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43話 魔力の属性②

 ウィルフォード家の三男は落ちこぼれだって言われるようになったのは、いつからだったっけ。

 学園に入る前には確実に言われていた。確か、そうだ。兄貴たちと一緒に行ったお茶会で、ウィルフォード家の実力を見せてくれって言われて……。


『なんでこんなこともできないの?』


 そう言ったのは誰だっけ。家族の誰かじゃないことは確かだ。たぶんお茶会で会ったどっかの令嬢。めちゃくちゃ馬鹿にされたことだけ覚えてる。

 笑われたり馬鹿にされたり、陰口言われたりなんてのはわりとすぐ慣れた。もちろん嫌な気持ちになるし、モヤモヤしたりするけど。別に本当のことだから、否定するつもりもなかった。


 それよりもっと苦しいのは、期待されることだった。


 兄貴たちはすごかった。魔力開放だって12になった頃には終わってたし、最初から魔力調整もうまかった。畑仕事する時だって頼りにされて、魔法もどんどん覚えて使いこなして。親戚からも仕事の手伝いに来てる人からも、近くに住んでる人達からもめちゃくちゃ褒められてた。

 それでそれはそのまま、俺に期待として降りかかって来た。


『ライアンなら大丈夫よ』


 母さんがよく言ってた。魔力開放したばっかりの頃は、みんな言ってた。絶対に大丈夫だって。これからどんどん大きな魔法も使えるようになるんだって。

 水魔力を持ってることがわかった時は『やっぱりね』って反応だったけど、ちゃんとお祝いもしてくれた。


 きっといつか兄貴たちと同じように魔法を使いこなせることができるって、俺も最初は信じてた。兄貴たちを褒めてた人はみんな期待してくれてた。いくら失敗しても励まされた。兄貴たちだって俺の事をからかってばっかだったけど、馬鹿にしたりはしなかった。


 期待されても俺は応えられないんだって、気付いたのはいつだったっけ。

 向けられる視線があわれみに変わったのは、いつだったっけ?


 気にしなくていい、水魔法がうまく使えなくても、その魔力はちゃんとウィルフォード家のものだって家族が背中を押してくれた。……けど、一向に成長できている気がしない。魔力開放した時から何も変わってない。

 いくら呪文を覚えたって兄貴たちを真似たって、俺にできるのはせいぜい小さい水滴を落とすくらい。何の役にも立たない。


 こんな、火事を目の前にしても。


「お願いします、貴族様!」


 目の前でごうごうと火が燃えてる。倉庫らしき平屋がガラガラ崩れてる。顔が熱い。正面から照らされて目が痛い。後ろから向けられる視線が、痛い。


「ウィルフォード家の方が近くにいてくださるなんて」

「水魔法の使い手なんだって? これは有りがたいな」


――違う。それは兄貴のことで、落ちこぼれの俺のことじゃない……!


 そう言いたいのに、口が動かない。言える雰囲気じゃない。期待されてる。俺の、3年近く何も成長できていない俺の魔法が、必ずこの火を消してくれると期待されてる。


 他にいないのか。誰か。魔法学園の前なのに、俺しかいないのか?


 目だけで辺りを見回す。いつの間にかアレンの姿は消えていた。俺には無理だって分かってるから、他の誰かを呼びに行ってくれたんだろうか。


「ウィルフォード様! どうか、水魔法を!」


 誰かの悲鳴のような声に押されて、震える手で杖を取り出す。大丈夫、きっと大丈夫だ。これは父さんから貰った水属性の杖だから。前の杖よりちゃんと魔力を通してくれるはずだ。きっと、火の勢いを落ち着かせるくらいは……!


