エピローグ 原作のアレン
バタンと扉を閉める音が誰もいない部屋に響く。廊下でメイドに声を掛けられた気もするが、相手をしている暇はない。ふうと息をついて濡れた眼鏡を外す。
――まさか水を掛けられるとは。
学園を卒業して4年。宰相補佐として優秀な働きをしていると賞され、一応の礼儀として父様に報告をしに行った。しかし部屋に入った途端魔法が飛んできて、口を開く間もなくずぶ濡れになってしまった。
相変わらず嫌われているなと苦笑してしまう。これでは私が婚約者を決める前にクールソン家は終わってしまいそうだ。いや、もうほぼ没落しかけているようなものだろうか。
とにかく、さっさと着替えて仕事に戻らなければならない。今日は神殿で、明日行われるルーシーとセシル様の結婚式準備が進んでいるはずだ。
後を追うように部屋に入ってきたメイドに着替えを任せ、鏡に目を向ける。そろそろ髪を切らなければ、また腰のラインを越えてしまうだろう。
長い髪は女性だと勘違いされたり、妙な男共に色目を向けられたりと碌なことがない。それでも学生の頃から変わらず伸ばしているのは、この髪が母様と同じ鮮やかな青色だからだ。
――我ながら馬鹿なことをしている。……いくら母様に外見を似せたところで、愛されるわけでもないのに。
魔道具で髪を乾かして外へ出る。屋敷で働く使用人がまた知らぬ間に減っていたらしく、馬車に御者の姿はなかった。ため息をつき、歩いて門へ足を向ける。
昔は外出の際に護衛兵がいたような気もするが、今は付いてくる使用人もいない。魔法が使えさえすれば必要もない。乗合馬車に乗り込み、中央神殿へ向かう。
ルーシーは平民とはいえ、聖魔力で魔界の門を封印したこの国の大切な聖女だ。王子であるセシル様と結ばれるのも当然のことだろう。
学園にいた頃には婚約の話も上がっていたし、2人が惹かれ合っていたことも知っている。私はセシル様のすぐ傍で見ていたから。
――それなのに……胸に詰まっているような、この重苦しい感情は何だ?
セシル様やルーシーと以前のように関わることができないから、なのだろうか。
自分でも理由が分からない。彼女と話す度に胸が熱くなっていたような気もするが、結局あれが何だったのかも不明なままだ。
馬車を降りて道を進む。明日結婚式が開かれることは公表されているため、広場には早くも大道芸や演奏家が集まっていた。
騒ぎが大きくならなければいいが、と眉を顰める。ルーシーは明日の最終確認をしているため神殿にはいない。最近はほとんど王宮にいたから、神殿には聖魔力も補充されていないはずだ。
これ以上人が増える前に早く神殿へ向かわねばと足を進める。無事に結婚式が終われば、このよく分からない感情も断ち切れるだろう。
そこで、誰かが叫んだ。
「危ない!!」
ふっと視界の端に影がよぎる。考えに集中していたせいか、こちらへ向かってくる気配に気付けなかったようだ。
大道芸の音に驚いたらしい馬が暴走している。大きく脚を振り上げる馬の後ろには馬車の箱が着いていない。遠くで青い顔をしている御者の姿が見える。
これはまずいと直感でわかった。神殿に近いとはいえ、聖魔力は万能ではない。避けなければと咄嗟に懐から杖を取り出そうとして、――手が止まった。
――本当に、これを避ける必要があるのだろうか?
