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52話 魔道具庫②

「なんでこんな時に限って誰もいないんだよ……!」


 さすがに息が上がってきた。しかし足を止めるわけにはいかない。別館を飛び出して真っ先に食堂に向かったが、そこには生徒の姿しかなかった。

 メイドに言っても仕方がないし、興味本位で見に行く生徒がいるかもしれないから、その場で説明も伝言もできない。


 直接先生に伝えなければと廊下を走っていると、正面から幼馴染が歩いてきた。


「ウォルフ、どうした?」

「セシル! せ、先生見てないか!? 誰でもいいから!」

「先生?」


 セシルは怪訝けげんな顔をして、振り返る。


「先生方なら、これから職員会議があるとか言ってたけど……」

「わかった、ありがとう!」

「待って、何かあったのか?」


 彼を追い越そうとしたところで、腕を掴まれる。悠長ゆうちょうに説明している暇はない。彼ならいいかと早口で状況を伝えた。


「別館の魔道具庫でゴーレムが暴走してて、アレンとライアンが止めてるんだ!」

「な……」


 彼は目を大きく開くと、すぐに真剣な顔をした。


「わかった、別館だな。ウォルフはこのまま先生を呼んできてくれ。他の生徒には言わないように!」


 それだけ言って、駆け出す。止める間もなくセシルの姿が小さくなっていく。


「王子が行くほうがまずいって……おい、セシル!」


 残念ながら、彼に声が届くことはなかった。




===




氷の箱(ボックス・クリエイション)!」


 ゴーレムに向かって魔法を放つ。頭を包んだ氷は1秒も経たず解け、火の玉が発射される。舌打ちをしてそれを避けながら、再び杖を構える。


―――学習AIでも入っているのか……!?


 この世界にはコンピューターなんか存在しないと分かっているが、そう思わずにはいられない。明らかに氷を解かす速度が上がっている。ただの魔道具じゃないのかと眉根を寄せる。

 先程から何度か頭を凍らせて動きを止め、その隙に背後に回って制御装置を確認していた。背中にふたのようなものが付いているのはわかったが、未だれるに至っていない。


 ゴーレムの魔法が壁に焦げ目を作る。廊下のように穴が開かないところを見ると、魔道具庫内は丈夫に作られているらしい。

 この部屋から出さないようにしなくてはと思いつつ、入口から離れた棚の裏に身を隠す。ゴーレムは私を見失ったらしく、棚の周りをうろうろと歩き回っていた。


 普通に正面から攻撃しても、背後に回るまでに氷が消えてしまう。こんなに早く順応じゅんのうされてしまうなら、ライアンと2人掛かりの方がよかったかもしれない。

 そう思ったが、うっかり雷魔法を弾いてライアンに怪我をさせることを考えると呼ぶ気にはなれなかった。小さく息をついて、棚の端からゴーレムに杖を向ける。


 ゴーレムがこちらに気付き、巨体に似合わない素早い動きで向かってくる。カシャンと何度か音が響いて、魔鉱石が紫に替わった。風魔法であれば、氷でも受け止めることができるはずだ。


 わざとゴーレムから狙いを外し、床に向かって唱える。


「アイスウォール」


 またたく間に高い氷の壁が生まれ、ゴーレムの姿を隠す。同時に、あちらからも私が見えなくなったようだ。予想通り、ゴーレムは氷の壁に向かって攻撃を始めた。

 途中で風魔法は効かないと分かったのか、直接壁を殴り始める。その音に紛れて棚の裏から反対側に回る。


 ゴーレムの背中を確認して一気に距離を詰める。こちらを向く前に素早く頭を凍らせる。動きが止まったところで背中の蓋に手をかけ、勢いよく開いた。

 しかし、そこで手が止まる。


――どれが停止用のスイッチなんだ……!?


 押せそうな場所は、あるにはある。でも1つじゃない。数列に渡ってスイッチが並ぶ複雑な装置を目にして、つい思考が止まってしまう。


 カシャンと頭上で音がした。はっと我に返る。


 降って来た緑の光を、後ろに跳ぶことでなんとか避ける。頭を凍らせねばと顔を上げたところで、今度は横から拳が飛んできた。それをしゃがんでかわし、ゴーレムの足元に杖を向ける。


