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19話 神殿へ②

 私たちが近付くと、衛兵が扉を開けてくれた。礼を言ってジェニーと共に神殿の中へ進む。ジェニーは何度か来たことがあるらしいが、私は意識がある時に来るのは初めてだ。

入口から広い廊下を挟んだ目の前には大きな扉が開け放たれていて、すぐその先が見えた。


 神殿というと某神話の国の遺跡を思い浮かべてしまうが、視界に広がったのは教会のような場所だった。天井は高く、窓にはステンドグラスが輝いている。数人座れる長椅子が左右に並べてあり、中央には赤い絨毯じゅうたんがまっすぐ敷かれている。

 綺麗な場所だと思っていると、ぱたぱたと足音がした。左右に伸びた廊下のかどから若い女性がこちらに向かってくる。


「お待たせして申し訳ございません! ご連絡いただいていた、アレン・クールソン様ですね」


 白いワンピースのような服を着た彼女は目の前まで来ると、深々と頭を下げた。一瞬誰かに似ているような気がしたが、まったく思い出せない。

 深く考える間もなく、彼女が手で廊下の先を示しながら言った。


「魔力確認のためのお部屋にご案内いたします。こちらへどうぞ」


 移動を開始すると衛兵が入口の扉を閉めた。3人分の足音だけが廊下に響き、案内役の彼女の後ろを緊張したまま付いていく。後ろを歩いていたジェニーが、ふいに何かを思い出したように近付いてきて耳元でささやいた。


「そういえば神殿での魔力確認は、『予約制』でしたね」


 それは母様から先に聞いていた。神殿には連絡してあるからジェニーと2人で行くようにと。その場にジェニーもいたはずなのに、どうして今そんなことを……と考えたところで、はっとした。


 予約制ということは、私がいつ神殿に来るか分かっていたということだ。となると、謹慎中のセシルと出会ったのも偶然ではないのかもしれない。王妃様か母様が、えて時間を合わせてくれたのだろうか。

 そう思うと、少しだけ緊張がほぐれた気がした。


 案内されたのは、応接室のような部屋だった。勧められるままソファーに座ると、ジェニーは後ろに控えた。これから何か話すのだろうか。と、その時になって、神殿では敬語を使ったほうが良いだろうと思いついた。


 お医者様にも敬語で話すし、同じように怪我や病を癒す神官様にもきっと敬語を使う。なら、神殿に勤めている人達にも敬語を使っていいだろう。未だに初めて会う使用人以外の年上にため口で話すのは苦手なので、私としても敬語のほうが話しやすい。


「改めまして、アレン様の魔力確認を担当させていただきます。アデル・リリーと申します。短い間ですが、よろしくお願いいたします」

「こちらこそ。よろしくお願いします」


 正面のソファーに座って礼をした彼女に、さっそく敬語で返す。斜め後ろからジェニーの視線を感じたが、アデルさんは少し目を丸くしただけでにっこりと笑った。


「まずは、ご快復おめでとうございます。お元気なお姿を拝見して安心いたしました。あれほど重度の魔力切れはめったにありませんので……ご快復にもお時間を要されたと思います。子供の体は大人より魔力に敏感ですから」


 アデルさんは先日の治療にも関わっていたようだ。怪我や病と違って、魔力切れは目が覚めるまでちゃんと治ったかどうか分からないらしい。感謝の気持ちを込めて、姿勢を正す。


「ありがとうございます。この度はお世話になりました。こちらは本日の魔力確認分も含めた『お気持ち』です。お納めください」


 そう言って、ちらりとジェニーを見る。彼女は頷いて、包みを中心のテーブルに置いた。アデルさんは少し間を置いて「お預かりいたします」と頭を下げた。


――お預かりいたします? 頂戴します、じゃなくて?


