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59話 先生の魔法③

 頭領とうりょうが応える前に、誰かが『切り札』を使ってしまったらしい。


 突然、ゴオォと唸り声のような音を立て、柵の内側で竜巻が起こった。強風が吹き荒れ、悲鳴が上がる。ゴーレムが乗っているため荷馬車は耐えているが、どこかに掴まっていないと簡単に吹き飛ばされそうだ。

 風のせいでまともに動けない。盗賊たちは風にあおられて転んでいる。


「これは……っ違法魔道具!?」


 荷馬車から声が聞こえ、なんとか顔を向ける。リリー先生がゴーレムを抑えながら、焦ったように叫んだ。


「なんてものを切り札にしてんのよ!」


 違法魔道具。それについては私も知っている。魔道具関係の本に、作成と使用を禁じられている魔道具一覧が載っていた。

 そのほとんどに共通していたのは、攻撃系魔法を設定することだ。平民でも魔物が倒せるようになるのは良いかもしれないが、魔法は人に向いた途端、簡単に命を奪える凶器になってしまう。


――この竜巻は、風の攻撃系魔法を設定した魔道具で発動させたのか……!


 なぜ彼らがそんなものを持っているのかはわからない。誰かから奪ったのかもしれない。しかしこれでは諸刃もろはの剣だ。

 魔法も使えない彼らは、ただ強風に翻弄ほんろうされているだけだった。


 とにかく、なんとかしないと。魔法を止めさせなければと辺りを見回すが、土埃つちぼこりでほとんど何も見えない。一度氷の柵を解除して避難するべきだろうかと思ったところで、誰かの悲鳴が聞こえた。


「助けて! 飛ばされる!」


 声の方に目を凝らすと、氷の柵に掴まったまま飛ばされそうになっている人影が見えた。他にも数人、冷たい柵にしがみついているようだ。

 これでは柵を消すわけにはいかない。アイススピアで彼らの服を地面にい留めればとも考えたが、視界が悪くて狙いがさだまらない。


「ど、どうしよう! これ、どうやって止めればいいんだ!?」

「魔道具から手を離せよ!」

「離しても止まらないんだよ!!」


 荷馬車の前方から悲痛な叫びが聞こえる。違法魔道具は彼らの元にあるらしい。


――すでに魔道具から手を離している? 


 それなのに止まらないとはどういうことだろう。やはり、そういう部分も普通の魔道具とは違うのだろうか。どんな形をしているかは分からないが、今すぐ止めるためには、魔道具自体を破壊するしかないのかもしれない。

 荷馬車に掴まりながら向かおうとしたところで、今度は後方から声が上がった。


「お、おかしら!?」


 続いて、危ない、どうしてあんなところにと声が聞こえる。かすかに見える人影は揃って上を向いていた。

 視線を追うように空を見上げて、はっとする。いつの間に竜巻に巻き込まれたのか、頭領はかなり高いところまで吹き飛ばされていた。

 

 咄嗟とっさに杖を構え、思考を巡らせる。氷魔法でどうやって助ければいいのだろう。


 あの高さでは川に落ちても助からない。氷魔法ではクッションにもならない。階段を作っても風に煽られた状態では下りられないし、アイススピアを使って引き寄せようにも、その勢いで怪我をしかねない。

 地面から氷の棒を立てれば掴まって下りられるだろうか。そう考えたところで、気が付いた。


 頭領の彼は気絶しているようで、意識がない。


 これでは自力で下りてくることはできない。先に魔道具に込められた魔力が消えれば、きっと竜巻も消えてしまう。

 荷馬車に掴まったまま、どうすればと手に力を込める。



 ふと。

 視界の端で、リリー先生が杖を構えているのが見えた。




===




――未だに、杖を握るたびに頭に響く言葉がある。


 それはあの時、あたしが傷付けた彼に言われたこと。


『お前、わざとだろ。……違う? じゃあ無意識に、人に怪我を負わせたのかよ』


 小さな切り傷だらけで、服に血をにじませて。昨日まで友達だった相手の、恨みのこもった視線が忘れられない。


『それが本当なんだったら、そのうち無意識に人を殺すかもな。もう魔法なんか使わないほうが良いぜ』


 あたしの魔法は人を傷つける。


 きっと無意識に腹を立てたんだろう。びっくりしたなんて言いながら、彼を傷つけようと思ってしまった。覚えていないだけで。

 医者になりたいって言ってたくせに、魔法で人を傷つけようとした。それは、たぶんあたしの意思。自分でも気付いてなかった酷い本性。


――最低な奴だわ。被害者面して。


 アレンはああ言ってくれたけど、あたしが傷付いたのは自業自得。相手に付けた傷が自分にも返って来ただけ。あの時も彼を助けようとしたのは確かだけど、こんな魔法じゃ誰も助けられない。傷つけることしかできない。


「お頭!」

「みんな、固まれ! 受け止めろ!」

「無理だよ高すぎる!」


――助けないと。


 あの子を助けないと。あたしは医者なんだから、どんな相手でも目の前で怪我なんかさせられない。あたしが助けないと。学園の先生として動かないと。

 できる、できるわよ。風魔法なんだから受け止めるくらいできるでしょ。杖は持ってる、後は唱えるだけ。


 唱えるだけ、なのに。


「……っ、……!」


 声が出ない。頭の中では唱えられているのに口が動かない。手が震えて杖の先がぶれる。ただ息をしているだけで、勝手に呼吸が荒くなる。


――怖い。


 助けられるの? 本当に? もっと酷いことになるんじゃない? みんなに大怪我をさせるんじゃない?

