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75話 雷と少年②

「俺が話しかけても反応がないから、アレンならどうかと思ってさ。悪いな、寝るところだったのに」

「いや、大丈夫だ。教えてくれてありがとう」


 談話室はすぐ隣だ。扉にストッパーをかけて部屋を出る。ライアンの後についていくと、ロニーは談話室のソファーに丸まっていた。

 彼は伯爵家だから、部屋があるのはこの階ではない。わざわざ5階に来たということは、私に用があったのだろうか。


「いつからこの場所にいたんだろう」

「俺がアレンの部屋に行った時はいなかったから、その後に来たのかもな」


 ロニーの前にしゃがんで声をかける。ここで寝ていたわけでもないらしく、少しだけ間を置いて、彼はこわごわと顔を上げた。目も顔も真っ赤にして、どうやら泣いていたようだ。

 何か嫌なことでもあったのだろうかと手を伸ばす。


「ロニー? どうし」

「ッアレン様!!」


 尋ねる前に、ロニーが抱き着いてきた。反動で後ろに転びそうになったところをライアンが支えてくれる。私にしがみ付いたまま泣き出してしまった彼を見て、ライアンと顔を見合わせる。

 彼が落ち着くまでは話を聞くのも難しそうだ。ひとまずロニーを抱きかかえて立ち上がりつつ、どうしようかと頭を捻る。


――ずっと談話室にいるわけにもいかないな。


 雨音や雷雨のことを考えると、防音の魔道具は完璧ではないらしい。今は周りに誰もいないが、これから他の生徒が来ないとも限らない。

 ロニーの背中を軽く叩きながら、戸惑っているライアンに顔を向ける。


「とりあえず私の部屋に連れていく。ライアン、君は自分の部屋に戻っていいぞ」


 もう時間も遅い。ロニーが私に会いに来たのなら、彼を付き合わせるのは申し訳ない。ライアンはしばらく迷っていたが、仕方ないというように口を開いた。


「確かに俺がいると、逆に話し(にく)いかもしれないしな……」


 そう呟いて、私の部屋の方へ歩いていく。何をするのだろうと思っていると、ロニーを抱えた私が入りやすいように部屋の扉を開けてくれた。

 礼を言って中に入り、外から扉を閉めてもらう。


 ガチャと自動的に鍵が閉まる音がして、部屋には私とロニーだけになった。


 未だぐすぐすと泣き続けているロニーを抱えたまま、ソファーに座る。無理やり話を聞くわけにもいかないため、泣きやむまで待とうと背中を撫でる。

 と、窓の外が光った。次いでゴロゴロと地響きのような音が響く。さっきよりも近くなっているようだ。


 そこで、ロニーが震えていることに気付いた。

 またカーテン越しに空が光ったところで、彼は私の服を掴む手に力を込めた。


「……雷が怖いのか?」


 確か彼は、自分で雷魔法を使った時も目をつぶっていたなと思い出す。赤茶色の髪を撫でながら尋ねると、ロニーは腕の中で小さく頷いた。

 鼻を(すす)って、ややかすれた声で答える。


「雷、なんか……嫌いです。怖いし危ないし……上手く使えないし」


 ぽつぽつと雷に対する文句が述べられる。それは途中から、段々彼の魔力属性の話に移っていった。


 ロニーの両親は水属性の魔法を使うらしい。水は雷を通しやすく危険なため、魔力調整の訓練に付き合ってもらうのも難しかったという。

 彼は魔力開放の後、ほとんど両親ではなく叔母様と一緒にいたそうだ。


「雷属性の魔力なんて嫌です。雷も昔から嫌いだったのに、なんで僕だけこんな……お父様とお母様と同じが良かった。この魔力がなければ、家族とずっと一緒にいられたのに……!」


