60話 集合と練習
長期休暇が明けた賑やかな寮の食堂。
端の席に座って、ジェニーが食事の準備をしているのを眺めながら考える。
――『違法魔道具』か。
昨日、リリー先生とゴーレムを回収しに行った時のこと。竜巻を起こした魔道具はどこにあるのかと、荷馬車の周囲を確認して見つけた。
地面に落ちて一部割れていたが、それは一見すると香水の瓶のようだった。
本によれば、違法魔道具はそれとわからない形で売っているらしい。普通に魔力を込めれば作動する他の魔道具と違い、魔力を込めた上で特定の動作をしないと魔法は発動しない。
昨日の瓶は、蓋が開いていた。おそらく魔力を込めた上で蓋を開けると、竜巻が発生するようになっていたのだろう。
だとすれば、その使用方法を彼らに教えた人物がいるということだ。ただ盗んだだけで使い方なんて分かるはずがない。そもそも、香水の瓶を選んで盗む意味はあるのだろうか。まさか誰かに渡されたのか。
護衛もいない平民から盗みを働くためだけに、わざわざ違法魔道具を使う必要はないだろう。それなら、想定されていたのは貴族相手だろうか。
ほとんど平民しか利用しないあの道を必ず通る、どこかの貴族に恨みを持った誰かが、若い彼らに頼んでいたのかもしれない。
ただ彼らは『切り札』と言っていたし、誰に使えとまでは指示されていなかったのだろう。……ということは、目的は特定の貴族を害するためではなさそうだ。
あの場所で竜巻を起こすこと自体が目的だったのだろうか。今回は柵の内側で済んだから怪我人が出なかったが、本当なら転がっていた岩や、軽い荷車なんかも巻き込まれていたはずだ。
そんなことになれば、盗賊たちも無事では済まなかっただろう。山の斜面も崩れて通れなくなって、とそこまで考えて頭を捻る。
――もしかして学園にゴーレムを運ぶ時は、毎回あの道を通っているのか?
まさかこれもラスボスの仕業だろうか。思わず眉を顰めたところで、ジェニーが食事を運んできた。
「お待たせいたしました。アレン様、何かお悩みでしょうか?」
「あ、ああ。いや、大丈夫だ。ありがとう」
こんなところで眉間に皺を寄せていたら、せっかく落ち着いた噂が再浮上してしまう。彼女は微笑んで礼をすると、壁際に移動して待機の姿勢を取った。
いただきますと心の中で呟いて、食事を開始する。
いつまでも昨日の違法魔道具が頭から離れないのには、理由があった。
――あの瓶のデザイン、どこかで見たことがあるんだよな。
違法魔道具が全部同じ形をしているわけではないだろう。でも、妙に引っかかる。どこで見たのだろう。母様が使っていた? ガラス細工の店で見た? 本の挿絵に描かれていた? 思い出せない。
そこで突然、生徒たちがざわついた。何だろうと顔を上げる。ちょうど食堂に入ってきた人物と目が合う。彼はぱっと顔を輝かせると、こちらへ向かってきた。
「おはよう、アレン」
にこにこと笑顔を浮かべながら隣の席に座る彼を見て、小さく笑う。
「おはよう、セシル。いいのか? こんなに端の席で」
「君の隣ならどこでもいいよ」
周囲の生徒たちはそわそわとこちらを見ている。セシルの隣や正面を空けて、少しずつ周囲の席が埋まり始めた。
やっぱり人気なんだなと思っていると、彼が言った。
「アレンとこうして朝食を共にできるなんて、夢みたいだ」
「大げさだな。寮の暮らしはどうだ?」
「王宮とは景色も違うし、こうして食堂も賑やかで楽しいよ」
セシルの後ろに立つスティーブンが小さく頷いている。確かに、王宮は広いが厳かな雰囲気があって静かだったなと思い出す。
話している間に、王宮で見たことのあるメイドが2人てきぱきと食事を用意していた。私たちの目の前で毒味をしているのを見て、ふと浮かんだ疑問を尋ねる。
「学園の食堂では、いつも食事を運んできたメイドが毒味をしているのか?」
「昼食かい? それなら、主にハンナが担当しているよ。彼女がいない時は別のメイドになるけど、ハンナは元王宮のメイドだからね」
やはり彼女は信頼度が違うらしい。なるほどと頷きながら、王族は大変だなと心の中で呟く。平和に見えるこの国でも毒味の習慣があるということは、毒を盛られた王族が過去にいたのだろう。
そういう話は基本的に極秘扱いのため、私も詳しくは知らない。
――そういえば、ヒロインが作ったお菓子を食べる時も毒味役がいるんだろうか。
さすがにヒロインが毒を入れることはないだろうし、聖魔法があればなんとかなりそうな気もする。と、そんなことを考えていたところで、声をかけられた。
「おはよう、アレン君。セシルも今日から寮だったね」
