45話 魔道具の授業①
初めて校庭に来たな、と心の中で呟く。いや、運動場? 何と言えばいいのかわからない。学校じゃなくて学園の場合も、校庭と言うのだろうか。でも園庭だと保育園みたいだから違う気がする。
今日は初めての魔道具操作の授業だ。まだ全く魔力調整ができない生徒でも、魔道具なら魔力切れを起こすことはない。開けた場所に生徒が集まり、先生方が大きな箱を運んでいた。
様々な場所で使用されている魔道具を実際に動かして、魔力を使うことに慣れるのが目的らしい。すでに魔力調整ができている私にとっては、どんな魔道具があるかを学ぶだけの授業だ。
一応必須授業なのだが、生徒の姿は少なかった。魔道具操作の授業は毎日のように行われているらしいので、今日はたまたま少ないのかもしれない。
辺りを見回すが、セシルやカロリーナの姿も見えない。特にセシルは王族専門の授業を受けているため、最近ではほとんど会えなくなっていた。仕方ないが、少しだけ寂しいなと思う。
そんなことを考えていると、遠くの方から名前を呼ばれた。
「おーい、アレン! 一緒だったんだな」
昼休みにも食堂で会ったばかりの彼を見つけて、なんだかほっとしてしまう。大股で走ってきた彼に向き直る。
「ライアン。君も今日だったのか」
そう答えたところで、彼が手に持っている杖が以前と違うことに気付いた。全属性の色が混ざった魔鉱石ではなく、透明に輝く黄色の魔鉱石が埋まっている。
「それは土属性の杖か?」
「あ、そうだ。ちゃんと見せてなかったな」
ライアンは私に見えるように、杖を掲げた。
「例の親戚の倉庫に眠ってたやつを、爺さんが見つけてくれてさ。ようやく使えるようになったんだ。新しく買うのとどっちがいいか聞かれたけど、せっかくだから送ってもらった」
ということは、この杖はかなり年代物らしい。物持ちがいいなと思っていると、ライアンが慌てたように付け加えた。
「あ! アレンが買い戻してくれたあの杖はちゃんとあるからな! まだ寮にあるけど、長期休暇で持って帰った後は家宝にする予定で話が進んでるから」
「か……家宝?」
そんな形で家宝を決めてしまっていいのだろうか。むしろ彼が今持っている年代物の杖こそ、長年大事にされてきた正真正銘の家宝なのでは。
ライアンは大きく頷いた。
「家族も賛成してたぞ。俺と同じ間違いを犯さないために、今後生まれてくる子の属性はその杖で確認するようにするんだってさ」
「どうしても神殿にはいかないんだな……」
つい苦笑いを浮かべてしまう。強制じゃないなら魔力確認するしないは自由なのだが、今なら全属性の魔道具で一発で分かりそうなのに。
――ああ、その代わりに杖を使うのか。
家で属性を確認できると考えると、わざわざ辺境から王都の神殿まで向かう必要はないのかもしれない。聖魔力と闇魔力は杖を使わなくても確認できるからな……と思っていると、ライアンが言った。
「アレンが来るって伝えたら、みんな喜んでたよ。まだもうちょい先だけどな」
「あの夜に言っていたことか。長期休暇が楽しみだな」
そう返すと、彼はわずかに顔を赤くした。次いで、申し訳なさそうな顔をする。
「あー……あのさ、あの日は急に帰っちまってごめんな。今更だけど」
ライアンは、あの夜慌てて部屋を出ていったことを気にしているらしい。心配しなくても詮索するつもりはない。その意味も込めて首を振る。
「いや、気にするな。よかったらまた遊びに来てくれ。部屋に友人を入れたのも初めてだったから、あの時は大したもてなしもできなかったし……」
「えっ? 俺が初めてだったのか?」
彼は目を丸くした。顔を逸らして頬を掻き、呟く。
「なんか、嬉しいな……初めてアレンの部屋に入ったのが俺って」
そういえば、彼は貴族の友達が初めてだと言っていた。他の貴族の屋敷に行ったことはあっても、部屋に入ったのは初めてだったのかもしれない。今は寮の部屋だがいつかクールソン家の屋敷にも招待したいなと思いつつ、小さく笑う。
「そう言ってもらえてよかった。次はちゃんとお茶を出そう」
「え? い、今の、聞こえてたか?」
「ん? ああ、もちろん」