生き延びて、それが何だというのだろう。宰相補佐は他にも数人いる。私1人いなくても明日の式は予定通りに執り行われるはずだ。
セシル様とルーシーのように想い合っている相手もおらず、家族にすら愛されていない私が、この先も生き続ける意味はあるのだろうか。
父様の最愛の人である母様を殺して、クールソン家まで壊してしまった私に……
――いや、そんな価値はない。
「アレン様……ッ!?」
誰かが悲鳴のような声を上げる。何故か見覚えのあるメイドが向かいの歩道から飛び出した。先程着替えを担当した彼女は私に付いて来たのだろうか。それとも偶然この場に立ち合わせたのか。
迫る影にほとんど隠れた彼女の顔はこちらを向いている。目を見開いて涙を溜めて、慌てたように手を伸ばして。一体どうしてそんな表情をしているのだろう。
――それじゃあまるで、私を心配しているみたいじゃないか。
大きな衝撃が全身を襲う。視界が赤く染まり、一気に体温が失われていく。
薄れる意識の中で、初めて誰かに抱き締められたような気がした。
===
「――危ねえッ!!」
ぐんと強く引き寄せられ、その勢いのままジャックの方へ倒れ込む。耳元で風を切るような音がして、何かが私たちの上を駆け抜けていく。
神殿前の広場は一瞬で大騒ぎになった。状況が理解できず固まっていると、彼が慌てて体を起こした。
「アレン、大丈夫か!?」
「あ、ああ。大丈夫だ」
ジャックはホッとしたように息をつく。どうやら近くの借馬屋で、馬車を牽引していた馬を交代しようとしていたようだ。そこで何かに驚いた馬が暴走してこちらに向かって来たらしい。衛兵たちが慌てて走って行くのが視界の端に映る。
別のことを考えていたせいか、馬が近付いて来たことに気付けなかった。彼が腕を引いてくれなければ大怪我を負っていただろう。
礼を言って立ち上がると、彼は服に着いた砂を払いながら呟いた。
「無事でよかった……2度も目の前で死なせてたまるかよ」
大げさだと思いつつ、彼の言葉の意味が分からず首を傾げてしまう。ジャックは何でもないと首を振って、苦笑いを浮かべた。
「しっかし、マジでギリギリだったな。アレンが前の髪型だったら脚が当たってたかもしれねぇ」
そう言われ、なんとなく頭に手を当てる。学園を卒業してから4年。宰相補佐の試験に合格した際バッサリと切ってしまったため、今は結う必要もなくなった。
ちょうど頭を蹴られるところだったのかと今になって恐ろしくなる。改めてジャックに礼を言っていると、遠くから声が聞こえた。
「ご主人、逃げようとしてた御者捕まえた! どうする? 俺が叱ろうか?」
私の護衛として付いて来ていたテッドが、青い顔をしている男性の服を掴んでいる。来る時は猫の姿をしていたはずだが、いつの間にか人型に戻っていたようだ。
急いで彼を手招きつつ答える。
「必要ない。それは衛兵に任せよう」
「えー……ご主人が怪我するところだったでしょ?」
「ああ。でもジャックが助けてくれたから大丈夫だ」
テッドは不服そうな顔をすると、御者から手を離してこちらに駆け寄って来た。心配させてしまったらしく、ぎゅっと体を寄せるようにしてため息をつく。
「俺が助けたかったな。ごめんね、人型に戻るのが間に合わなくて」
「いや、ありがとう。君が付いて来てくれただけで助かっている」
大切な用事があるからと宰相補佐の仕事を同僚たちに任せ、1日だけ休みを貰った。普段私と行動を共にしているテッドも一緒に付いて来た。そして馬車を降りたところで偶然ジャックに出会い、つい私が先に馬車から離れてしまった。
――気を付けなければ……せっかくの彼女の晴れ舞台なのだから。
今日は数年に渡って交際していたスティーブンとジェニーの結婚式だ。スティーブンの家は伯爵家だったらしく、両親を説得するのに時間がかかっていたらしい。
神殿前に停まっているクールソン家の馬車を見ながら、ジャックが口を開く。
「それにしても使用人の結婚式に集まるって、クールソン家は仲がいいんだな」
「まぁ彼女は昔から勤めているし、家族同然だからな」
「ギルも来るのか?」
「いや。彼は彼で色々と予定が入っているそうだ」
ギルは学園を1年の臨時入学で卒業した後、正式にクールソン家の養子に入った。それからはほとんど魔界に帰らず、父様から公務の指導を受けている。
