18話 神殿へ①
馬車に揺られながら、手紙の封を切る。
街に行ったあの日以降、毎日セシルから手紙が届いていた。内容は謝罪と私の体調の心配。それから謹慎中のちょっとしたこと。
1枚だけなので、すぐに読み終えてしまう。
どうやら彼は処罰に加えて、自主的に謹慎しているようだ。手紙には王子としての教育を受け直していると書いてあった。
こちらからも返事をしたいが、私は直接的な謹慎の代わりに個人で連絡をとることが禁止されていたため、手紙を書くことができなかった。
まずは大人たちで話し合うということらしい。母様が王家に手紙を出してくれたようだがそれに対する返事もなく、判断待ちの状態だ。
小さくため息をつく。早くセシルにもう大丈夫だと伝えたい。それより、彼は大丈夫なんだろうか。また無理をしていないだろうか。
あの後、神殿に連れて行ってくれたのはセシルと衛兵だったようだと母様から聞いた。母様たちが神殿に着いた時には治療を受けている私の傍に立っていて、酷く思い詰めたような表情をしていたとも。
――会いたいな。会って謝りたい。
「アレン様。あと数分ほどで神殿に到着いたします」
「……ああ、わかった」
馬車に同乗しているジェニーに声をかけられ、手紙を封筒に戻して彼女に手渡す。窓に視線を向けると、塀で囲まれた大きな建物に近付いているのがわかった。
自然が多いのか、塀の上からは緑も見える。
魔力の属性と保有量を確認するため、私たちは神殿に向かっていた。私の場合は関係ないが、万が一魔力の属性が両親や先祖とも一致しなかった場合は修羅場になりかねないということで、両親の同伴はできないらしい。
私の怪我を治療してもらった分の『お気持ち』はジェニーが包んで持っている。馬車に乗ったばかりの時は責任重大だと険しい顔をしていたが、だいぶ落ち着いたようだ。
「それにしても、人が多いな」
祭りでもあるのだろうか。さっきから窓の外を見るたび、多くの人でごった返している。貴族の馬車が珍しいのかこっちを見ている人も多かった。
神殿は街の中心にあるため馬車は目立たないと思っていたのだが、そうでもないのだろうか。ジェニーは手紙を鞄に入れながら、ちらりと窓を見た。
「おそらく、このクールソン家の馬車に集まっているのだと思われます」
彼女の答えに違和感を覚える。最近は母様のおかげで回復したクールソン家だが、少し前までは父様のことが問題になっていて、評判は良くなかったはずだ。
それこそ石を投げられるようなことがあってもおかしくないくらいだったのに、なぜ集まってくるんだろう。
「クールソン家の馬車を見ると幸せになれる、みたいな噂でもあるのか?」
「あながち間違いではないかもしれませんが……」
ジェニーは苦笑して、首を傾げた。
「お心当たりはございませんか?アレン様」
「心当たり?」
腕を組んで、私も首を傾げる。クールソン家の馬車について噂を流した覚えはない。王宮にこの馬車で行っていたからだろうか。確かに王宮にはここ数年よく行っていたが、これ自体が王宮の馬車というわけでもない。
首を捻っていると、ジェニーが手を上げた。指を3本立て、説明を開始する。
「第1に。アレン様は先日、8歳という平均よりかなり早いお歳で魔法をお使いになりました」
「ああ……でも、それならセシルもだろう?」
「アレン様はセシル王子より後にお生まれになったのに、セシル王子より先に魔法を使われたということで、歴代最年少という扱いになっています」
思わず「そんな馬鹿な」と言いそうになり、口を閉じる。先にと言っても、たぶん数分の差だと思うのだが。
ジェニーは指を1本折り曲げて、続けた。
「第2に。衛兵が駆け付けた時、アレン様は大怪我を負っていて意識がありませんでした。それに対してセシル王子はほぼ無傷だったことから、アレン様が命がけで王族をお守りになった、ということになっています」
「いや、それは……」
怪我はともかく、魔力切れで死にかけていたのは自分でやらかしてしまっただけだ。それがそんなに過大評価されているのかと恥ずかしくなる。
最終的に衛兵を呼んで助けてくれたのはセシルだ。彼がいなかったら、私は魔力を使い果たした時点で死んでいた。
