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32話 入学式

 立派な正門を見上げ、衛兵に気付かれないよう深呼吸をする。わざわざ寮から一度門を出て正門まで回って来たのは、気合を入れるためだ。これから本当に『乙女ゲーム』が始まるのだと。


――門からの景色はOPでも背景でも出ていたから、わりと覚えてるな。


 門の正面にまっすぐ伸びる道。中央に噴水。そこから左右に分かれ道があり、それぞれ寮と講堂に向かっている。

 正面には校舎があるが、今日は入学式だ。校舎には入らずそのまま講堂へ向かう。すでに周りにも数人、新入生らしき生徒の姿が見えていた。


 ジェニーは寮にいるのでここからは完全に1人だ。改めて考えると、この世界で正式に1人行動をするのは初めてかもしれない。緊張から表情が硬くなっていることを自覚しつつ、他の生徒にまぎれて講堂に入る。


 昨晩は寮に戻ってすぐ食堂に向かったため、あまり他の生徒に出会うことはなかった。しかし今朝の食堂に入った時は、何故かそこにいた生徒たちに一斉に視線を向けられた。

 講堂に入った今もあちこちから視線を感じる。後方の入り口からステージまでは段になっているため、席を探そうとすると、どうしてもこちらを見ている人と目が合ってしまう。睨んでいるつもりはないのだが、目が合った相手はみんな急いで目を逸らす。


 さすがにそんなことが3回連続で起こったあたりから、席を探すのが心苦しくなってきた。仕方なく一番後ろの空いている席に座ることにする。


 見られている理由に心当たりはある。おそらく例の魔力開放事件で名前が知られているからだろう。いっそのこと話しかけてくれればと思うが、顔が怖いのか誰も近寄ってこない。こちらから周囲を見回すと、生徒たちは慌てて離れていった。

 入学式で新しい友達ができるかと少しだけ期待していたが、これでは無理そうだなと苦笑する。


――まぁ後ろの方が、ヒロインや他の攻略対象を見つけやすいかもしれないし。


 講堂全体を見渡せる位置に席を取れたのはよかったと無理やり納得する。席に着くと、茶色混じりの金髪や赤毛の生徒が多いように見えた。

 若干緑がかった髪や、紫っぽい髪の生徒も数人いる。黒髪はほとんどいない。地毛なのは分かっているが、上から見ていたらハロウィンのコスプレ会場のようだ。


 ただなんとなく、カロリーナや私の髪色と比べると、みんなの色は落ち着いているような気がする。

 ゲームに関わるキャラだけ鮮やかな髪色をしているのだろうか。他の攻略対象の髪色だけでも覚えていれば、この場で判断できたのかもしれない。


 だいぶ埋まってきた席を眺めながら、そういえば桃色の髪は目立ちそうなのに見てないなと首を傾げる。平民のヒロインが入学式に遅刻したりするだろうか。入学式のイベントは一番最初だったから、セシルが壇上で何かを話していた画面くらいしか覚えていない。

 あれが新入生代表挨拶だったのかと考えていると、近くの席からひそひそと話している声が聞こえてきた。


「あそこにいるのって、アレン・クールソン様じゃないか?」

「歴代最年少で魔力開放した、あの?」

「そうそう。あの髪色は間違いない」


 内容まで聞くつもりはなかったのに、自分の名前が呼ばれたことで勝手に耳が反応してしまう。視線がそちらに向かないように気を付けながら、腕を組んで気付いていない振りをする。

 視界の端で数人の生徒がこちらを振り向いた。それにつられたのか、他の席からも視線を感じる。あまり視線が増えると無視できなくなるからやめてほしい。


「セシル王子のご友人なんだろ? 昨日も街で一緒に歩いていたらしい」

「おふたりで人身売買組織を壊滅かいめつさせたんだってな」

「すごいな。そんな方が一緒の学年にいるなんて」


 耳に入ってきた言葉に、脳内が疑問符で埋まる。昨日セシルと街にいたのは事実だ。誰かに見られていたのも驚いたが、それは別にいい。


――人身売買組織を? 壊滅させた? 私とセシルが……?


