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39話 選択授業②

 ガンガンと貴族の授業らしからぬ音が調理室に響く。


 クッキーが焼き上がるまでの間に、男子生徒が中心となって飴を砕いていた。大きさによってはそのままでもと思っていた飴がかなり大きかったため、溶かしやすくする必要があった。女子生徒たちに遠目に見守られながら、砕いた飴を色ごとに分けておく。


 次に、完全に焼き上がる途中で取り出したクッキーの穴に飴を入れていく。できるだけ薄くなるようにしたいが、足りなくても見た目がいまいちなので溢れない程度に飴を詰める。見本を用意するほどではないと思ったが、一応1つだけ私が作り、後は他の生徒たちに任せた。


 そこからは女子生徒が中心になって作業を進めていた。カラフルにしたい、グラデーションにしたいと楽しそうに相談しながら飴を置いている。

 これはこれで交流になっているようなのでよかったと思いつつ、何故か増えている穴空きの生地を板に並べていく。これを全部ステンドグラスクッキーにしても食べきれないのではと考えていると、同じ班の元気な彼女が小さな瓶を持ってきた。


「クールソン様、お手数ですがこちらを開けていただけませんか?」

「何に使うんだ?」

「せっかくなので、間にジャムを挟んだクッキーも作りたいと思いまして」


 そう言われ、なるほどと瓶を受け取って蓋を開ける。セシルほど筋肉はないが、これくらいなら余裕で開けられる。瓶には苺のジャムが入っていた。


「これなら、穴をあけた生地を上に重ねるのもいいな」

「そうですね! 中のジャムが見えて可愛いと思います」


 彼女は楽しそうに頷いて、早速焼き上がったクッキーを受け取りに向かった。それと交代するようにもう1人、同じ班の女子に声をかけられる。


「あの、クールソン様。型を抜いて余った生地はどうしましょう?」

「そうだな。そのままでもいいが、半分だけジャムを混ぜてマーブル生地にでもするか?」

「素敵ですね……! そうしましょう」


 彼女はぱっと顔を輝かせると、慌てて目を伏せた。はしゃいでしまったのが恥ずかしいらしいが、気持ちは分かる。色々試すのは楽しいよな、と余った生地を半分にわけてジャムを混ぜ込む。

 おそらく元から砂糖は入っているから甘くなるだろうが、マーブルにすればそこまで変わらないはずだ。本来ならジャムを入れた生地を冷蔵庫で寝かせるところだが、それも少しくらいなら……たぶん大丈夫だろう。


 そういえば、セシルは結局1度も型抜きをしていないのでは、と顔を上げる。彼は男子生徒たちに囲まれて話をしているようだ。昔王宮のお茶会で見たような愛想笑いを浮かべているのが目に入り、話の内容を察する。


 気付けば、調理をしているのは私と女子生徒だけになっていた。自分でも違和感がなかったのは、前世が女性だからだろうか。

 とはいえ、男子生徒の話に混ざりたいわけでもない。まぁいいかと心の中で呟きつつ、流れ作業で生地を板に載せていく。


 しばらくすると、無事にすべてのクッキーが焼き上がった。先生がしっかり調整して焼いてくれたらしく、飴もちゃんと溶けている。


 それが冷えて固まるまで、他のクッキーでお茶をすることになった。


 調理の授業ということで、自分たちで紅茶を淹れるらしい。どこでお湯を沸かすのだろうと思っていると、先生が来て机の一部を操作した。机の端が蓋のように開き、その下からコンロのような魔道具が姿を現す。厨房では普通に火を起こしているが、学園ではここでも魔力を使うらしい。