その噂は修正したほうがいいのではと思いながら、心当たりと呼べそうなのはそれくらいだと顔を上げる。では、最後の1つは何なのだろう。
ジェニーは再び指を1本折り曲げると、窓の外に視線を向けた。
「第3に。……事件が街中で起こったため多くの衛兵が動き、それを記者に気付かれてしまったのです。第1、第2の件については新聞の記事になっていたので、広くこの国に伝わっているものと思われます」
「し、新聞?」
「はい。特に悪質な捏造というわけでもなく、衛兵が動いているのを目撃した平民も多かったため、王家も公爵家も確認のみで放置していたのです。その結果、いろんな新聞で取り上げられたようですね」
本があるなら印刷技術はあるから、新聞もあるだろうとは思っていた。しかし、まさかそんな事態になっているとは。
そのおかげでクールソン家の評判が上がったならいいのかもしれないが、自分としては反省点しかないことを国中に知られているなんて。
私たちのせいで王家と公爵家の関係も不安定になっているというのに、平民にはそんなこと関係ないのかもしれない。
流石に写真はないよなとこめかみを抑えたところで、気付いた。
「じゃあ、この馬車の周りに集まっている人達は」
「みんなアレン様を見に来られているのかと」
何故か誇らしそうにジェニーが頷く。私はどういう表情をすればいいのかわからない。喜んでいいようなことなのだろうか。
最終的に無事だったとはいえ、それは結果論でしかない。セシルを守り切る力もないのに、無謀な判断をしてしまったのも事実だ。
あれから実戦を見据えた訓練を増やしているが、魔力調整の訓練はまだこれからだ。それなのに周囲からは、私がこの歳で魔法を使いこなしてセシルを守ったと思われているのだろうか。
――なんだか、ゲームにはなかった『アレン』の設定が、どんどん増えているような気がする……。
本編に関係ないなら問題ないのかもしれないが、これ以上は他の攻略対象のキャラを食ってしまいかねない。下手に目立たないためにも、今後表に出す情報は考えたほうがいいだろう。話を聞く限り、もう手遅れかもしれないが。
そんなことを考えていると、馬車が止まった。神殿前に着いたらしい。
護衛兵が周囲を確認して外から扉を開けてくれた。先にジェニーが包みと鞄を抱えて降りる。続いて私が降りようとしたところで、突然歓声が上がった。
賑やかすぎて聞き取れなかったが、アレン様、クールソン家万歳と口々に言っているのはわかった。
先日は街の人々に気付かれないように行動していたため、こんなに大勢に囲まれるのは初めてで圧倒されてしまう。前世でもここまで一斉に注目を浴びたことなんかない。
母様が大変だと言っていたのはこのことかと固まっていると、ジェニーが苦笑しつつ手を引いてくれた。護衛兵と、神殿前にいた数人の衛兵が協力して人々を抑えてくれている間に、神殿の外門から中に入る。
閉じられた鉄の門越しにも声をかけられ、つい振り返ってしまった。
本当は歓声を受けるような資格はないと思う。しかし、もし彼らが私のために集まってくれたのだとしたら、このまま無視するのは悪い気がする。会釈くらいしておきたいが、軽々しく平民に頭を下げるのは立場上あまりよろしくないだろう。
迷った末、そっと手を振っておく。そのせいで余計に歓声が大きくなってしまったので、衛兵たちには申し訳なかった。
「アレン様は本当にお優しいですね」
「どういう反応をすれば正しいのか、いまいち分からないんだが」
「あれくらいでちょうど良いと思いますよ」
荷物を抱え直したジェニーと共に、神殿へ続く道を進む。外門から神殿へは、整えられた庭園の中を通っていくようだった。
静かな中に鳥の囀りが響いて、花がゆっくり揺れている。大きな木も植えられていて、風に葉の擦れる音が小さく聞こえる。不思議な空間だ、と心の中で呟いた。
しばらく進み、門から離れた辺りで足が止まる。
神殿の入り口前、小さな階段の上にいる人物から目が離せない。金色の髪に日が当たってきらきらと輝いている。
相手も私に気付いたようで、太陽のような赤い目を大きく見開いた。
「セシル……?」
