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41話 勉強会

「そういやこの前、廊下で例の話をしてる女子たちがいたから声かけたんだけど」


 放課後の図書室。

 周囲に他の生徒もいるため、少しだけ声を抑えてライアンが口を開いた。


「最初の調理の授業でアレンと一緒だったらしくて、自分たちも噂の訂正に協力したいって言ってくれたぞ」

「そうなのか。それは有りがたいな」


 言われてみれば、最近はあまり他の生徒から避けられない気がする。目が合っても慌てて逸らされたりしないし、普通に挨拶もできる。ライアンやその女子生徒たちが噂を訂正してくれているのだろう。


――直接私から噂の訂正をこころみたこともあるが、話しかけた時点で怖がられて、それどころじゃなかったんだよな。


 よく考えれば、私は今までセシルやカロリーナとしか関わってこなかった。例の噂も相まって、王子の友人でありながら表に出てこない危険人物だと思われていたのかもしれない。


 そう思うと、あの日調理の授業で一緒だった生徒たちは普通に接してくれてよかった。ライアンにも改めて礼をしたほうがいいだろうか。あれだけ美味しいと言ってくれたからまたお菓子を渡せたらいいのだが、あれ以来調理は選択していない。

 ステンドグラスクッキーが思ったより人気だったようで、未だにクッキーしか作っていないと聞いたからだ。ケーキが出てきたらまた参加したくなるかもしれないが、その前に他の授業が始まりそうだった。


 ライアンには感謝して、その分しっかり勉強を教えよう。気合を入れ直したところで、私の横で本を開いていたウォルフが不思議そうに首を傾げた。


「アレン君の噂ってなんだ?」

「あれ、知らないか? じゃあ知らないままでいいんじゃないか?」

「えー、気になるなぁ」


 すでに日課になった勉強会には、何故かウォルフも参加していた。彼は1学年上の公爵家だったためライアンも少し緊張していたが、ウォルフの性格ですぐに打ち解けた。

 私にも言ったように堅苦しいのが苦手らしく「アレン君を呼び捨てなら俺のことも呼び捨てでいいよ」と最初からライアンの肩を叩いていた。今では基本的にこの3人で行動するようになっている。


 ライアンから噂の話を聞いたウォルフは、特に表情を変えずに言った。


「ああ、人身売買組織か。そういやそんな話もあったな。家でもずっと図書室にこもって人と関わらずに本を読んでたから、噂が入ってこなかったのか」

「私もウォルフと似たようなものだったんだが……」

「アレン君が? あー、入学式の後もすぐ図書館に来てたもんな。でも、歴代最年少で魔力開放した後は色々忙しかったんじゃない?」


 それを聞いて「忙しい……?」と疑問符を浮かべてしまった。回復を祝われたり魔力確認に行ったりはしたが、それ以外に思い当たることがない。

 私の魔力開放が平均より早かったのは新聞に載っていたせいか、ライアンも知っていたようだ。彼はウォルフの言葉に頷いた。


「ずっと話題だったよな。俺も同年代だったから、親にめちゃくちゃ記事読まされたの覚えてるぞ。有名人としてあちこち連れ出されたりしなかったのか?」

「いや。神殿には行ったが、それ以外は何もなかった……というか、クールソン家の屋敷から出ていない」


 当時のことを思い出す。半年間はほぼ謹慎きんしんしているような状態だったし、セシルとも会わず魔力調整や戦闘訓練に集中していた。何か特別なことがあったわけでもなく、普段通りだったはずだ。

 2人はへえ、と意外そうな顔をした。


「まー考えてみれば、危険な目に遭った子をすぐに外には出したくないか。アレン君、小さい頃は女の子みたいで可愛かったしな」

「……それは褒めているのか?」


 じっと横目でウォルフを睨み付ける。学園に入るまで彼とは1回しか会っていないから、その時の印象しかないのだろう。当時の外見を否定はできないが、今はそれなりに男らしく育っているので複雑な気持ちになる。

 彼はポンと私の背中を叩いて笑った。


「そりゃもちろん。親御さんから見ても可愛かっただろうなって話だよ」

「確かに今のアレンも綺麗だもんな」


 さらりとそう言ったライアンに、今度は私が目を丸くしてしまう。お世辞で言ったわけでもなさそうだ。やっぱり彼も乙女ゲームの攻略対象らしいなと思いながら、素直に礼を返す。

 しかし、とウォルフが話を戻した。


「アレン君は1度話せば、噂されてるような人じゃないって分かりそうだけどな」

「その話す機会がなかったから、伝わるうちに段々脚色きゃくしょくされていったんだろう」

「そういえば確かに、あのお茶会以外では見かけなかった気がする」

「……言った通り、図書室に籠ってたからな」


 ああそういうことか、とようやく納得したウォルフに苦笑する。

 王宮の図書室に入りびたっていたのもあるが、時々来るお茶会の誘いを断っていたのも良くなかった。そこで何度か参加していれば、学園入学前に変な噂は消せていたのだろうか。