 疑問に思ったが、尋ねる前にアデルさんが軽く手を叩いた。すぐにノックの音がして扉が開き、同じような白いワンピースを着た女性が入ってくる。彼女は一礼すると、包みを持って部屋を出て行った。それを見届けて、アデルさんが口を開いた。


「それではさっそく、魔力の確認に参りましょう。先に属性のご確認からですね。従者の方はこちらでお待ちいただくことになります」

「かしこまりました」


 ジェニーが答えたのを見て、アデルさんが立ち上がった。合わせて私もソファーから立ち上がる。


 入ってきた廊下とは反対側にある扉から部屋を出ると、そこは広い空間だった。天井も壁も床も真っ白で、燭台が付いていなければどこに壁があるのかわからなくなりそうだ。

 金の台座の上に水晶のような玉が置かれているものが、いくつか横一列に並んでいる。よく見ると、台座にそれぞれ色のついた魔鉱石がめられていた。


「アレン様の属性は氷だと伺っていますが、間違いございませんか?」

「はい」

「では、そちらは最後に確認いたしましょう。他の属性をお持ちでないか確認させていただきますので、こちらの火の水晶から順番に触れられてください」


 アデルさんが指した水晶に近付いて、言われた通り触れる。水晶には何も起こらない。火の属性は私にはないということなのだろう。もしかしてこれを全部やるんだろうかと横を見る。

 うっかりアデルさんと目が合ってしまい、彼女は苦笑いを浮かべた。


「本当は、1度ですべての属性を認識できるような魔道具があればいいのですが。今の技術ではまだ、魔鉱石をまとめると誤作動が起きてしまいますので。お手数ですが、1つずつ触れられてください」


 それなら仕方ない。分かりましたと返して、順番に水晶に触れていく。水、土、雷、風、金属、植物、音、力……など杖の店でも見なかった属性の確認もする。

 なんだかアレルギーの検査をしているみたいだと思いつつ、一通り並べられた水晶には触れ終えた。残念と言うべきか予想通りと言うべきか、どれも全く反応はなかった。


 懐から取り出したメモ帳に結果を記録して、アデルさんが顔を上げる。


「他の属性はお持ちになっていないようですね……では、氷の水晶に触れられてください。おそらく強く反応すると思いますので、軽く指先だけで大丈夫です」

「分かりました」


 やっぱり私は氷属性だよなと思いつつ、指先で水晶に触れる。その瞬間、透明だった水晶が一気に青色に変わった。驚いて手を離すと青色は薄くなり、ゆっくり透明に戻っていく。

 こんなに分かりやすく反応するのか。アデルさんを見ると、彼女は頷いてメモを取った。


「お伺いしていた通り、氷属性ですね。2つ以上属性を持たれている方もまれにいらっしゃいますが、ほとんどの方はご両親のどちらかと同じ、属性1つだけなんです」


 そう言うとアデルさんは一度背後の壁を振り返り、何かを確認したようだった。そのまま特に何も言わず、氷の水晶に近付くと、しゃがんで台座の一部の部品を動かし始める。不思議に思ったが、聞いていいのか分からず黙って見守る。若干形の変わった台座を確かめて、彼女が言った。


「まだ神官様がいらっしゃらないようなので、先に現在の魔力保有量を確認いたします」


 神官様? と首を傾げる。まだということは、これから来るのだろうか。


――でも……何のために? 


 2年前に御年88歳だと聞いていたため、今は90歳を超えているはずだ。先日私の怪我を治療してくれたらしく、現役なのは分かっているが、魔力確認にも神官様の力が必要なのだろうか。

 とりあえずアデルさんに案内されるまま氷の水晶に向き直り、両手をかざす。


「私が合図をいたしましたら、両手で水晶に触れられてください。多少水晶の中心から押し返されるような感覚があると思いますが、触れたままでお待ちください」


 押し返されると聞いて、ちょっとだけ不安になる。もし風船みたいに水晶が膨らんだりしたら流石に怖いかもしれない。じっと水晶を見詰めていると、彼女が台座の傍にしゃがみ込んで「どうぞ」と声を上げた。それが合図なのだとわかり、両手で水晶を包むように触れる。


