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57話 先生の魔法①

 長期休暇の最終日。明日からの授業に備え、ジェニーと共に寮へ戻った。他にも数人戻ってきた生徒はいるようだが、ほとんど人の気配はない。早めの昼食を取ろうと食堂に行った時も、生徒の姿は見えなかった。


 荷物を置いて時間が余ったため、制服に着替えて図書館へ向かうことにする。すでにセシルがいれば部屋を案内しようかと思ったが、彼が寮に入るのは、早くても今夜からになるらしい。

 ライアンは午後に着く予定だと言っていた。カロリーナは夕方に戻るという。ということは、彼女の兄であるウォルフもきっとそれくらいだろう。


――いや、どうだろう。婚約者と一緒に来るのか。


 長期休暇中は、ウォルフには会わなかったからわからない。今年で卒業なら1回くらい会いたかったなと思いつつ、人気(ひとけ)のない校舎を通って図書館に向かう。

 校舎が開いているなら図書館も開いているだろう。もしダメだったら学園内を歩き回って、魔界の門がありそうな場所を探すのもありかもしれない。


 そう考えながら渡り廊下を歩いていると、校舎裏の方から声が聞こえてきた。


風の刃(リップ・ナイフ)!」


 聞き覚えのある声だ。以前もここで彼の声を聞いたことがあるなと思いながら、その方向へ足を向ける。

 予想通り、リリー先生がそこにいた。1本の木に向かって魔法を放ち、木の葉に当てている後ろ姿が見える。魔法の練習中だろうか。


――そういえば、リリー先生が魔法を使っているのは初めて見た気がする。


 魔道具が暴走した時も、青い顔をしていたのは覚えているが魔法を使っていた記憶はない。様子を見る限りでは、以前のライアンのように魔法が使えないというわけでもなさそうだ。

