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21話 再会と成長

 鏡の前で身嗜みだしなみを整える。


 家族以外に会うのは久しぶりだ。この数か月はほとんど部屋にこもって、本を読んだり勉強をしたりしていた。その間に9歳の誕生日も迎えた。長いようで短かったなと感じるのは、中身が大人だからだろうか。


「眼鏡がとてもお似合いです、アレン様」


 髪型を整えてくれていたジェニーにそう言われ、ありがとうと返す。何年も蝋燭ろうそくの灯りや日光の下で本を読んでいたせいか、最近は少しだけ視力が下がっていた。


 それに気付いた父様が誕生日に買ってくれたのがこの眼鏡だ。シンプルなデザインのスクエア型の眼鏡で、いかにもクールキャラっぽくて嬉しかった。ゲームのアレンも長髪眼鏡だったので、ビジュアル的にも一歩近付いた。

 あとは、学園入学に合わせて髪を伸ばすだけだ。流石に下ろしておくのは邪魔なので、その時になったら束ねるつもりでいる。


「アレン様、王家の馬車がご到着されました」


 扉の外からリカードが声をかけてくれる。それを合図に椅子から立ちあがり、ジェニーと共に部屋を出た。


 神殿でセシルに出会ったあの日から約半年。あの後、神殿から送られてきた手紙を見た父様と母様が何故かとても驚いていて、そこで初めて私の魔力保有量が多いのだと判明した。だからこそ完全に回復するまでに時間がかかったんだなと納得したが、母様たちはそうではなかった。


 数日後に再び魔力保有量だけ再確認に連れていかれ、結果的には魔力開放が早かったために、保有量も増えているのではという結論に至った。


――たぶん、私が攻略対象だというのも関係してるだろうけど。


 ゲームでは攻略対象に特別感を持たせるためか、みんな魔力がかなり多いという描写があった気がする。ヒロインも、平民のはずなのに魔力は多かった。

 ということはおそらく、セシルも私と同じくらいの魔力を持っているんじゃないだろうか。それもできれば今日聞きたいところだ。


 この半年間、一度も彼から手紙は来なかった。こちらからも送っていない。当然会ってもない。あの時、次に会う時までに強くなるという決意を感じたから、私もえて手紙を出そうとはしなかった。


 私は知らなかったが、先日使用人たちからこっそり聞いた。王家から神殿へのお気持ちとは別に、慰謝料いしゃりょうとして結構な額がクールソン家に支払われたのだと。

 新聞で話題になってしまったため、表でも謝礼金を受け取っていたというのに。合計いくらになるのか考えるだけで恐ろしい。


 慰謝料なんて受け取る資格はないと思ったが、私がそう言うと分かっていたからこそ知らされなかったんだろう。一応のけじめとして、大人たちの話し合いの結果なんだと受け入れることにした。


 階段を降りて、中庭に用意されたテーブルに向かう。この屋敷でお茶会をする時は、だいたいいつも同じ場所だった。そろそろこの場所に飽きたらしい母様が『温室が欲しい』と言っていたので、いつかは温室でお茶会を開くようになるのかもしれない。


 そんなことを考えながら中庭に出ると、金色の髪が目に入った。


「セシル、すまない。待たせたな」


 もう中庭にまで来ていたのかと駆け足で近寄る。傍には謹慎きんしん明けのスティーブンも控えていて、よかったと安心した。

 セシルはこちらに気付いて向き直ると、ふわりと微笑んだ。以前の子供らしい無邪気むじゃきな笑みというより、大人としての笑顔だ。彼も私と同じ9歳のはずなのに……と、いつの間にか精神年齢が入れ替わったような感覚を覚える。


「久しぶりだね、アレン。会いたかったよ」

「ああ、久しぶり。私もだ」


 そのまま挨拶の抱擁ほうようをしたところで、気が付いた。目の前にいるのは、細くてか弱い、誰かが守ってあげないといけない王子ではない。半年前と比べるとかなりガッシリしている。半年でこんなに筋肉が付くのだろうか。私なんて数年訓練しても全然なのに。


 驚いて固まっていると、彼は一瞬きょとんとした顔をして、嬉しそうに笑った。


「だいぶ鍛えたんだ。見違えただろう?」

「あ、ああ。すごいな」


 正直見ただけではわからなかったので、見違えたという表現が合っているのかはわからない。でも、確実に以前と違うのだということはわかった。本当にたくさん努力したんだな、と勝手に感動してしまう。

 ジェニーや他のメイドがお茶を用意してくれているのを見て、とりあえず椅子に座って話すことにした。


「眼鏡をかけるようになったんだね。とてもよく似合ってるよ」

「ありがとう。本を読んでばかりいたからか、視力が下がってしまってな。セシルは大丈夫か?」

「うん。僕は視力は昔からいいんだ」


 そんなたわいない話をしながらお茶を飲む。この感じも久しぶりだ。しばらく会っていなくても、普通に会話ができる友達というのは有りがたい。

 特にこのくらいの歳のころは、年単位のクラス替えに合わせて友達も総入れ替えになっていた記憶がある。まぁその時は、浅く広い関係が基本だったから仕方ないのかもしれないが。


