48話 治癒と心配
「間を空けてしまってすまない。今日から勉強会を再開しよう」
食堂に向かう廊下を歩きながら、横に並んだ2人に声をかける。ウォルフが私の手に視線を向けつつ、首を傾げた。
「もう怪我はいいのか?」
「ああ。治った」
そう答えて右手を上げる。もう包帯も巻いていないし、傷も残っていない。ウォルフは「よかったね」と返してくれたが、ライアンは不安そうな顔をしている。
「心配だなぁ。怪我が治ったからってまた無茶するなよ」
「魔法の強度も上げておいたから、心配しなくても大丈夫だ」
「いや、そういう問題じゃなくて」
「でもさぁ、結局分かってないんだよな。魔道具暴走の原因は」
ウォルフの言葉に、ライアンと顔を見合わせる。あの後、魔道具の授業は暴走の原因が分かるまで中止となった。それが未だ再開されていないところをみると、原因の調査に時間がかかっているのだろう。生徒の間ではあれこれと噂が飛び交っているが、どれも推測の域を出ていない。
「あ、学園長だ」
廊下の窓から中庭を見てウォルフが呟いた。その声につられるように顔を向ける。ガゼボの近くで、学園長は青白い顔をして木を見上げていた。入学式で会った時に比べ、酷く疲れているように見える。
隣でライアンが同じように学園長を見て言った。
「やっぱ授業で魔道具が暴走したせいで、めちゃくちゃ非難されたらしいな」
「らしいね。もしかしたら生徒の誰かのせいって可能性もあるのに。まぁ、親が子供を心配する気持ちはわかるけど」
2人の会話を聞いて、改めて学園長に視線を向ける。その横顔にどうしても違和感を覚えてしまう。本当に非難されたせいで疲れているのだろうか。なんだかあの表情は、それだけではないような。
と、視線に気付いたのか学園長がこちらを向いた。私たちに向かって微笑み、静かに立ち去っていく。なんとなく3人でそれを見送って、ウォルフが口を開いた。
「親といえばアレン君は大丈夫だった? 授業で怪我したなんて心配されただろ」
ぐ、と言葉に詰まる。それだけで伝わったらしく、彼は苦笑いを浮かべた。
寮に帰ってすぐ、ジェニーに手の包帯に気付かれた。大したことないから平気だと言ったが当然それで済むはずがなく、報告は義務なのでとクールソン家に手紙が出された。
そこからが大変だった。傷の程度も伝えたはずなのに母様が様子を見に来ると言い出し、父様とナタリー、リカードの3人掛かりで止めてくれたらしい。こちらから完治したと手紙を送るまでは毎日手紙が届いていた。心配してくれるのは嬉しいが、そこまでくると申し訳ない。
「……怪我には気を付けないとな」
ため息と共に答えると、ライアンが大きく頷いた。食堂の扉を開きつつ、ウォルフが眉を下げて笑う。
「まぁ、大怪我には気を付けような。今回みたいなのは不可抗力だけど」
彼に続いて中に入り、空いている席を探す。昼の鐘が鳴って十数分は経っているため、だいぶ席は埋まっているようだ。
ちょうど、前から元王宮メイドであるハンナが料理を抱えて歩いてきた。私たちに気付き、空いている席を案内しようと辺りを見回す。
そこで突然伸ばされた生徒の足に引っかかり、彼女は大きく体勢を崩した。
偶然彼女を見ていたため、すぐに動くことができた。転びかけたハンナを正面から受け止める。彼女の手を離れた料理が宙を舞い、ガシャン! と派手な音を立てて床に落ちた。
「ハンナ! 大丈夫か!?」
声をかけると、彼女は青い顔をしてなんとか頷いた。しかし脚に力が入らないらしく、その場に座り込んでしまう。すぐ近くの席からゲラゲラと笑う声がした。
会いたくないと思っている相手ほど会ってしまうのだろうか。赤毛の彼が頬杖をついて言った。
「あーあ、食事が台無しだな」
「……マークス」
わざと足を引っかけたのは見えていた。最初からハンナを転ばせるつもりだったということだ。
受け止めなかったら、高齢な彼女は骨折していたかもしれない。そんなことも分からないのか、分かっていてやったのかとつい睨み付けてしまう。
マークスはふん、と鼻を鳴らした。
「何だお前、そのメイドに気があんのか? 婚約者候補に加えてやれよ」
「それは良いご提案ですね、マークス様」
「クールソン家のご令息が熟女好きとは知りませんでした」
