表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/196

33話 新しい出会い

 そういえばそうだった。セシルの言葉で思い出した。


 ゲームのヒロインは様付けで私やセシルを呼んでいたが、彼女は同学年ではなかった気がする。彼女が入学してきた時、セシルは生徒会長になっていた。ステージ上で挨拶をしていたのは、在校生代表としてだったのだろう。

 ということは『乙女ゲーム』本編が始まるのは、早くても来年だ。当然今日この場にヒロインがいるわけがない。


 そうなってくると学園長も、ヒロイン入学時には性格が違うのかもしれない。この1年の間に豹変ひょうへんしてしまうような何かが起こるのだろうか。なんとなくゲームと違って見えた理由がわかった気がした。……それもまた当てにならないのだが。


 これはさすがに、うろ覚えにもほどがある。昨晩しっかり本を見返して記録を確認したが、攻略対象の学年は書かれていなかった。つまり最初から覚えていなかったということだ。そこでちゃんと記憶していれば、今日こんなに無意味に悩む必要もなかったのに。

 何より、セシルが生徒会長というかなり重要な設定を忘れていなければ、私たちが1年生じゃないことはわかったはずだ。恥ずかしいやら情けないやらで頭を抱えたくなるのを、ぐっとこらえる。


「……アレンは、彼女に会ってみたいのかい?」


 セシルは何故か不安そうな顔をして、ちらりと私を見た。それまで何の話をしていたかと一瞬だけ考え、答える。


「ああ。君の話を聞いた時から、桃色の髪というのが気になっていたんだ」


 ヒロイン入学前から彼女に興味があると思われるのはまずい。優しいセシルのことだ。彼女に興味を持っていても、私のために遠慮してしまうかもしれない。

 あくまで髪色が気になるだけだと返すと、彼はほっとしたように息をついた。


「髪色、ね。……それならアレンの方が綺麗だと思うけど」


 ぽつりと呟きが聞こえる。未だに自分の髪色には時々違和感を覚えてしまうが、そう言われるのは素直に嬉しい。


「ありがとう。私はセシルの金髪も綺麗だと思う」

「えっ? き、聞こえていたのかい?」


 セシルは慌てて顔を上げると、「ありがとう」と微笑んだ。その勢いのまま何かを思い出したらしく、ぽんと手を叩く。


「そ、そうだ。この後、先生が学園を案内してくれるらしいんだけど、アレンもどうだい? 予定通り、明日他の生徒たちと回るかい?」

「明日は、セシルは一緒じゃないのか?」

「後半のオリエンテーションは一緒だけど、案内は別だね。王子の僕がいるとみんな説明に集中できないだろうからって」


 その言葉に納得する。講堂での様子を見ると、生徒たちは噂話に興味津々のようだった。王族のセシルが傍に居たら、確実に彼を意識してしまうだろう。

 それなら私も今案内してもらった方がいいのだろうか。いや、さすがに考えすぎか。今日は初日だったから物珍しがられていただけで、明日にはもう興味が薄れているかもしれない。


――他の公爵家や婚約者候補であるカロリーナを差し置いて、私だけセシルと回るわけにはいかないよな。


 私がセシルの友達だということは噂されているようだが、学園では常に一緒にいられるわけではない。他の友達を作るためにも互いのためにも、入学初日から特別扱いされていると思われるのはあまり良くないだろう。


「今回は遠慮しておこう。明日、他の生徒と一緒に案内を受けることにする」

「そうか、わかったよ。じゃあ今日はもう寮に戻るのかい?」


 そう尋ねられ、迷ってしまう。入学式だけで1日が終わるのはもったいない気がする。本当なら今日、みんな街に出ているのだろう。私は昨日行ってしまったし……と考えたところで、昨日ジェニーが言っていたことを思い出した。


「とりあえず、図書室に行こうと思う」


 王宮の図書室も広かったが、学園の図書室は『学園図書館』と呼ばれる完全な別館で、かなり広いらしい。きっと見たことのない本もたくさん置かれているだろう。今日だったらそんなに生徒もいないだろうし、ちょうどいいかもしれない。

