29話 学園の話
セシルとカロリーナが定期的に会うのは、婚約者候補同士だから当然だ。王宮でお茶会を開くのも、もちろん理解できる。
――でも、どうして私まで招かれているんだろう……。
不思議に思いながら、こうして3人でテーブルを囲むのも2年目に入っていた。
私は邪魔じゃないのかと思いつつも、2人に誘われるのは素直に嬉しい。最初のうちは時々断っていたが、その度に体調が悪いのかと心配する手紙が届いたため、できるだけ参加するようにした。
学園入学まであと4年。私の身長もそろそろジェニーに追いつきそうだ。髪も長くなってきたので、ポニーテールのように少し高い位置で束ねている。目の前のセシルとカロリーナも、確実にゲーム本編の姿に近付いている。
セシルもだいぶ背が伸びたよなと彼を見ていたら、ぱちりと目が合った。昔ならそのまま微笑んでくれていたのに、ある時から急に目を逸らされるようになった。
今日もまた慌てたように視線を逸らした彼に首を傾げる。カロリーナを見ると、彼女は何かを察したような表情をして紅茶を飲んでいた。
もしかしたら、婚約者候補以外と目を合わせないように、みたいなことを2人の間で決めたのだろうか。だとすれば、第三者の私が踏み込んではいけない。
そのうち話してくれるだろうと私も紅茶を飲んでいると、カロリーナが「そうですわ」と口を開いた。
「先日お父様とお兄様と3人で、マジックフォート学園の見学に行きましたの」
それを聞いて顔を上げる。
マジックフォート学園。魔法学園や貴族学園とも呼ばれる、私たちが通うことになる学園だ。もちろん乙女ゲームの舞台でもある。
マジックフォートとは、そのまま『魔法の砦』という意味らしい。ゲームに出てきた学園の名前までは覚えていないが、確かにそんな名前だったような気もする。
カロリーナは話を続けた。
「そこで、昔のお話を伺いましたわ。セシル様はご存知かもしれませんが……あの学園は、元は魔界に繋がる門を封印するために作られたのだと」
「そうなのか?」
きっと授業ではこれから習うのだろう。初めて耳にした情報に目を丸くしてしまう。カロリーナと共にセシルに視線を向けると、彼は頷いた。
「ああ、そうだね。その話は聞いたことがある。門の封印自体は聖女がしたけれど、その維持にはかなりの魔力が必要だったらしい。昔は平民にも魔力があるなんて知られてなかったから、魔力保有量が多い年代の貴族だけが集まる場所を作って、門の封印を維持していたんだ」
魔力は成人する頃まで増え続け、その後は少しずつ減少していく。この国の成人は18歳だから、学園には16歳から18歳までが集まるようになったそうだ。
セシルの言葉を引き継ぐようにして、カロリーナがこちらに顔を向けた。
「今も定期的に講堂でお祈りの時間があるようです。その時、学園のどこかにある門に向かって魔力を送るのだと伺いました」
2人の話を聞いて、ゲームの最後のシーンを思い出す。確か開きかけた門を封印する際も、ヒロインの聖魔力だけではなく、4人の攻略対象者の魔力も使っていたはずだ。……4人? その時は、2周目以降限定の先生キャラがいないのだろうか。
同じ状況になったら思い出すかもしれないが、今はうろ覚えだ。もう前世を思い出して6年も経つからな、と心の中で呟く。
そこで、セシルが悲しそうに目を伏せた。
「ただ、元聖女である神官様が亡くなったから……大元の封印も、これから弱くなっていくかもしれないね」
その言葉に、私もカロリーナも黙って頷く。
先月、神官様は神殿で大勢の人に見守られて亡くなった。94歳だった。この世界では最高齢に当たるらしく、かなり長生きだったそうだ。疫病などではなく老衰で、眠るように旅立ったと聞いた。
魔界の門を封印した英雄として盛大な告別式が行われ、私も母様と参列した。魔力切れの時にお世話になったということもあって、私からお願いした。
「結界の効果が薄い地域では、早くも魔物の出現が増え始めたとか……神官様のお力は偉大でしたのね」
カロリーナの言葉に、今度は私とセシルで頷く。この国が守られていたのは、ほとんど神官様の力だったのだろう。魔界の門が開いてしまったら、魔物の数も疫病も大変なことになる。神官様は常に封印を保持した状態で何十年も過ごしていたのだから、かなりの負担になっていたはずだ。
「治療についても、神官様にはたくさんお世話になったからね。しばらくは神殿に蓄えられた聖魔力で補えるらしいが、それも無限にあるわけじゃない。早く次の聖魔力保持者が出てきてくれたらいいんだけど」
セシルがそう言ったことで、カロリーナの視線がちらりと私を向いた。気付かれないよう小さく首を振って、彼に尋ねる。
「聖魔力保持者は定期的に現れるのか?」
「記録ではそうなっているけど、実のところ不明なんだ。今だってこの国に何人いるのかわからない。聖魔力は差別されていた時代が長くて神殿が保護していたから、情報がほとんどないんだ」
