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17話 回復と責任

 誰かが傍にいる気配を感じて目を覚ます。見慣れた天蓋てんがいが視界に入り、自分の部屋のベッドに寝ているのだと理解した。どれくらい眠っていたのだろう。酷くお腹が空いている気がする。


 顔を横に向けると、ジェニーが椅子に座って真剣に本を読んでいた。その題名を見て、ぽつりと呟く。


「『魔力と病の関係について』……?」


 母様がまだ体調を崩していた時に、うちの図書室で読んだ記憶がある。どうして彼女がその本を読んでいるのだろう。誰か病気になったんだろうかと考えていると、声に気付いたらしいジェニーがはっと顔を上げた。


 私と目が合った瞬間、彼女の目が潤んだ。


 思わず目を丸くしてしまったが、よく考えればさすがにあの怪我で心配しない方が無理な話だ。ジェニーは本をサイドテーブルに置くと、指で涙をぬぐって口を開いた。


「アレン様、おはようございます。お加減はいかがですか?」


 そう尋ねられ、改めて自分の怪我の状態を確認する。蹴られた横腹も完全に治っているし、気分も悪くない。普通の治療ではそんな短期間で完治しないため、どうやら神殿で治してもらったようだ。

 踏みつけられていた背中にも痛みはなく、本当にただお腹が空いているだけだった。寝起きでいきなりそんなことを言うのは子供みたいで恥ずかしかったが、そんなことも言ってられない。


「心配をかけてすまない。体調は問題ない……けど、何か食べたい」

「かしこまりました。すぐにご用意いたします」


 ジェニーがそう言って椅子から立ち上がったところで、思い出した。私は魔法を使った直後に気絶してしまったはずだ。あの後どうなったのだろう。セシルは無事に逃げられたのだろうか。ジェニーを呼び止めようと、慌てて体を起こす。


「そうだ、セシルは……、っ!?」

「アレン様!」


 急に起き上がったせいで貧血を起こしてしまったらしい。ぐらりと倒れかけた体をジェニーが支えてくれた。そういえば、気絶する前に血を吐いたような気がする。知らぬ間に内臓も怪我をしていたのかもしれない。傷は治っても血が足りていないのかと息をつく。


「ありがとう、大丈夫だ」

「どうかご無理なさらないでください。10日も目を覚まされなかったのですから」

「……とおか?」


 ジェニーの言葉に耳を疑う。聞き間違いかと思ったが、彼女の表情からは安堵しか感じられない。とても嘘をついているようには見えない。


――10日? 3日とか5日じゃなくて、10日?


 ひと月の3分の1も眠ったまま意識が戻らなかったと知り、今更ながら怖くなる。目を覚ましただけでジェニーが泣いてしまうわけだ。むしろその日数を考えると逆に冷静すぎる反応かもしれない。

 そんなに眠っていたなんて、治癒に体力を奪われてしまったのだろうか。それとも魔力開放の反動みたいなものだろうか。首を傾げていると、ジェニーが優しい口調で言った。


「セシル王子もご無事です。どうかご安心ください。まずはアレン様にお元気になっていただかなければ」


 食事をお持ちします、とジェニーが部屋を出て行く。すぐに廊下に待機していたらしい別のメイドが入ってきて、カーテンを開けたり背中にクッションを入れたりと世話を焼いてくれた。

 いつもならジェニーがすべてやっているが、おそらく彼女は私が目覚めるまでずっと1人で傍にいたのだろう。その間に他の仕事は別のメイドたちがやっていたのかもしれない。


 10日間と改めて考えると、あれからどうなったのかがとても気になってしまう。きっと時間内に王宮には戻れなかったはずだ。ジェニーは私たちのせいで何か処罰を受けたんだろうか。スティーブンは、王宮のメイドたちは? セシルは……大丈夫だろうか。


 聞きたいことも言わなきゃいけないこともたくさんあるなと思っていると、バタバタと足音が部屋に近付いてきた。次いでノックとほぼ同時に扉が開けられる。


「アレン!!」


 母様が部屋に飛び込んできた。その後ろに父様や、ナタリーの姿も見える。扉越しに護衛兵のイサックもいる。母様は私が起きているのを見ると、目に涙を溜めて早足でベッドに近付いた。母様、と答える前にぎゅっと抱き締められる。


「ああ、アレン……! よかった、ずっと目を覚まさないから心配してたのよ!」


 母様の後ろでナタリーが激しく首を振っている。父様も心配そうな顔でこちらを見ている。


 たくさんの人に心配をかけてしまったのだと、改めて反省した。街に出るにしても、もっと色々と警戒すべきだった。セシルを見失わず怪我もせず、時間通りに王宮に帰ることができていれば、きっとこんな大事にはならなかったはずだ。


 ヒロインとセシルの出会いイベントがあるかもしれない、とは思ったが、さすがに無謀むぼうだった。魔法が使えたからよかったものの、もしあの場で殺されていたら。あのままセシルが連れていかれていたら……もっとたくさんの人を悲しませてしまっていた。数日目が覚めないだけでもこんなに心配してくれる家族に、心の傷を負わせてしまうところだった。