 その答えを聞いて、セシルは小さく笑った。


「アレンならそう言うと思ったよ。場所は分かる?」

「ああ、なんとなく。校内図を確認してから向かうことにする」

「それなら大丈夫そうだね」


 講堂を出て、セシルと別れる。噴水まで戻ってから校舎へ向かう。周りに生徒の姿は見えるが、みんな数人で固まって話していた。

 声をかけてみるべきか少し考え、やめておく。講堂でのことを考えると、楽しい会話に水を差す未来しか見えない。


 緊張していたから余計に冷たい表情になっていたと思うが、それよりも変な噂のせいで人が離れているのではないだろうか。

 私だって8歳で人身売買組織を壊滅させるような相手に話しかける勇気はない。それはもはやクールキャラというより、ただの『危険な人』だ。どうにかして誤解を解きたいが、どうしたらいいのかはわからない。


 大きな扉から校舎に入り、正面の校内図に目を向ける。1階の廊下をぐるっと回っていけば、渡り廊下から図書室に通じてそうだ。左回りで行こうと廊下を進みながら、小さく息をつく。


 今日から乙女ゲームが始まるのだと気合を入れてきただけに、年単位で認識が間違っていたことがめちゃくちゃ恥ずかしい。別にそれを知っているのは私だけなのだが、それでもこの間違いはないだろうと自分で自分にツッコミを入れてしまう。

 生徒会長であるセシルが新入生なわけがない。ヒロインは確定で後輩だ。


 セシルがヒロインの年齢を覚えておいてくれて助かった。下手すれば来年再来年までずっと悩んでいるところだった。

 入学式の段階でわかったのは良かったと思うことにしよう。


 もしかしたら、ヒロインと一緒に入学してくる攻略対象もいるのだろうか。本編は入学式から始まる1年間の出来事だったはずだから、ヒロインが2年生になるシーンはない。つまり彼女が入学する時点で、全ての攻略対象がこの学園内にいることになる。

 先生キャラはすでにいるだろうが、彼は1周目では攻略できないから今回は関係ないかもしれない。となればヒロインが1年として、2年生または3年生に私たちがいるから……


「……ん?」


 ふと我に返る。考えながら歩いていたせいで、いつの間にか知らない場所に辿り付いてた。渡り廊下ではあるが、図書室は見える範囲にはない。目の前には別の校舎に入る扉がある。

 後ろを振り返ると、校舎は横にも続いていた。曲がるべきところで曲がらずに、まっすぐ来てしまったようだ。


 周囲には誰もいない。よかったと息をついてきびすを返す。ぼーっと歩いていて迷子になりましたなんて、全然クールじゃない。本編が始まっていなくても、キャラは保たねば。そうすると最初に決めたのだから。


 歩き出そうとしたところで、小さな声が耳に届いた。


「にゃん」


 足を止め、耳を澄ませる。どこからか、かすかに猫のような鳴き声がする。それは渡り廊下の外に広がる、中庭から聞こえているようだった。


 なんとなく呼ばれている気がして、声のする方へ足を踏み出す。中庭には花壇やベンチが置かれていて、小さいガゼボもあった。中央に大きな木があり、木漏れ日が点々と芝生に落ちている。

 こんなところでランチができたら楽しいだろうと思いながら見上げたところで、目を丸くしてしまった。


 高い木の上に灰色の猫がいる。まだかなり小さい子猫のようだ。


 子猫は黄色い目でこちらを見ると「にゃん」と鳴いた。先程から聞こえていた声の主はこの子だったようだ。

 枝の先で辺りを見回し、少しだけ足を伸ばしてすぐに引っ込める。そして、また小さく鳴いた。


「……降りられない、のか?」

「にゃん」


 言葉が分かっているわけではないと思うが、子猫は私の言葉に応えて鳴いた。前にも後ろにも進めないらしく、その場でまごついている。近付いて手を伸ばしてみるが、まったく届かない。中庭に脚立きゃたつのようなものもない。どうしようかと腕を組んで首を傾げる。


