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62話 芸術祭②

「スワロー家は代々、魔道具にも(たずさ)わっていますの。それこそ秘密ですので、詳しくはお話しできませんが……」


 カロリーナの話によれば、魔道具暴走の原因については、スワロー公爵家が学園と協力して調べているらしい。

 まだ完全に明らかになったわけではないが、仮説として『魔力溜まり』とやらが原因ではないかとスワロー公爵からウォルフに話していたようだ。彼女はウォルフからそれを聞いたのだという。


「魔力溜まりというのは造語か? 本でも読んだことがない」

「そうですわね。お父様によれば、自然発生または意図的に集められた魔力が、発散されないまま蓄積ちくせきされている場所のことだそうです」


 なるほど、と頷く。魔道具は大量の魔力を注ぎ込むと暴走する。魔道具の授業で一斉に暴走が起こったのは、その魔力溜まりから魔力が流れ込んだせいということだろう。


「魔道具の暴走が魔力溜まりのせいだということは、校庭のどこかに魔力溜まりがあると?」

「おそらく。ゴーレムが暴走した別館と校庭は近い場所にありますので、その辺りなのではと思っています」


 カロリーナは校庭の地下に魔力溜まりがあり、その影響をゴーレムが受けたのではと考えているようだ。ただ、それなら。


「魔道具庫の、他の魔道具が暴走していない理由がわからないな」

「……そうですわね」


 何故あの1体のゴーレムだけ動いていたのだろう。あの範囲全体に魔力溜まりが広がっているというわけではなく、鉱脈こうみゃくのようになっていたりするのだろうか。

 彼女は話を続けた。


「それも気になりますが……お兄様からは、今後しばらく暴走が起こることはないだろうと伺いました」

「何故だ?」

「アレン様はゴーレムと相対あいたいなさったのでしょう? そこで溜まっていた魔力をかなり消費したのではないか、とのことです。実際にゴーレムの件以来、一度も魔道具の暴走は起きていないようですし」


 魔道具庫でゴーレムと戦ったのは間違いじゃなかったらしい。ただ隠れているだけではなく、動き回って正解だったかもしれない。……その結果いくつか魔道具が犠牲にはなったが、そのことについては触れないでおこう。


 しかし魔力を消費したことで止まったのなら、再び魔力が溜まれば同じように暴走するということだ。次は、魔力が溜まる原因を調べる必要があるのだろう。


――なんとなく、見当は付いているが。


 何かを考えていたカロリーナが、「でも」と呟くように口を開いた。


「魔力がほぼ発散されているとすれば……先程門が開いていたのは、魔力溜まりの影響ではありませんわね」

「そういえば、あの門はいつから開いていたんだ?」


 彼女は静かに首を振った。


「わかりません。魔物が山から下りてきたのは確実だと思いますが、私たちが通りかかった時には、門はすでに開いていました」


 それを聞いて眉をひそめる。あの門が見えるようになるスイッチ部分は魔道具だろうが、開閉するのは手動のはずだ。誰かがわざと門を開けたのだろうか。


「近くには誰もいなかったのか」

「ええ。誰もいらっしゃいませんでしたわ」


 2人して頭を捻る。あの時間、あの辺りにいそうな人物に心当たりはある。が、カロリーナがまったく姿を見ていないなら、どうやって門を開けたのだろう。

 そこまで考えて、ふと気付く。


 魔法なら、遠くからでも門を開けられるのではないだろうか。


「カロリーナ、君たちが通りかかった時に……」


 と、尋ねようとした時だ。抱えていた女子生徒が小さく声を漏らした。

 医務室までもう少しだったが、立ち止まって声をかける。


「気が付いたか?」

「う……あれ? 私……」


 彼女は何度かまばたきをして、顔を上げた。


 ぱちりと目が合ってようやく思い出す。授業で魔道具が暴走した時、傍にいた女子生徒だ。あの時は分からなかったが、カロリーナの友達だったらしい。

 そう思ったところで、彼女が固まった。


「へ……えっ!? な、なんで……!!?」


 そのままボッと顔を真っ赤にしたかと思うと、再び気絶してしまう。

 思わず目を丸くして、カロリーナと顔を見合わせる。


「目覚めて急にアレン様が近くにいらしたので、驚いたのでしょうか」

「彼女とは、魔道具の授業で1度会っただけなんだが」

「あ……それがアレン様だったのですね」


 カロリーナはあの授業の話を彼女から聞いていたようだ。それにしても妙な気絶の仕方をしたが、大丈夫だろうか。彼女はまだ、あの時のことを申し訳ないと思っているのかもしれない。


