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71話 心配性とオリエンテーション①

 がやがやと講堂前に新入生が集まっている。去年に比べると参加人数が多いなと思いつつ、手元の名簿めいぼと見比べる。やはりセシルが生徒会長だからか、ほとんどの生徒が参加しているようだ。

 去年のオリエンテーションにかんがみて、今年は参加する先生の数も多いらしい。


 生徒会からは私とセシルが山登りに参加し、カロリーナは裏山に入る門の前で待機する。生徒会の手伝いとして、ライアンやアンディーを含む数人の生徒も協力してくれることになっていた。


「去年と立場が違うと、それはそれで緊張するな」


 隣で生徒たちを眺めていたセシルが呟いた。頷いて、顔を上げる。


「今年は生徒たちを守る立場だからな」


 去年も似たようなことはしていたが、あれはあくまで個人的に動いただけだ。今年は生徒会としての責任がある。


 それに……と、遠くに見える桃色の髪に目を向ける。


――彼女がいるから、イベントが起こることは最初から確定しているんだよな。


 セシルに気付かれないよう小さく息をつく。オリエンテーションのイベントについてはっきり覚えているわけではないが、何かがあったのは覚えている。確かヒロインが迷子になって、セシルが助けに来るような内容だった気がする。

 しかし裏山の道はまっすぐ頂上と学園を繋いでいて、脇道なんかなかったはずだ。記憶が正しければ、彼女は一体どうやって迷子になるんだろう。


 そう考えていたところで、こちらに向かって走ってくる人影に気付いた。


「アレン様! オリエンテーションにはアレン様も参加するんですか?」

「ああ、ロニー」


 自然な流れで飛び込んで来た彼を抱きめる。昨日よりも元気そうだ。ぎゅっと腰の辺りにくっついて、ロニーは私を見上げた。


「1年生だけで魔物を倒すんじゃないんですか? 僕は魔法使えないけど……」

「生徒会も参加するんだ。君は無理をせず、今日は周りの生徒を見ておくといい」


 答えつつ、ちょうどいい位置にある頭を撫でる。彼は嬉しそうに笑った。昨日の今日ですっかりなつかれてしまったようだ。

 弟ができたようで可愛らしいと思っていると、セシルがこほんと咳をした。


「あの、アレン? 彼はロニー・ランプリングだよね。臨時りんじ入学の」

「そうだな」

「その……知り合いだったのかい?」


 質問の意図がわからず首を傾げる。セシルはちらちらとロニーを見て続けた。


「とてもしたしく見えたから、既知きちの仲なのかと思って」

「ああ、いや。昨日知り合ったんだ。偶然、寮の前で出会ってな」

「なるほどね……」


 ロニーはきょとんとセシルを見上げると、はっとした顔をした。セシルから隠れるように私の背中側に移動して、おそるおそる尋ねる。


「あの、セシル王子ですよね? アレン様と同じ8歳で魔力開放したっていう」


 セシルは目を丸くして頷く。ロニーは少しだけ顔を覗かせて、目を輝かせた。


「僕、10歳で魔力開放して……その、おふたりに憧れてたので! お会いできて嬉しいです!」

「そ、そうか。ありがとう」


 ちょうどそこで集合がかかった。新入生たちが先生の元へ集まっていく。ロニーの背中を軽く押して見送りつつ、隣のセシルに顔を向ける。

 彼は複雑な顔をして口を抑えていた。それを見て、小さく笑う。


「可愛い後輩だろう?」

「……確かにね。悪い子でないのはわかったよ」


 苦笑して、彼は息をついた。それにしても、と視線がこちらに向けられる。


「アレンは仲良くなるのが早すぎやしないかい?」

「そうか? 普通だと思うが」


 私というより、そもそもロニーが人懐っこいんだろう。最初に出会ったのが私だったというだけで、セシルやライアンともすぐに仲良くなるはずだ。

 そう考えていたところで、セシルが呟いた。


「君は意外と無防備だから、時々心配になるよ」


 どういうことだろう、とつい首を傾げてしまう。子供相手に無防備も何もないと思うが、いつかジェニーにも似たようなことを言われた気がする。そんなに私は危なっかしく見えているのだろうか。


「セシルは心配性だな」

「僕の心配性は、君に対してだけなんだけどね」


 そんなことを話していると、生徒たちが移動を開始した。去年と同じく講堂の横に続く道を通って裏山へ向かう。今回はすべてのグループに先生が2人ずつ付き、グループ間に生徒会手伝いのライアン達が入るらしい。

