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7話 変化と目標

 母様がクールソン公爵家の実権を握って数か月が過ぎた。父様のやり方に耐えられず辞めた、または辞めさせられた使用人たちが数人戻ってきたほか、新たに雇われた使用人や護衛兵も増えて屋敷内は賑やかになった。


 以前私の怪我を診てくれたあのお医者様も、再び屋敷に常駐することになった。

 おかげで母様の体調は完全に回復している。やはり原因は食事制限による貧血だったらしい。「またこんなに元気な奥様をみられるとは」とリカードが涙をこらえていた。


 そうして使用人が増えたにもかかわらず、私の専属メイドはジェニー1人だけだ。流石に部屋の掃除や食事の配膳は何人かでやっているが、複数人に世話をされるのがどうしても慣れないからと私が断った。とはいえ、ずっとジェニーが付いている必要はない。


 休憩も兼ねて時々誰かと交代するのはどうだろうと提案してみたが、「アレン様が私以外をお望みであれば」と若干とげのある言い方をされたので、なかったことになった。


「それにもしお傍にいるのが私以外であれば……アレン様の行動は危険すぎますので、全力で止められていると思います」


 そう言われ、苦笑する。確かに危険だと言われればそうだろう。


 ちょうど1か月前、産休に入っていた先生が復帰して勉強がスタートした。学園に入るのは日本で言う高校からなので、その前の小~中学の勉強に加えて、貴族としての基本的なマナーなどを習っている。


 初めて知ることばかりだが、大人の精神力と子供の記憶力のおかげでまったく苦にならない。さらに、今はまだ幼いということで午前中しか授業がない。つまり時間も体力も有り余っている。図書室の本もほとんど読み終えてしまった。


 乙女ゲームの本編が始まるまで時間はあるが、ゲームに描写されなかった部分で何が起こっていたかまではわからない。ストーリーの大筋を破綻させないためにも、学園に入ったらできるだけ役に徹したほうがいい。

 では、今後立派なクール担当攻略対象となるために何をするか。


――やっぱり、クールキャラと言えば『冷静』『頭が良い』『強い』だよなぁ。


 自分で言うのは恥ずかしいが、設定上そうなのだから仕方がない。


 そしてクール担当になるからには、学力が低レベルでも、その辺りの誰かにボコボコにされてもいけない。なぜなら、かっこ悪いからだ。わざわざ『クール』、つまり直訳で『かっこいい』と付いているくらいだ。ヒロインだけでなく、誰から見てもかっこいいキャラでいなくてはならない。


 ただ問題は『かっこいい』がどういうものか、考えれば考える程分からなくなってしまったということだ。


――前世の記憶通りなら、アレンはきっとそのままでも十分かっこよく育つはず。勉強も今のところ問題ない。……ということは、私に足りないのは『強さ』?


 ということで予定のない午後は、屋敷の影になっている空き地に陣取って戦闘訓練をしている。元は物置のような小屋があったが、使われていないからと母様が撤去したらしい。屋敷の入り口から離れた位置にあるため、人が来ることもあまりない。


 ジェニーからは「魔法をお使いになればこういった訓練は必要ないのでは?」と言われた。しかし、魔法は接近戦に弱い。うっかり杖を落としてボコボコに、なんてかっこ悪い事態にならないためにも、最低でも受け身くらいは取れるようになっておきたかった。


――前世でも護身術の型を動画で学んで真似したりしてたな。ありがたいことに、使う機会はなかったけど。


 そう思いながら、ちょうど空き地から見える護衛兵たちの訓練場に視線を向ける。実際の戦闘を念頭に置いた動きはとてもためになる。もちろん戦闘の必要がないくらい平和なのが一番なのだが、いざという時すぐに動けるようにしておく意味でも、訓練は大事だ。