 何故か複雑な顔をしていたカロリーナが、こほんと咳をしてこちらを向いた。


「それはそうと、何かお話しされようとしていませんでしたか?」


 ああ、と私も顔を向ける。先程尋ねようとしていたことを改めて口に出す。


「君たちが門の近くを通った時、風が吹いていなかったか?」

「風、ですか?」


 少し迷った後、カロリーナは頷いた。


「そういえば、一瞬だけ突風が吹いたような気がします」




===




 医務室に気絶した女子生徒を運び、講堂に向かって1人廊下を歩く。医務室にはリリー先生もいたが、カロリーナも彼女が起きるまではと残ることになった。


――門を開けたのは、図書館にいたあの人と同じだろう。


 問題は、何故そんなことをしたかだ。魔法で開けたのは姿を見られないためだろうが、その理由がわからない。門を開けるためには、前もって塀のスイッチを押しておく必要がある。つまり、計画的な行動だということだ。

 騒ぎを起こして演奏会を中止にしたかったのかと思ったが、外でいくら騒いでも講堂の中までは聞こえないだろう。偶然遅れて来た彼女たちに怪我をさせるのが目的だとも思えない。


 人気(ひとけ)のない校舎を進み、講堂に着く。拍手が聞こえるまで扉の前で待ち、素早く中に入る。席はいくつか空いていたが、移動するには遠い。

 扉の横に立ったまま壁に背を付けて腕を組む。すぐに次の演奏が始まった。


 門が開いた状態でこの演奏会が終わったらどうなるだろう。裏山に向けて魔法を放っておけば、確実に魔物は学園内に現れる。生徒たちが講堂から出たところで襲い掛かるかもしれない。

 怪我人が出なかった魔道具の授業でもあんなに非難されていたのに、そんなことになれば……。


――すべての責任はおそらく、学園長に向かうはずだ。


 ちらりと視線を前方に向ける。生徒たちから離れた席に、灰色の髪が見える。一体いつから席にいたんだろう。図書館にいたあの人は本当に学園長なのだろうか。

 確かに外見は似ていたが、と首を傾げる。わざわざ非難されるようなことをする目的もわからない。これは一旦置いておこうと小さく息をつく。


 前世では聞いたことのない音楽を聞きながら考える。今度は、カロリーナが言っていた『魔力溜まり』についてだ。


 目の前の座席には透明な魔鉱石が埋められている。ここから生徒たちの魔力を魔界の門に送り、封印を維持するためのものだ。

 大元の封印が解けかけていても、魔力を送り続ければ門の開放は遅らせることができる。しかし、門を開放したいラスボスがそれを見逃すとは思えない。


 この学園が創られてから70年近く経つが、その間に何度も魔道具の暴走が起こっていれば、さすがにおかしいと思われるはずだ。

 それが最近になって問題になっているということは、『魔力溜まり』ができたのもおそらく最近なのだろう。ではその魔力は、どこから生まれているのか。


――溜まっているのは、この講堂から送られた生徒たちの魔力なのでは。


 学園長の立場であれば魔界の門の場所も知っているだろう。そこに魔力を送る仕組みも知っているかもしれない。その仕組みに細工をして、送られてくる魔力が門に届かないようにする……なんてこともできるのではないだろうか。