取り巻きが面白そうに騒ぎ立てる。さっきの音が響いたあたりから、生徒たちの視線はこちらに向けられていた。これではハンナが衆目に晒されてしまう。
彼らのことは無視して、ハンナの前にしゃがみ込む。
「ハンナ、立てるか? ひとまず厨房に下がっていろ」
そうして彼女を支えたところで、チッと舌打ちが聞こえた。
無視されたことが気に食わなかったらしい。マークスはテーブルに置かれていたグラスを手に取った。
そのままこちらに向かって水を掛ける……前に、ウォルフに腕を掴まれる。
「マークス、やりすぎじゃないか? そんなことばっかりしてると怒られるよ」
「あ? なんだスワロー家の跡継ぎ様じゃねえか。怒られる? 誰にだ」
「そりゃもちろん、ウーリー公爵夫妻に」
ウォルフがそう言うと、マークスは再び舌打ちをして乱暴にグラスを置いた。両親に叱られるのがそんなに嫌なのだろうか。ウーリー公爵夫妻のことは知らないが、もしかしたら厳しい人なのかもしれない。
「おい、行くぞ」
取り巻きに声をかけ、マークスが席を立つ。いつの間にか周囲に集まっていた生徒たちが慌てて道をあける。取り巻きは私たちから目を逸らして、マークスの後を付いて行った。
ようやく落ち着いた食堂がいつもの雰囲気に戻る。ざわざわと今の光景について話しながら、生徒たちは席に戻っていく。
「も、申し訳ございません」
ハンナが震える声で謝った。どう考えても悪いのは彼女ではない。
首を振って、尋ねる。
「気にするな。怪我はないか?」
「ええ、おかげ様で……ありがとうございます」
彼女は「お騒がせしました」と周りにも丁寧に頭を下げて、私たちに空いている席を示した。
「後ほど他の者がメニューをお持ちいたします。どうぞお席でお待ちください」
「そうだね、とりあえず座ろうか」
ウォルフがそう言って席に向かう。彼らと共に移動しようとして、ハンナが割れた食器を集めているのに気が付いた。他のメイドたちは配膳で忙しいらしく、掃除を手伝う余裕がないようだ。
怪我はないと言っていたが、ハンナは腰が痛いのか1つ拾っては休憩を挟んでいる。このままでは席に座っても気になってしまう。そう思い、まだ近くにいたライアンに声をかける。
「先に座っていてくれ。メニューは君と同じものでいいから」
「え、アレン?」
ハンナの近くへ戻り、しゃがみ込んで破片を拾う。私に気付いた彼女は、驚いたように顔を上げた。
「クールソン様!? いけません、公爵家の方がこんな」
「すまない、放っておけなかった。気にしないでくれ。ここも学園の中だから、身分は問われないだろう」
「そ、そうおっしゃいましても……」
おろおろと慌てていた彼女が、ふと言葉を止めて目を丸くした。気が付くと、すぐ近くでライアンも同じように食器の破片を集めていた。
「アレンがやるなら、男爵家の俺がやらないわけにいかないだろ」
そう言う彼の向こうで、ウォルフがどこからかモップを抱えて歩いてくる。
「2人がやるなら、俺だけ座ってるわけにはいかないよね」
「2人とも……」
思わず頬が緩む。良い友達を持ったなと心の中で呟く。貴族がやるべきことではないのは分かっているが、それは2人も同じだろう。分かっていてもこうして付き合ってくれていることが嬉しい。
私たちが率先して動いたためか、近くにいた生徒も何人か協力してくれた。
ものの数分もしないうちに片付いた床を見て、ハンナは目を赤くしながら深く頭を下げた。
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食事を終えて食堂を出るころには、次の授業へ移動しなければならない時間になっていた。ウォルフは今日も図書館に向かうらしく、手を振って離れていった。
「アレンは、午後の授業は何なんだ?」
「私は『創作呪文』だな。怪我が治るまで受けていなかったから」
「創作呪文か。みんな好き勝手魔法使ってるから気を付けたほうがいいぞ」
ライアンは先に受けていたらしい。創作呪文とはアイススピアのような固定呪文ではなく、各個人で自由に作り上げる呪文のことだ。必須授業だが魔道具の授業と並行して行われていたため、ほとんどの生徒はすでに受けた後だろう。
あまり生徒はいないかもなと考えていると、ライアンが小さく息をついた。