水よ落ちろ(フォール・ドロップ)!」


 杖の先に集まった魔力は、飛ばなかった。

 ぽちゃん、と地面に小さな染みができる。近くで見ていた人たちが、ざわざわと顔を見合わせているのが気配で分かった。


「今魔法を使ったか?」

「呪文を言っていた気がするけど、水は出なかったよね?」


 そこで、誰かが言った。


「確か、ウィルフォード家の三男は『落ちこぼれ』だって言われてなかったか?」


 さっと頭から血の気が引く。聞きたくないのに辺りの音が急に小さくなって、嫌な声ばかり耳に入ってくる。さっきまでうるさいくらい響いていた燃える音も、どこか遠くで聞こえているみたいだ。


「落ちこぼれ? 魔法が使えないってこと?」

「嘘だろ、じゃあ火事はどうしようもないのかよ」

「期待した私たちが悪いわよ、早く水を」

「なんで魔法も使えないのにこんなところにいるんだ」


 役立たず、期待外れ、本当に言われているのか幻聴なのかわからない。頭が真っ白になっていく。このままここで突っ立っている方が邪魔なのに、体が動かない。


 せっかく期待してくれたのに。俺を信じてくれていたのに。


 何もできなくて申し訳ない。最初から俺じゃ駄目なんだって言えばよかった。みんなに謝りたい。本当は、家族にもずっと謝りたかった。

 魔法が使えなくてごめん。期待に応えられなくてごめん。俺は……俺は、本当にただの



「ッライアン!」



 その声は他の誰の声よりも鋭く、まっすぐ耳に届いた。


 無意識に、助けを求めるように声の方に顔を向ける。鮮やかな青い髪が視界に入った途端、顔めがけて飛んできた何かを反射的に受け止める。


「……え」


 それは、さっき質に入れたはずの、俺の杖だった。

 どうしてと考える前に、アレンが叫んだ。


「土魔法を使え!!」

「へっ?」


 思わず彼に視線を向ける。土? なんで、水じゃなくて? だって俺の魔力属性は……と、そこで彼と目が合う。

 彼の瞳に込められていたのは、期待でも憐みでもない。絶対にできるんだって、俺にも魔法が使えるって、迷いのない『確信』だった。


――あいつは、こんなところで冗談を言うような奴じゃない。


 出会ってまだそんなに経ってない。でも、わかる。信頼できる。

 だってあいつは最初から、名乗った時も勉強を頼んだ時も……魔法を見せた時だって、たったの1度も! 態度を変えたりしなかった!!


 杖を握る手に力が入る。体に血が巡るみたいに胸が高鳴る。未だ燃え盛る火を睨み付けて杖を構える。不思議と、もう手が震えることはなかった。

 大きく息を吸い込んで、唱える。



土よ落ちろ(フォール・スタンプ)!!」



 その瞬間。ふっと辺りが暗くなった。



 見上げると、大きな塊が空に浮かんでいた。それはものすごい勢いで降ってきて、地面を揺らした。ドスンと音が響いて、次いでズザザと滑るような音がした。

 気付いたら目の前の倉庫は土に埋もれていて、細い煙が上っていた。目を丸くしている俺達の前で、土の塊は役目を終えたみたいに消えていく。


 倉庫は変わらずそこに建っていた。赤い炎はもうどこにも見えなかった。


 消えた。燃え広がる前に火を消せた。自分の力で消すことができた。期待に応えられた。建物も潰れてない。薬も、きっと無事だ。

 たくさんの魔力が杖を通って出て行った気がする。今になって手が震える。辺りはしんと静まり返っていて、呼吸まで震えてるのがばれそうだ。でも、倉庫から目が離せなかった。


――やった。できた。俺が、俺にも……魔法が……!


