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6話 朗報と進展

「そうですか、記憶が……! ああ、本当によかった。よく思い出されました」


 昼前の図書室。ちょうど廊下を歩いていたリカードをジェニーに呼んでもらい、早速報告した。彼もまた、アレンの記憶喪失を知っていた1人だ。これ以上心配をかけないためにも、早く記憶が戻ったことを伝えたかった。


 リカードは話を聞くとわずかに目を赤くして何度も頷いた。ジェニーのこともたくさん褒めていた。聞けば、無理に記憶を戻そうとせず様子を見ましょうと進言したのはジェニーだったらしい。おかげでだいぶこの世界に慣れていたため、アレンとしての記憶が戻っても問題なく受け入れることができた。


 改めて考えれば、最初からこの世界の言葉や文字が理解できていたのは、心の底にアレンとしての記憶があったからなのだろう。もしかしたら、母様を元気にしたいという想いや、父様に対して腹が立ったこともそうだったのかもしれない。


「それにしても、本日は喜ばしい話ばかり入ってきますね」


 嬉しそうな顔をしているリカードに、何のことだろうと首を傾げる。他に何か良いことがあったのだろうか。ジェニーと顔を見合わせていると、彼は「ちょうどアレン様をお呼びしようとしていたのですよ」と微笑んだ。



「奥様がご回復なさったようです。本日は既に起きていらっしゃいます」





===




 自然と早足になっていることに気付いたが、廊下が長いから仕方ないと自分に言い訳する。あまり急ぐと危ないですよと後ろから注意するジェニーの声も、心なしか緊張しているようだ。記憶が戻って屋敷の大まかな部屋の位置も思い出したため、迷うことなくまっすぐ居間に向かう。


 いつも母様の部屋の前にいた護衛兵のイサックが、居間の扉の前にいた。扉は片側だけ開いているようで、中から女性の話し声が聞こえてくる。一瞬足が止まりかけたが、ジェニーに軽く背中を押され、少し速度を落としつつ近付く。こちらに気付いたイサックは待ってましたと言わんばかりの笑顔を浮かべて、扉の前から退いてくれた。


 開いている扉から、ちらりと中を覗き込んでみる。貴族のマナーとしては良くないだろうが、今だけは許してほしい。


 大きな窓の前に、小さなテーブルといくつかの椅子が置かれている。その内のひとつに華奢きゃしゃな女性が座っていた。薄暗い部屋の中では少し分かりにくかった、私と同じ鮮やかな青い髪。初めてちゃんと顔を見て、自分の母親なのに『綺麗な人だ』と思った。


 何と言って入ればいいのか迷っていると、先にナタリーが気付いた。イサックと同じような笑顔を浮かべ、奥様、と声をかける。ぱっと顔をあげた母様がこちらを見て、目が合った。



「アレン!!」



 大きく腕を広げて、呼ばれる。そこから目が離せなくなる。

 ジェニーに背中を押されたのかもしれないし、違うかもしれない。とにかく気付いたら駆け出していた。



「母様……!!」



 そのままの勢いで飛び込む。大丈夫かなと思ったが、母様はしっかり受け止めてくれた。ぎゅっと今まで会えなかった時間の分を取り戻すかのように強く抱き締められる。その力強さに安心する。よかった、元気そうだ。よかった……。


 しばらく抱き締め合ってからそっと離れる。すぐ近くで見た母様の目の色も灰色だった。まだ少し痩せているし、完全に健康そうだとは言えないが、それでもかなり良くなったと思う。顔色も悪くない。これだけ陽の入る明るい部屋にいても平気なところを見ると、今日は頭痛も起こっていないのだろう。


「アレン様、どうぞこちらへ」


 ナタリーが椅子を母様のすぐ近くに移動してくれた。若干鼻声だ。いつの間にか傍に控えていたジェニーも、母様も涙ぐんでいるようだった。私も人のことは言えないが、泣くのが恥ずかしくてなんとか堪えた。


