31話 入学祝い
「セシル! どうしてここにいるんだ?」
馬車から降りてくる彼に目を丸くしてしまう。前日に寮に入る私はともかく、彼はしばらくは王宮から通うことになっている。入学式の前に出会うとは思っていなかった。
尋ねると、セシルは苦笑いを浮かべた。
「学園までの道を確認するために馬車を出すと聞いたから、僕もついでに乗せてもらったんだ。さすがにいきなり入学式というのは緊張するからね」
「セシルも緊張することがあるんだな」
「そりゃするさ。僕だって生徒として学園に来るのは初めてだから」
彼は王族として、入学式の新入生代表挨拶を任されている。人前で話すこと自体には慣れているらしいが、それでも緊張はするらしい。
「生徒として、ということは以前も来たことがあるのか?」
「ああ、だいぶ前だけどね。定期的に宰相が学園を訪問しているんだ。それに付いて来たことがあるんだよ」
そういうのも宰相の仕事だとは知らなかった。なるほどと返しながら、まだ知識が足りていないなと思う。この数年は宰相を目指してみるのもありかと考え、時々叔父様の話を父様から聞いていた。
当然簡単な仕事ではないが、他にやりたいこともまだ分からない。学園で専門的な授業が始まる前には一応決めておかねば……と考えていると、目の前のセシルがそわそわしていることに気付いた。
「本当はもう帰ろうかと思っていたんだけど、さっきすごく良い店を見つけてね。もしアレンが今から街に行くなら案内したいと思ったんだ。……どうかな?」
そのために馬車を止めて降りてきてくれたらしい。セシルがわざわざ案内してくれるなんて、どんな店なのか気になってしまう。
別にいつでもいいんだけどね、と続ける彼に向かって小さく笑う。
「よければ是非、今からお願いしたい。君のおすすめなら素敵な店だろう。明日からは生徒で溢れて入れなくなるかもしれない」
私がそう言うと、彼は嬉しそうに笑った。一時期は何故か目を逸らされたりしていたが、いつの間にか今まで通り笑いかけてくれるようになった。
セシルは昔からよく笑っている気がする。人当たりも良いから、学園ではたくさんの生徒に囲まれるようになるだろう。
思い返せば、彼は最初に出会ったお茶会でも子供たちに囲まれていた。私も側近というより友達のような関係になっているし、明日以降は一緒に過ごすのも難しくなるかもしれない。そう思うと、余計にこの時間を大事にしておきたいと思った。
「じゃあ、さっそく行こう。結構手前側にあるからすぐに着くよ」
セシルと並んで歩く。後ろからジェニーとスティーブンが着いてくる。普段会う時はお茶会ばかりで座っていたが、こうして並ぶと私のほうが少し背が高い。ゲームの知識としてアレンの身長が高いと思っていたのは、セシルと並んだ画面の記憶が残っていたからなのだろう。
街に入ると、ふわりと花の香りがした。石畳の道の両側に花壇があり、色とりどりの花が植えてある。その奥に、同じくカラフルな建物が並んでいる。
街によって雰囲気が全然違うなと思いながら周囲を見回す。辺りの建物はほとんど2階建てで小さく、道からも空が広く見えた。なんとなく女性向けの店が多いように感じるのは、ここが乙女ゲームの世界だからだろうか。
「あ、この店だよ」
少しだけ進んだところで立ち止まったセシルの視線を追う。扉が道に向かって開け放たれていたため、ここからでも中が見えた。
店内には、光を受けてきらきらと輝くガラス細工がたくさん並んでいる。まだ遠目なのに宝石箱の中を覗いているようで、とても綺麗だ。
「ガラス細工の店か」
「今、入ってみるかい?」
「もちろん。一緒に行こう」
せっかくここまで来たのに、教えてくれてありがとうだけで別れるのはもったいない。あまり広い店ではなさそうなので、スティーブンとジェニーは外で待ってもらうことにした。ジェニーもこういうのは好きそうだから申し訳ないと思ったが、うっかりぶつかって割ってしまうほうが怖い。彼女とはまた別日に来よう。
