彼らが歩いて来ていたことを、ライアンは知らない。
会いたくない人がいたからと答えるべきだろうか。万が一相手がセシルたちだと分かってしまったら、ややこしいことになるかもしれないが……。
――仕方ない。ばれたらその時は人違いだったと言い訳することにして、ひとまずそう答えておくしかないな。
そう思い、口を開こうとした時だ。ふと背後に気配を感じた。
反射的に振り返り、それを認識した瞬間後悔する。
いつからいたのか、大きな蜘蛛が天井からぶら下がっていた。
「……ッ!?」
ぞわっと鳥肌が立ち、思わずライアンにしがみつく。蜘蛛はゆっくり床まで下りて来ると、そのままカサカサと部屋の奥へ消えていった。
眺めたくもなかったが、どこに行ったか分からない方が怖い。完全に消えた影を見送り、ほっと息をつく。そこで気付いた。
扉を背にしたライアンが固まっている。薄暗くて表情は分かり難いが、目を見開いているのは分かった。ドクドクと激しい鼓動が伝わってくる。
急にしがみついたから驚かせてしまっただろうかと考え、思い出した。ゴーレムが暴走したあの時、別館に入る前に彼が言っていたこと。
「す……すまない! ライアンは暗いところが苦手だったな」
だからこそこんなに心臓が高鳴っているのだろう。セシルルートのイベントを邪魔したくなかったとはいえ、彼を巻き込んでしまったことを申し訳なく思う。
急いで扉の隙間から部屋の外を確認する。もう廊下には誰もおらず、人の気配もなかった。大きく扉を開けて足を踏み出す。
「会いたくない人がいた気がしたが、気のせいだったようだ。ライアン、すまない。君を巻き込んでしま……」
そう言いかけたところで、ぱしと手首を掴まれた。振り返ると、ライアンが顔を片手で覆ったまま俯いていた。
もしかして泣かせてしまったのだろうかと慌てたが、そうではなかった。
彼は少し間を置いて、じっと睨むように私を見た。
「アレン……心臓に悪いから、暗い部屋に連れ込むのはこれっきりにしてくれ」
やはり暗いのが怖かったようだ。顔を赤くして怒りを抑えている彼に改めて謝罪する。ライアンはふうと息をつくと、ようやく手を離してくれた。
「会いたくない人って誰だ? なんか嫌な奴に絡まれたのか?」
「ああ、いや……大丈夫だ」
さっきまで怒っていたのに、ライアンは本気で心配してくれているようだ。こんなに優しい彼にも、すべてを正直に打ち明けることはできない。
再度心の中で謝りつつ、ひとまずロニーが待っている食堂へ急いだ。
===
魔法訓練場には多くの生徒が集まっていた。ルーシーのために生徒会役員が全員参加するという情報がどこかから広まったらしく、今日この時間に創作呪文を選択する生徒が増えたらしい。
食堂から一緒に来たロニーを生徒たちの方へ送り出し、セシル、カロリーナと合流する。ライアンが生徒会の手伝いとして参加するつもりだと伝えると、セシルはにっこりと笑って了承してくれた。
「人手は多いほうがいいからね。それじゃあ、みんなで生徒たちを囲むように離れて待機しようか」
彼の言葉で生徒たちの後方を固めるように移動する。前方では先生方が何かを話しているようだ。離れたところには、リリー先生らしき白衣姿も見える。
と、後ろからぱたぱたと足音が聞こえた。
「ま、間に合った……! 遅刻しちゃうかと思った」
振り返ると、息をついて顔を上げた彼女と目が合った。ルーシーは私を見て、驚いたように目を丸くする。
「あれ、1年生の授業ですよね? どうしてアレン様が……?」
これだけ噂が広まって生徒たちが集まっているのに、彼女は知らなかったのだろうか。小さく息をついてルーシーに向き直る。
「聞いていないのか? 君のためだ。創作呪文の授業は危険だからな」
「わ、私のためですか?」
ルーシーは辺りを見回して、セシルやカロリーナにも気付いたらしい。この授業で事件が起こるのは分かっているから、念のため彼女自身にも気を付けてもらうべきだろう。セシルルートに出てくるアレンなら……と考えて、口を開く。
「本来忙しい生徒会長も君のために参加しているんだ。彼に余計な心配をかけないために、君もできるだけ怪我をしないよう気を付けろ」
他の生徒や攻略対象の怪我は彼女の力で治せる。でも彼女が怪我をしたら、医務室に行って治療を受けるしかない。
攻略対象としてヒロインに怪我をさせるつもりはないが、それでもこれから起こることを考えると心配になってしまう。代表攻略対象のセシルはなおさらだろう。