 と、ライアンが呟くように言った。


「まぁ、貴族は噂好きだからな。それが悪い噂なら、余計に広がるのも早いし」

「……ライアン?」


 なんとなく暗い雰囲気を感じ、声をかけようとして気付いた。離れた席に座っている生徒や、本棚の前に集まっている生徒たちが、ちらちらとこちらを見ている。

 もしかして声が大きかっただろうかと思ったが、違った。彼らの視線はライアンに向いているようだった。


「おい、あれってウィルフォード家の落ちこぼれじゃないか」


 誰かの声が耳に届いた。次いで、クスクスと笑う声も聞こえる。それも1つではなく、あちこちから複数。さすがにウォルフも口を閉じて耳を澄ませていた。


「本当だ。公爵家の方々と一緒にいるなんて、おこがましい奴」

「名前だけは有名だからな。魔法の実力は隠してるんだろ」

「もしかして魔法だけじゃなくて、文字も読めないんじゃないか?」

「ああ、呪文がわからないのか。なら仕方ないな」


 明らかに馬鹿にした口調に自然と顔が険しくなるのを感じる。誰が言っているのだろうと周囲を見回すと、睨まれたと思ったのか声は静かになった。

 同じように周囲を軽く見て、ウォルフが頬杖をつく。


「『ウィルフォード家』ね。名前聞いた時にもしかしてとは思ったけど」


 改めて正面に座るライアンを見る。彼は怒るでも落ち込むでもなく、苦笑いを浮かべていた。ウィルフォード家の名前は私も知っている。学園に入る前の授業で習ったからだ。


「フレイマ王国最大の農地を持つ辺境の男爵家、有名だよな。なんでいまだに男爵家なのか謎なくらい」


 ウォルフの疑問に、ライアンが苦笑いのまま答えた。


「今の生活に満足してるからって、爺さんも父さんも爵位を断り続けてるからな」


 失礼な話だけど、と続ける彼を見て腕を組む。そんなに立派な家の息子なのに、どうして落ちこぼれなんて言われているんだろう。

 ゲームでもそうだったのかと考えるが、ライアンルートはやっていないので分からない。共通イベントには彼もいたはずだが、そこで個人的な話は出なかった気がする。


 学園に入っているからには、魔力開放も済んでいるはずだ。魔力調整だってこれから習う。そこまで噂されるような理由があるのだろうか。

 しかし、さすがにいきなり踏み込むのは良くないだろう。と、躊躇ためらっている私の隣でウォルフが言った。


「それで、なんでライアンは落ちこぼれなんて言われてるんだ?」

「……率直そっちょくすぎるだろう」


 彼にはオブラートに包むということができないのだろうか。いや、そもそもこの世界にはオブラートがないのかもしれない。ついため息が出てしまうが、ライアンは手を振った。


「いいよ、悪気があって聞いたわけじゃないだろ? そりゃ気になるよな」


 そう言ってパタンと勉強のための本を閉じると、親指で外を示した。


「とりあえずここじゃ無理だから、外に出よう」




===




 図書館から少し離れた塀の横で、ライアンが懐の杖を取り出した。その底に埋め込まれた魔鉱石を見て、ウォルフと同時に驚いてしまう。


「それは、何属性の杖だ?」


 赤でも青でもない、いろんな色が混ざり合ったような魔鉱石だ。光の加減で色が変わる。こんな魔鉱石は初めて見た。

 思わず尋ねると、ライアンは恥ずかしそうに頬を掻いた。


「これ、全属性の魔鉱石を混ぜた特殊な杖でさ。その時は一目ぼれして小遣いはたいて買ったんだけど、今はちょっと出すのが恥ずかしいんだよな」

「全属性……!?」


 その答えを聞いて、神殿での魔力確認を思い出す。あの時はまだ、属性の違う魔鉱石をまとめると誤作動が起こると言っていたはずだ。知らぬ間に技術は進歩していたんだなと妙な感動を覚える。

 ただ、それを杖に使う意味はあまりないかもしれない。


 ウォルフも同じ考えだったらしく、珍しく呆れたような表情をしていた。


「気持ちは分からなくもないけどね。やっぱりちゃんとした専用の杖の方が使い勝手がいいんじゃないか?」

「ウォルフもそう思うか。今度父さんが仕事で近くに来るついでに使ってない杖を持ってきてくれるらしいから、そうなったらもうこいつはしちに入れようかなぁ」

「それもありだな。その金で新しい杖を買えばいいし」


 ライアンは大きく頷いた。全魔力属性の杖は高かっただろうと思ってしまうが、何年も使っていたなら十分なのかもしれない。ところで、とウォルフが言った。


「結局ライアンの魔力属性はなんなんだ? まさか全属性なわけないだろ」

「ああ、俺は水属性の魔力持ちだよ。母さんも父さんも兄貴たちもみんな水属性なんだ」


――『水』属性……?