――アレンとしての記憶が戻った後で、本当によかった。


 椅子に座り、母様と向かい合う。今までこんなに簡単なことすら叶わなかった。


 大人としての記憶があるからこそ母様の気持ちも分かっている。でも、子供としてのアレンのままだったら、もしかしたら今も天邪鬼を発揮して不機嫌だったかもしれない。


「アレン、ありがとう」


 ナタリーからハンカチを受け取った母様は、目元を拭って口を開いた。


「毎日会いに来てくれていたことも知ってるわ。ごめんね……もっと早くに、あなたとこうして会えればよかったのに。ごめんね。6年間も待たせてしまって。こんな母様を、助けてくれてありがとう」


 そんなことない、と首を振る。どうかそんなに謝らないでほしい。助けたと言われるようなこともしていない。私はただ食事の内容について提案しただけで、実際には何もできていない。母様に聖魔法を受けてもらうための資金も集められないし、効果のある薬草も見つけられない。父様の説得すらもできていない。


「いいえ、母様。私は大したことはしていません。お元気になられたのは母様のお力と、使用人たちのおかげだと思っています。それに、そんなに謝られないでください。こうして母様が元気でいてくださることが、一番嬉しいです」


 私がそう言うと、何故か母様は目を丸くした。あれ、何か変なことを言ってしまったかなと一瞬緊張する。先程アレンとしての記憶を思い出したばかりで、もしかしたらまだ思考が混乱しているのかもしれない。

 一体どこに驚かれたのかと自分の言葉を脳内で思い返していると、母様は再び目を潤ませた。


「こんなに大人びて……! 無理しなくてもいいのよ。これからもっと母様は元気になるから、たくさん甘えていいの」


 再びぎゅうと抱き寄せられる。その言葉を聞いて気付いた。


 アレンはまだ6歳だ。初めてとも言える母親との会話にしては、しっかりしすぎていたのかもしれない。とはいえ中身が22歳だというのに、これからずっと子供のように振舞うのは無理がある。なんとか前世云々の話を出さずに、心配させないように誤魔化せないかと母様の胸の中で考えた。


――できるだけ嘘は言いたくない。


 下手に嘘をついても、母様には分かってしまいそうな気がする。だから、本当のことだけ伝えることにした。


「母様、大丈夫です。無理はしていません」


 母様は心配そうな顔をしながら、腕を緩めた。その手を握って目を合わせる。きっと、自分のせいだと思ってるんだろう。本当は子供として甘えたいのに、我慢して大人のふりをしているんだと。

 確かに以前はそうだったのかもしれない。でも、今の私は違う。


「気付いたんです。今のままじゃいけないと。子供のまま、誰かが動いてくれるのを待つだけでは駄目なのだと。私は私にできることをしたいと思ったんです」


 前世の記憶を思い出したことで、この世界の未来を知った。何もしなければ、近いうちに訪れるであろう未来。母様が疫病で亡くなってしまう未来。それを回避するために、やれることはやっておきたかった。


「それが、母様にたくさん栄養を取ってもらえるように、使用人に頼むことでした。……でも、それだけです。実際に栄養を考えて料理を出したのも、ずっと母様のお世話をしていたのも私ではありません。私は薬も聖魔法を受ける費用も、何もご用意できませんでした」


 何故かナタリーが驚いたように口に手を当てたのが見えた。母様はハンカチで目元を抑えながら話を聞いてくれている。何もできていないのが申し訳ないと思いながら、改めて言葉にする。


「母様がどう思われていたのか、ナタリーに聞きました。体調が悪かったのは母様のせいではありません。それに、使用人を動かすことを躊躇ためらうなと、ジェニーが教えてくれました。だからリカードに頼んで、お医者様にも色々と伺うことができました。みんなのおかげで母様が元気になってくださって、嬉しいです。本当に、嬉しいのです」


 話しているうちに、じわじわと目頭が熱くなってきた。下を向いたら涙が零れてしまいそうだ。


 本当に、私1人では何もできなかった。こんな子供の言葉をみんなが信じて動いてくれたから、こうして母様と話せているのだと思うと感謝でいっぱいになった。

 こんなに私たちのために動いてくれる人たちに、今までどうして頼らなかったのかと悔しく思う。もっと素直になれていれば。私がもっと早く行動していれば……。


 涙が落ちないように目を擦っていると、先ほどとは違う、ふわりと優しい力で抱き締められた。


「アレン……ああ、アレン。たくさんたくさん調べてくれたのね。何もできていないなんて言わないで。あなたが動いてくれたから、使用人の彼らは動くことができたのよ。……夢の中でね、ダニエルとあなたが言い合っているのを見たの。しっかりと自分の意思を持って、自分の父様と真正面から向き合って。あれもきっと、夢じゃなかったのね」