 もう少ししたら、学園を中心に魔物の発生率が増えるだろう。一応、神殿を中心として国全体に聖魔法結界のようなものは張られているらしいが、魔界の門から漏れ出る瘴気はそんなものでは抑えきれない。クールソン家も絶対に安全とは言えない。魔物には魔法しか効かないらしいので、彼らには母様と……父様を守ってもらわなければ。


 そんなことを考えていると、訓練場の方から声がかけられた。


「アレン様! 本日は誰か手本になさいますか?」

「今のところ、私たちは訓練を終えたので手が空いていますよ」


 この場所で訓練をしているのは向こうからも見えているらしく、こうして時々気にかけてくれる。誰かが実際にこちらに来て、剣の型や受け身の取り方、狙うべき急所などを教えてくれることもあった。よく弟にも教えるんです、と言っていた兵もいた。


 彼らからしたら、雇い主の貴族とはいえ、小さな子供が自分たちの真似をしているのは可愛らしく見えるのかもしれない。そう言ってくれるのであれば、是非厚意に甘えたい。


「そうだな、じゃあ……」


 と返しかけたところで、遠くから声が聞こえた。アレン様、と呼んでいるあの声はナタリーのようだ。ジェニーも聞こえたらしく、辺りを見回している。ナタリーが私のことを探しているのなら、この場所が見つかるより先にこちらから向かったほうがいい。


「すまない、用ができたから今日はいい。また今度頼む」


 承知しました、また今度と返してくれる護衛兵たちに手を振って、ジェニーと共に空き地から出る。屋敷に沿って中庭のほうまで移動すると、ちょうど向こうから走ってきたナタリーと出会った。「アレン様!」と目の前で立ち止まった彼女が呼吸を整えるのを待って、尋ねる。


「どうした? 何かあったのか?」

「と、突然申し訳ありません。奥様がアレン様をお呼びです」

「母様が?」


 もしかして訓練のことだろうか、とジェニーと顔を見合わせる。ジェニーはもしものためと手にしていた救急箱を、さっと背中に隠した。護衛兵たちには、リカードや母様には内緒にするよう伝えてある。どこかからバレたのかなと思ったが、ナタリーの表情からは何故か期待のようなものを感じる。


 とりあえずあまり待たせるわけにはいかないので、母様の待つ執務室へ向かうことにした。




===




 執務室の中に入ったのは初めてだった。大きな窓が3つ並んでいて、その前に置かれた大きな机に母様が座っていた。壁の両端に棚があり、書類や本などが詰め込んである。机の上にも、山のように書類が詰まれている。その向こうから顔を出して、母様は笑顔を浮かべた。


「アレン! よく来たわ。急にごめんなさいね」


 そう言っている間も手を動かしているようだ。机の横に立っている秘書が心配そうな顔をして母様を見詰めている。溜まっていた仕事が忙しいと分かっているのに、何も手伝えないのがもどかしい。首を振って、母様の切りのいいところまで待つことにした。


 ナタリーがソファに案内してくれたため座って部屋を眺めていると、隅の方にぽつんと置かれた小さな机があった。そこに父様が小さくなって座っているのに気付き、思わず目を丸くしてしまう。


 数か月前の様子が嘘のように大人しくなっている。だいぶ絞られたようだ。父様の仕打ちを考えれば自業自得と言えなくもないが、それでも流石に少しかわいそうだなと思う。

 そういえば、最近あまり見かけないと思っていた。もしかしたら影が極端に薄くなってしまっているだけで、普段からちゃんといたのかもしれない。


 そうだとしたら気付いていなかった私もなかなか酷いな……と心の中で反省していると、母様がペンを置いた音がした。


「呼んだのに待たせてしまってごめんなさい。すぐに伝えたかったの」


 どうやら訓練のことではなさそうだ。目の前のソファに移動してきた母様にバレないよう、ほっと息をつく。ナタリーとジェニーが出してくれた紅茶の湯気を遮るように、さっそく母様が身を乗り出した。その目が何故かきらきらと輝いている。