――あれ? 考えてみれば、私は今セシル以外に同年代の友達がいないのでは。


 と、現実に気付きかけたところで、ふいにセシルがカップを置いた。


「そうだ、これは話しておかないと。後で王家からちゃんと話があるだろうけど」

「……なんだ?」


 改まった話かと私も紅茶のカップを置く。彼は「僕たちが街で襲われた彼らのことだけど」と話し始めた。もしやあの男たちの罪状や処罰の内容について、子供の彼にも知らされているのかと危惧きぐしたが、違った。


「ここ数年でできた人身売買組織の下っ端だったそうだ。今までも何人か平民の子供が被害にっていたけど、詳細は握りつぶされて表に出てこなかった。王都に住んでいる、ある貴族が手を貸していたらしい」


 そこでふと、どこかで聞いた話だなと思う。昔の事件をまとめたような本で見たんだろうか。

 頷いて返すと、彼は続けた。


「彼らの本拠地が国外にあったせいで、調べるのに時間がかかったと聞いた。すでにいろんな国で子供をさらっていて、まもなく売り飛ばす段階だったらしい。そこに商品価値を上乗せするために、貴族の子供を狙っていたようだ」


 それで私たちが狙われたのだという。確かに、彼らはわざわざ貴族だろうと確認を取っていた。広場には他にも子供たちがいたが、きっと最初から、私たちにしか目をつけていなかったんだろう。


「なるほどな。攫われていた子供たちはどうなったんだ?」

「早い段階で突き止めることができたから、無事に全員保護されたそうだよ」


 そうか、よかったと返事をしながら、頭は別のことを考える。別の国に拠点を持つ人身売買組織、その下っ端。王都の貴族が手を貸していたこと。そして実際に売り飛ばされる前に止めることができて、全員無事だったと。


――ヒロインが、昔セシルに会ったことを思い出す時に……同じような話を聞いた気がする。


 もしかして、と息をのむ。幼いヒロインが襲われてセシルに助けられるあのイベントには、彼らが必要だったのではないだろうか。


 私たちが先に襲われたことで、人身売買組織の彼らは捕まってしまった。当然それは良いことなのだが、ゲーム的にはどうなんだろう。もしヒロインがセシルルートに行くなら、過去の出会いは結構な重要イベントのはずだ。


 彼らが捕まったらそのイベントは起こらないのだろうか。それとも別の人身売買組織が出てきて、結局襲われるのだろうか。セシル以外を選ぶならそもそも襲われる必要はないから、ヒロインが怖い目に遭わなくて済むなら、それはそれでいいのかもしれないが……。


 それに今のセシルが助けに行くとしても、すでに魔力開放が起きた後だ。と、そこで思い出した。一通り話が済んで、紅茶を飲んでいる彼に声をかける。


「そういえば、セシルも魔法が使えるようになっていたんだな」

「あ、そうか。話してなかったね」


 セシルは目を丸くした。彼が魔法を使ったというのも母様から聞いただけで、直接聞いたことはない。神殿で会った時もその話はしなかったし、手紙にも書かれていなかった。


「アレンが魔法を使った少し後に、僕にも魔力開放が起こってね。神殿で会っただろう? あの時に魔力の確認をしたんだ。アレンもだよね?」

「ああ。予想通り氷属性……しか持っていなかったがな」

「僕も火属性しか持ってなかったよ」


 うっかり聖属性の話をしそうになり、テーブルの下で親指にめた指輪を握る。友人として申し訳ない気持ちもあるが、セシルには一番隠さないといけない。せめてヒロインと誰かが結ばれるエンディングまでは。

 そっと手を離して、怪しまれる前に話題を進める。


「魔力保有量はどうだった? 私は魔力開放が起きたのが早かったから、平均より多いらしい。セシルもそうか?」

「うん、僕も多かったみたいだ。後から母上も父上も驚いていた」


 やっぱりそうか、と呟く。魔力開放が早ければ早いほど保有量は増えるらしいが、それは成長した後の話だ。最初からこんなに多いのはそれだけが理由じゃないだろう。実際間違いだと思われていたし、2人とも普通じゃないなら、それは『攻略対象だから』以外の答えが見つからない。


「魔力保有量が多いと、その分調整が難しいみたいだね。訓練も体を動かす方が楽に思えてしまう」

「そうだな。私も訓練はしているが、まだまだだ」


 魔法を使い始めて、わかった。魔力の出力を調整するのは思っていた以上に難しい。母様が予備として使っていた杖に補助輪ほじょりんを付けて使用しているが、それでも3回ほどアイススピアを放つと息切れしてしまう。1回に10本も20本も槍を飛ばしているから、消費する魔力が多すぎるらしい。