 頭を撫でられて、ついに堪えきれずに零れてしまった涙が母様の服に吸い込まれていく。きっとお高いのに、なんてわざとズレたことを考えないと止められそうもない。


「せっかくあなたが私のために動いてくれたんだもの。もう寝込んでなんかいられないわ。もっとたくさん栄養を取って元気になるから、そうしたら一緒に中庭でピクニックをしましょうね」

「……はい。楽しみにしています」


 結局私も鼻声になってしまった。少し恥ずかしいと思いつつ撫でられたままになっていると、「あら」と母様が何かに気付いたように手を止めた。不思議に思って顔を上げる。母様は私の後頭部を気にするように覗き込んでいた。


「はれものができてる。どこかで転んだの?」


 はれもの? と疑問に思い、自分でも触れてみる。だいぶ小さいが、確かに頭の一部が腫れていた。頭をぶつけた記憶なんて、直近で覚えているのは1つしかない。特に何も考えず、思い浮かんだ答えをそのまま口にした。


「おそらくこれは、父様に階段から落とされた時に」

「階段から落とされたですって……?」


 その瞬間、急に部屋の温度が下がった気がした。はっとして母様を見る。微笑んで続きを促しているようだが目が全く笑っていない。距離を取りながら、ええと、とジェニーを見る。私の視線に気付いた母様が静かに、ジェニーに「話しなさい」と命じた。

 わずかに青い顔をして、彼女があの日のことを説明する。母様は表情を変えなかったが、目が次第に鋭くなっているのがわかった。説明を聞き終わると、小さく息をついて口を開いた。


「ナタリー」

「は、はいっ!」


 同じく青い顔をしていたナタリーは、突然名を呼ばれて肩を跳ねさせた。母様はにっこりと笑っていない笑顔を彼女に向けて、首を傾げた。


「私が普段使っていたあの杖はどこに置いたかしら?」

「えっ、ええと確かあの杖は、以前街でお倒れになった時に紛失されたままかと」

「そう。じゃあ予備の杖でいいわ。ベッドサイドの引き出しに入っているから」


 すっと手を差し出し、ナタリーに命じる。


「持って来なさい」

「はい! た、ただいま!」


 母様と私にそれぞれ礼をして、慌てて部屋を飛び出していくナタリーにぽかんとしてしまう。母様は悲しそうな顔をして私の頭を撫でた。その手が酷く優しいのが逆に怖い。


「ごめんね……あなたが大変な時に私ったら、何も知らずに自分のことばかり」

「い、いえそんな。大した怪我もしていませんし」


――まぁ、一時的に記憶喪失にはなっていたけど。


 それが伝わってしまったのか、母様はじっと私の目を見詰めて手を握った。さっきと反対だなぁと思っていると、何やら恐ろしい言葉が聞こえてきた。


「心配しないで、アレン。もう2度とあなたにそんなことさせないから。100年の恋も冷めるとはこのことね。情けなんてかけずに徹底的に根性を叩き直してやるわ」


 誰のことかは聞かなくても分かる。灰色の目の中に、青い怒りの炎が見える気がした。もしかしたら、母様は私が思っているよりも強い人なのかもしれない。


「お、お待たせいたしました!」

「さて、それじゃあ少し行ってくるわ。またね、アレン」


 ナタリーが戻ってきたのと同時に母様が立ち上がる。合わせて私も立ち上がると、母様は微笑んで、軽く私の頭を撫でて部屋を出て行った。……片手に、ナタリーから受け取った杖を握りしめて。

 部屋に残された私は、ジェニーと青い顔を見合わせるしかなかった。




 後から、『旦那様の執務室が氷漬けになったらしい』と風の噂で聞いた。


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