 私とセシルは、後ろから最後のグループに付いて行く。


「おふたりとも、お疲れ様です。気を付けていってらっしゃいませ」


 裏山へ続く門の前でカロリーナが手を振っていた。離れたところには医務室担当医であるリリー先生の姿も見える。手を振って返し、門をくぐる。

 最後のグループにはルーシーとロニーもいた。どのタイミングでイベントが起こるか分からないため、周囲を警戒しつつ進む。


 去年と同じように先生が魔物についての説明をして、最初の休憩所である広場に到着する。ここまでは何も起こっていない。ルーシーもちゃんといるなと目を向けると、彼女は何故かロニーと言い争っていた。


「ロニー君、駄目だよ! 森の中に入ったら危険だって言われたでしょ!」

「ちょっと探検たんけんしたいって思っただけだって! お前には関係ないよ」

「関係ある! 身分は低いけど、同じグループだしあなたより年上なんだから!」


 それを見て、ふっと既視感を覚える。ゲームのヒロインも、ああやって幼い彼のことを気にしていた気がする。……と、いうことは。


――目の色を見た時になんとなく分かっていたが、ロニーが最後の攻略対象か。


 雷属性の攻略対象者。11歳でも恋愛対象になるのかは疑問だが、ヒロインであるルーシーとは5歳しか違わない。あまり深く突っ込まない方がいいだろう。

 とにかくこれで、攻略対象も全員揃ったことになる。


 同じように彼らに視線を向けたまま、セシルが口を開いた。


「アレンは、ロニーのことはどこまで聞いたんだい?」


 どこまで? と少しだけ考えて答える。


「雷属性の魔力を持っているが、魔力調整が上手くできずに熱を出してしまうから、5年早く入学したとは聞いた」

「そうか。僕もそれくらいしか聞いていないな」


 セシルはロニーをじっと見て、わずかに眉根を寄せた。怒っているというよりは、彼を心配しているような表情だ。


「彼はまだ幼い。寂しくても、すぐ生徒会に頼るというのは難しいだろう。……これは生徒会長として頼みたい。アレン、時々彼を気に掛けてやってくれるかい?」


 本当は君にばかり任せたくないんだけど、と続ける彼に向き直り、大きく頷く。


「もちろん。最初からそのつもりだ」

「……ありがとう。生徒会として、私情ばかり挟むわけにはいかないからね」

「私情?」


 首を傾げたが、彼はにっこりと笑って何も言わなかった。休憩が終わり、生徒たちがぞろぞろと移動を開始する。

 最後尾に付いて行きながら、そういえばとセシルに声をかける。


「今のうちに確認しておきたいんだが……放課後に魔法訓練場を使用する時は、誰に許可を取ればいいんだ?」

「魔法訓練場? 放課後なら授業で使っていることもないだろうし、怪我にさえ気を付ければ使用は自由だと思うけど。何をするんだい?」


 道を歩く生徒たちを確認しつつ、彼に魔力調整訓練について伝える。ライアンも一緒だと言ったところで何故か一瞬顔がくもったが、彼は納得したように言った。


「そうか、もうそんな予定を立てていたんだね。さすがだな」

「生徒会の仕事がない日は、できるだけ付き合おうと思っている」

「ロニーの訓練だろう? それも生徒会の仕事に変わりないよ。カロリーナもいるし、忙しくない時はそちらを優先してくれて構わない」


 生徒会長であるセシルがそう言ってくれるなら、その言葉に甘えさせてもらうことにしよう。彼に礼を言って顔を上げたところで、気付いた。



 ロニーの姿が見当たらない。そして、目立つはずの桃色の髪も。



 思わず足を止める。セシルが数歩進んで振り返った。彼に尋ねられる前に、さっと後ろを振り返る。当然ここまでの間に脇道なんてない。休憩所からまっすぐ伸びる道が続いているだけだ。