 声を振り絞る彼を見て、胸が苦しくなってしまう。ロニーは早く家族の待つ家に帰りたくて、毎日一生懸命魔力調整の訓練をしている。

 しかし本当は、自分の持っている魔力を嫌っているのだろう。使いこなせるようにではなく、なければよかったのにと思っているようだ。


――ロニーの気持ちは分かる。……でも。


 それでは、おそらく魔力調整は上達しない。野菜と同じく無理して好きにならなくてもいいが、これからのためにも彼は自分の魔力に向き合わなければならない。

 生まれ持った魔力属性を変えることは、できないのだから。


 できるだけ優しい口調で彼に尋ねる。


「ロニー、君は何のために魔法を使いたい?」

「……何の、ため?」


 ロニーは少し顔を上げた。あやすように背中を軽く叩きつつ、彼の答えを待つ。

 しばらく間を置いて、彼は首を傾げた。


「魔物を倒して……家族を守るため?」

「そうか。ロニーは優しいな」


 こちらを見上げた彼の頭を撫で、目を合わせる。泣いていると余計に幼く見えるなと思いながら、(まばた)きの度にこぼれる涙を指で拭う。


「しかし、優しさだけでは足りない。本気で誰かを守るには、どうしてもそのための『力』が必要だ」

「力……魔力、ですか?」


 頷いて、自分が初めて魔法を使った時のことを思い出す。あまりにも無力で、大切な友人を危険にさらした時のこと。

 もしあの時、魔法を使えていなかったら。使えたとしても、もっと弱い魔法だったら。きっと全く違う未来になっていただろう。


「危険な場面で誰かを守りたくても、魔法が使えなければまともに戦えない。相手が魔物なら、それこそ魔法しか通じない。そして魔法が弱ければ、強い魔物は倒せない。……その中で雷属性は、何よりも強い『力』だ」


 私が何を言おうとしているのか分かったらしい。彼は緑色の目を丸くした。彼の考えを肯定するため、再び小さく頷く。


「君の力は、君の大事な人達を守るための力だ。どんな魔物を相手にしても必ず倒すことができる、強い力。今は家族から離れる原因になってしまっているが、いつかかならず雷属性でよかったと思う日が来るはずだ」

「……守るための、力」


 ロニーはぎゅっと拳を握って呟いた。そして何か考える素振りをした後、ちらりと私を見上げて口を開いた。


「この力があれば、アレン様のことも守れますか?」

「私を?」


 予想外の質問にきょとんとしてしまう。そういえば彼は初めて会った時、私に憧れていたと言ってくれた。

 そんな相手も守れるくらい強くなれるかという問いなら、答えは決まっている。


「そうだな。私の氷魔法は自由度が高いが、攻撃力自体はそこまで高くない。君の魔法の方がずっと強い。頼りにしている」


 彼は目を輝かせた。そこで何度目かの雷鳴がとどろく。先程よりだいぶ落ち着いていたはずのロニーは、反射的に私の服を掴んだ。小さく笑いつつ背中を撫でる。


――『雷』が怖いのはまた別か。


 自分の魔力はともかく、自然の雷が怖いのは簡単には克服できないかもしれない。子供ならなおさらだと考えて、ふと疑問が浮かぶ。


「ランプリング家では、雷が鳴っている夜はどうしていたんだ?」


 ロニーはギクリと固まって顔を赤くした。恥ずかしそうにちぢこまると、かすかに聞こえるくらいの小声で答える。


「こ、こっそりお母様のベッドに入って……一緒に寝ていました」


 それを聞いて納得する。彼くらいの歳ならそこまで恥ずかしいことでもない。雷の度にそうしていたのなら、寮に入って1人で寝るのは怖かっただろう。


 それならと彼を抱えて立ち上がる。ソファーからベッドに移動して腰を下ろす。


「じゃあ、今日は私と一緒に寝ようか」

「……えっ!?」


 彼は目を丸くして、慌てて首を振った。


「で、でもそんなの、申し訳ないです!」

「だって、そのためにこの階の談話室に来たんだろう。私とライアンの話が終わるのを待っていたんじゃないのか?」


 ただ誰かと居たいだけなら、彼の部屋がある階の談話室にいれば済むはずだ。私に会いに来たのではと首を傾げると、ロニーは顔を赤くして口ごもった。

 家族ならともかく、先輩と一緒に寝たいと言うのはさすがに恥ずかしいのかもしれない。少し考え、改めて言い直す。


「ロニー。君は雷の音が苦手かもしれないが……実は、私は雨の音が苦手なんだ」

「雨の音、ですか?」

「ああ。だから、君が一緒にいてくれたら安心して眠れるんだが」


 彼は何度か瞬きをすると、真剣な顔をして「わかりました」と力強く答えた。


 ロニーを先にベッドに寝かせて、蝋燭ろうそくの灯りを消す。より一層雷の光がカーテン越しに部屋を照らした。


 小さくなっている彼の隣に、向き合うように横になる。不安そうな彼を落ち着かせるため、とんとんと軽く背中を叩く。

 曲でも流れていれば雷鳴も気にならないかもしれないが、専用の魔道具はここにはない。残念ながらこの世界の子守歌も覚えていない。


 今度ジェニーに聞いてみるかと思っていると、ロニーがじっと私を見て言った。


「アレン様……なんだか、お母様みたい」


 え、と反応に困ってしまう。もしかして前世が女性だったから、母性本能が残っているのだろうか。でも、今の私は男だ。

 できれば『お父様』がいいなと苦笑しつつ、彼が眠るまで背中を優しく叩く。


 うつらうつらと眠そうなロニーを眺めていたら、いつの間にか雨音は気にならなくなっていた。




===




 まぶた越しに見える光が気になって、目を開ける。いつの間にかアレン様は眠ってしまったみたいだ。起こさないように気を付けながら、こっそり体を寄せる。


 まさかアレン様から『一緒に寝よう』と言ってくれるなんて思わなかった。勝手に5階に来ただけでも怒られるかと思っていたのに。入学式で見た時は、もっと怖い人なのかと思っていたのに。