 言われていた通り、手のひらに押し返されるような感覚があった。そのまま触れ続けていると、徐々に水晶が膨らんできた。

 まさか、本当に膨らむとは思っていなかった。というか水晶って膨らむものなんだろうか。最終的に割れたらどうなるんだろう。こんな間近で破片が飛び散ったりしたら危険じゃないかと心配になる。


 水晶の大きさに合わせて重さも増えているのか、台座がミシッと音を立てた。これは本当にそのままで大丈夫なんだろうかとアデルさんに目を向ける。


 彼女はメモを握ったまま、ぽかんとした表情をして水晶を見上げていた。


「あの……もう手を離してもいいですか?」


 思わず声をかける。

 彼女は我に返ったように慌てて何かをメモすると、激しく頷いた。


「だ、大丈夫です。失礼いたしました!」


 そう言われ、ようやく手を離す。風船がしぼむように小さくなっていく水晶を見て、ほっと息をつく。目の前で割れなくてよかった。この確認方法は心臓に悪い。

 同じように息を吐き出した彼女が、立ち上がって頭を下げた。


「反応が遅れてしまって申し訳ありませんでした」

「いえ。水晶が膨らむのは珍しいことなんですか?」

「そうですね、私が担当した方では……」


 申し訳なさそうな顔をして、彼女はパラパラとメモ帳をめくった。そこで何かに気付いたようだ。メモと私を交互に見て、納得したという表情に変わる。


「アレン様のお母様は、アレクシア・クールソン夫人でしたね。アレン様は属性も保有量も、お母様の方に似ていらっしゃるのですね」


 どうやら、アレクシア母様の魔力保有量を確認したのも彼女だったらしい。かなり若く見えるが、実は母様より年上なのかもしれない。

 記録を見ると、私の魔力保有量は母様とぴったり同じだったようだ。親子ですねと言われて、なんだか少しだけ恥ずかしくなった。


 その時。キイと扉の開く音がして、白い壁の一部が開いた。


 反射的に視線を向ける。白いワンピースに、金の刺繍が入ったローブを羽織った女性が、ゆったりとした動きで部屋に入ってきた。先程の話で、彼女が元聖女の神官様なのだと分かった。彼女は優しそうな微笑みを浮かべて、頭を下げる。


「ご快復、おめでとうございます。大変お待たせいたしました。アレン・クールソン様」

「いえ……」


 そのハキハキとした声を聞いて、目を丸くしてしまう。聞いていた通りなら御年90歳のはずだが、どう見ても彼女は70代くらいにしか見えないほど若々しかった。もしかして神殿にいる人達は、みんな若く見えるのだろうか。


――いや、さっきから女性の年齢ばかり気にして失礼だな。


 これ以上考えないようにしようとこっそり反省していると、アデルさんが神官様のほうを向いて、丁寧に一礼した。


「通常の属性確認と、保有量の確認は完了しております」

「わかりました、ご苦労さま。あなたはここで待機していなさい」

「はい。よろしくお願いいたします」


――通常、の?


 神官様が顔を上げ、こちらを向いた。真っ白な髪に金色の目。ご高齢なのに妖精のような美しさがあって、ドキリとしてしまう。それに気付かれたのか、神官様は小さく笑った。


「緊張なさらなくても大丈夫ですよ。私は残りの属性確認を担当させていただくだけですから。さあ、こちらへどうぞ」


 ゆっくりと部屋の端へ移動する神官様に付いていく。最初の応接室に背を向けて右側の壁に、小さな木製の扉があった。壁と同じく真っ白で、近付くまでわからなかった。


 扉を開け、神官様に続いて中に入る。そこは不思議な部屋だった。


 部屋の真ん中からきっちり左右で色が違っている。左側は天井も壁も床も白く、右側は反対に真っ黒だった。それぞれの中心あたりに1つずつ台座があり、先ほど見たのと同じ水晶の玉が乗っている。


「ここは、闇魔力と聖魔力を確認するためのお部屋です」


 神官様は振り返って、にっこりと笑った。


「まずは闇魔力をお持ちかどうか確認いたしますね。どうぞ白い床に置かれている水晶へ触れられてください」

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