「ッアイスウォール!」


 床から氷の壁が生え、ゴーレムを上に持ち上げる……途中で、ぐしゃりと崩れた。後ろ向きにでも転んでくれればと思ったが、さすがに重すぎたらしい。

 ゴーレムはわずかに体勢を崩すと、こちらに頭を向けたまま腕を振り上げた。そのまま振り下ろすかと身構えたが、違った。


 ゴーレムの腕が近くの棚に伸ばされる。そこに置かれていた魔道具を握る。

 それは大剣のような形をしていた。


 息をのんで、後退る。本当に学習AIでも入っているのだろうか。もしくは制御装置部が開かれると、違う動きをするような仕組みになっているのかもしれない。

 ゴーレムは剣を持ち上げた。さすがに魔力を注いで魔道具として使うことはないだろうが、このまま振らせるのは危険だ。周りには魔道具の棚がある。


氷の箱(ボックス・ロック)!」


 より硬い魔法で、ゴーレムの全身を四角い氷で包む。


 多少時間が稼げるのでは、という期待は一瞬で打ち砕かれた。ゴーレムが動こうとするだけでピシピシとひびが入り、氷は簡単に消されてしまう。


 拘束から解放された勢いも加わって、大剣が横なぎに振るわれた。


 ガッシャン! と大きな音を立て、棚に置かれていた魔道具が床に散らばる。棚自体は床に固定されているらしく、くの字に凹んで剣を受け止めた。

 しゃがみ込んで避けた姿勢のまま、やってしまったと血の気がひく。床に落ちた魔道具は割れたり欠けたりして、もう使い物にならないように見えた。


「アレン!? 大丈夫か!?」


 さすがに音が聞こえたらしい。ライアンの声に大丈夫だと返しつつ、ゴーレムを見上げる。ゴーレムは棚から剣を抜き、今度は上に振りかぶった。


 ぐっと脚に力を込め、剣を睨み付ける。ゴーレムがそれを振り下ろそうとした瞬間、床を蹴って前へ飛び出した。

 大剣が掠め、床に刺さる。その隙にゴーレムの背後に回る。ぐるりと頭が回って魔鉱石が光るが、そこを凍らせる。


 再度、制御装置が視界に入った。もう迷っている暇はない。

 カシャンと頭上から響いた音に重ねるように、唱えた。


氷の箱(ボイル・ボックス)!」


 ここが心臓部なら、おそらく熱に弱いはずだ。他に方法が思いつかず、制御装置部をできる限り熱いイメージの氷で埋め尽くす。

 パチン、と何かが弾けるような音がした。数秒経っても、ゴーレムから魔法は飛んでこなかった。


 大剣を握っていた腕がだらりと下ろされる。全身から白い煙が出ているのが見える。熱が効いたのか、物理的に埋めたのが効いたのかは分からないが、それ以上動く気配はない。


 ようやく止まったか、と息をつく。



 そこで、ゴーレムがぐらりと手前に傾いた。



――え? まさかゴーレムは自立しな、……っ!?


 慌てて後ろに下がろうとしたところで、床に転がっていた魔道具に足を取られて尻もちをつく。ゴーレムは真横に倒れ込んできた。ドスンと鈍い音が部屋に響き、土埃つちぼこりが舞う。


