55話 長期休暇③
突然届いたセシルからの招待により、ウィルフォード家の滞在を1日繰り上げて王族の別荘地へ向かうことになった。
ライアンにも一緒に来ないかと声をかけたが、さすがに招待されてないのに付いて行くわけにはいかないと断られてしまった。
「しかし、まさか家を出た直後に招待状が届いていたとは」
ウィルフォード家の屋敷から近い別荘地を指定されたが、移動には3時間ほどかかる。明日には寮に戻る予定のため、朝一でジェニーと共に馬車に乗り込んだ。
ウィルフォード家の方々には申し訳なかったが、次は是非収穫祭の時季にいらしてくださいと快く見送ってくれた。
「王族の権力を最大限に振るわれましたね」
「いや、偶然行き違いが起こっただけじゃないか?」
「私はアレン様がウィルフォード家にいらっしゃると知って、セシル王子が急いでご招待されたのだと思いますが……」
目の前に座ったジェニーが、ふうと息をつく。それではまるでセシルが、私がウィルフォード家にいるのが嫌だと思っているように聞こえてしまう。
苦笑して、首を振る。
「さすがにそれはないだろう。ウィルフォード家は国内でも有名だし、みんな良い人たちだった。セシルが急いで私を呼ぶ理由がわからない」
「ウィルフォード家と言うよりライアン様が……」
そう言いかけてジェニーは口をつぐんだ。少し考え、真剣な顔をする。「お伝えするか迷ったのですが」と前置きして、彼女は言った。
「アレン様。これから向かう別荘では、できるだけセシル王子と2人きりにならないようお気を付けください。お部屋の中では特に」
「何故だ?」
もしかしてジェニーは、私とセシルの仲が悪いと思っているのだろうか。そう考えていたところで、返ってきた答えに目を丸くしてしまう。
「学園に入る前は大丈夫かと思っていましたが、アレン様は無防備すぎます。寮のお部屋でも度々ライアン様と2人きりでいらっしゃいますし……男はみんな狼なのですよ? ご友人であっても例外ではありません」
よく言われる言葉だと心の中で呟く。でも、実際に聞いたのは初めてだ。そんなことをわざわざ言うなんて、と彼女が心配になってしまう。
「……何かあったのか?」
「私のことではございません」
ジェニーは呆れたようにじっと私を見た。
まさか私に言われているのだろうか。令嬢ならともかく、男の私に言われてもと首を傾げる。それだと私も狼になってしまう。
「無防備と言われても、私も男なんだが」
「男性同士でも危険な場面はございますので」
彼女が言いたいことは分かる。この世界にも同性愛者はいるだろうし、中には危険な人もいないとは言い切れない。
しかしそれは同性愛者に限ったことではない。というか、そもそも。
――セシルやライアンの恋愛対象は女性なんだが……。
私のように前世を思い出すようなことがない限り、簡単に恋愛対象が変わるはずもない。2人は純粋に友達として接してくれているはずだ。
勘違いで偏見を持つのは彼らに対しても失礼だ。どこでジェニーがそんな疑いを抱いたかは不明だが、ここは女性と攻略対象が結ばれる乙女ゲームの世界だ。
「気にしすぎだろう。2人とも普通の友達だから、心配しなくても大丈夫だ」
不敬になるからそれ以上気にしなくていい、と念のため注意しておく。うっかり誰かの耳に入るようなことがあれば、彼らを傷付けてしまうかもしれない。
ジェニーはしばらく納得できないような顔をしていたが、「アレン様がそうおっしゃるのであれば」と小さく息をついた。
そんなことを話しているうちに馬車が速度を緩め、大きな建物が見えてくる。なんとなく外壁のデザインが王宮に似ているような気がする。
衛兵が門を開けて馬車が中に入ると、セシルとカロリーナが揃って出迎えてくれた。何故か、セシルは落ち込んでいるように見える。
「ごきげんよう、アレン様。お会いできて嬉しいですわ」
馬車から降りたところで、カロリーナがにっこりと笑った。私もだと返しつつ、隣のセシルが気になってしまう。カロリーナが呆れた顔で彼の背中に手を添えると、セシルは申し訳なさそうに言った。