「おはよう……ご、ございます」
顔を向けると、ウォルフとライアンが並んで歩いてくるのが見えた。彼らは辺りを見回して、空いていた私たちの前の席に座る。
ライアンは「学園内とはいえさすがに王族と同じ席は」と抵抗していたが、ウォルフに無理やり座らされていた。
こうして朝から食堂に集まるのは初めてかもしれない。いつもは私が食べ終わった後に、どちらかとすれ違うことが多かった。
「珍しいな2人とも。こんな時間に」
まだ校舎に向かうには余裕がある時間だ。ウォルフが笑って言った。
「去年の長期休暇明けに起きられなくて遅刻寸前でさ。今回は余裕を持って行こうと思ってたら、早く起きすぎたんだ」
その隣で、ライアンも頷く。
「俺は家で5時起きが基本だったから、今日も同じくらいに起きちまって」
「早いな。ちゃんと休めたのか?」
「昨日寮についてからはずっとゆっくりしてたからな」
そう言う彼はいつも通り元気そうだ。昨日私はゴーレムを運ぶ手伝いをしていたから、結局誰とも会わなかった。寮に戻ったのも夕食の時間になってからだ。
みんなは寮でのんびりしていたのかもしれない。そう思っていると、ウォルフが思い出したように口を開いた。
「そうだ。アレン君、昨日リリー先生とどこかに行ってなかった?」
勢いよくセシルとライアンに顔を向けられ、目を丸くしてしまう。ウォルフは「ちょうど馬車から降りる時に見えちゃってさ」と笑った。
この3人はゴーレムのことも知っているが、周りの生徒たちに聞かれるわけにはいかない。何と言うか迷いつつ、若干ぼかして答えることにする。
「少し頼まれてな。大したことじゃない」
「ああ、先生の手伝いみたいな?」
「そうだな。手伝いだ」
私が答えると、セシルとライアンはほっと胸を撫で下ろした。もしや、また怪我をしたと心配させてしまったのだろうか。
彼らの様子を見たウォルフは、何故かしばらく口を押さえて笑っていた。
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「しかし、この勉強会とももうすぐお別れかぁ」
放課後の図書館で、ウォルフが伸びをしながら言った。周りに他の生徒はいない。遠慮なく体を動かすと、彼は机に頬杖をついて続けた。
「長期休暇が過ぎたら、あっという間に卒業式が来るんだよな」
「……そうか。寂しくなるな」
本から顔を上げ、呟く。1年を長期休暇で分けると前期の方が長い。後期はきっと彼の言う通り、あっという間に過ぎていくのだろう。
「この勉強会は2年以降も続けるのか?」
そう尋ねられ、ライアンと顔を見合わせる。
ヒロインがいつ入学するか不明なため、正直何とも言えない。でも2年からは、確実に専門授業で別れることになるだろう。首を振って答える。
「授業が完全に分かれるようになったら、難しいだろうな」
「あー、確かにね」
「やっぱそうだよなぁ」
ライアンが残念そうに肩を落としたのを見て、苦笑してしまう。彼がどういう道に進むのかはわからないが、さすがに私も専門的な知識はない。
「アレンとは、図書館や寮では会うだろうけどさ。やっぱ寂しいな」
「食堂でも会うだろう。今までの授業だって、毎回被っていたわけではないし」
「……それもそうか」
すぐに立ち直ったライアンに、ウォルフが呆れたように言った。
「別に寮の部屋は変わらないんだから、会いたければ会いに行けばいいよ」
「そ……っい、いや、それは」
「まーでも卒業式の前に、芸術祭とダンスパーティーがあるけどな」
ウォルフの言葉に頷きながら、ダンスパーティーはゲームでもあったが、芸術祭はあったかなと首を傾げる。おそらくあったのだろう。スチルがなかったから、詳細は覚えていないが。
「芸術祭は劇と演奏会を交互にやるんだ。去年が劇だったから今年は演奏会だな。講堂の席はだいたいみんな婚約者と座るから、1人ならできるだけ端を選んだ方がいいぞ。去年の俺はまだ婚約者が確定してなかったんだけど、両隣がうるさくて全然集中できなかった」
と、先輩であるウォルフが具体的なアドバイスをくれる。私は誰が隣に来てもあまり気にしないが、周りでずっと会話をされていると困るかもしれない。
そういう場ではマナーを守りそうなイメージがある貴族も、婚約者と一緒だと緩くなってしまうのだろうか。
複雑な顔をして、ライアンがため息をついた。
「俺はどっちかというと、ダンスパーティーが憂鬱だな。ダンス苦手だから」
「そうなのか?」
「ああ。一応踊れはするんだけど……誰かと一緒に踊った経験がないというか」