 木の上の降りられない子猫。こういうシチュエーションは漫画で見たことがある。ヒロインが木に登って猫を助け、そのまま落下して、誰かにお姫様抱っこで受け止められる王道イベントだ。


――でも、今ここにヒロインはいないんだよな……。


 他に登って猫を助けてくれそうな生徒もいない。それどころか周囲には人の気配すらない。このまま見捨てるわけにはいかないし、なんとか下ろしてあげたいが、私も木登りはできない。


 少しだけ考えて、制服の内ポケットから杖を取り出す。


氷の階段(アピア・クリエイション)


 キンと辺りの空気が冷える。地面から木の枝に向かって、氷の階段が現れた。

 わざわざ木に登らなくても、この世界には魔法がある。それなら猫が自力で下りられるようにすればいい。……と、思ったのだが。


「駄目か」


 子猫は突然現れた階段に驚いたようで、じっと階段を凝視ぎょうしして固まってしまった。まったく動く気配がない。完全に怖がらせてしまったようだ。


 仕方ない、と呟いて階段を上る。滑らないように気を付けつつ3段ほど上ったところで手を伸ばす。子猫はしばらく警戒していたが、やがてそっと足を出した。両手で抱え、また気を付けながら階段を下りる。


 無事に助けられてよかった。最初からこうやって氷で段差を作ればよかったんだなと思った、その時。


「あんたがアレン・クールソン?」

「え? ……あっ」


 いきなり背後から声をかけられ、そちらに意識が向いた拍子ひょうしに最後の段で足を滑らせた。そのまま後ろに転びそうになったところで、声の主に受け止められる。

 わずかに体勢を崩すだけに留まったが、抱えていた猫はにゃんと鳴いて腕から飛び出して行ってしまった。


 声からして男性らしい彼は、それを見て申し訳なさそうに言った。


「あー……急に声をかけたのは悪かったわ」

「い、いえ。こちらこそ」


 魔法を解除して、階段を消す。改めて声をかけてきたその人を振り返る。


 そこにいたのは、紫の瞳に黒髪を肩まで伸ばした背の高い男性だった。制服ではなく白衣を着ているから、生徒ではなさそうだ。

 学園内にいるということは、先生なのだろうか。しかし、どう見てもただの先生ではないだろうと思えるほど容姿が整っている。私と同じく攻略対象者だと言われた方が、まだ納得できるくらいだ。


 もしかしてこの人が5人中唯一の先生キャラなのではと考えていると、彼は「それで」と腰に手を当てた。


「あんたよね? アレン・クールソンって」

「……はい」


――なんだか話し方がオネエさんっぽいような……。


 口調だけかと思ったが、彼は女性的な仕草であごに手を当てると「ふーん」と目を細めた。何かを確かめるようにじろじろと眺められ、ついむっとしてしまう。

 そういえば、何故この人は私に声をかけてきたんだろう。例の噂の人物がどんな生徒か気になったのか、誰かから私のことを聞いたのか。怪訝けげんに思っていると、彼が言った。


「確かに姉さんが言ってた通り、他の貴族のお子様とはなーんか違うわね」

「……姉さん?」


 思わず聞き返してしまった。この人のお姉さんということは、他の先生か誰かだろうか。

 その答えは、すぐに彼の口から告げられた。


「あたしのこと聞いてない? まぁ、わざわざ言わないか。神殿であんたの担当だったんでしょ? 『アデル』姉さん」


 そう言われてはっとする。私の魔力確認担当だったアデル・リリーさん。彼女に会った時に、誰かに似ていると感じたことを思い出す。

 その誰かが目の前の彼なら、出会ったのはきっと前世だ。


――ということは、やっぱりこの人が……。


 私が気付いたことに満足したのか、彼はにっこりと笑った。


「あたし、ミルトン・リリー。医務室の担当医よ。リリー先生って呼んでちょうだい。そっちのほうが可愛いから」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