「アレン、その……突然呼び出してしまってすまない」
その様子に、きょとんとしてしまう。そういえば何故、長期休暇が終わる直前に招待されたのだろう。もう少し早ければクールソン家の屋敷で手紙を受け取れたのに、何か事情があったのだろうか。
――休み中は婚約者候補同士で過ごしているだろうと思って、こっちからは連絡しなかったんだよな。
学園に入る前までは毎月のように会っていたから、正直少し寂しかった。突然だったのは確かに驚いたが、こうして招待されたことに対しての文句はない。
いや、むしろ。
「長期休暇中は2人に会えないと思っていたから、会えて嬉しい」
私がそう言うと、セシルはぱっと顔を上げた。カロリーナが苦笑いを浮かべる。
「アレン様は優しすぎますわ。本当は唐突にご招待するのもよくないのですよ」
彼女にそう言われ、再びセシルが落ち込む。もしかして私が到着する前にもこうして彼女に怒られていたのだろうか。
すでに夫婦のような2人の姿に微笑ましくなってしまう。しかしせっかく2人きりだったというのに、私がお邪魔していいのだろうか。
そう思っていると、セシルがちらりとこちらを見て口を開いた。
「実を言うと、僕たちもここに着いたのは一昨日なんだ」
「そうなのか?」
「うん。僕が王宮で色々とやることがあってね。長期休暇明けから寮に入るから、その準備で忙しくて……いや、これは連絡が遅れた理由にはならないな」
口ごもっているセシルに続けて、カロリーナが言った。
「クールソン家のお屋敷からは移動に時間がかかりますので、お招きするのはアレン様にご迷惑かと思ってらっしゃったようです。そんな時にお兄様から、アレン様がウィルフォード家のお屋敷を訪れる予定があると伺いまして」
この別荘地はウィルフォード家から近い。それならついでにどうかと招待状を送ったが、その時には既に私が屋敷を出ていたらしい。
王宮からクールソン家、そしてウィルフォード家に連絡が回ってきたから、結果として直前になってしまったのだろう。そういうことかと納得する。
――ジェニーが言っていたのは、やっぱり勘違いだったようだな。
そこで、「そうですわ」とカロリーナが手を叩いた。
「アレン様もセシル様とご一緒に、森の魔物を確認されてはいかがでしょうか?」
「森の魔物?」
いきなり飛び出した言葉に首を傾げる。彼女は頷いて、詳細を教えてくれた。
この別荘から近い場所に、国境にかかる森があるらしい。その森のどこかに魔物が住み着いているようだが、それが国境の内側か外側かわからないという。
もし内側なら、被害が出る前にこちら側から対処しなければいけない。
「魔物が『住み着いた』というのはあまり聞いたことがないな」
魔物は瘴気から生まれたばかりのものしか見たことがない。今まで数々の本を読んできたが、魔物の生態については調査中と書かれていることも多かった。
セシルが気を取り直したように頷く。
「事情がない限り放置してまで観察する意味はないし、基本的には発見と同時に倒してしまうからね。でも今回のように人から見えない場所で生まれてしまうと、発見されないままその場に居座ってしまうんだ」
そういう魔物は周囲の生物を真似て形を作っているらしく、影のようなただの魔物とは違うらしい。自ら周囲の動植物の魔力を集め、繁殖しているものもいるという。いずれにしろ、魔法でしか倒せないのは変わらないようだ。
「以前、衛兵が確認した時はかなり小型だったらしい。ただ、報告をしている間に国境を越えて逃げてしまったようで、それ以上追えなかったんだ」
「本日は訓練の一環として、その魔物が現在どこにいるかを調査しようというお話が出ていましたの。小型でしたらそんなに人数は必要ありませんし、もし国境の内側にいるなら早めに倒したほうが良いだろうと」
元々はセシルと護衛兵数人で行く予定だったらしいが、ほとんどの護衛兵は魔法が使えない。それなら魔法が使える私も一緒に行った方がいいだろう。
納得しかけたところで、ふと疑問が浮かぶ。