セシルと共に店に入ると、どこからかオルゴールのような曲が流れていた。壁には棚があり、そこにもたくさんのガラス細工が置かれている。ぶつからないように気を付けながら、目に留まった棚に近寄る。
そこにはいろんな動物を象った置物が並べられていた。馬や猫以外にも、熊や狼などまだこの世界では見たことのない動物の形をしているものもある。
軽く見回すと、ガラスのランプやアクセサリーなども置かれているようだった。前世の雑貨屋を思い出し、懐かしい気持ちになる。セシルが隣の棚を見ながら言った。
「どうだい? この店。アレンが好きそうだなと思って」
「……ああ、そうだな」
そう答えながら、どうして彼にはわかったんだろうと首を傾げる。確かに前世が女性だったこともあり、キラキラしたものに惹かれがちだ。シャンデリアや神殿のステンドグラスも好きだし、杖の底に埋め込まれている魔鉱石も好きだった。
ただ、好きなだけで手に入れたい欲があるわけではない。女性向けのアクセサリーを買うつもりもない。だから、あまり人前ではそういったものを眺めないよう気を付けていた……はずだ。
さすがセシルは人のことをよく見ているなと思いながら、返答が中途半端だったと気付く。好きそうだと思って案内してくれたのなら、男だからなんて躊躇わず、正直に言ってもいいだろう。
彼に顔を向けて、素直に答える。
「とても好きだ。教えてくれてありがとう、セシル」
何故かセシルは一瞬だけ固まって、微笑んだ。そして慌てたように、床に置かれたガラス細工に目を向けた。会話に集中していたから、足がぶつかりそうになってしまったのかもしれない。
それにしても、本当に素敵な店だ。どれも細かくて綺麗で、どうせなら1つくらい買っていきたいと思うのに目移りしてしまう。今買うとしたら寮の部屋に置くことになるだろう。そういうセンスはないので、ジェニーに選んでもらってもいいかもしれない。
そう考えて外に目を向けると、ジェニーはスティーブンと談笑していた。いつの間にあんなに仲良くなったのか、とても楽しそうだ。
――おや? これはもしかして良い感じ……なのか?
余計なお世話だろうから直接何か言うことはないが、ジェニーには幸せになってほしいと思う。学園にいる3年間を棒に振らずに済むのなら、むしろ付いてきてもらえてよかったかもしれない。
護衛兵まで連れているのはセシルくらいだろうから、一緒に使用人寮を使うことはないだろう。しかし時々王宮に行くよりは、彼と会う機会は増えるはずだ。
話の邪魔をしてはいけないなと視線を棚に戻す。ふと、猫の置物と目が合った気がした。赤や緑などいろんな種類がある中に、黄色に近い金色で、赤い目をした猫がいる。
まるでセシルみたいだなと思っていると、隣にいた彼が口を開いた。
「そういえば言い忘れていたけれど……制服、とても素敵だよ」
それが私に言われたのだと分かり、セシルを見る。彼は同じ棚にある白い猫の置物を眺めながら、小さく笑った。
「初めてその姿を見るのは、明日の入学式かと思っていたけどね」
「寮に入るなら一応着ていた方がいいかと思ってな」
でも、と店の外に視線を向ける。学園都市には制服姿の生徒がいるのではと思っていたが、今のところ私以外に制服を着ている人はいないようだ。茶色に赤いラインが入っている制服のデザインは全学年共通のはずだから、どの学年の生徒も見かけていないことになる。
「この格好で街に来る生徒はいないのだろうか」
「いや、きっとこの時間はまだ学園内にいるんだろう。明日の入学式の準備もあるだろうし。もう少ししたら増えてくるんじゃないかな」
セシルはそう言って同じように外を向いた。彼の赤い瞳に光が反射して、ガラス細工のようにきらりと光る。そこで、ふいに理解した。
――そうか。この制服のデザインは、彼に合わせて作られたんだ。
セシルはゲームの代表攻略対象だ。属性で色が分かれているにも関わらず、ラインやネクタイが全員赤色なのも、きっと彼に合わせたからだろう。それなら