しかし当の本人であるルーシーは、自分が大事な存在だと自覚していないようだ。複雑な顔をして「わかりました」と頷き、次いでライアンに顔を向ける。
「あの、ところで……ライアン様は生徒会ではなかったと思うのですが」
説明しようとして一瞬だけ迷う。セシルルートに進んでいるだろう彼女には、何と言うべきなんだろう。とりあえず、最小限の情報だけ伝えることにする。
「彼は生徒会の手伝いとして参加している」
手伝いと聞いて、ルーシーはきょとんとした顔をした。他の生徒はいないし、何故ライアンだけなのかと不思議に思ったのだろう。
彼女は何かを考えるような素振りをすると、ぺこりと頭を下げてライアンに駆け寄っていった。そこはセシルじゃないのか、と首を傾げる。
カップケーキの時も思ったが、彼女はライアンとも仲がいい。ロニーの怪我を治したこともあるようだし、私とも時々話している。王道のセシルルートを歩んでいると思っていたが、まだはっきり決まっているわけではないのだろうか。
ライアンとルーシーはなにやら楽しげに話しているようだ。そろそろ授業が始まるのでは……と、生徒たちの方へ視線を向ける。
その瞬間、ぞわと嫌な気配がした。
魔物が現れた時のような、気持ち悪い空気が辺りに漂う。もうマディが何か仕掛けてきたのだろうか。さっと杖に手をかけ、周囲を警戒する。
しかし、何も起こらない。気付けば気配もすでに消えていた。
――何だ? 確かに感じたはずだが……。
カロリーナとセシルが話しているが、特に何かを気にした様子はない。どうやら今の気配には気付かなかったようだ。
ライアンの方にも目を向けると、ちょうど先生に呼ばれたルーシーが離れていくところだった。彼女を見送っているライアンが少しぼんやりしている気はしたが、すぐにいつも通りに戻っていた。生徒たちにもおかしな様子はない。
何事もなかったかのように授業が始まり、先生が去年と同じ説明をする。私たちがいるせいか、生徒たちはみんな静かだ。それが嵐前の静けさに感じてしまう。
目立つ桃色の髪に目をやると、彼女はロニーと小声で話しているようだった。
彼女も何も感じていないなら気のせいだったのだろうか。マディが仕掛けてくるのは授業中のはずだから、こんなに最初ではなかったはずだと腕を組む。
記憶に自信があるわけではないため、警戒を継続したまま彼女を見詰める。
私がなんとか覚えている共通イベントは、大きく分けて3つだった。1つはエンディング直前の魔物襲来イベント。2つめはおそらく今後来るであろう遠征イベント。そして3つ目が、今回の授業中のイベントだ。
カップケーキの例があるから実際は他にもあるのかもしれないが、セシルルートで記憶に残ったのはそれくらいだった。
どのイベントにも最初は攻略対象全員が参加しているが、途中からは選んだルートのキャラとヒロイン2人だけのイベントになる。つまり今回のイベントで、ルーシーが誰のルートを進んでいるのか、はっきり分かるということだ。
先生の説明が終わり、生徒たちはそれぞれ距離を取って杖を握る。ロニーは雷属性のため、魔力調整ができるようになった今でもかなり端にいるようだ。
ルーシーはと視線を動かすと、彼女は先生の傍にいた。とりあえずイメージから魔法を生み出そうとしているらしい。杖も持っていないため、木の枝で地面に何かを描いている。
しばらく、何事もなく授業が進む。時々驚いたような声は上がるが、大した問題は起こっていない。先輩である私たちやライアンにも魔法の相談が来るため、それに対応しつつ生徒たちを見る。
ふと、視界の端で1人の女子生徒が杖を高く掲げた。あちこちで生徒たちが杖を構える中、虚ろな表情をした彼女に目が留まる。
明らかに異常な量の魔力が、杖の先端に集まっていた。
あれは、と懐の杖を握ったところで思い出す。生徒会として、授業に参加する生徒たちの名前と魔力属性は事前に聞いていた。当然、彼女の属性も知っている。
――私の魔法では駄目だ……!
氷に反響すれば、余計に被害が広まってしまうかもしれない。
咄嗟に大きく息を吸い込んで、声を上げる。
「全員、耳を塞げ!!」
はっとして数人が顔を上げたのとほぼ同時に、彼女が呟くように唱えた。
「音の波よ」
ふ、と周囲の音が消える。
次の瞬間、ドンと大きな衝撃が空気を押しのけて響いた。