 母様の背中に手を回して、胸に顔を埋める。


「ごめんなさい……!」

「言いたいことはたくさんあるけれど、よかった。本当によかった……」


 いつの間にかすぐ傍に来ていた父様が、ぽんと躊躇ためらいがちに頭を撫でてくれた。ナタリーは母様のために持ってきたであろうハンカチを握りしめて泣いていた。部屋の端に控えているメイドも目を拭っている。イサックがほっと胸を撫で下ろしているのが見える。ちょうど食事を運んできたジェニーが、目を赤くして部屋に入ってくる。

 それに気付いた瞬間、家族に囲まれて安心したのか盛大に腹の虫が鳴いた。


 部屋の空気は和らいだが、私はしばらく顔の熱が引かなかった。




===




「その……母様は、どこまでご存じなのですか?」


 食事を終えてようやく普通に動けるようになったため、身支度を整えてからジェニーと共に居間に向かった。母様の傍にはナタリーが控えている。父様は母様の代わりに仕事をするため、執務室に向かったらしい。紅茶を一口飲んで、母様は複雑な表情をした。


「セシル王子や衛兵からだいたいのことは聞いているわ。王宮を抜け出して2人で街に行って、連れ去られそうになったと。そこで、あなたとセシル王子が魔法を使ったことも」

「セシルも……!?」


 私が覚えている範囲では彼が魔法を使うことはなかったので、気絶した後の出来事なのだろう。話によれば、セシルは気絶している私を抱えて大男と睨み合っていたらしい。その時に杖を構えていたようだ。

 でも魔法は衛兵を呼ぶために空に向かって放っただけで、その男たちには使わなかったという。それでも衛兵が来るまで無傷で耐えていたなんて、セシルはすごいなと感心してしまう。同時に、最後まで守り切れなかったことに不甲斐なさを感じた。


 どこから話せばいいのかしらと迷っている母様に、一番疑問になっていたことを尋ねる。


「私は、どうして気絶したのでしょうか」

「あれは『魔力切れ』ね。あなたが使った杖には魔力制御の魔道具が付いていなかったでしょう? 人は生きていくための魔力も体内に持っているの。その魔力も根こそぎ魔法で消耗してしまったから、危険な状態だったのよ」

「魔力切れ……」


 それを防ぐために、魔力調整の訓練が必要なんだろう。私は初めての魔法で、ろくに調整もせずに体内の全魔力を注ぎ込んでしまったようだ。子供が使うための杖なら補助輪ほじょりんが付いていて魔力切れを防いでくれるが、私が使ったあれは大人用の杖だった。


「私が使った杖は、回収されたのですか?」


 衛兵が来たのならあのまま路地に放置されていることはないと思うが、念のため聞いておく。母様は首を振った。


「廃棄してしまったわ。折られてばらばらになっていたもの。お気に入りだったのに」

「……やっぱり、母様の杖だったんですね」

「ええ。不思議な巡り合わせね。こんなことになるなら補助輪を付けておくんだったわ」


 そう言って、眉を下げて笑う。冗談だと分かっているが、どこまでも私の体を心配してくれているのだと思うとなんともいえない気持ちになる。


「神殿には、衛兵が連れて行ってくれたのですか?」

「……ああそうだ、忘れるところだったわ」


 母様は何故か答えをはぐらかして、ぽんと手を叩いた。


「近いうちに神殿に行かなきゃ」

「それは……お礼のためですか?」

「それもあるけど、あなたの魔力を確認するためにね」


 氷だとはわかっているけれど、と母様は付け足した。魔力の属性は神殿で調べることができるらしい。今のだいたいの魔力量も分かるらしいので、魔力開放後はほとんどの貴族が一度神殿に行くのだそうだ。


「あなたが神殿に行くときは、ちょっと大変かもね」

「え?」


 どういうことだろうと思ったが、行けば分かるとしか言われなかった。一旦それは置いておいて、ずっと心配していることを聞くことにする。

 息をのんで、おそるおそる口を開く。


「私たちが王宮を抜け出したことで……護衛兵やメイドたちに処罰はあったのでしょうか」

「……そうね。罰を与えないわけにはいかなかったから」


 それを聞いて、ぐっと拳を握る。当然と言えば当然なのかもしれない。子供の責任は大人が取るものだ。でも、私の中身は大人だ。本当はセシルを守り切れなかった私が一番責任を負うべきなのに。母様はじっと私の様子を見て、続けた。


「でもね、とても軽かったのよ。セシル王子がずっと彼らを庇っていたの。全部自分が悪いのだから、彼らには罰を与えないでほしいって」


 そこから罰の内容を聞いた。


 あの場にいたメイドたちは全員謹慎きんしん1か月。護衛兵のスティーブンは3か月。その日だけ私と一緒に王宮に行ったジェニーは、謹慎1週間で済んだらしい。

 とはいえ、それが軽いのかと言われるとどうだろう。クビになるよりはマシなのかもしれないが、その間の給料は発生しないことになる。元1人暮らしの社会人としては、想像するだけで絶望しそうだ。