聖魔力保持者が神殿に保護されていた話は聞いたことがある。昔は神殿が彼らを保護する代わりに、神殿を訪れた人たちの治療を任せていたらしい。神殿に行けば病や怪我が治るという噂が広がって人が増え、さらに差別をされていた人たちも保護してもらえる。互いに好都合な関係だったそうだ。
――神殿に聞いたら……いや、それで分かるなら魔力確認の後に『隠す』かどうかなんて聞かれるわけないか。
ヒロインはそもそも平民だから、神殿で魔力の確認なんてしないだろう。でも私のように隠しているだけで、他にも聖魔力を持っている貴族はいるのでは……と考えていると、セシルが言った。
「一応、50年に1人と記録が残っているんだけどね。それもどこまで信じていいのか分からない」
「本当にかなり少ないんだな……」
50年に1人なら、その1人がヒロインなのだろう。私の聖魔力は偶然の積み重ねでうっかり手に入れたものだから、完全に異例だ。まぁ、前世の記憶持ちの時点で異例だとは思うが。
もしこれが次世代の聖魔力保持者のための力だったりしたらどうしよう、と少しだけ怖くなる。念のため、今夜からもう少し多めに聖魔力を送っておこう。
「私たちが学園にいる間に門が開いてしまったら、どうなるのでしょう」
カロリーナは不安そうな顔をした。このままいけば実際にそうなるのを知っているため、つい黙ってしまう。それを不安と取られたらしく、セシルが私たちを安心させるように笑った。
「大丈夫だよ。そうならないために大勢の魔力を集めて抑えているのだから。きっと僕たちが学園に入るころには、次の聖魔力保持者も見つかっているよ」
「そう、ですわね」
今度はこちらに視線を向けることはなく、カロリーナは微笑んだ。
最初に出会った時より和やかに会話をしている2人を見て、なんだか安心してしまう。この2人には幸せになってほしいと思うと同時に、ヒロインは誰のルートに進むのだろうと心配になる。
正直に言うと、私のルートには来てほしくない。そしてカロリーナが不幸になりかねないセシルのルートにも行ってほしくない。しかし、それは本当にヒロイン次第だ。そこが一番の不安要素だった。
――魔界の門に関しては、今はそこまで心配してないんだよな……一番大事なところだけど。
私とセシルはこの数年間でそれなりに強くなった。魔力量はかなり増えたし、最低限の魔力調整も身に着けている。魔物ではなく護衛兵相手だが、実戦を想定した訓練にも慣れてきた。
ストーリーの中には戦闘イベントもあるはずだが、ここはあくまで『乙女ゲーム』の世界だ。イベントに出てくる魔物にさえ気を付ければ、あとは門の前で足止めをしてくる学園長と戦うくらいだろう。ヒロインを守るための力と、門の封印に必要な魔力があれば、きっと問題ない。
心配なのは戦闘よりも恋愛イベントの方だ。今から学園入学後のことを考えて気が重くなる。
ふいに、カロリーナがぽんと手を叩いた。
「そういえば学園の見学をした際に、ちょうどダンスパーティーの準備をしていましたの」
「ダンスパーティー?」
聞き返したところで思い出した。そんなイベントもあった気がする。ヒロインが踊る相手を攻略対象から選んで、ダンスをすることで好感度を上げる。豪華なスチルがあったこともぼんやり覚えていた。
「学園を卒業したら夜会に参加する機会も増えるでしょう? そのために、後期には全学年合同のダンスパーティーが開催されるようです。おふたりとも、実際にダンスをされた経験はありまして?」
カロリーナにそう聞かれ、セシルは頷いた。私は首を横に振る。授業の一環として学んではいるが、これまで実際に誰かと踊った経験はない。せいぜい先生と組んだくらいだ。
学園でダンスパーティーがあるなら、もっと練習しておかなければ。クール担当としてはダンスも完璧のほうがいいだろう。
入学前に知ることができてよかったと思っていると、彼女が言った。
「私、ダンスがどうしても苦手ですの。よろしければ、踊っているところを見せていただけないでしょうか?」
「え? 今この場で、か?」
「ええ、できればおふたりで」
突然、セシルが咳込んだ。噎せたのかと思って心配したが、すぐに落ち着いたらしい。酸欠のせいで顔を真っ赤にして、カロリーナに顔を向ける。
「か、カロリーナ? 一体何を」
「良いではありませんか。学園に入ったら、パーティー以外で踊る機会なんてめったにありませんわ。それにおふたりのダンスを拝見できれば、私もコツが掴めそうな気がしますの。アレン様も、授業では習ってらっしゃるでしょう?」
そう言われ、確かにそうだなと納得する。他でもないカロリーナの頼みだし、私もちょうど練習したいと思っていたところだ。セシルは経験があるようだからダンスもうまいだろう。
ただ問題は、私が男性パートしか知らないということだ。
「わかった。セシル、すまないが女性パートは踊れるか?」
「お、踊れるけど……君はいいのかい? 初ダンスの相手が僕で」
彼の言葉で、そういうことを気にする人もいるのだと初めて知った。しかし、私は特に気にしない。それに、彼が相手なんてむしろ光栄なことだろう。「もちろんかまわない」と返して席を立つ。