 その事実を理解して、視界がじわじわと歪む。


 こんなところで泣きそうだ。ぐっと唇を噛んだところで、周囲から一斉に声が上がった。わああと初めて耳にする歓声に押されて振り返る。たくさんの人が拍手をしているのが見えた。


「ありがとうございます、貴族様!」

「よかったぁ、誰だよ落ちこぼれなんて言ったやつ!」

「薬も無事だ! 瓶も潰れてない!」

「ウィルフォード家万歳!!」


 みんな俺を見ていた。笑顔で、嬉しそうで。誰も憐れんだり馬鹿にしたりしてない。これは夢なんじゃないかと頬をつねってみたけど、痛いだけだった。


「この大きさの建物を一瞬で消火させるなんて!」

「さすがウィルフォード家。水魔法だけじゃなく、土魔法の使い手もいるとは」


 土魔法。

 そうだ、俺だって知らなかったのに。なんであいつは俺の魔力が土属性だってわかったんだろう。なんであんなに、俺を信じてくれたんだろう。


 視線の先で青い髪が揺れる。ぱちりと灰色の瞳と目が合う。


 彼は少しだけ驚いて、嬉しそうに微笑んだ。それがなんだか、『信じてたぞ』って言われてるみたいで。


 何故かそれだけで、涙が出そうだった。




===




 間に合ってよかった。

 まだ乱れている息を整えようと大きく息をつく。歓声に包まれているライアンを見て嬉しく思うと同時に、遅くなって申し訳ないと心の中で謝った。


 彼の魔力属性は『土』だ。もっと早くに分かっていれば、もっと早くに伝えていたら、きっとあんな顔をさせることもなかっただろう。

 こちらを向いた彼が今にも泣きそうな顔をしていて、咄嗟とっさに大事な杖を投げ渡してしまった。無事に受け取ってくれて本当によかった。


 ライアンがパニックを起こした民衆に囲まれた後、すぐに質屋まで走った。渋る店員に金貨を叩きつけて、彼の杖を回収した。

 先に質屋の場所を聞いておいてよかった。誰かに売られる前でよかった。彼がしばらく使っていたあの杖でないと、魔法は使えない。


『もしかして君が持っている魔力って、何種類かあるんじゃないのか』


 そう言いかけた時には、まだ彼が土魔力を持っているとは確信できていなかった。でも、攻略対象として魔力量はかなりあるはずなのに、魔法の大きさが小さすぎておかしいとは思っていた。


 それに、最初から全属性の杖を持っていたことも気になった。ウォルフに後押しされなければ、彼はヒロインと出会うまでずっとあの杖を使っていたはずだ。

 属性が1種類だけなら、持つ必要のない杖を。


 質屋に向かう途中、彼の本当の属性が水じゃなかったとしたら、何故私が水属性ではないのだろうと考えた。攻略対象に水属性はいないのかと自分の杖を見て、そこで気付いた。

 この世界では、水属性の魔鉱石は『青』ではなく『水色』だ。だから、私のイメージカラーを青にするために、氷属性に設定されたのではと思った。


 それぞれの属性によって色が分かれている攻略対象は、セシルが赤で私が青。リリー先生がおそらく紫。まだ出会っていない雷属性が緑。

 ラスボスとヒロインを黒と白だとすると、ある色が足りていない。それは、色の三原色でもある『黄色』だ。


 属性に迷ってしまったのは、ライアンの髪色が黄色に近い『オレンジ』だったからだ。魔力の属性が髪か瞳の色になることはもうわかっていた。セシルの髪色が金髪だから黄色が使えなかったのだろうかと、制作者側のことまで考えてしまう。


 私の瞳が青じゃないのは、きっと髪とは違う色にするため。髪を灰色にしなかったのは、学園長の髪色と被るからだろう。

 それならなぜライアンの目が黄色ではないのかと思ったが、前神官様のことを思い出すと、本来の聖魔力保持者は金色の目をしている可能性がある。そこもヒロインとの被りを避けたのかもしれない。