「この制服はセシルに似合うだろうな」
と、頭に浮かんだことをそのまま口に出してしまい、しまったと口をつぐむ。セシルはきょとんとしている。そう思ったのは確かだが、さすがに突然すぎた。
こほんと小さく咳をして、改めて言い直す。
「すまない。君の瞳の色と制服のラインが同じ色だったから、つい……明日の入学式で会うのを楽しみにしている」
制服姿のセシルのことは画面越しに何度も見ていた。自分も登場人物になっているのはさておき、実際にゲームと同じ制服を着た彼を見るのは素直に楽しみだ。
それに幼いころから見ている彼が制服を着ていたら、大きくなったなと感動してしまうかもしれない。まぁ、肉体的には同じ歳なのだが。
セシルは少し驚いた顔をしていたが、ふっと照れたように笑った。
「君は嬉しいことを言ってくれるね。……ああ、そうだ」
何かを思いついたらしい。彼は私が見ていた金色の猫をひょいと手に取ると、端の方にいた店員を手で招いた。小走りで近づいてきた店員に銅貨を数枚手渡し、私に向き直る。そして猫の置物を差し出した。
「入学祝いを送っていなかったからね」
「私にか?」
「うん。良ければもらってくれ。ちゃんと銅貨で支払うことも覚えたんだよ?」
得意げにウインクをする彼から猫を受け取る。きらきらと輝いて、なんだかこの子まで得意げな顔をしているように見えてきた。セシルは以前、街で金貨を出した時のことを覚えていたらしい。
でも、貰ってばかりでは申し訳ない。まだ近くにいる店員に同じだけ銅貨を支払い、先ほどセシルが眺めていた白い猫を棚から取る。
「入学祝いなら、君にも受け取ってもらわないと」
「いいのかい?」
むしろ、王子にこんな銅貨で買えてしまう物を渡していいのだろうか。不安だったが、彼は嬉しそうに受け取ってくれた。
「ありがとう、大事にするよ」
「こちらこそ。寮の部屋に飾らせてもらう」
さっそく同居人が1匹増えたことが嬉しくて、手のひらの猫を見て小さく笑う。
金色の猫は相変わらず得意げな顔をしていた。
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馬車が学園都市を離れてから数分。目の前に座ったスティーブンと共に、深く息をつく。同時に顔を上げたことで、ぱちりと目が合う。
「ジェニーとずいぶん楽しそうだったじゃないか」
「それをおっしゃるならセシル王子も、アレン様とさらに親密になられたようで」
彼の目線が僕の手に向けられていることに気付き、両手で握っていたそれを見る。一見白っぽいが、『灰色』の猫の置物。さらにその瞳は鮮やかな青色だ。
――アレンに似ているなと思って眺めていたら、まさか見られていたとは。
しかも彼に直接贈られるなんて。嬉しさで口元が緩むのを隠すために再び俯く。
アレンが見ていた猫の置物も、偶然かもしれないが金色に赤い目だった。勇気を出して渡してよかった。受け取ってくれただけでも嬉しい。寮の部屋に飾ってくれるなんて、もっと嬉しい。それと同時にあの猫が羨ましい。
ぎゅっと灰色の猫を握りしめ、座り直す。
「彼は知っているのかな。自分の目と髪の色が入った物を互いに贈り合う意味を」
「えっ!?」
スティーブンは驚いたように目を丸くして、次いで赤くなった。
「お、思い切りましたね」
その言葉に黙って頷く。昔貴族の間で、恋人同士や婚約者同士で互いの目と髪の色が入った物を持つことが流行っていたらしい。
彼が見ていた置物がたまたま僕の色だったから、勢いで買ってしまった。まさかアレンからも彼の色の猫を贈られるとは思ってなかった。
残念なのは、彼が一切それを意識してなさそうだったということだ。
「……きっとアレンは知らないんだろうな」
それなら、それでいい。
この先も意味なんか知らないままでいい。気付かれない方がずっといい。
学園でも変わらず、仲のいい友達のままでいたいから。
灰色の猫は手のひらの中で、何故か少しだけ寂しげに見えた。