 なんでそんな話になってるんだ、とずり落ちそうな眼鏡を押し上げる。それはさすがに尾ひれが付きすぎだろう。

 組織の話だって私はセシルから聞いただけで、本拠地がどこにあるかすら知らない。そもそも、その当時私たちは8歳だったのだから、普通に作り話だと分かりそうなものだが。もしや彼らは同じ歳ではないのだろうか。


 思わずちらりと目を向ける。その途端、話をしていた数人だけでなく、周りでこちらを見ていた生徒たちも固まった。そっと顔を逸らされ、辺りが静かになる。

 遠くの席ではみんな普通に会話をしているのでここだけ変な空気になってしまった。これは私が悪いのかと不安になっていると、すぐ傍に生徒がやって来た。


「探しましたわ、アレン様。どうしてこんな後ろにいらっしゃるのですか?」


 赤い髪の彼女は隣の席に座りながら、柔らかく微笑んだ。ようやく顔見知りに出会えたことにほっとする。心なしか周りの空気も柔らかくなったように感じた。


「カロリーナ。制服が似合っているな」

「ありがとうございます。アレン様もとてもお似合いですわ」


 カロリーナはふふと照れたように笑った。彼女が来るまで私の周囲には誰も座っていなかったが、その席も少しずつ埋まり始める。

 彼女が私の隣に来てくれてよかった。あのままではステージから見た時に、不自然に目立ってしまうところだった。


「もうまもなく式が始まりそうですわね」

「そうだな」

「セシル様が心配ですわ。だいぶ緊張されていたようですし」

「セシルならきっと大丈夫だろう」


 そんなことを話していると、天井から吊り下げられているシャンデリアの灯りがふわりと消えた。ステージ側だけを残して、講堂全体が薄暗くなる。いよいよ入学式が始まるらしい。会話を中断して席に座り直す。

 まずは入学式の流れの説明が入り、王家から届いた祝いの言葉の後、すぐに新入生代表挨拶になった。制服に身を包んだセシルが堂々とステージに上がる。


――この場面、ゲームで見たな。


 彼の言葉を聞きながら、改めて目だけで生徒たちを見る。やはり桃色の髪の生徒は見つけられない。

 ステージで演説をするセシルにヒロインが感動するような描写があった気がするから、この場にヒロインがいたのは確かだ。……なのに、何故いない?


 もしかして、いろんな面でゲームと違っているのが問題なのだろうか。思い当たることが多すぎてどれがダメなのか分からない。セシルはヒロインと出会ったはずだから、彼女はちゃんとこの世界にいるはずだ。

 まさか、まだ魔力開放が起こっていないのだろうか。万が一私が聖魔力を持ってしまっていることが原因だとすれば、もうどうしようもない。


 ヒロインが入学してこなかったらどうしよう。せめて遅刻しているだけであってくれと祈っているうちに、セシルの挨拶が終わってしまった。この場面を見ていないなんてあり得るのだろうか。それとも、ヒロインはどこか別の場所から見ているのかと首を傾げる。


 次いで在校生代表挨拶が始まる。式典は着々ちゃくちゃくと進んでいるが、それに合わせて不安な気持ちが大きくなっていく。

 ヒロインが入ってこなかったら、乙女ゲーム自体が始まらない。どうやって門に近付くかと考えるところから始めなければならなくなる。


 そうこうしているうちに、学園長祝辞が始まった。ステージ上に現れた学園長を見て、息をのむ。70代くらいだろうか。長いひげを生やし、灰色の髪を後ろに流した優しそうな男性だ。髭のせいで少し年老いて見える。

 王宮で見た黒いローブを着ているから、魔術師も兼任しているのかもしれない。


――あの人がラスボスか。


 学園長も、ゲームで見た姿とそっくりだった。ゲームでは眼鏡を掛けていたイメージだったが、気のせいだったのだろう。柔らかい口調で祝辞を述べる学園長をじっと見ていると、かなり距離が離れているはずなのにパチッと目が合った。


「……っ?」


 一瞬身構えてしまったが、学園長は優しく微笑んだだけだった。そのことに妙な違和感を覚える。

 ゲームで見た学園長はあんな人だっただろうか。外見はそのままだが、私が覚えているラスボスとはまるで別人のようだ。そういう演技をしているのだろうか。それとも、これから1年かけて化けの皮ががれていくのか。