 魔力保有量が多くても一気に使い切ってしまっては意味がない。母様が見本として見せてくれた時は、3本だけ放ってそれぞれを狙い通りのところに飛ばしていた。全部放射状に飛んでいく私の魔法とは大違いだ。

 コツを聞いてみたが、母様は感覚で魔法を使えるタイプの人だったため、残念ながらあまり参考にはならなかった。


 先日の魔力訓練を思い出して、小さく息をつく。学園入学時には、攻略対象として完璧に魔法を使いこなせるようになっておきたいのに。みんなはどうやって訓練しているんだろう、と考えて顔を上げる。

 そこで目の前の彼を見て、思いついた。


「セシル、よかったら君の魔法を見せてくれないか?」

「僕のかい? いいけど、ここでは危険だよ」


 セシルは目を丸くして周囲を見回した。と、屋敷のほうから声が聞こえる。


「魔法を使うつもりなら訓練場に行きましょう。私も付いていくわ」


 そちらに顔を向けると、いつから聞いていたのか母様が笑顔で手を振っていた。


「母様、お忙しいのでは?」

「だって、アレンならきっとセシル王子に魔法を見せてって頼むと思ったんだもの。最近訓練で行き詰まっていたでしょう?」


 図星を突かれ、さすが母様だと感服してしまう。私が悩んでいたのも気付かれていたらしい。

 さっそく、普段魔力訓練をしている訓練場へ向かうことにした。




===




「あれ、セシル王子じゃないか?」

「アレン様に会いに来られたんだ」


 すぐ近くで訓練をしていた護衛兵たちが、セシルの姿を見つけてざわついている。セシルは慣れているらしく、特に気にした様子もなく懐から杖を取り出した。


「じゃあ、ファイアボールを使うよ」


 そう言って、宣言通りの呪文を唱える。


 杖の先から出た火の玉はまっすぐ飛んで、訓練場を囲んでいる壁にぶつかった。続いて、今度は杖をS字のように動かしながら同じ呪文を唱える。先程より大きい火の玉が、発動と同時にS字を描いて、先程とまったく同じ場所に着弾した。


「すごいな。同じ呪文なのに、どうやって大きさを変えているんだ?」

「僕の場合はイメージかな。でもイメージに集中しすぎると、思ったようにスピードが出ないんだ」

「イメージ……」


 改めて考えると、アイススピアといって私が思い浮かべているのは、呪文と共に本に描かれていた挿絵さしえだった。たくさんの槍を同時に、放射状に飛ばすイメージに引っ張られているのかもしれない。

 母様が見せてくれた手本はそのイメージとかけ離れていたから、うまく飲み込めなかったのだろう。


――そうか。あの絵を参考にしなくてもいいのか。


 確かにセシルの魔法もファイアボールの挿絵とは少し違っていた気がする。あまり形を意識せず、もう少し柔軟じゅうなんに考えてもいいのだろう。ひとまず呪文はそのままで、頭の中でイメージを膨らませる。

 じっと焦げ跡の残る壁を見詰め、杖を取り出す。


 小さく息をついて、唱えた。



「アイススピア!」



 いつもなら杖から上に打ちあがっていた魔力が、杖の先でうずを巻く。そして、1本の槍に形を変える。

 氷の槍は杖の方向へまっすぐ飛び、火の玉が当たった場所からわずかに逸れて壁に突き刺さった。


 同じ場所に当てるつもりだったが、イメージに意識が向きすぎてしまった。セシルが言っていた通り、いつもよりスピードも落ちていたようだ。

 もっと訓練が必要だなと考えていると、何故か護衛兵たちから歓声が上がった。


いつの間にか、みんな訓練の手を止めて私の魔法を見守ってくれていたらしい。ただ初心者レベルの魔法を使っただけなのに、そう褒められると気恥ずかしくなってしまう。慌てて振り返ると、母様とセシルも拍手をしてくれていた。


「君はすごいな、アレン。一度でイメージをつかめるなんて」

「……セシルのおかげだ」


 笑顔を向けられて、苦笑を返す。なんとなくアイススピアのイメージは浮かんだが、魔物との戦闘を考えると今のままでは通用しないだろう。せめて、もっとスピードを上げなければ。


「セシル王子のおかげで、一歩前進できたわね。これからは彼のコントロールを参考に訓練してみましょう」


 母様はそう言って微笑み、頭を撫でてくれた。私が頷くと、セシルは小さく笑って首を振った。

 そして、母様に向かって口を開く。


「ありがとうございます。でも、僕もまだまだです。もっと訓練に励まなくては」

「あら、ご謙遜けんそんを。クリスティナにも成長していると褒められたのでしょう? 肉体的にも、精神的にも」

「いえ、そんな。むしろ、精神的にはなかなか成長できなくて。学園に入る前に『婚約者候補』を決めてしまおうかという話も出ているくらいで」



――『婚約者』……?



 その単語が耳に入った瞬間、気付けば思考が停止していた。

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