 それにしても何故こんなところで練習しているのだろう。もしくは練習じゃなくてストレス解消だったりするんだろうか。


 と、突然いつもの灰色の猫が、リリー先生の前に飛び出した。


 どうやら木の上にいたらしい。ギクリと先生が体を硬直させ、狙いがずれる。風でできた刃が猫に向かって飛んでいく。それを見て反射的に杖を取り出す。


「ッ氷の盾ガード!」


 短く唱えるのと同時に、氷の盾が現れた。キンッと高い音が辺りに響き、盾にぶつかった刃は霧散むさんして消える。

 猫はいきなり目の前に現れた氷に驚いたらしく、いつの間にか逃げていた。


「……アレン?」


 こちらを振り返った先生の顔は真っ青だった。杖を握った手も小さく震えている。あの授業の時のようだと思いながら、彼に駆け寄る。


「大丈夫ですか? すみません、咄嗟とっさに」

「なんであんたが謝んのよ……」


 深いため息をつくと、彼は手に持った杖を睨み付けた。

 そして、少し間を置いて顔を上げる。


「助かったわ。ありがとう、守ってくれて」


 いえ、と返しつつ『助かった』という言葉を不思議に思う。猫が助かったという意味かと思い、ひとまず置いておく。


「魔法の練習ですか?」

「ええ、まぁ……そうね。生徒がいない時じゃないとできないから」


 若干言葉をにごして、先生は杖をふところに仕舞った。あまり聞かれたくないのかもしれない。隠れて練習していたのなら、私に見つかったのも想定外だったのだろう。

 不安そうな彼を安心させるため、頷いて返す。


「ご安心ください。誰にも言いません」

「……ありがと。ま、アレンなら心配ないわね」


 苦笑いして、先生は首を傾げた。


「で、あんたはまた図書館に行こうとしてたの?」

「はい。まだ1度も目を通していない本も多いですから」

「ほんと、好きねぇ。そのおかげで知識が豊富なんだろうけど。……アデル姉さんが、何のことかわからないけどすごく感謝してたわよ。お礼を言わなきゃって」


 それを聞いて安心する。この世界の医学がどのくらい発展しているのかは分からないが、その様子だともう『わかった』のだろうか。

 勘違いだったら申し訳ないと思っていたが、あの時生魚を食べるのを止めてよかった。来年には可愛いお子さんが生まれているかもしれない。


 想像して、つい頬が緩んでしまっていたらしい。気付けばリリー先生が(いぶか)しげな眼差しでこちらを見ていた。


「一体、街で何を伝えたの?」

「そのうち分かると思います」


 こればかりは私の口から伝えるわけにはいかない。そっと目を逸らして答えると、先生は小さく息をついた。


「まぁいいわ。いずれ分かるなら待つわよ」


 彼がそう言った時だ。なにやらバタバタと足音がして、こちらに向かってくる気配を感じた。渡り廊下を誰かが走っているらしい。

 先生と顔を見合わせ、音のする方へ向かう。そこにいたのは魔道具の授業で見たことのある先生だった。私を探していたらしく、私たちに気付くと安心したように声を上げた。


「ああ、クールソン様! こちらにいらっしゃったんですね」


 さっきまでリリー先生と話していた反動で、敬語を使われることに違和感を覚えてしまう。軽く咳ばらいをして応える。


「何か御用ですか?」

「実は、その……公爵家の方にお願い申し上げるのは、大変心苦しいのですが」


 先生は申し訳なさそうな表情をしたまま、詳細を話し始めた。


 長期休暇前にゴーレムを停止させたことに対する礼から始まり、ゴーレム暴走の原因は現在調査中ということ。他のゴーレムは問題なさそうなので、監視モードで夜にのみ動かしていること。魔道具庫の鍵を開けた先生が誰か分かっていないことを順に説明され、最後に頼まれた。


「今は、学園内を巡回するゴーレムの数が足りていない状態でして。事情をご存じかつ実力のある方に、新しいゴーレムを運ぶ手伝いをしていただきたいのです」


 ゴーレムは学園から少し離れた場所で作られているらしい。魔道具の中でも特殊なもので、手に入れられる場所も作製方法もおおやけにはされていない。

 そこからゴーレムを学園まで運びたいが、移動用の魔道具を公共の場で使ってはいけないという決まりがあるため、荷馬車で運ぶしか方法がない。高級な魔道具が乗っていると狙われかねないので、道中の護衛をしてほしいということだった。


「ゴーレムを運ぶ件については、一部の先生方しか知りません。誰が鍵を開けたか不明な状態で、学園にいる他の先生に頼むわけにもいかず……ほとんどの生徒には、そもそも知らされていませんので」

「なるほど。荷馬車の護衛くらいなら構いませんよ」


 他に予定があるわけでもないし、時間は余っている。そう答えると、目の前の先生は顔を輝かせた。ありがとうございます、と深くお辞儀をして付け加える。


「さすがにお1人で、というわけにはいきません。御者ぎょしゃ以外にもう1人、誰か先生がいたほうがいいでしょう。ゴーレムの件を知っていて、クールソン様が信頼されている方はいらっしゃいますか?」


 魔道具担当の先生は数人いるが、学園で新しいゴーレムを運び込む準備をするのだそうだ。生徒と同じく先生方も長期休暇に入っているため、まだ全員が戻ってきているわけではないらしい。


――ゴーレムの件を知っていて、私が信頼している先生なんて……。


 自然と、隣に立つリリー先生に視線が向かう。魔道具担当の先生もそれに気付いて彼を見た。リリー先生は目を丸くして、苦笑を浮かべる。


「……あたし?」

「では、頼みましたよ。リリー先生」


 ぽんと肩を叩かれ、リリー先生は再び深いため息をついた。




===




 できるだけ貴族が乗っていることも気付かれない方がいいということで、魔道具担当の先生が腕輪型の魔道具を貸してくれる。これは魔力を注ぐと周囲の光を屈折させて目の錯覚を利用して……と5分ほどかけて詳しく説明されたが、途中からよくわからなかった。要するに、髪色を黒に見せることができる魔道具らしい。


「魔力の消費はゆるやかなので、行って戻ってくる間はこれで十分だと思います」


 そう言いながら、先生が魔力を注いでくれた。自分ではよくわからないが、確かに髪の先が黒っぽく見える気がする。横でリリー先生が「あら」と声を目を丸くしていたので、人から見ればちゃんと黒に見えているのだろう。

 髪色だけ変えても制服で分かってしまうので、上に茶色いローブを羽織る。リリー先生は元から黒髪で、制服も着ていないのでそのままだった。


 帰ってくるまで貴族や魔道具が乗っていると気付かれなければ良し。もし気付かれて襲われるようなことがあれば別だが、それ以外ではできるだけ魔法も使わないようにとのことだった。何かあるたびに魔法を使っていたら、貴族が乗っているとすぐに気付かれてしまう。


 準備が整ったところで、すでに御者ぎょしゃが待っているという馬車に向かう。校庭側にある門の前に、木の影に隠れるようにしてそれは停められていた。ただの荷馬車ではなく(ほろ)馬車(ばしゃ)のようで、これなら外から見え(にく)いなと安心する。


「よろしくお願いします。お気をつけていってらっしゃいませ!」


 魔道具担当の先生に見送られて学園を出発する。行先は私たちも知らないが、御者だけは聞いているらしい。

 荷馬車は普通の馬車とは違う乗り心地で、扉もないためかなり開放的だった。ゴーレムを乗せる分の余裕もあるので広く感じる。ただ当たり前だが、座席は普通の馬車の方が数倍良い。