私が呟いたのと、彼が駆け出したのがほぼ同時だった。彼の傍にいた、スティーブンとは別の護衛兵が一瞬手を伸ばし、すぐに下ろしたのが見える。
私の隣を歩いていたジェニーが一歩下がったのを確認して、私も駆け出した。
「セシル!」
「アレン……!」
互いに駆け寄って、少し距離を空けて止まる。まさかこんなところで会えるとは思っていなかった。何を言えばいいかわからず、咄嗟に言葉が出てこない。
――そうだ、謝らなければ。
私が口を開く前に、セシルがいきなり頭を下げようとした。驚いて、慌てて肩を掴んで止める。
「待っ、何を……王子が簡単に頭を下げるな!」
「だって、僕のせいでアレンが」
「君のせいじゃない! それに、謝るのは私のほうだ」
手を離して数歩下がる。彼はハッとした顔をした。
「私が気を失った後の話は聞いた。助けてくれてありがとう。最後まで守り切れなくてすまなかった。……いや、最初からだ。私がもっと周囲に気を付けるべきだった。すまない」
もっとうまく立ち回れていれば。そもそも最初にセシルを見失っていなければ。私が路地裏に引き込まれなければ。先に衛兵に連絡していれば。
思い返せば反省するべきところしかない。セシルはまだ8歳の子供なのだから、大人の私がもっと危機管理をしておくべきだった。
頭を下げようとしたところで、同じように肩を掴まれて止められた。
「違うよ、アレン。巻き込まれただけの君にそんな責任はない。それなのに君は、あの場でできる限りのことをして僕を助けてくれた。命がけで守ってくれたんだ。どうか謝らないでくれ」
そう言って首を振ると、セシルは唇を噛んで辛そうな顔をした。
「……僕は何もできなかった。街に着いた時から油断しかしてなかった。危険な目に遭わせてあんな大怪我までさせて、ごめん。ずっと直接謝りたいと思っていた」
ぐっと手に力を込めて、彼は顔を上げる。その目に強い意思を感じて、何も言えなくなってしまう。
それは今までの子供のような表情とは違う、ゲームでも見たことのある、『王子』としての顔だった。
「いつまでも君に守られているだけなんて嫌だ。王子として……許されるなら君の友として。君の隣に立てるくらい強くなるから、待っていてくれないか」
「……ああ、わかった。私も君の友として恥ずかしくないように、強くなるよ」
私が眠っている間に、彼は大きく成長する一歩を踏み出していたようだ。護衛兵に連れられて去っていくセシルを見送りながら、負けてられないなと独りごちる。
次に会う時には、きっと彼は今よりもっと、精神的にも成長しているんだろう。
「正直に申しますと、私は、アレン様を危険なことに巻き込まれたセシル王子に怒っていたのです」
突然、ジェニーが呟くように言った。その言葉に目を丸くする。小声だったため聞こえていないとは思うが、不敬にならないだろうかと心配してしまう。
でも、と彼女は間を置かずに続けた。
「改めてアレン様とお話されているのを見て、わかりました。おふたりは、本当に仲の良いご友人でいらっしゃるのだと」
「……そうだな」
だからこそ守り切れなかったことが不甲斐なくて、謝りたいと思っていたのだが。結局セシルに謝られてしまった。彼の目を見たら否定もできなかった。
門の向こうへ彼らの姿が消えていくのをじっと見詰める。そこで、「アレン様」とジェニーに声をかけられた。
「胸を張ってください。アレン様がどうお考えであっても、体を張ってセシル王子をお守りになったというのは紛れもない事実なのですから。もしあの場にアレン様がいらっしゃらなければ、きっと今頃大変なことになっていたはずです」
大人として情けない、申し訳ないと考えていたのが顔に出ていたのだろうか。そう言われ、小さく息をつく。
いつまでも過去のことを後悔して反省しているだけじゃ強くはなれない。
セシルは前に進んでいる。私も、そろそろ前を見なければ。
「ありがとう、ジェニー。……行こうか」
神殿を振り返る。見上げるほど大きな白い建物の中がどうなっているのかはわからない。どうやって魔力を確認するのかも知らない。
思い出したように感じ始めた緊張を飲み込んで、ぎゅっと拳を握った。