 曲が終わり、拍手が起こる。合わせて拍手をしつつ、ゴーレムと相対した時のことを思い出す。あの時、魔道具庫の床に何かが埋め込まれていた。

 思い返せばあれは、ゴーレムが置かれていた棚のすぐ近くだった気がする。


 魔道具庫内であのゴーレムだけが勝手に動いていた。それは校庭の下にあるだろう魔力溜まりから、ゴーレムの近くまで魔力が流れてきたということだ。

 ちょうど、あの床の辺りまで。


 次の曲が始まり、拍手が収まる。先程に比べると大人しい曲だ。再び腕を組み、考えに集中する。

 校庭の下から魔道具庫まで、魔力が通るような道が繋がっているのかもしれない。そして暴走した魔道具の量を考えると、校庭の下に講堂から送られた魔力溜まりがあるのだろう。ということは、おそらくその近くに。


――『魔界の門』があるのは……校庭の下か。


 わっと曲が盛り上がり、辺りに音が響く。曲が落ち着くと同時にバイオリンのソロが始まる。滑らかな音色に耳を澄ませつつ、あごに手を当てる。


 魔道具庫のあの床に何かをすれば、魔界の門に辿り付くのかもしれない。もしくはあの下に階段でもあるのか。

 確認したいが、ゴーレムの件からあの辺りは立ち入り禁止になっている。別館の階段までは行けても、その先は封鎖されていたはずだ。


 ただ門の場所が分かったところで、まだヒロインは入学していない。ゲームの中の芸術祭が演奏会と劇のどちらだったかを覚えていれば、少なくとも来年かどうかは分かるのにと息をつく。

 そもそも芸術祭自体覚えていなかったし、記録もしていなかった。きっと、攻略対象との会話だけで終わるイベントだったのだろう。


 選択肢以外はオートモードでセリフが流れるようにしていたから、そこで話していただろうことも覚えていない。最後のイベントなんてラスボスとの戦闘までかなり長い会話があった気がするのに、それもほとんど覚えていない。

 ラストでは、学園長室から直接門のところに行っていた気がする。しかしあの床のことを考えると、実は間に魔道具庫を挟んでいたのかもしれない。


 ソロパートが終わって拍手が起こる。次の曲で最後らしい。曲の説明を聞いていると、視界の端に歩いてくる人影が見えた。

 見慣れた金髪が暗闇の中に揺れ、目を丸くしてしまう。


「セシル?」


 小声で彼の名を呼ぶと、セシルは小さく笑って隣に立った。


「たまたま後ろを見た時に、君が立っているのが見えてしまってね」

「セシルの席は一番前じゃないのか?」

「その予定だったけど、僕はいつも特等席だから。他の生徒たちに譲ったよ」


 どうやらセシルは後方の席にいたらしい。考えに集中していて気付かなかった。

 彼はこちらに顔を向けると、小声で言った。


「アレンはどうしてここにいるんだい?」

「入るのが遅れてしまってな。席を探す暇がなかった」

「そうか。珍しいね、君が遅れるなんて」

「……セシルは最初からいたのか?」


 セシルは頷いた。それなら、と彼に尋ねる。


「学園長は、最初からあの席にいたか?」

「え、学園長?」


 彼は前方に目を向けて、首を傾げた。


「どうだったかな。でも、さすがに途中で入ってきたら目立つだろうから、最初から席にいたと思うけどね」

「……そうか」


 確かにあの席ならかなり目立ってしまうだろう。演奏している人たちからも丸見えだ。黒いローブを着ていても、完全に姿が隠れるわけではない。


――じゃあ、図書館にいたあの人は……?


 と、そこでセシルが口を開いた。


「アレン、君に話しておきたいことがあるんだけど」


 改まって、何だろう。どうしたと尋ねる前に演奏が終わったらしい。大きな拍手が鳴り、はっとして私たちも手を叩く。

 指揮者が礼をしているのを見ながら、セシルが言った。


「仕方ない、今度改めて話すよ。そのうち君の部屋にもお邪魔するだろうから」

「ああ、わかった」


 彼がそう言うなら、急ぎというわけでもないのだろう。私からセシルの部屋に行くこともあるかもしれないし、授業以外で話す機会はいくらでもある。


 講堂を包む拍手の音は、しばらくやまなかった。

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