 祝辞が終わり学園長がステージを降りると、再びシャンデリアが灯された。あれも魔道具か何かなのだろうかと気になったが、今はそれどころじゃない。

 結局最後までヒロインの姿は見えなかった。学園長のことも気になる。この世界はどこまでがゲームの通りになっているのだろう。


 程なくして閉式宣言が述べられたことで生徒たちは席を立ち、講堂を出て行く。


 とりあえず最後に出るかと思っていると、突然カロリーナが目を丸くして立ち上がった。それに気付き、私も彼女の視線を追う。

 学園長がこちらに向かって段を上ってきているのが見え、さすがに私も席を立って向き直る。顔を上げた学園長は、こちらを見て微笑んだ。


「ご入学おめでとう、アレン・クールソン殿」


 隣に同じ公爵家のカロリーナもいるのに名指しで声をかけられる。戸惑いを表に出さないように意識しながら、なんとか「ありがとうございます」と返す。

 学園長は笑みを崩さずに続けた。


「噂はかねがね。君の入学を心待ちにしていました。どうぞ学園生活を楽しんで、たくさん学んでいってください」

「……はい、精進しょうじん致します」


 学園長はポンと片手で私の肩を叩くと、後ろに控えた先生方と共に去っていった。それを見送って、無意識のうちに握りしめていた拳を開きつつ息をつく。いつの間にか緊張していたらしい。 

 周囲の生徒たちも緊張していたようで、学園長の姿が見えなくなってからそろそろと席を立っていた。


――やっぱり……ゲームのラスボスとは別人に見える。


 今の学園長は、演技をしているようには見えなかった。心から私の入学を祝ってくれていたようだ。疑っているのが申し訳なくなるほど『良い人』に思える。

 ゲームの記憶がなければ素直に受け取れるんだけどな、とつい本末転倒なことを考えてしまう。


「さすがですわ、アレン様。学園長から直接ご挨拶を受けられるなんて」

「私も、まさかいきなり声をかけられるとは思っていなかった」


 カロリーナが自分のことのように喜んでいるのを見て、小さく笑う。おかげで少しだけ落ち着いた。今は、学園長に認識されているということがわかったところで一旦置いておこう。

 それよりも、まずはヒロインのことだ。後で講堂の外も調べてみようかと考えていると、聞き慣れた声がした。


「公爵家の令息令嬢はこんな端より、中心の席のほうがよかったんじゃないか?」


 カロリーナと同時に振り返る。講堂後方の扉からセシルが歩いてきた。やはり制服がとても似合う。婚約者候補のカロリーナと並ぶと、さらに髪と目の色がお揃いでお似合いだ。


「セシル様、ご挨拶お疲れ様でした。制服姿も素敵ですわ」

「ああ。セシルは制服姿もかっこいいな」


 交互に褒めると、彼は嬉しそうに笑って私たちを見た。


「ありがとう。2人もすごく素敵だよ。アレンの制服姿は、昨日一足先に見せてもらったけどね」

「あら、昨日も制服を着てらっしゃったんですか?」

「私は昨日寮に入ったからな。一応着ていたんだ」

「そうなのですね。私は荷物が多くて、一昨日から寮に入りました」

「いいなぁ。僕が寮に入るのは長期休暇の後になりそうだよ」


 話しているうちに、講堂に残っているのが私たちだけになる。そろそろ外に移動しようかと言いかけたところで、カロリーナがはっとしたように口を押さえた。


「そういえば……! うっかりしていました。入学式の後に、お友達のご令嬢方と街に行く約束をしていたのです」


 挨拶もそこそこに、慌ただしく講堂を飛び出していく彼女を見送る。こういう会話も学生らしいなと思っていると、セシルが口を開いた。


「アレン。僕の新入生代表挨拶の時、誰か探してなかったかい?」


 その言葉にギクリとしてしまう。顔は動かさないようにしていたのに気付かれていたらしい。ステージ上からよく見えたなと感心してしまう。セシルは目がいいと聞いていたが、そこまでだとは思っていなかった。

 下手に隠すのもよくないかと正直に答える。


「もしかしたら、セシルが街で出会ったという桃色の髪の子もいるかと思ってな」

「ああ、なるほどね。確かに彼女は、髪色的には貴族の血が混じっているかもしれないし……かなり可能性は低いけれど、そういう場合もまれに魔力開放が起こるからね」


 でも、と彼は首を傾げた。


「彼女は出会った時に8歳だと言っていたから、僕たちの1つか2つ下だと思うよ。入学するとしても、もう少し先じゃないか?」


 そう言われ、言葉を失う。

 どうやら私のうろ覚えの記憶は、あまり当てにならないらしい。

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