 この荷馬車もめちゃくちゃになるかも。守らないといけない生徒にも怪我をさせるかも。誰かを傷つけるようなあたしの魔法じゃ、駄目なんじゃないの。


『そのうち無意識に人を殺すかもな。もう魔法なんか使わないほうが良いぜ』


 また同じ言葉が頭に響く。どうしよう。本当にそうなったらどうしよう。助けなきゃいけないのに、あたしは医者なのに。

 あたしの魔法で……殺しちゃったらどうしよう?


 頭が冷たくなってくる。喉がカラカラで痛い。手に力が入らない。

 ああもう、いいから早く唱えなさいよ! 早く、早く、早く……!


 徐々に竜巻の勢いが弱まってくる。視界が開ける。


 今よ! 今、唱えないと助けられない。わかってる、わかってるのに! 

 今朝の練習では、ちゃんとできてたじゃない。誰も傷つけないように意識して、魔法を使えばいいだけじゃない!


『そのうち無意識に人を殺すかもな』


 息が詰まる。杖を持つ腕が自然と下がる。


 助けようとしても無意識に傷つけるなんて、そんなの、どうしたらいいのよ。どうやって助けたらいいの? あたしの魔法は……



「リリー先生」



 突然、杖を握っていた手を両手で包まれた。ぎゅっと力強く握られ、我に返る。

 あたしと同じ黒髪を揺らして、アレンが荷馬車の外から見上げていた。



「大丈夫です」



 言い聞かせるような声が、はっきり耳に届く。


「リリー先生は、優しい人です。立派なお医者様です。誰かを望んで傷つけるような人じゃありません。ちゃんと、知ってます。……大丈夫です」


 灰色の瞳にあたしが映ってる。不安そうな酷い顔。アレンにも見えてるはずなのに、どうして大丈夫なんて言えるのかしら。

 安心させるように強く握られた手から熱が伝わってくる。乱れていた呼吸が少しずつ落ち着く。大きく息をついて、彼の目を見返した。


「でも……あたしが魔法で人を傷つけたのは、事実なのよ」

「先生は魔力保有量が多いでしょう? そういう人はまれに、うまく調整できなかった魔力が意図しない形で魔法として発動するらしいです。本で読みました」


 彼は目を逸らさずに言った。意図しない形で、という言葉にハッとする。


「あたしが、意図して友達を、傷つけようとしたわけじゃないってこと……?」

「そうです。先生はそんな人じゃありません」


 アレンは力強く頷くと、右手で杖を構えた。

 左手は、杖を握るあたしの手に添えたまま。


「魔法を使ってください、先生! 彼を助けるために!」

「で、でも。もし失敗したら、彼に怪我を」

「大丈夫です」


 ふ、と風が止む。竜巻が消える。空から頭領が真っ逆さまに落ちてくる。

 お頭! 受け止めろ! と騒ぐ声に重ねて、アレンが言った。


「私が守ります。先生には誰も、傷つけさせません」


 ぎゅっと彼の手に力が入る。不思議と、それ以上杖が震えることはなかった。


氷の盾(ガード・クリエイション)!」

「……ッ風の器(アクセプト・マット)!!」


 アレンの詠唱につられるようにして、口から呪文が飛び出した。


 パキッと音がして、先に氷の盾が現れる。落ちてくる彼と、あたしたち。そしてそれ以外の盗賊の周りにも。


――この一瞬で、全員を守る盾を作り出すなんて。


 すでに何度も魔法を使って、たくさん魔力を消耗してるはずなのに。アレンは本当に、あたしの魔法で誰も傷つかないようにしてくれたらしい。


 誰かを傷つけることで、あたしが傷つかないために。


 次いで風がうずを巻き、大きなクッションを作る。それを見て息をのむ。落下してきた頭領はふわりと一瞬沈んだ後、静かに地面に横たわった。



 風魔法で怪我をした様子は、ない。



「……助けられた」


 ぽつりと言葉が漏れる。氷の盾が消えたところで、盗賊たちは頭領のもとに駆け寄った。呆然とその様子を眺めていると、アレンが顔をこちらに向けた。


「リリー先生、お医者様として診てあげてください」

「あっ……そ、そうね」


 急いで荷馬車を降り、彼らの間を通って頭領の傍にしゃがみ込む。


 アレンが作った柵の内側で竜巻が起こったから、辺りに散乱している岩は運よく巻き込まれなかったらしい。多少の擦り傷はあるものの、何かにぶつかって大きな怪我をしているということもない。