彼がそう言った瞬間、ウォルフが何かを思い付いたように手を叩いた。
「よし! それじゃあ練習しよう!」
「れ、練習?」
きょとんとしているライアンに、彼は大きく頷く。
「ダンスが苦手なら練習しないと。な? アレン君もそう思うだろ?」
「まぁ、そうだな」
ウォルフはどうしてこんなに目を輝かせているんだろう。不思議に思ったが、尋ねる前に彼は椅子から立ち上がった。
「そうと決まれば善は急げだ。さっそく外に出よう」
「え? いやいや、相手がいないだろ」
ライアンは首を振る。確かに、周りに女子生徒はいない。いたとしても、いきなりダンスの練習相手になってくれるとは思えない。
ウォルフはちらりと私を見て、間を置かずに言った。
「ライアンと身長差がそれなりにあって、女性パートも踊れる相手がいれば、練習くらいはできるよな?」
そこで、ようやく彼の意図を理解する。それならとライアンに声をかける。
「私が相手役をやろう」
「へ……えっ!? あ、アレン、女性パートも踊れるのか!?」
「ダンスは相手の動きも分かっていたほうがいいと聞いて、覚えたんだ」
私も席を立つと、ライアンは「ええ……」と戸惑いつつ立ち上がった。3人で以前魔法を試した場所へ移動する。
図書館から少し離れた辺りだ。ここなら人に見られることもないだろう。
「本当にいいのか? 公爵家のご令息相手にこういうのって失礼なんじゃ」
「アレン君はそんなの気にしないって。ねえ?」
「ああ。女性パートで誰かと踊ったことはないから、私も練習になる」
さっそくライアンと向かい合う。やはり改めて見上げると、リリー先生よりも背が高い。ライアンはじっとこちらを見下ろして、慌てて顔を逸らした。
「ち、近くないか? こんなに近いのか?」
「だいたいそんなもんだよ。身長にもよるけどな」
気になるならあまり見上げない方がいいかもしれない。特にライアンは、人と踊るのが初めてだと言っていた。ステップに集中しようと下を見る。
おそるおそる差し出された手を握ったところで、気付いた。
「ライアンの手は大きいな」
こうして並んでみると足も大きい。体格がいいのは素直に羨ましいなと思ってしまう。私も女子生徒やジェニーと並ぶとがっしりしているつもりなのだが、鍛え方が悪かったのか、子供の時から筋肉がつき難い。幼い頃に肉類をあまり食べなかったのも関係あるのかもしれない。
「ま、まあ。俺は身長があるからな。実家では農作業もしてるし」
「ライアンは握力もあるだろうから、あんまり相手の手を強く握らないようにな」
横にいるウォルフからアドバイスされつつ、立ち位置を調整する。そして、ゆっくりステップを確認しながら練習を開始する。
ライアンは本番さながらに緊張しているようで、私にも緊張が伝わってきた。数分踊り続けても、どこか動きがぎこちない。
学園のダンスパーティでは、踊る生徒たちが中心に集まるはずだ。この状態でそこに入ったらぶつかってしまいそうだと心配になってくる。
見かねたウォルフが声をかけた。
「ライアン、練習だからもうちょっと力抜いて」
「う、いや、分かってるんだけど……」
ライアンがそう言ったところでタイミングがずれ、足を踏みそうになったのを咄嗟に避ける。バランスを崩した私が転ぶと思ったのか、彼は慌てて手を引いた。
体勢を整えられず、引っ張られた勢いのままライアンにぶつかる。「あらら」とウォルフが苦笑いを浮かべた。
「おわっ! ご、ごめっ、大丈夫か!?」
「だ、大丈夫だ」
ずれた眼鏡を直しつつ、彼を見上げる。
ちょうど夕陽でライアンの顔が影になっているのを見て、ふと思い出した。杖の代金を彼から受け取った時も、今と似たような体勢になったことを。
ライアンも同じことを思い出したのか、数秒固まって、突然真っ赤になった。
「あああ、あの、わざとじゃない! から! ごめん!!」
わたわたと手を動かしながら、後退りして離れていく。そんなところまであの時と一緒にしなくてもいいのにと苦笑してしまう。
「大丈夫だ、ライアン。気にするな」
「いやっ、ほんと俺……すまん! ちゃんと分かってんだけど、分かってるはずなんだけど……や、やっぱ1回意識したら駄目だ……!」
ライアンは顔を手で覆ってしゃがみ込んでしまった。そんなに恥ずかしかったのだろうか。あの夜のことか、もしくはダンス練習のことか。
ダンスの練習自体が恥ずかしいなら、無理して苦手意識を持つ方が良くないかもしれない。どうしようかとウォルフに顔を向ける。
彼は「これは思ったより重症だなぁ」と、妙に楽しげに笑った。