 セシルが代表して魔道具にめられた魔鉱石に魔力を送ると、ぽっと音がして中火程度の火が点いた。


「火魔法を使わずに火を点けるのは初めてだ」


 そう言って笑うセシルに「君はそうだろうな」と返す。改めて考えると、どこでも火を扱えるなんてすごい力だ。

 彼はコンロの魔鉱石をじっと見て、首を傾げた。


「この魔鉱石には火の魔法が設定されているんだね。石の大きさで火力も変えられるのかな。平民も魔道具を、もっと安価で手に入れられるようにできたらいいんだけど……」


 こんな時でもしっかり国のことを考えているらしい。立派になったなと口に出さずに呟いて、ケトルに水を入れて火にかける。


 生徒たちはみんなで手分けしてお茶の用意をしていた。カップを並べ茶葉を選び、クッキーを皿に盛っている。

 この調理用の机で食べるのかと思ったが違うらしい。先生と数人の男子生徒が別のテーブルを運んできて、教室の空いている場所に設置した。


 準備ができたところでお茶会が始まる。同じ班の生徒と固まって席に着き、さっそく出来立てのクッキーに手を伸ばした。サク、と小気味良い音が調理室に響く。


「美味しい! やっぱり焼き立ては違うね」


 隣でセシルが嬉しそうに笑った。周囲の生徒たちも同意するように頷く。

 目の前に置かれているのは自分達が作ったクッキーだ。私たちの班だけマーブルだったりジャムサンドだったりして、カラフルだった。ちらちらと視線は感じるが、今のところみんな自分の班のクッキーに満足しているようだ。


 薄めだからジャムサンドがちょうどいいなと思いつつ提案者の彼女を見る。マーブルクッキーを食べていた彼女は、隣に座った女子生徒に顔を向けた。


「美味しいです! ジャムを生地に練り込むのも良いですね」

「わ、私も……ジャムサンド、好きです。ジャムが見えているのも素敵です」

「そうですよね! クールソン様のアイデアなんですよ」


 突然私の名前が出たことに目を丸くして、紅茶のカップに伸ばしかけた手を止める。セシルや他の班からも視線を感じて首を振る。


「ジャムを挟む提案をしてくれたのは君だろう。穴を空けた生地が余りそうだったから、ちょうどよかった」

「クールソン様考案のステンドグラスクッキーにかれて、たくさん作ってしまいましたからね」

「別に私が考案したわけではないんだが……」


 話がステンドグラスクッキーに移ったせいか、生徒たちはそわそわと冷やしているクッキーに目を向けた。それに気付いた先生が板に並べられたままのクッキーに近付き、そっと持ち上げる。

 飴はしっかり固まっているようで、落ちる様子はなかった。


「完成したようですね」


 先生がそう言うと、生徒たちの興味は完全にステンドグラスクッキーに向かった。1人立ち上がったのを皮切りに、みんな席を立って調理用の机に集まる。

 生地に穴を空けられて不機嫌になっていた女子生徒が、クッキーを持ち上げて光にかざした。その顔が明るくなったのを見て、どうやらうまくいったようだと小さく息をつく。


「すごい……本当にガラスみたい! とても綺麗だわ!」


 目を輝かせている彼女に続いて、他の生徒たちも自分の班のクッキーを手に取った。わぁ、とあちこちで歓声が上がり、笑顔が零れる。互いのクッキーを見せ合っている生徒もいる。

 みんな嬉しそうで、見ているとなんだか私も嬉しくなってしまう。同じようにクッキーを眺めていたセシルが、こちらに顔を向けて微笑んだ。


「君が素敵な提案をしてくれたおかげだね」

「……いや」


 その言葉に少し考えて、彼を探す。生徒たちの後ろでほっとしたように胸を撫で下ろしている男子生徒に視線を向けて、改めて口を開く。


「これを思い付いたのは『偶然』穴の開いた生地を見たからだ」


 私の視線に気付いたセシルが彼を見た。それにつられたように生徒たちの視線もその男子生徒に向く。

 先程まで腹を立てていた女子生徒は、はっとして口に手を当てた。慌てて戸惑っている男子生徒に近付き、頭を下げる。


「さっきはごめんなさい。わざとではないと分かっていたのに、あんなに怒ってしまって」


 自分より身分が低いだろう相手に頭を下げられるなんて、思っていたより良い子なのかもしれない。もしかしてこの学園には良い子しかいないのだろうか。

 彼女はそっと彼の手を取って、にっこりと笑った。


「あなたのおかげで素敵なクッキーができたわ。あちらで一緒に食べましょう」

「で、でも……良いのですか?」

「もちろんよ。私たちで作ったんだもの」


 彼女に笑いかけられ、男子生徒は顔を赤くして頷く。

 無事に仲直りできたようだ。席に向かう彼らを見送って、小さく笑う。


 見た目の次は味が気になるらしい。生徒たちは再び席に着いて、ステンドグラスクッキーをおそるおそる口に運んでいた。口を切らないかと心配していたが、先に注意していた甲斐かいがあったのか、みんな気を付けて食べ進めている。