と、そこで思い付いた。私の部屋に呼ぶのもいいが、私も今のところ誰かの部屋にお邪魔したことはない。ライアンを見上げて、尋ねる。
「今度、君の部屋にも行ってみていいだろうか?」
「ぅえっ!?」
何故か彼は顔を赤くした。思ったより声が出てしまったらしい。他の生徒に聞こえていないかと周りを見て、激しく首を振る。
「いやっ……! その、俺の部屋はほら、男爵家用だから! 公爵家の方をお迎えするような場所じゃないっていうか」
「え? でも、ウィルフォード家の屋敷には招いてくれるんだろう?」
「屋敷は、あの、別で! 寮の部屋は屋敷より狭いし、アレンに見せられるようなところじゃ」
狭いくらい気にしないのに、と言いかけてはっとする。この歳の男子が部屋に人を入れることを拒否するとしたら、私が思いつくのは『あれ』くらいだ。
男同士だから気にしなくてもいいかもしれないが、人に見せたくないものもあるだろう。ライアンも健全な男子なんだなと察して、頷く。
「わかった、大丈夫だ。無理にとは言わない」
「お、おう……なんか、誤解されてる気もするけど」
ライアンが苦笑いしたところで、先生が集合をかけた。準備が終わったらしく、今から授業が始まるようだ。
間隔を空けてテーブルが並べられ、その上にいくつか魔道具が置かれている。周囲には何人かの先生が待機していた。離れたところにリリー先生の姿も見える。
魔道具担当らしい先生は一歩前に出ると、片手にランタンのような魔道具を持って口を開いた。
「さて、みなさまは魔道具を直接使用されたことはございますか? 寮に入っていらっしゃる方は、上階への移動等でご使用になっているかと思います」
それを聞いて、寮に入っていない生徒もいることを知る。すぐ近くに屋敷や別荘がある貴族は、そこから直接通っているらしいとライアンが教えてくれた。
それなら、今のところ見かけていないマークスは家から通っているのかもしれない。どう成長しているかはわからないが、王宮でのお茶会を思い出すと、できればあまり会いたくないなと思ってしまう。
「魔道具を使用される際には魔力が必要となります。魔力であれば何でも構いません。手のひらからでも足からでも、特殊な魔鉱石に蓄えた魔力でも作動します。杖を通して魔力を送る方もいらっしゃることでしょう」
このあたりは、入学前に習っていた。魔力を通せば属性に関係なく同じ動作をするようになっているのが『魔道具』だ。
魔力は空気中に存在していて、呼吸や食事で体内に蓄える。この世界では動植物も水も、等しく魔力を持っているらしい。
魔法を使うために一番多く魔力を保有しているのは貴族らしいが、平民も体に蓄えた魔力を使うことができる。その唯一の方法が魔道具なのだという。
――属性はあくまで、魔力の袋に着いている蛇口みたいなもの……だったか。
ただの魔力と属性魔力は出てくる場所が違うのだろうかと首を傾げる。平民の持つ魔力の袋には蛇口がないとして、どこから魔力を送っているのだろう。袋全体から滲み出るんだろうか。
先生は説明を続ける。
「魔道具は生活を豊かにするために生み出されたものです。もし何か新しい魔道具を思いついた方は、いつでもご提案いただければと思います。まずは実際にいくつか作動させてみましょう」
先生はそう言って、手にしたランタンに杖を当てた。火魔法を使ったわけではないのに、ランタンの中にぽっと火が灯る。
「全ての魔道具は誰が使っても魔力切れにならないような造りになっていますが、大量の魔力を注ぎ込むと暴走や故障の原因になります。軽く魔力を注ぐことを意識して触れてみてください」
その言葉を受けて、生徒たちが一斉に散らばる。ここからは自由に魔道具を動かしてもいいらしい。
どのテーブルに行こうか迷っていると、ライアンに手招きをされた。
「このテーブルが空いてるから、ここから試してみないか?」
生徒数が少ないため、魔道具が足りないなんてことはなさそうだ。ライアンと共に向かったテーブルには、小さな扇風機とミキサーのような物が置かれていた。刃が危険だからか、蓋がしっかりと閉められている。