「……最後の最後に転ぶとは」


 せっかく怪我をしなかったのにと苦笑して、床に手をつく。

 ふと、何かが指先に触れた。


 目を向けると、それは丸い平らな石のようだった。床のタイル1枚の角に、1つずつ直接埋め込まれている。他の床に同じようなものは見当たらない。

 なんだろうと首を傾げたところで、入口を塞いでいた土の壁が消えた。おそるおそる顔を覗かせたライアンが、こちらを見て驚いたように声を上げる。


「うわっ! アレン、無事か!? と、止めたのか!?」

「ライアン。ああ、大丈夫だ」

「音がしなくなったからさすがに開けたけどさ……心臓に悪いな、これ」


 ライアンは青い顔をして駆け寄って来た。中で何が起こっているか分からないからこそ、余計に不安だったのだろう。「すまない」と苦笑いを返す。


「思ったより大惨事になってしまった」

「仕方ないって。それより、アレンは無事か? 見たところ怪我はなさそうだけど、なんで床に座ってるんだ?」

「ゴーレムを止めた後に、魔道具に足を取られてしま……、あ」


 立ち上がろうとして、気付く。どうやら先程転んだ時に足をくじいたらしい。

 かっこ悪いなとため息をついて、ライアンを見上げる。


「すまない。少し手を貸してもらえるか? 足を挫いたみたいで」

「えっ!? 大丈夫か?」


 彼が慌てて、手を差し出してくれた時だ。


 バタバタと誰かの足音が廊下から聞こえてきた。ウォルフが先生を連れてきてくれたのだろうかと顔を向ける。

 次いで、開け放たれた扉の向こうから現れた相手に、目を丸くしてしまう。


「セシル? どうして」

「アレン!! これはっ……大丈夫かい!?」


 セシルは真っ青な顔をして部屋に飛び込んできた。辺りを見回し、倒れたゴーレムを見て眉をひそめる。そして、すぐに私たちの方を向いた。


「ウォルフから聞いたよ。彼は先生を呼びに行っている。アレンはどうした?」

「あ、足を挫いたみたいです」


 私の代わりにライアンが答えた。セシルの不安そうな表情に気付き、手を振る。


「大丈夫だ、心配しないでくれ。しばらく休んだら治る程度だから」


 言い終わる前に、彼はすぐ隣まで来ていた。座っている私を見て唇を噛む。セシルはその場にしゃがみ込むと、さっとこちらに背中を向けた。


「乗って。医務室まで運ぶ」

「えっ」


 さすがに王族であるセシルにそんなことはさせられない。ライアンもそう思ったらしく、そろりと手を上げる。


「セシル王子、それなら俺が」

「君には状況を伝える役目が残っているだろう」


 食い気味に却下され、彼は手を下げた。それなら肩を貸してもらうだけで……と提案しようとしたところで、セシルはこちらを振り返って、にっこりと笑った。


「アレン。お姫様抱っこで運んであげてもいいんだよ?」


 優しい言い方だったが、有無を言わせないという威圧感があった。


 そういうのはヒロインに言ってくれと心の中で呟いて、苦笑する。どちらかしか選べないようだと理解して、大人しく背負われることにした。

 私を軽々と背負ったセシルは、立ち上がってライアンに声をかけた。


「それじゃ、ライアン。君は先生への説明を頼むよ」

「は、はい。分かりました」


 何故か複雑な表情をしたライアンに見送られ、部屋を出る。渡り廊下を通って校舎に入っても、ウォルフの姿は見えない。かなり遠くまで先生を呼びに行っているのだろうか。


 廊下ですれ違う生徒たちから視線を向けられ、じわじわと顔が熱くなる。姫抱っこよりマシとはいえ、誰かに運ばれているこの状況はかなり恥ずかしい。

 しかも背負ってくれているのは、この国の王子だ。視線を集めないわけがない。


 セシルはずっと黙っている。段々気まずくなってきた。さっきも怒っていたようだったし、今も背負われているのが申し訳ない。


 他の生徒の姿が見えなくなったのを確認して、口を開く。


「セシル、すまない」

「……背負われていることに対してなら、気にしなくていいよ」


 セシルは困ったように小さく笑った。それに、と言葉が続けられる。


「君に怒っているわけじゃないから」


 怒っているのは間違いなかったようだ。しかし、私が迷惑をかけていることに対しての怒りではないらしい。

 彼の背中で首を傾げると、セシルは黙ってしまった。少し間を置いて、絞り出すように言う。


「魔道具の授業でも、今も……同じ学園にいるのに、肝心な時に傍にいられないなんて。君を守れない自分に怒っているんだよ」

「セシル、それは……」

「わかってる、仕方ない。学園も広いし、授業が違うとなかなか会えないから。でも僕は、君を守りたくて強くなったのに……」


 徐々にセシルの声が小さくなっていく。


 彼が守るべきなのは私ではなくて、もうまもなく出会うはずのヒロインだ。勝手に怪我をして心配をかけるなんて情けない。

 気にしないでくれと言っても、きっと優しい彼は、友達である私を放っておくことができないのだろう。


 彼の肩に置いていた手に力が入る。


「セシルは十分じゅうぶん守ってくれている。この前の授業の時だって、オリエンテーションの時だってそうだ。今もこうして、助けてくれているだろう」

「……まだまだ足りないよ」


 セシルは苦笑してふうと息をつくと、顔を上げた。


「それにしても、ずいぶん派手にやったね。魔道具庫内で隠れていることはできなかったのかい?」


 そう言われ、きょとんとしてしまう。そうか。言われてみれば、先生が来るまで隠れているという方法もあったのか。

 魔道具庫からゴーレムを出さなければいいのだから。敵対する私がどこかにいると分かれば、土の壁を壊して出ることもなかったかもしれない。


――隠れていれば、あんなに魔道具を壊すこともなかっただろうな。


 今回も頭を使っていたようで、実際はかなり脳筋な行動をしてしまっていたことに気付く。クールキャラとは一体なんなのか。もう少し冷静に考えられるようにならなければと反省する。


 返事がないことを不思議に思ったらしい。セシルがちらりと振り返った。


「アレン?」

「……いや、それは考え付かなかった」

「君も、ライアンもかい?」


 そうだなと返しかけて、口ごもる。私はともかく、部屋の外にいたライアンまで考えが足りないと思われてはいけない。


「いや、ライアンは気付いていたかもしれない」

「かもしれない、というのは?」

「彼は私とゴーレムの動きを見ていないからな。部屋の外にいてもらったから」


 そこで、ぴたりとセシルの足が止まる。

 彼は前を向いたまま、呟くように言った。


「……まさか、アレン1人だけ魔道具庫に入ったのか?」


 もしかして知らなかったのだろうか。確かにセシルが来た時には、土の壁は消えていたしライアンも部屋の中にいた。

 私が頷いたのを廊下の窓越しに確認し、彼は歩みを再開する。そして、呆れたように横目でこちらを見た。


「今度君が怪我をしたら、問答無用でお姫様抱っこをさせてもらうことにするよ」

「え? ……何故だ?」


 その答えを聞けないまま、医務室に到着する。

「あんた、また怪我したの!?」とリリー先生の声が廊下に響いた。

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