 大丈夫そうだなと思ったところで、セシルが「あ」と声を漏らした。


「ちょっと切ってしまったかな。血の味がする」

「え?」


 まさか王族の彼が真っ先に怪我をしてしまうとは。さすがにこれで調理の授業が中止になることはないだろうが、危険なものを作ったと先生が責任を問われてしまうかもしれない。

 私が言いだしたことで問題になったらどうしようと思いつつ、セシルに顔を寄せる。驚いたように目を丸くしている彼の頬に手を添え、口を見てみる。確かに唇を少し切ってしまっているようだ。


「ああ、切ってるな。そんなに深くはないと思うが、……?」


 そこで、セシルが固まっていることに気付いた。一瞬きょとんとしてしまうが、彼を子ども扱いしてしまったのだと理解してすぐに離れる。

 これでは子供の虫歯を見る母親みたいだ。他の生徒もいる前で、王子に対して失礼な態度だったかもしれない。


――長年一緒にいるし、小さいころから見ているが、彼ももう16歳だからな。


「すまない。気になるなら医務室で消毒してもらった方がいいかもしれない」

「わ、わかった……そうだね、ありがとう」


 恥ずかしかっただろうに文句も言わず、彼は何度か頷いた。優しいからこそ怒れないのだろう。申し訳ないと思いながら視線を感じて振り返ると、同じ班の女子生徒2人がじっとこちらを見ていた。


「どうした?」

「あっ、あの、いえ……」

「ふ、普通のクッキーがたくさん余ってしまいましたので、よかったら持って帰りませんか!」


 そう言われてテーブルに目を向ける。いつの間にか、ジャムクッキーやマーブルクッキーは跡形もなく消えていた。別の皿に盛られたたくさんのプレーンクッキーは、それぞれ持ち帰って良いらしい。


「君たちはいいのか?」

「私たちは、ステンドグラスクッキーをお友達用にいただきましたので!」

「そうか。じゃあ貰っていこう」


 セシルはどうするだろうかと顔を向ける。まだ顔の熱が引かないらしい彼は、私が尋ねる前に小さく首を振った。


「僕も欲しいけど、さすがに王宮に持って帰ったら取り上げられてしまうからね。君たちで分けるといいよ」

「……それだと私が全部貰っていくことにならないか?」

「では、他の班の方にもお声をかけましょうか」


 その後彼女たちが声をかけてくれたおかげで、他の班の生徒がプレーンクッキーもいくつか貰っていってくれた。女子生徒の手作りなら人気なのではと思っていたが、みんなステンドグラスクッキーを人に見せるために持って帰るらしい。

 結局残ったクッキーを布の袋に詰め、まとめて受け取る。余りものを押し付けるというよりは、身分を意識して遠慮されたようだ。


 そうして大量のお土産を抱え、初めての選択授業は終了した。




===




 この大量のクッキーをどうしよう。と、頭を捻りつつ廊下を歩く。


 授業の後、なんとか片手で抱えられるくらいの袋を持って図書館へ向かっていた。寮に持ち帰ってジェニーに渡そうかとも思ったが、彼女はこんなに食べられないだろう。保存料は入っていないだろうし、できれば今日中に食べたほうがいい。

 ジェニーなら無理をしてでも食べてくれるかもしれないが、それはさすがに申し訳ない。


――まぁ、ウォルフなら喜んで食べてくれそうだしな。


 そう呟いて廊下の角を曲がったところで、ふと向こうから歩いてくる生徒に気が付いた。遠くにいるはずなのに、とても大きく見える。

 3年生だろうか。いや、それにしても大きすぎるような……とつい眺めていたせいで、彼もこちらに気が付いたらしい。立ち止まって辺りを見回した後、何故か廊下の端に寄る。



 そして、さっとその場にひざまずいた。



 思わず「えっ?」と声が出てしまう。辺りに他の生徒の気配はない。廊下にも彼の周りにも、見える範囲には誰もいない。……私を除いて。


――まさか、私に跪いているなんてことは……。


 脳内で否定しつつ、しかし彼が跪く直前にこちらを見ていたことが頭に浮かぶ。

 そんなことをされる理由に心当たりはないが、もしそうなら早く立ち上がってもらわなければならない。他の生徒や先生が来たら変に思われてしまう。


「き、君……何をしているんだ?」


 慌てて駆け寄って、声をかける。黄色寄りのオレンジの髪を揺らして、彼はそろりと頭を上げた。水色の目がぱちくりと瞬き、不思議そうな顔をする。


「え? これが正しいマナーじゃないのか?」

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