「アレン、どうした?」

「……ロニーとルーシーがいない気がする」

「えっ!?」


 セシルは道を進んでいく生徒たちに顔を向ける。ロニーは身長が低いが、さっきまではルーシーと並んで歩いていたはずだ。

 彼も2人を見つけられなかったらしく、慌てて辺りを見回した。


「いつの間にいなくなったんだ? 僕たちが後ろにいたから、遅れているわけではなさそうだけど」


 もしかして、と先程の休憩中の会話を思い出す。ロニーは森の中を探検したいと言っていた。そしてルーシーは、そんな彼を気にしていたはずだ。


――確かに進めなくはなさそうだが……まさか。


 森の中に目をらす。真っ暗で奥の方はどうなっているのかわからない。ここに入ったとしたら、確実に迷ってしまうだろう。と、セシルが言った。


「僕が広場まで戻ってみるよ。アレンは先に進んで先生方に伝えてくれるかい?」


 え、と咄嗟とっさに答えられず言葉に詰まる。彼だけでは危険かもしれない。しかしこれがセシルルートのイベントなら、私が一緒にいる意味は無い。

 むしろ私がいることでイベントが発動せず、セシルがルーシーの元に辿り付けないような事態になってしまうかもしれない。


 ぎゅっと拳を握って、小さく頷く。


「……わかった。気を付けてくれ」

「うん。君も気を付けて」


 セシルが私を追い越して道を下っていく。彼の後ろ姿を見送って、私は反対に進む。生徒たちは次の休憩所辺りにいるようだ。


 駆け足で山を登りながら、オリエンテーションのイベントを何とか思い出そうと頭を捻る。しかし、何も浮かばない。

 ロニーを追って森に入ったヒロインが迷子になり、セシルが探しに行くんだろうと予想は付くが、本当にそれだけだっただろうか。


 休憩所になっている2つ目の広場に飛び込んだところで、声をかけられた。


「アレン様! あれ、セシル王子は?」


 声変わりをしていない幼い声に、ぱっと顔を向ける。ロニーがベンチに座って目を丸くしていた。


「ロニー! ルーシーと一緒ではなかったのか?」


 駆け寄ると、彼は首を横に振った。髪にくっついていたらしい木の葉がぱらぱらと落ちるのを見て、じっと目を合わせる。


「……もしかして、森に入ったのか?」

「ち、違います! 足元で何か光った気がしたから、ちょっとだけしゃがんで探していただけです!」


 木の葉はその時に付いてしまったようだ。私を見上げる彼が嘘をついているようにも見えない。


――ロニーの姿が見えなくなって、森に入ったと勘違いしたルーシーが1人で迷い込んだのかもしれないな。


 となると、ロニーが光るものを見た辺りから奥に入った可能性が高い。

 そう思い、彼に向き直る。


「疑って悪かった。どの辺りで探していたか覚えているか?」

「え、えっと……さっきの広場からここまでの、真ん中くらいです」

「そうか、わかった。ありがとう」


 頭を撫でるついでに残っていた葉っぱを軽く払い、近くにいた先生にルーシーの姿が見えないことをげる。先生方も気付いていなかったらしい。

 驚いている彼らにセシルが探しに行ったことを伝え、さらにロニーから聞いた情報も伝える。慌てて1人の先生が道を下っていった。


 範囲としてはこの広場から先程の広場までの間。そんなに広いわけではないし、道から声をかければルーシーも気付くかもしれない。もしかしたらもうイベントを済ませて、セシルと一緒にこちらへ向かってきているかもしれない。


 先生も向かったから問題ないだろう。……と、思うのに。


――なんでこんなにモヤモヤしているんだ?


 イベントの内容がはっきり思い出せないからだろうか。それとも、自分が何をすればいいか判断できないからか。

 腕を組んで先生が走って行った道を見詰めていると、視界の端からライアンが近づいてくるのが見えた。


「アレン! 何かあったのか? 先生が1人足りなくなったから、こっちのグループに付いてくれって言われて来たんだけど」

「ルーシーがいなくなってしまってな。セシルと先生が探しているところだ」


 本当なら私も探しに行きたい。でも、これがオリエンテーションのイベントだと知っているからこそ何もできない。

 ここは私の出番ではないと自分に言い聞かせる。最初のイベントだから、そんなに時間もかからないはずだ。


 と、そこでライアンが言った。


「ルーシーって平民の子か! でも、聖魔力を持ってるんだろ? 魔物とも戦えるし、怪我も治せるなら強いんじゃないのか?」

「いや、聖魔法で自分の怪我は治せな……」


 そう言いかけて、思い出した。このイベントは、ただヒロインが迷子になってセシルに助けられるだけじゃない。

 魔物に襲われて、そこにセシルが来るんだ。そして


――セシルが彼女を庇って怪我をして、初めてヒロインがヒールを……。


 心に引っかかっていたのはこれだった。すぐに治ると分かっていても、友達が怪我をすると知りながら何もせずに待っているなんてできない。セシルは強いが、イベントの強制力のようなものもあるかもしれない。

 それこそ、幼い頃にルーシーと彼が出会ったように。


「アレン?」


 途中で会話を止めてしまったため、ライアンは不思議そうに首を傾げた。小さく息をついて、顔を上げる。


「すまない、ライアン。どうやら私も『心配性』らしい」

「え? どういう……」


 彼の言葉を待たず走り出す。

 イベントが起こっているだろう場所に向かって、来た道を駆け下りた。

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