 元の知識が中途半端なせいで、そこまで推理しないとライアンの属性に確信が持てなかった。彼が人々の悪意なき期待にトラウマを抱いていないといいのだが。

 水属性と聞いて違和感を覚えた時点で、神殿で魔力確認をしたか聞いておけばよかったと反省する。


 いや、というか色だけならもっと早くに思い付いてもよかった。雷属性は緑がイメージカラーだということもずっと前から知っていた。

 もしかしたらカロリーナと出会った頃には、残りの攻略対象の属性は土で、イメージカラーは黄色なんだと分かっていたかもしれないのに。


――まぁ、今更考えても仕方ないか。色にとらわれていたら、むしろ彼が攻略対象だと気付かなかったかもしれないしな。


 ライアンは口々に感謝の言葉を投げられて嬉しそうにしている。結果的にうまくいって良かったと息をつき、倉庫に目を向ける。


 柔らかい土で消火したため、薬も倉庫も潰れてはいないようだ。私ではこうはいかない。さすがだなと小さく笑う。

 初めて使う魔法でも、彼の魔力調整は完璧だった。かなり広範囲の魔法だったはずなのに、魔力切れを起こしている様子もない。もう誰も、彼を落ちこぼれとは呼ばないだろう。


 しかし、どうして彼は土属性を持っているのだろう。親族はみんな水魔法を使うと言っていた。髪色は遺伝のようだから、実は知らないだけで、家族も土属性を持っていたりするのだろうか。

 そう頭を捻っていたところで、ライアンがこちらに駆け寄ってくるのが見えた。


「アレン!」

「ああ、ライアン。お手柄……」

「ッありがとう!!」


 声をかける前に、彼が深く頭を下げた。その勢いに面食らって口をつぐむ。

 ライアンは少しだけ鼻をすすって、頭を下げたまま言った。


「ごめん、何から言えばいいのかわかんねえ。でも、アレンのおかげで助かった! 俺も、俺にも魔法が使えるなんて思ってなかった。本当にありがとう!」

「……いや、私は君の杖を取りに行っただけだ。魔法を使って火を消し止めたのは君の力だ。お手柄だな、ライアン」


 私がそう言うと、彼は顔を上げて照れたように笑った。そして手に握ったままの杖を見て、はっとする。


「あっ! そうだ杖! 買い戻してくれたのか!? 高かっただろ」

「まぁ、気にするな」


――正直、持っていた金貨を全部出したから、いくら払ったか覚えてないし……。


 公爵家でよかった。質屋の店員の目が飛び出しそうだったから、もしかしたら払いすぎたのかもしれないが。足りなくて杖が回収できないよりマシだった。

 しばらく買い物をしなければ済むだろうと思ったが、目の前のライアンは慌てたように首を振った。


「いやいやいや、気にするよ。……でも今は払えないから、今度返すな」

「そうか。わかった」


 周囲では、人々が倉庫から薬を運び出して火事の片付けを開始している。手伝おうかと思ったが、「貴族様にそこまで頼むわけには」「火を消していただけただけで十分です」と断られてしまった。

 ライアンはすれ違う人みんなに声をかけられていた。今回私は何もできなかったが、彼の噂は無事に訂正できそうだなとほくそ笑む。


「そういや、なんで俺の魔力が土だってわかったんだ?」


 当然の質問をされ、何と答えるか迷う。攻略対象のイメージカラーを考えて消去法で、なんて言えない。少し考え、腕を組んで彼を見上げる。


「神殿で魔力確認をしていないなら、実は属性を複数持っているのかと……」


 と、そこまで答えて言葉に詰まる。これでは土属性に辿り付いた理由にはならない。彼の髪色は黄色ではないから、そこで気付いたとも言えない。親戚はみんな同じ水属性だと言っていた。

 ええと、と口ごもりつつ、なんとか思い付いた理由を述べる。


「き、君の家が農業をしていると言っていたから……農業なら、土魔法を使える相手と結婚した親族もいたんじゃないかと思って」


 若干無理のある答えに、ライアンは疑いもせず「お前すごいな」と目を輝かせて納得してくれた。

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