 そこまで考えて気付く。今のところ、使用人たちの罰しか聞いていない。


「あの、セシルは……」


 私が尋ねると、母様は表情を暗くした。それだけで不安になってしまう。現実的に考えると、彼は公爵家の人間を連れ出して、危険な目に遭わせたと見られてしまうのかもしれない。私が一切気にしていなくても、貴族社会はそういった責任問題に厳しいはずだ。


 もし彼が、何か大きな責任を負わされるようなことがあったらどうしよう。私が弱いせいで。私が守り切れなかったせいで。


 ぎゅっと服を掴む手が震える。母様はしばらく考えていたが、ナタリーに何か指示を出した。頷いたナタリーは小さな箱を差し出す。そこから紐でまとめられた手紙を取り出すと、母様は私に手渡した。すべての手紙に王家の紋が入っている。


「この10日間、セシル王子から届いたあなた宛ての手紙よ。本当は処分してしまおうかと思ったのだけど」

「えっ!?」


 その言葉に、慌てて手紙を抱きしめる。王家からの手紙を処分するなんて、冗談でも言うことじゃない。しかし、母様は本気だったようだ。額に手を当てて、ふうと息をつく。


「セシル王子の気持ちもわかるのよ。子供のころは冒険したくなるものだわ。平民の暮らしを見るのももちろん大事。……でも、アレン。あなたの親としては、大事な息子に怪我をさせるような友人は、少し考えてしまうのよ」

「そんな……!」


 思わず椅子から立ち上がる。

 まさか、母様と王妃様の友情にすらヒビを入れてしまったのだろうか。せっかく仲良くなったセシルとの友情もここで終わりなのだろうか。まだ学園に入学すらしていないのに。慌てて首を振る。


「違います! 怪我をしたのは私が弱かったからです。セシルのせいではありません! 魔力切れを起こしたのだって、私に知識がなかったからです。セシルは守ってくれました。衛兵を呼んで、助けてくれました! 考えなしだったのは私です。楽しくて油断して……もっと警戒していたら、私が彼を見失わなかったら、こんなことには……!」


 一気に話したせいで呼吸が苦しい。こんなんじゃ駄目だ。もっと強くならないと。複数人を相手にしても誰かを守りながらでも、余裕で戦えるように。任せてもらえるように。自分で責任を取らせてもらえるくらいに。


 母様は黙って聞いてくれていた。小さく頷くと、立ち上がって机越しに抱き寄せられる。


「わかった。あなたの気持ちはよくわかったわ。王家がどう判断するか分からないし、彼も謹慎中だからしばらくは会えないけれど……あなたの気持ちはちゃんと伝えておきましょう。私だってクリスティナのことは大好きだもの。簡単に縁を切ったりなんかできないわ」


 胸に包まれたまま頷く。母様は何度か頭を撫でると、それじゃとにっこり笑った。


「とりあえず、アレンの快復と魔力開放のお祝いをしなきゃね」


 もうしばらくお部屋で休んでなさい、とナタリーを連れて部屋を出て行く母様を見送る。すっと隣に来たジェニーが、同じように母様たちを見送りながら言った。


「私は1週間謹慎していましたが、その間はアレン様のお傍にひかえさせていただいていました」

「……それは謹慎とは言わないんじゃないか?」

「心配、でしたので」


 ジェニーは指で目を拭った。さっきから話してない時も、何度かそうしていたのを知っている。彼女の目が未だに赤い理由がわかった気がした。


「まさか謹慎期間が終わってもお目覚めにならないとは思っていませんでしたが……こうして元気になられたので、本当によかったです。本当に。神殿に運び込まれたと聞いた時は、生きた心地がしませんでした」

「ジェニー……」


 拭うそばから目に涙を溜めている彼女を見て、口をつぐむ。


――いくら訓練していたって、みんなに心配されているようじゃ全然駄目だ。


 攻略対象である限り、きっとこれから危険なイベントは増えていくだろう。いざという時にヒロインを守るのが私の役目だ。学園に入ってから鍛えるのでは遅すぎる。今のうちから魔力調整の訓練もしよう。知識も増やそう。もう2度と魔力切れなんて起こさない。


 ジェニーに向き直って、大きく頷く。


「安心してくれ。私は、もっと強くなる」


 どんな危険な目に遭っても冷静でいられるくらい、強くならなければ。みんなに安心してもらえるように。心配される必要もないくらいに。

 もう少し実戦を想定した訓練を取り入れよう。護衛兵たちに協力してもらえるかなと考えている私の隣で、ジェニーが納得できないというように首を傾げている。


「できれば、危険なことを避ける方に努力していただきたいのですが……」


 どうやらそれは難しそうですね、と彼女は呆れたように苦笑いを浮かべた。

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