今日も結婚式に参加する母様の代わりに仕事をして、午後はエミリアと共に王宮へ向かうらしい。レオ王子とノーラが魔力調整訓練をしているため、手本として呼ばれたようだ。
「俺も最近は時々しか会ってねえからな……クールソン家に迷惑かけてねぇか?」
「むしろ、かなり助けられている。君の移動魔法は使用禁止にされているが、以前より自由に出歩けるようになっただろう? もっと会いに来ればいいじゃないか」
魔族の存在が公表されてしばらくは反発の声も多かったが、人は慣れるものだ。
数か月前からは神殿内に魔界と繋がる移動用魔道具が置かれ、少しずつ交流が進んでいる。まだ念のため監視用魔道具が必須とされているものの、王都内であればそれなりに自由行動が可能になった。
ジャックは「それはそうなんだけど」と顎に手を当てる。
「俺はいつもスワロー家に直行してるからな。気付いたら夜になってんだよなぁ」
「じゃあ今日もこれから向かうのか?」
「いや、今日は結婚式のための魔道具設置に来たんだ。そろそろ行くか」
そう言って彼は神殿に顔を向けた。式の最後にフラワーシャワーを飛ばすため、風を吹かせる魔道具を使うらしい。昨日のうちに、カロリーナがスワロー家経由で運び入れておいたようだ。
配置と動作確認がジャックの仕事らしく、そのまま彼に続いて神殿に入る。再び危険なことがないかと周りを警戒していたテッドは、神殿内に護衛兵や衛兵や集まっているのを見て黒猫の姿に戻った。
聖堂の魔道具確認へ向かうジャックを見送っていると、声をかけられた。
「アレン! 聞いたわよ、馬が暴れてたらしいじゃない。怪我してない?」
先に王宮から移動していたリリー先生が不安げな顔をして駆け寄ってくる。私が答える前に素早く怪我を確かめ、少しだけ乱れていたらしい髪を整えてくれた。
「大丈夫そうね……よかったわ。どうして目を離すと危険な目に遭うのかしら」
相変わらず子供のような心配をされているなと苦笑してしまう。話題を変えようと辺りを見回し、いつも神殿で見かける彼らの姿が見えないことに気付いた。
「ライアンとルーシーがいないみたいですが……」
「ああ、彼らなら食堂よ。菓子職人と一緒にお茶会で出すためのお菓子を用意してくれてるわ」
この世界の結婚式には披露宴がないらしい。聖堂でみんなに見守られて誓いを立てた後は、庭園でちょっとしたお茶会が開かれることになっている。
刑期を終えた後も神殿で働いているルーシーと、いつの間にか神殿関係者になっていたライアンは、2人揃ってその手伝いをしているようだ。
――確か、あの2人も先日婚約したばかりだったな。
彼らにも挨拶をしようかと考えていると、リリー先生が呆れたように言った。
「そんなことより、あんたは真っ先に会わなきゃいけない人がいるでしょ」
「え?」
「ほら、こっちにいらっしゃい。テッドは聖堂でジャックと待ってなさい」
えー、と不満げな声を漏らしているテッドを置いてリリー先生に付いて行く。彼は廊下の奥にある部屋に着くと、扉を軽くノックして私の後ろに下がった。
ここが何の部屋か確認する間もなく扉が開き、中にいたアデルさんに招かれるようにして足を踏み入れる。
大きな鏡が並んでいる前に、彼女は立っていた。
普段のメイド服とは違う真っ白なドレスに身を包み、頭には白い花の飾りを着けている。窓から差し込む光で全身がきらきらと輝いているように見えて、思わず祝うのも忘れて見とれてしまう。
「アレン様、来てくださったんですね」
お姫様のような彼女が柔らかく微笑む。はっとして顔を上げ、改めて向き直る。
「とても綺麗だ、ジェニー」
「ありがとうございます」
「しかし……スティーブンはまだ準備中だろう? 私が先に君の姿を見てしまって良かったのか?」
そう尋ねると、ジェニーはわずかに目を丸くしてクスと笑った。白い手袋を嵌めた手でそっと私の手を握り、答える。
「もちろんでございます。私の主は、この先もずっとアレン様ですから」
結婚が決まった時は、きっと彼女はこれでメイドの仕事を辞めるのだろうと思っていた。クールソン家にはたくさんのメイドがいるし、スティーブンの稼ぎだけでも十分暮らしていける。
子供を授かる予定があるかは分からないが、この世界で結婚してからも働く女性はそこまで多くない。