 あまり遠くないことを祈っていると、向かい側の席でリリー先生が言った。


「ねぇ、一応言っておくけど。何かあっても、あたしじゃ役に立たないわよ」

「何故ですか?」

「……あたし、魔法使えないもの」


 どういうことだろう。先程、しっかりと風魔法を使っていたはずだが。首を傾げると、先生は小さく笑ってこちらに向き直った。


「そうねえ……暇だから、話してあげてもいいけど。聞きたい?」


 そう言われて断るわけにはいかない。聞く姿勢を示すため、私も彼に向き直る。

 先生は視線を落としたまま、馬車の音にまぎれそうな小さな声で口を開いた。


「昔ね、学園にすごく気の弱い男の子がいたの。父親が平民だからってみんなに馬鹿にされて、お前に医者なんか無理だって3年間言われ続けてた。でも、一緒に医者を目指してる友達がいたのよ。彼は子爵家の純粋な貴族だったけど、同じ夢を持つ者同士仲良くやってたわ」


 リリー先生自身の話だと分かったが、黙って頷く。彼は静かに続ける。


「ある時、その友達が川に落ちたの。原因は何だったか忘れたけど、杖も流されて周りに誰もいなくて、動けるのは気の弱い男の子だけだった。何の魔法を使えばいいか迷っていた彼にごうやしたんでしょうね。彼が魔法を使おうとした時、友達が言ったのよ」


 ガタン、と荷馬車が跳ねる。石か何かを踏んだらしい。その音に重ねて、絞り出すような言葉が聞こえた。


「……『何してんだ、早く助けろよ。半分平民のくせに役立たずが』って」


 友達は、溺れそうでパニックになっていたのかもしれない。だとしても酷い言葉だ。それを言われた彼の気持ちを考え、思わずローブを掴んでしまう。

 リリー先生は苦笑いを浮かべた。


「それを聞いて、男の子は驚いたわ。友達だと思ってた相手にそんな風に思われてたのかって。そしたら魔法が変に発動しちゃってね。その友達は無事に陸に上がれたけど、風魔法で切り傷だらけ。……医者を目指してたのに、初めて魔法で人を傷つけて……男の子はそれ以降、練習以外で魔法が使えなくなりましたとさ」


 リリー先生は、そこでぽんと手を叩いた。話は終わったようだが、何も言えず黙ってしまう。彼は眉を下げて笑うと、頬杖をついて外に目を向けた。


「というわけで、何かあっても魔法なんか使えないの。せっかく医者になれたのにまた誰かを傷つけるかもしれないと思うと、どうしてもね」


 言いたいことはたくさんあるのに、言葉が出てこない。


 先生は何も悪くない。その時だって、彼は友達を助けようとしただけだ。意図して傷つけようとしたわけじゃない。だからこそ、今もこんなに。


 先生は手を伸ばして、いつの間にか俯いていた私の頭を軽く撫でた。


「ごめん、急に変な話なんかして。あんたといたら、なんか……聞いてほしくなっちゃったのよ。そんなに深く考えないで。ただあたしが馬鹿やって、魔法で友達を傷つけたってだけの話なんだから」

「……でも」


 顔を上げる。こちらを向いていた、彼の紫の瞳と目が合う。



「その時に『傷ついた』のは、リリー先生の方でしょう?」



 先生の目がわずかに開かれ、少しだけ揺れた。すぐに視線を逸らし、何かを考えるように口をつぐむ。

 数秒の間を置いて、彼はぎゅっと拳を握った。


「あたしは……」


 と、そこで先程より大きく馬車が揺れた。大きな岩に乗り上げたのだろうか。荷台が傾くほど大きく車輪が跳ね、座席から勢いよく振り落とされる。

 慌てて腕を伸ばしてくれたリリー先生に抱き留められつつ、脳内で叫んだ。


――い、今……すごく真剣な話をしてたのに……!


 なんて、御者に言っても仕方がない。彼はわざと荒れている道を進んでいるわけではないのだから。しかし、それでもとリリー先生が呆れたように声を上げた。


「ちょっと! もっと丁寧に進めないの!?」

「す、すみません! この辺り、何故か妙にでかい岩が多くて」


 避けてはいるんですがと御者が慌てている。でかい岩? と疑問に思ったが、確認する前に自分の体勢に気付いた。座席から跳ね飛ばされたせいで、正面のリリー先生に抱き着くような格好になっている。これではさすがに失礼だ。


「す……すみません」


 急いで座席に座り直し、ずれた眼鏡の位置を調整する。

 リリー先生は目を丸くして「また怪我しなくてよかったわね」と小さく笑った。

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