 アレン様は初めて会った時から、ずっと優しかった。


――男の人なのに、なんでお母様みたいだと思ったんだろう。


 髪が長いからかもしれない。アレン様くらい髪を伸ばしてる男性には、今まで会ったことがない。アレン様は綺麗だから似合うけど、僕だったら絶対似合わないだろうなと思う。でも同時に、ちょっと憧れてしまう。


 と、忘れた頃にゴロゴロと怖い音がして思わずアレン様にくっついてしまった。子供っぽくて情けない。妹と弟の前では、ずっとお兄ちゃんでいられたのに。


 悲しくなっていたら、ふいにアレン様が手を伸ばして僕を抱き寄せた。起こしてしまったかと思ったけど、ちゃんと眠っているみたいだった。


 そういえば……と、お母様と一緒に寝ていた時のことを思い出す。覚えてないけど怖い夢を見て、夜中に目が覚めてしまった時だ。

 隣で寝ていたお母様は、それまで眠っていたのに急に手を動かして僕の頭を撫でてくれた。『大丈夫よ』って優しく声をかけてくれたはずなのに、朝になって尋ねたらまったく覚えてなかった。


――あ、そうか。アレン様は、お母様の撫でかたに似てるんだ。


 力任せに撫でるお父様よりも、くすぐったいくらい優しく撫でてくれるお母様の手に似てる。だからお母様みたいだと思ったのかもしれない。

 あったかくて眠いのに、憧れの人の腕の中にいることがちょっとだけ恥ずかしい。家族以外の人とこうやって眠るのは初めてだから、なんだか緊張してしまう。


 10歳で魔力開放した僕にとって、8歳で魔力開放をしたアレン様とセシル王子は初めて憧れた相手だ。特にアレン様は、この国で一番幼い歳で魔力開放をした人で、さらにセシル王子を命がけで守ったという話も聞いている。

 今の僕よりずっと小さい時に魔法を使いこなしていたなんて。憧れない理由なんてなかった。


 僕も魔力開放したばかりの時は、家族にすごく喜ばれた。お祝いのパーティーも開いてもらったし、妹と弟にも尊敬された。

 お祖父(じい)様が雷魔法を扱う魔術師だったらしくて、跡継ぎである僕がその力を受け継いだってたくさん褒められた。でも、良いことばかりじゃなかった。


 いくら褒められても喜ばれても、この魔力のせいで家族と離れ離れになるなんて嫌だった。熱が出て心配をかけるのも嫌だし、大事な屋敷を壊すのも嫌だった。

 家で訓練をしている時に、家族に魔法で大怪我をさせかけたこともある。今も外で鳴っている雷と同じくらい、僕は自分の魔力が怖くて、大嫌いだった。


『君の力は、君の大事な人達を守るための力だ』


 さっきアレン様に言われた言葉が頭の中に響く。まだ信じられないけど、アレン様が言うならそうなんだろうと思う。

 いつかきっと、雷属性の魔力を持っていてよかったと思える日がくる。


――僕もみんなを守れるくらい、強くなれるんだろうか。


 今はまだこうやって、雷の夜は誰かと一緒じゃないと眠れないけど。


 アレン様は『雨の音が苦手』だと言っていた。たぶん、嘘だと思う。アレン様はすごく強い人だから、怖いものなんかなさそうだ。……でも、もし本当だったら。


 今までもこうやって、誰かを抱き締めて眠ったことがあるのだろうか。アレン様はセシル王子とも仲がいいし、ライアンとも仲がいい。

 この学園には婚約者を探しに来ているはずだから、知らないだけで婚約している人もいるのかもしれない。そう考えると、何故か少しだけモヤモヤした。


――せめて今日みたいな雷の夜だけは、僕だけのアレン様でいてくれないかな。


 そう思って、ふと気付く。


 アレン様と出会えたのは、僕が5年も早く学園に入ったからだ。雷魔力を上手く扱えなかったから、アレン様は毎日訓練に付き合ってくれている。

 それに今日こうやって一緒に寝てくれているのも、雷が鳴っているからだ。


 もしかして僕は、『雷』のおかげで、アレン様といられるんだろうか。


 アレン様の後ろで窓の外が光っているのが見える。次いでゴロゴロと大きな音が鳴る。でも、談話室に1人でいた時よりも怖くない。

 まだ完全に平気なわけではないけど。


――アレン様と一緒なら、そんなに嫌じゃないかもしれない。


 むしろ、初めて『雷』に感謝してしまいそうだった。

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