しかし彼女は最初から、私の専属メイドを辞めるつもりはなかったようだ。
「数日は仕事を休ませていただきますが、必ず復帰いたします」
「……わかった。本当はもう少しゆっくりしてほしい気持ちもあるが、君がいないと寂しいからな。待っている」
ぎゅっと手を握り返し、素直に本音で返す。ジェニーは嬉しそうに笑って「はい、すぐに」と大きく頷いた。
そこで、聖堂の辺りがざわざわと騒がしくなる。扉を開けて様子を確認していたアデルさんが慌てて神殿関係者に指示を出しているのが見える。
どうやら王家の馬車が到着したようだ。
――まぁ、自分の専属護衛兵の結婚式だからな。
来るだろうとは思っていたが、彼は今朝視察から帰ったばかりだったはずだ。ジェニーにまた後でと声をかけ、廊下で待っていたリリー先生と共に聖堂へ戻る。
神殿の入口には魔術師らしき人影があった。その後ろから入ってきたセシルは、私たちに気付いてにっこりと微笑む。
学園の制服とは違う王子らしい格好に加え、この数年でさらに気品が増している。普段から王族を見慣れていない女性たちは廊下の端で固まっていた。
「ああ、間に合ってよかった。まだ式は始まっていないようだね」
「分かってて来たんでしょ。体調は大丈夫なのかしら?」
「問題ありませんよ。しっかり休んだので」
「そんな時間もなかったと思うけど……後で配られるお酒は飲んじゃ駄目よ」
王宮ではないため敬語を外しているリリー先生が、彼に注意しつつ顔色や体温を確認している。
疲労にはヒールやリセットを使っても効果がない。式が終わったらちゃんと休んでもらわなければと考えていると、セシルが思い出したようにこちらを向いた。
「そうだ、アレン。紹介しておこう。今日の護衛を任せているのは新人なんだ」
彼の背後にいた人物がすっと前に出て頭を下げる。黒いローブを着ているから王宮魔術師かと思っていたが、彼は魔術師であり護衛兵でもあるらしい。
スティーブンが休みの間は数人の王宮護衛兵が交代でセシルに付くことになっている。神殿なら安全だからと新人に任せているのだろうか。
ふと、顔を上げた彼と目が合った。鮮やかな緑色の瞳を見て、気付く。
「……ロニー?」
「はい、お久しぶりです。アレン様」
長く伸ばした赤茶色の髪を後ろで1つに結び、セシルと同じくらいの身長に成長した彼は、もう以前のような子供には見えなかった。
最後に会ったのは3年の長期休暇だったはずだ。それからたった4年でこうも変わるのかと驚いてしまう。
「去年から飛び級制度を試しに導入しているだろう? 彼は護衛兵の試験も余裕で突破したから、学生でありながら王宮護衛兵も兼任することになったんだ。しばらくは王宮内で『弟たち』の護衛に付いてもらうつもりだよ」
セシルが小さく笑って言った。宰相補佐として勤めるようになってから知ったことだが、彼にはレオ王子の下にも双子の弟と妹がいたらしい。
第三王子と第一王女についてはまだ伏せられているため、ここでそれ以上の話をするのはやめておく。今日の結婚式が終わり、スティーブンが護衛に戻ってから公表される予定だ。
「……アレン様、本当に髪を切ってしまわれたんですね」
ロニーは眉を下げて呟いた。セシルが話している間もずっとこちらを見ていたため、それだけ私の髪が短くなっていたことに驚いたんだろう。
学生の頃はポニーテールにしても背中に届くほど伸ばしていたが、今では肩に着かない程度の長さしかない。
「お揃いにできなかったのは残念ですが、その髪型もとても素敵です」
「ありがとう、ロニーも似合っている。……そうか、これからは王宮でも君に会えるんだな。嬉しいよ」
あんなに幼く見えていた彼が、立派な王宮護衛兵として王族であるセシルと一緒に行動しているなんて。
本当にたくさん努力したんだなと頭を撫でたくなってしまうが、さすがにもう失礼だろう。代わりに目を合わせて気持ちを伝えると、何故か彼は顔を赤くして、ぺこりと頭を下げた。
「相変わらずねぇ。なんだか前より危険なことになってない?」
「それが彼の良さですから。まぁ、そのせいで1人行動をさせられないんですが」
リリー先生とセシルの話し声が聞こえたところで、神殿の鐘が鳴った。
普段とは違う時間に1回。挙式後にもスティーブンとジェニーが鳴らすはずだが、今の音は式の開始を示すものだ。