 ふと疑問が浮かぶ。攻略対象には既に氷属性の私がいるのに、水属性もいるのはどうなんだろう。

 とはいえ、別に属性が被っているわけではない。氷は水にならないし、水も氷にはならない。火魔法を使うセシルの瞳が赤いように、ライアンの瞳も水色だ。神殿で魔力確認をしているはずだから、間違っているとも思えない。


「とりあえず、魔法を使ってみるから見ていてくれるか?」


 ライアンが杖を構えた。はっとして、ウォルフと共に彼から距離をとる。ライアンは少し緊張しているようだったが、ふうと息を吐いて呪文を唱えた。


水よ落ちろ(フォール・ドロップ)!」


 杖の先に魔力が集まる。そしてそのまま膨らむ前に動きを止め、空間に小さな水の塊が生まれた。飴玉程度の大きさのそれはポチャンと地面に落ち、砂に小さな染みを作る。

 しばらく杖を構えたままの姿勢だったライアンは、大きくため息をつきながらその場にしゃがみ込んだ。


「駄目だあ、保有魔力はそれなりにある気がすんのに、全然魔法に変換されねえ」


 どうやらこれが、彼が『落ちこぼれ』と言われている理由らしい。どこかで人前で魔法を使う機会があったのだろう。話によれば彼の兄2人は水魔法の使い手としても有名なのだという。彼にも同じ力を期待するのはわかるが、理由を聞いても酷い話だとしか思えない。


「うーん、魔法が使えないわけじゃないしな。魔力調整がうまくいってないか、その杖の問題なんじゃないか?」


 ウォルフは首を捻って自分の杖を取り出した。そして、間を置かずに唱える。


切って(シザーズ)


 音もなく飛んでいった風の刃が、ちょうど木から降って来た葉を半分に切って消えた。命中率もスピードもさすが先輩だと言わざるを得ない。ウォルフの魔法は初めて見たが、実はかなり優秀な生徒なのだろう。


――ウォルフの属性は『風』なんだな。


 彼の瞳は紫色だ。カロリーナも紫だったはずだから、彼女も風属性だろう。となると攻略対象の中では、紫の目をしているリリー先生が風属性なんだろうか。

 ゲームでは、他に雷属性がいたことだけ覚えている。出会っていないもう1人の攻略対象者は、雷属性の緑色の目をしているのかもしれない。火、氷、風、雷ときて最後の1つだけわからなかったが、ライアンが水属性なら水だったのだろう。


 私だけ目が青じゃないのは何か意味があるのかと考えていたところで、渡り廊下にリリー先生の姿が見えた。あ、と声を上げ2人の方を向く。ライアンに魔力調整を教えていたウォルフが顔を上げた。


「どうした? アレン君」

「すまない、少し席を外す。リリー先生に用があって」

「わかった。まだここにいるから終わったら戻っておいで」


 彼らに見送られて中庭を横切り、渡り廊下に向かう。リリー先生と声をかけると、彼はすぐに気付いてこちらを見た。


「あら、どうしたの? また怪我?」

「いえ。これをお返ししていなかったので」


 制服のポケットから、オリエンテーションの時に渡された球の魔道具を取り出す。先生は忘れていたらしく「そういえば貸してたわ」と目を丸くした。


「何度か医務室に伺ったんですが、開いてなくて」

「あたしがいない時は閉めてるのよ。ずっといても誰も来ないし、見回ってる時間の方が多いのよね」


 魔道具を受け取った先生は何故かじっとそれを見て、躊躇ためらいがちに口を開いた。


「……この魔道具、使ってる時に暴走とかしなかった?」

「暴走?」


 実は危険な魔道具だったのだろうか。熱くなりすぎるとか、壊れやすいとか? と考えて首を振る。


「いえ、特には。オリエンテーションの時にしか使ってないので、それ以降はわかりませんが」

「そう……ま、ならいいわ。たまに魔力調整に失敗して暴走させる子がいるのよ」


 リリー先生は魔道具を白衣のポケットに入れると、私に視線を向けた。


「で、あんたはちゃんと凍傷対策の手袋買ったの?」


 そう言われて思い出す。あれからかなり経つが、今のところ何も対策を考えていない。私が即答しなかったため、未だ手袋を買っていないことが伝わったらしい。

 彼は呆れたように言った。


「学園前の街に行けば売ってるでしょ。別の対策法があるならいいけど、またあの魔法を使う気があるなら、今度の休みにでも買っておきなさいよ」

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