 酸欠で気絶しているのかしらと考えたところで、彼は目を覚ました。


「……あれ? 何がどうなって」

「お頭!」

「す、すみません! 俺が切り札を使ったせいで!」


 口々に説明する中で誰かが「貴族に助けられた」と伝えたらしく、彼は驚いた顔をした。盗賊たちはそれぞれ顔を見合わせている。

 頭領も含めて、これからどうすればいいのか決めかねているようだ。


――まぁ、竜巻のせいで盗みどころじゃなくなったものね。


 久しぶりに人に向けて魔法を使った実感がない。でも、目の前の彼は無事だ。

 あたしの魔法で受け止めた。あたしの魔法で助けられた。


 アレンが、勇気をくれたから。


 彼にお礼を言わないと。そう思ったところで、声が聞こえた。


「おーい、何してるんだ?」

「あれ? あんたらさっきの……なんだこれ、氷?」


 先程一緒に岩を移動させた2人組が、後ろからやって来るのが見える。荷物を運んだ後のようで、荷馬車は空になっていた。

 アレンと顔を見合わせて、彼らに事情を説明する。アレンが氷の柵を消しても盗賊たちは大人しかった。


「あんたら貴族様だったのか! それは失礼した」

「こいつらを衛兵のところに連れていけばいいんですね」


 いつの間にか山から下りてきた残りの盗賊たちも合わせて、9人。乗れるだけ荷馬車に乗せて、残りは歩きで。衛兵に引き渡すのは彼らに任せることにした。

 ゴーレムが載っている荷馬車に乗せるわけにはいかないし、あたしたちの後ろから街まで付いてきてもらうことにする。


 頭領が大人しくなったせいか、誰も逃げようとはしなかった。盗賊たちが荷馬車に乗り込む間に、ちらっとアレンに視線を向ける。

 彼は何故か、あたしたちの荷馬車の前方で地面をじっと見ていた。その髪色がじわりと黒から青に変わるのを見て、声をかける。


「アレン。魔法、解けちゃってるわよ」

「え? ああ、本当ですね」


 青い髪を揺らして、彼が振り返った。青もいいけど、黒も良かったわねと独りごちる。せっかくお揃いだったのに、残念。……あら? 残念?


「一応、後で黒髪に戻しておきます」


 そうアレンが言ったところで、ゴロンと重い音がした。


 後ろの盗賊たちから「あっ」と声が上がる。中途半端なところで止まっていたらしい。山の斜面を転がって来た岩が、あたしたちの横を勢いよく通り過ぎる。


 そして、そのままの勢いで川に飛び込んだ。


 アレンと同時に杖を構えたけど、間に合わなかった。バシャンッ! と大きく水しぶきが上がり、荷馬車に乗っていなかったあたしたちだけ水を被ることになる。

 馬が驚いて荷馬車がわずかに進み、御者が慌てて落ち着かせる声が聞こえた。それ以外は突然のことに呆気にとられ、しんとしている。


「……っふ」


 目の前のアレンが口を抑えた。意外な反応に目を丸くしてしまう。どうやらそれだけでは抑えられなかったらしい。息をつくと、彼はこちらに顔を向けて笑った。



「今日は、本当にいろんなことが起こりますね」



 濡れた髪が陽の光にきらきらと輝いて、なんだ彼自身が宝石みたいに綺麗で。

 その笑顔を見た瞬間、ドクンと胸が高鳴った。



 どうしてあたしの魔力保有量が多いと知ってたのとか、さっき何を見ていたのとか、色々聞きたいことがあったはずなのに。何故か、全部吹き飛んでしまった。


 ローブを絞って「そろそろ行きましょう」と言う彼に、なんとか言葉を返す。アレンの背中を眺めながら、妙に騒がしい心臓を手で押さえる。


――まさか、あたし……え、嘘でしょ?


 おかしい。さすがに単純すぎるわ。


 ちょっとトラウマを克服させてくれたからって。ちょっと礼儀正しくてかっこよくて笑顔がかわいくて、身分で相手を見下すことのない優しい良い子だからって、そんな。……こんな風に、いきなり自覚するなんて。


 顔に熱が集まってくる。あまりじっと眺めていると余計なことを言いそうで、口を抑えて目を逸らす。今はあの青い髪が眩しすぎる。

 そんなつもりはなかったのに。医務室の先生として頼られるだけでも、十分嬉しかったのに。これからは、いちいち気にしなきゃいけなくなるじゃない。


――ああもう。なんで気付いちゃったのかしら。


 彼が荷馬車に乗り込んだのを確かめて、こっそり頭を抱える。

 変に緊張していたせいで、帰りの道は行きよりも長く感じた。

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