「アレン、私と一緒にお茶会に行きましょう」

「お茶会、ですか?」


 全く予想をしていなかった単語が出てきて、つい聞き返してしまった。母様は嬉しそうに頷いて、一通の手紙を取り出した。薄く模様が入った、高級な紙が使われているようだ。それを楽しそうに眺めながら、続けて詳しい内容を説明する。


「さっきこれが届いたの。『元気になったと聞いたから、お祝いも兼ねて久しぶりに会いたい』って、大事な親友から。そこで彼女の息子を紹介してくれるんですって。アレンと同じ歳の子供がいるのよ。せっかくだから同年代の息子がいる公爵夫人をみんな招待するつもりらしいの。アレンもお友達ができるかもしれないし、一緒に行きましょう?」


 母様の親友というのは誰のことだろう。もしかしたら他の公爵夫人かもしれない。同じ歳の息子ということは、相手は正真正銘6歳の少年。さらにほかの子供たちも同年代なら、小学生男子がたくさんいるということか、と考えて若干不安になる。

 でもそんなことを理由に断るわけにはいかない。それに全員公爵家の息子なら、それなりに教育を受けているはずだ。前世の小学生と一緒にしてはいけない。


「私も母様とお茶会に行ってみたいです」


 それは正直な気持ちだった。母様が元気になったらする予定だったピクニックも、忙しさの関係でまだできていない。だから、このお茶会が初めての母様とのイベントとなる。

 お茶会では夫人方と子供たちで別れるかもしれないが、一緒に馬車で屋敷まで移動するのはきっと楽しいだろう。それに、その間は母様も仕事を忘れてゆっくりできるかもしれない。


「私もよ! じゃあ、そうやって返事を出すわね。ああよかった、私もやっとアレンを紹介できるわ! アレンが生まれる1年前に会ったきりだから、7年ぶりね。久しぶりのお茶会もとても楽しみ。何を着ていこうかしら」


 まだ返事もしていないというのに、母様はもう今からお茶会が待ちきれないというように立ち上がった。楽しみを堪えきれないようで、その場でくるりと回る。ドレスのスカートがふわりと舞うのを見ながら、母様が嬉しそうだと私も嬉しくて口元が緩んだ。


 お茶会、どんな感じなんだろう。話に聞いたことはあるが、参加するのは初めてだ。マナーをちゃんと勉強して母様に恥をかかせないようにしないと。


 やっぱりお茶菓子なんかも出るんだろうかとこっそり期待していると、母様が言った。


「さっそく準備を始めなくちゃ。私は何度か行ったことがあるけれど、アレンは初めての王宮だもの。しっかりお洒落していきましょうね」

「え?」


 思わず声が漏れた。王宮? なぜ今、急に王宮が出てきたのだろう。もしかして高位貴族のお茶会って、基本的に王宮でやるものなんだろうか……?

 突然の情報にきょとんとした私を見て、母様が不思議そうに首を傾げた。


「アレン? どうしたの?」

「あ、いえ……お茶会って、王宮であるんですか?」

「ええ、そうよ。あら、言ってなかったかしら」


 母様は改めて手紙を見せてくれた。白い立派な封筒に押されている、赤い封蝋に刻印されているのは――フレイマ王国の、炎を模した紋章。つまり、王家の紋だ。


「だって主催者は私の親友、王妃クリスティナだもの」

「じゃあ、私と同じ歳の息子って……」


 私が固まったのを緊張によるものだと思ったのか、母様はふふ、と微笑んだ。


「王子様とも、仲良くなれるといいわね」



 まさかこんなに早く、他の攻略対象と出会うことになるとは思っていなかった。

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― 新着の感想 ―
学園を中心に魔物が発生するってことは、学園内に魔界の扉があるって事だよね。 危険な場所に若者を置くって凄いな。扉に対して主戦力は聖女だけど、学園長が番人を兼任させられるほど、相当強いんだろうか。
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