「それにしても、まさかウーリー家の次男があんな性格になってるとは」
「次男? なってる……って、昔会ったことがあるのか?」
尋ねてから、マークスも水魔法を使っていたと思い出す。同じ属性同士、交流があったのだろうか。予想は当たっていたらしく、彼は頷いた。
「俺が初めて魔法を人に見せたお茶会がウーリー家主催だったんだよ。水属性の貴族をみんな集めてさ。その時は、そこまで悪い奴に見えなかったんだけどな」
そうなのかと返しつつ、意外に思ってしまう。マークスは同じ属性持ちには優しいのだろうか。彼が誰かに優しく接している姿は想像ができないな……と苦笑したところで、後ろから声をかけられた。
「やぁ、アレン。君も午後は創作呪文の授業かい?」
振り返ると、セシルが廊下を歩いてくるのが見えた。なんだか久しぶりに会ったような気がする。そう思うと、つい声が弾んでしまう。
「セシル! 君も一緒に受けるのか」
「うん、できるだけ必須授業はみんなと一緒に受けたくてね。彼も一緒かな?」
ちらりとセシルがライアンに視線を向ける。そういえば2人はこれが初対面だ。
私から紹介する前に、ライアンが姿勢を正して頭を下げた。
「ライアン・ウィルフォードと申します! お会いできて光栄です、セシル王子」
「ウィルフォード……ああ、倉庫の火を消し止めたというのは君か。お手柄だね」
「きょ、恐縮です」
勉強会の合間にマナーを再確認をした甲斐があった。ライアンのマナーはほぼ完璧だ。少しくらい間違ってもセシルは気にしないだろうが、目の前で突然跪くようなことがなくてよかった。
こっそり安堵していると、ライアンがそっと頭を上げた。
「俺……いや、自分はこれから別の授業がありますので、これで失礼します!」
そう言って再びセシルに頭を下げ、足早に去っていく。緊張していたのかと思ったが、気付けば授業開始まであと数分になっていたようだ。
セシルも気付いたらしく、2人で魔法訓練場へ移動する。確か校庭のすぐ近くにあったはずだ。少し急いだほうが良いかと思っていると、前を向いたままセシルが口を開いた。
「彼とは、いつも一緒に行動しているのかい?」
「ライアンか。そうだな、だいたいウォルフと3人で動いている」
「そうか。……3人ならまぁ、大丈夫かな」
「何のことだ?」
彼が呟いた言葉に首を傾げる。セシルは小さく笑って、首を振った。
「何でもないよ。それより、どうしてライアンと一緒に受けなかったんだ?」
「ああ、彼は先に受けていたらしい。私は手の怪我が治ってからにしようと」
私がそう言いかけたところで、彼はピタリと足を止めた。急いでいたため、数歩進んだところで止まって振り返る。
「セシル?」
「……怪我を、していたの?」
不安そうな表情を見て、私の怪我を心配してくれているのだとわかった。大したことはないと伝えるため、手を振って答える。
「大丈夫だ。すぐ医務室で治療を受けたし、掠った程度の傷だったから、この通りもう完治している」
遅れるぞと手招きすると、彼は歩みを再開した。並んで校舎を出て訓練場へ続く道を進む。創作呪文の授業を受けていなかった生徒は思っていたより多かったらしく、同じように移動している生徒が何人かいた。
その中に先ほど食堂で見た3人の姿が見え、少しだけ嫌な予感がする。
ふと、それまで黙っていたセシルが呟いた。
「もしかして、魔道具の授業に出ていた?」
その言葉に、さすがだなと頷く。怪我をしたというだけでそこまで見抜いてしまうとは。彼は眉を顰めて言った。
「原因は全力で調査しているみたいだけど……直前の点検でも魔道具に不備はなかったし、前日は何事もなく授業をしていたからね。まだよくわからないらしい」
「そうみたいだな」
「でもまさか問題の授業に君が出席していて、しかも怪我をしていたなんて……」
はあ、とセシルがため息をついた。じっと横目で私を見て、不安そうに言う。
「心配だよ。アレンが僕の知らないところで無茶をしてそうで」
昔に比べたらだいぶ強くなったはずが、相変わらずみんなに心配されているなと苦笑する。家族にも友達にも、心配をかけないようにと訓練していたはずなのに。
「ライアンにも同じようなことを言われたな」
私がそう言うと、セシルは何故か渋い顔をしていた。