それにしても、セシルは女性パートも当然のように踊れるらしい。先生もダンスの授業で、女性パートの動きも知っておいたほうがいいと言っていた気がする。
屋敷に戻ったら女性パートの練習もしておこうと思いつつ、セシルと向き合う。
彼の手を取って、もう片方の手を腰に添え、実際にヒロインと踊ることになったらこの位の距離なんだなと考えながらステップを踏み出す。間違っても王子である彼の足を踏まないよう、慎重に。
カロリーナがリズムを取ってくれるが、授業とは当然違っているため微妙に調子が狂う。本番では生演奏に合わせて踊るはずだから、やっぱり慣れておかないと失敗しそうだ。
セシルはカロリーナの前で踊るのが恥ずかしいのか、ずっと俯いている。改めて考えると、王子に女性パートを踊らせているのはまずいかもしれない。特にセシルは王子として男らしく育てられたのだから、恥ずかしくないわけがない。
それに気付いて、慌てて口を開く。
「セシル、大丈夫か? 女性パートを君に任せてしまってすまない」
「あ、いや……大丈夫だよ。ただその、急だったから」
セシルは首を振ってくれたが、やっぱり耳は真っ赤だ。適当なところで切り上げたほうがいいかなとカロリーナを見ると、彼女は何故か微笑ましいものを見るような表情をしていた。その後ろでスティーブンや王宮のメイドたちも同じような表情をしている。ジェニーとカロリーナのメイドだけ、妙に複雑な表情をして私たちを見守っていた。
「……アレン、ダンスも上手だね」
すぐ近くでセシルの声がして視線を戻す。彼は少しだけ顔を上げ、微笑んだ。
「ダンスは結構自信があったんだけど、アレンには敵わないかもしれないな」
「そんなことはないだろう。私はまだ男性パートしか踊れない。経験でも君のほうが上だ」
女性パートも完璧なセシルのほうが、私より圧倒的に上手いと思う。ゲームでしか見たことはないが、この分では男性パートも完璧なんだろう。褒めるのが上手だなと思いながらダンスを続ける。
身長が近いのもあるかもしれないが、特にセシルのフォローが上手かった。私に合わせてくれているらしく、とても踊りやすい。
――なんだか、前世の文化祭を思い出すな。
なんとなくしか覚えていないが、友達みんなと外でダンス練習をしていた記憶がある。もちろんこんなダンスではなかったが、周りを気にせず踊るのは、それはそれで楽しかった気がする。
セシルとはまた踊ってみたいなと思った。特に何も考えず、浮かんだことを素直に言葉にする。
「セシル。私が女性パートも覚えたら、また一緒に踊ってもらえるか?」
「え、……っ!?」
そこで彼は真っ赤になって固まってしまった。どうやら女性パートが恥ずかしいというより、私と踊るのが恥ずかしかったようだ。
考えてみれば当然だ。今回はカロリーナに頼まれて2人で踊っているが、本来は男同士で踊るものじゃない。今後普通に彼が男性パートで踊るとすれば、わざわざ相手に私を選ぶ理由がない。
つい踊るのが楽しくて恥ずかしいことを言ってしまったと自覚する。他に練習に付き合ってくれる相手がいないのかと思われてしまう。家庭教師の先生と家族くらいしかいないから、否定はできないが。
でもまさか、そんなに恥ずかしかったなんて。今も無理をさせていたのかと申し訳なくなる。思えば最初から、彼はあまり乗り気じゃなかった。
ぱっと手を離して謝る。
「す、すまない! 君とならいい練習になりそうだと思って……」
「いやっ、ええと……違うんだ! ごめん、嫌なわけじゃなくて、その」
優しいセシルは首を振って否定してくれた。それにさらに申し訳なくなる。カロリーナの頼みとはいえ、一度彼の意向を尋ねるべきだった。
2人して慌てていると、カロリーナがこほんと軽く咳をして立ち上がった。
「おふたりとも、ありがとうございます。次は、私が踊らせていただいても良いでしょうか?」
「そ、そうだね。そのための練習だから」
セシルはそう言って、流れるようにカロリーナの手を取った。なんとなくほっとして席に座り直す。軽やかにステップを踏む2人を見ながら、息ピッタリだなぁと小さく笑う。
カロリーナも十分上手いし、思った通りセシルの男性パートも完璧だ。学園のダンスパーティーでちゃんと着飾って踊っていたら、つい見とれてしまいそうだ。
――いつまでも2人の邪魔ばかりしてるわけにはいかないよな。私も学園でもっと友達を作らないと。
貴族ってどうやって友達になるんだっけと考えつつ首を捻る。その時になれば自然とわかるだろうか。
4年は大人の感覚ならすぐに過ぎるだろう。それまでにダンスを完璧にして共通イベントも見直して、これから学ぶことだってしっかり覚えておきたい。
立派なクール担当として、学園に入学するために。
――自分にできることをやって、ちゃんとハッピーエンドクリアを目指そう。
ヒロインがどのルートを選んでも、みんなが幸せになれるように。
恋愛パートも頑張らないとな。
そう思いながら見上げた空は、少しだけ曇っていた。