「これは魔力を注いだら回るのをまとめてんのかな」
ライアンが杖をミキサーに当てた。魔力を受けた刃がくるくると動き始める。それは杖を離しても一定の速度で回り続けていた。ミキサーの刃は1度魔力を送るとしばらく動いてくれるらしい。
彼にちらりと目を向けられ、扇風機の方には私が触れる。こっちは触れている間しか回らなかった。
「涼しいといえば涼しいが……」
「それはずっと魔力消費するのか。魔力切れしないとはいえきついな」
「おそらく、かなり少量の魔力で動いているんだろう」
保有している魔力が多すぎて、微量な消費は分かり難い。うっかり大量の魔力を流さないよう、そっと扇風機をテーブルに戻す。
そのまま、空いた隣のテーブルに移動する。ここには以前リリー先生に借りた球の形をした魔道具と、小型コンロのような物が置かれていた。
「こんなのもあるのか。俺の家じゃ、料理する時は普通に火打石で火つけてたな」
「だいたいの屋敷はそうじゃないか? これは決まった大きさの炎しか出せないようだし」
「火力を足で調節できたりすれば、両手が空いて便利なんだけどな」
ライアンがそう言ったところで、こちらを見ていた先生がスッと懐からメモ帳を取り出した。
おそらく火力を足で調節するというアイデアをメモしているのだろう。こういうところから魔道具が進化していくんだなとライアンを見る。彼は全く気付いていない様子で、球を手に取っていた。
「これはなんだろうな。アレン、知ってるか?」
「ああ、これは……」
説明しようとして言葉に詰まる。何と言えばいいんだろう。この世界にカイロはあるのだろうかと思いながら、答える。
「寒い時に懐に入れておいて、手を温める道具だ」
「カイロみたいな感じか?」
「……そうだな」
どうやらちゃんとカイロはあるらしい。下手に説明しようとせず最初からそう言えばよかった。少し恥ずかしく思っている私の前で、彼は球を手で包んだ。
「あー、本当だ。あったかいな。熱した石より長く持ちそうだ」
「握りやすいように丸いのかもしれないが、懐に入れるなら四角でもいいな」
「だな。いっそのこと手袋とか服と一体化しててもいいよなぁ」
再びこちらを見ていた先生がメモ帳を取り出す。ライアンは素直だからこそ迷わず意見が出せるのだろう。発想も柔軟で、これは隠れた才能かもしれない。この調子で行けばもっと新しい発想が生まれそうだ。
球をテーブルに戻して、次のテーブルに向かおうとする。そこでふと、どこからか妙な音がすることに気付いた。
足を止めて周囲を見回す。あちこちで話している生徒の声に紛れて、パチパチと火花が弾けるような音が聞こえる。
「……なんだ?」
呟いて、今離れたばかりのテーブルに目を向ける。そこに置かれているのと同じ球の魔道具をリリー先生に返した時、彼に聞かれたことを思い出した。
『この魔道具、使ってる時に暴走とかしなかった?』
もしかして、とテーブルに駆け寄る。おそるおそる球の魔道具に触ってみるが、熱くはない。耳に近付けてみても音はしない。……これじゃない。
「アレン、何やってるんだ?」
球をテーブルに置いて再度辺りを見回していると、私が付いてきていないことに気付いたライアンが戻って来た。
「何か変な音がしないか?」
「変な音?」
2人して耳を澄ませる。パチパチという音は段々増えているようだ。音は彼にも聞こえたらしく、怪訝な顔をしている。
「なんか聞こえるな。どこから鳴ってるんだ?」
「わからない。もしかしたら魔道具の……」
「何してんの、あんたたち」
突然声をかけられ、振り返る。リリー先生が不思議そうな顔をして立っていた。
「さっきからキョロキョロして、何か探してる?」
「いえ、変な音が聞こえる気がして」
「……変な音? どんな?」
先生は眉を顰めた。ライアンと顔を見合わせ、パチパチと何かが弾けるような音がすると伝える。そして、それが段々増えている気がするということも。
辺りは魔道具の作動音や生徒の声で溢れている。集中するように黙って耳を澄ませていたリリー先生が、はっと顔を上げて生徒たちに叫んだ。
「みんな、魔道具から離れなさい!!」