護衛兵や衛兵は聖堂の壁際に立ち、スティーブン側の親族から順に席に着く。身分が優先されるため、親族であっても平民は後方に座るようだ。
私の護衛を任されているテッドがするりと足元にやって来る。聖堂の中心から左右に置かれた長椅子には、アレクシア母様の姿も見える。
セシルと並んで前方の席に腰を下ろしつつ、心の中で呟く。
――そういえば、結婚式に出席するのは前世も含めて初めてだな……。
この世界では高位貴族同士の結婚以外で挙式すること自体珍しいらしい。前世とは違い友達を呼ぶこともほとんどないため、ウォルフやアンディーの式にも祝いの品を贈っただけで参加していない。
数年前にジャックとカロリーナも結婚していたが、まだ種族の問題が残っていたこともあって式は挙げなかった。
前世でも近しい相手が結婚するのを直接祝ったことはない。もう少し長生きしていたら、会社の先輩の結婚式なんかに呼ばれていたのだろうか。
そう考え、こっそり首を振る。今の私はこの世界で生きている。きっとこの先もまた、誰かの結婚式に出席する機会があるだろう。
赤い絨毯の上をジェニーが歩いてくる。彼女の隣にいるスティーブンはこちらが心配になるほど緊張している様子だ。それを見たセシルが苦笑いを浮かべる。
現神官のアデルさんから形式的な問いかけがあり、新郎新婦が未来を誓う。挙式だけだから、披露宴に比べるとだいぶあっさりしている。……それなのに。
――こんなに、感動するものなのか。
ぐっと胸が熱くなるのを感じ、膝の上で拳を握る。ステンドグラスの前にいる2人から目が離せない。周りにいる人達もみんな笑顔で彼らを見ていた。
温かい空間に優しい感情が溢れているようだ。今この瞬間すべてが、1つ残らず大切な思い出になるのだろう。
自分が結婚することは、おそらくない。前世と同じ歳まで成長した今も婚約者や恋人はいない。
でも、私には家族がいる。たくさんの友達がいる。大事な親友や先生も傍にいてくれる。みんなのことを愛しているし、私も――愛されている。
それに気付くことができたのは、ジェニーのおかげだ。クールソン家が不安定な時も前世の記憶を思い出した時も、生まれた時からずっと傍で支えてくれていた、私の専属メイド。
そしてこの世界で最初に、私に『愛』を教えてくれた人。
ふいに、セシルがこちらへ腕を伸ばした。その手にハンカチが握られているのを見て、ようやく自分が泣いていたことに気付く。
彼は優しく微笑むと、声を落として首を傾げた。
「ジェニーは仕事を辞めるわけじゃないんだろう? 寂しいのかい?」
「……いや」
ハンカチを受け取って顔を上げる。泣き顔を見せたら心配させてしまうかもしれないが、大事な家族の晴れ姿を見逃したくはない。
彼女の笑顔につられるように、自然と頬が緩む。
「幸せだなと、思って」
みんなに祝福されながら2人が唇を重ねる。聖堂が大きな拍手と歓声に包まれ、神殿関係者が一斉に花びらをまく。設置されていた魔道具が作動し、ふわりと柔らかい風が巻き起こる。
舞い踊る花びらの中で笑い合う新郎新婦の姿は、絵画のように美しかった。
恋をしないOL、転生して乙女ゲームのクール担当になる。
これにて完結となります。
ここまで読んでくださった方。いいね、ブクマ、評価、そしてレビューをくださった方。本当にありがとうございます!
まさか初投稿で100万字を超えるとは思いませんでした。
アロマンティックを取り入れた異世界転生を見てみたいと思って書き始めた物語ですが、予想以上に多くの方に読んでいただけて本当に嬉しいです。
アレンとセシルは互いの気持ちを伝え合いましたが、恋人ではありません。
アレンにとってセシルは、家族と同じくらい『大切な友達』です。
いつか恋をするかもしれないし、一生恋をしないかもしれませんが、アレンはきっとこの先も幸せに生きていくのだろうと思います。
無事に完結しましたので感想欄も開けておきます。
もし何か感じたことがありましたら、一言いただけると嬉しいです。
約1年間、本当にありがとうございました。とても楽しかったです。
短編なんかも気が向いたら別で書いてみたいです。
しばらくは、執筆のために我慢していた他の趣味を楽しみたいと思います。
それではまた、機会がありましたら。