「カロリーナは行かないのか?」
「ええ。学園の裏山のように整備された道ではありませんので、私が持ってきた服では入れませんもの」
カロリーナは、ドレスをシンプルにしたワンピースのような服を着ている。確かに森に入ったら、あちこちひっかけて破れてしまいそうだ。
話しているうちに、魔物がいるなら護衛兵が付いてくるのは逆に危険かもしれないという流れになる。一番の目的は調査だから、私とセシルだけでも十分だろう。
しかし、8歳の頃の過ちを思い出すと油断はできない。
――王子であるセシルがいるからな。護衛は1人くらいいたほうがいい。
そういえば、王族に付いている護衛兵は魔法が使えるのでは。と、視線をセシルの背後に向ける。私の視線に気付いたスティーブンは、はっとした顔をした。
「あ、ええと……確かに私も魔法が使えますが……」
彼はセシルとカロリーナを交互に見て、苦笑いを浮かべる。魔法は使えるが、彼らほどではないということなのだろうか。
そのまま断られるかと思ったところで、後ろにいたジェニーが手を上げた。
「わ、私もスティーブン……様がご一緒の方が良いかと思います。いくら小型の魔物とはいえ、もしものことがあっては困りますし。魔法もお使いになるのであれば、護衛としても頼もしいのではないでしょうか」
その声に押されたように、スティーブンが前に出る。セシルは少し迷っているようだったが、仕方ないというように頷いた。何故かカロリーナは残念そうな顔をしている。彼女も本当は一緒に行きたかったのかもしれない。
胸を撫で下ろしているジェニーに荷物を預け、さっそく明るいうちに森へ出発することにした。
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別荘から徒歩で20分ほど離れた場所に、魔物が住み着いたというその森はあった。木の枝を避けるように進みながら、セシルが呟く。
「やっぱり、裏山とは全然違うね」
学園の裏山はしっかりと舗装された道だったが、今歩いているのはいわゆる獣道だ。一応森を抜けられるようになっているらしいが、この道を利用する人がいないらしく、ほとんど落ち葉で覆われている。
歩けないほどではないものの、この場所で魔物と戦闘になると面倒だ。
「せめて開けた場所があればいいんだが」
「おそらく魔物が住み着いている辺りは、周囲の植物が枯れて開けていると思うよ。魔力を吸い取られた植物は枯れてしまうからね」
なるほど、と返しつつセシルの後に続く。
先頭を行くのはスティーブンだ。獣道をどんどん進み、森の中心部へ向かう。以前発見された場所が国境付近だったため、国境に沿って調査するつもりらしい。
それにしても、なぜこんな国境ギリギリに王族の別荘があるのだろう。近くに海があるわけでもないし、ウィルフォード家からも微妙に離れている。魔物が出るような森もすぐ近くにあるのに……と、そこまで考えたところで思い出した。
――そういえばセシルのルートで、ヒロインが王族の別荘に招待されるイベントがあったような。
オリエンテーションのイベントと背景が似ていたことは覚えている。別荘に招待されて、森に魔物を退治しにいくことになって……確かそこで、ヒロインが1人はぐれてしまう。最終的に無事に2人で魔物を倒して、手を繋いで帰るというイベントだったような気がする。
スチルがなかったからあまり記憶になかった、というか……。
――あのイベントの時に確か、スチルがなくて良かったって……、……!!
さっと顔から血の気が引く。
同時に、何も考えずに付いてきてしまったことを後悔した。
もしここがあのイベントと同じ森なら、出てくる魔物というのはまさか。あの時画面越しでも、スチルがなくて良かったと安心していたアレが目の前に出てくるのだろうか。それと戦うなんて、私にできるのだろうか。
――いや、無理だ……!
その後、セシルから何度か声をかけられたが、うまく返事ができなかった。
私じゃなくてカロリーナの方がよかったかもしれない、とぼんやり思った。




