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173話 告白 ◇

「なんか悪いわね。友達との時間を邪魔しちゃって」

「いえ、そろそろ小腹こばらがすく時間ですから。先生が来てくださってよかったです」


 そう返すと、リリー先生は眉を下げて笑った。ちょうど新しい軽食が追加されたらしく、ライアンとカロリーナは何があるか見てくると言って離れていった。


「アレンは行かなくてよかったの?」

「大丈夫です。今日は昼食も遅かったので」


 門の封印に魔力を消費する必要がなくなったからだろうか。増していた食欲が一気に消えた反動で、今は以前よりも食べる量が減ってしまった。

 ジェニーや神殿関係者には心配されていたが、おそらく一時的なものだろう。後で頂きますと返すと、先生はほっとしたように息をついた。グラスを傾け、小さく笑ってこちらに目を向ける。


「タキシード、新しいのも素敵ね。この前のも似合ってたけど……あんなことになっちゃったら、さすがに捨てるしかないわよね」

「まぁ、そうですね」


 答えつつ苦笑してしまう。学園最後のダンスパーティーのために仕立てたタキシードは、初代に刺された短剣を抜いた際の出血で染まってしまった。

 門を封印した時とは違い、全員意識がある状態で地下から出たが、さすがに血塗ちまみれなのはまずかったようだ。学園長にも衛兵たちにもかなり驚かれ、ジェニーに至っては寮の部屋に入ったところで気絶してしまった。


――ヒールで傷は治せても、服までは戻せないからな。


 テッドやエミリアも青い顔をしていたことを思い出していると、リリー先生が躊躇(ためら)いがちに口を開いた。


「あたしもあの時は怖かったわ。アレンの無茶は今に始まったことじゃないけど」


 彼はこちらに向き直ると、おもむろに手を伸ばして私の頬に触れた。じっと目を合わせて複雑な表情を浮かべる。

 生きててよかった、と呟いた声が耳に届き、言葉に詰まってしまう。


「……すみません。先生にはいつもご心配をおかけしてばかりですね」

「いいのよ。さすがに慣れたとは言わないけど、あたしは『先生』だもの。アレンのおかげで初めて知ったこともあるし……ま、これからも見守らせてもらうわ」

「これからも?」


 私が首を傾げると、先生はそっと手を離して頷いた。ライアン達が戻ってこないことを確かめるように辺りを見回して声を落とす。


「実は、来月から王宮の専属医になることが決まったのよ。王子様が推薦してくれたみたいでね。今日はその説明を受けに来たの」

「えっ? お、おめでとうございます」


 彼が学園を辞めるという話は卒業式で聞いていたが、まさか王宮に勤めるとは思っていなかった。王宮専属医になるのは簡単ではないと聞いたこともある。

 専属医は先生の他にも数人いるため、しばらくは神官代理も兼任するらしい。先生がちゃんと医者として仕事をできるならよかったと祝いの言葉を伝えると、彼は照れたように笑った。


「ありがとう。あんたに祝ってもらえるのが一番嬉しいわ。アレンは確か、公爵家のお仕事を手伝っているのよね」

「はい。簡単なことだけですが」


 私は卒業後すぐに就職しなかったため、今はクールソン家の屋敷で公務の手伝いをしている。リリー先生は「ああ、なるほど」と(あご)に手を当てて言った。


再来月(さらいげつ)の試験までは気を抜けないものね。応援してるわ」


 そこで、ライアンとカロリーナがこちらへ戻ってくるのが見えた。先生はグラスの中身を飲み干してポンと私の肩を叩くと、軽く手を振ってホールを出ていった。


 再来月に行われるのは、宰相さいしょう補佐になるための試験だ。


 2人と合流して、こっそり息をつく。宰相を目指すための知識量に自信はあるが、仕事に対する熱意が足りていないのは自覚している。神殿の庭園で先生に背中を押してもらったのに、と情けなくなってしまう。

 試験を間近に控えても、もっと本気で国を想う人に任せるべきなのではという考えがどうしようもなく足を引っ張っていた。その方が、セシルのためになるのではないだろうかと。


――そういえば、彼はどこにいるんだろう。


 最初に王様の傍にいたのは見かけたが、それ以降は一度も姿を見ていない。もしやパーティーに参加できないほど忙しいのだろうか。

 そう思ったところで、ふと近くに人の気配を感じた。しかしライアンとカロリーナ以外、周りには誰の姿も見えない。何だろうと壁際から一歩踏み出す。


 音楽に(まぎ)れて、耳元で小さな声が聞こえた。


「アレン、2階のバルコニーに来てくれ」




===




 賑やかな室内とは違い、大きなガラス扉を閉めると外は静かだった。もうすぐダンスが始まるため、2階に衛兵以外の姿はない。空には点々と星が輝いている。


「完全に姿が見えなかった。それは新しい魔道具か?」


 誰もいないバルコニーに向かって声をかける。ふふと笑い声が聞こえ、ぱっとセシルが姿を現した。私に気付かせるため、()えて気配を消していなかったようだ。

 彼は羽織(はお)っていたらしいマントを軽く畳んで小脇に抱えた。


「見つかって囲まれてしまったら、君とゆっくり話ができないからね。特別に使用許可を貰ったんだ。驚かせてしまったかい?」

「……少しな。話とはなんだ?」


 小さく息をついて彼に向き直る。わざわざ護衛兵も付けずバルコニーに呼び出したということは、聞かれたくない話なのだろう。

 セシルは考える素振りをすると、私と目を合わせた。


「君には遠回しに言っても通じないだろうから……今ここでハッキリ言わせてもらうよ。でも、もし君が本当に嫌だと思ったら、躊躇(ためら)わずに言ってほしい」


 何のことだろうと思ったが、彼の真剣な表情に思わず口をつぐむ。炎のような瞳から向けられる視線は、本当に熱を持っているかのように熱い。

 数秒の間を置いて、彼が言った。



「――好きだよ、アレン。この世界の誰よりも」



 え、と声が漏れる。突然の告白に固まってしまう。

 セシルはわずかに目を伏せて、続けた。


「ごめん。本当は言うつもりなんてなかったんだ。君を困らせることが分かっていたから。でも……僕の気持ちを知ってもらう前に君を失うかもしれないと思ったら、伝えずにはいられなかった」


 何と言えばいいか分からず、どうしようと口の中で呟く。彼は本気だ。とても冗談を言っているようには見えない。

 向けられた視線からつい目を逸らすと、彼の手が震えていることに気付いた。セシルはぎゅっとマントを掴んで顔を上げる。


「……聞いてくれ、アレン。この気持ちを伝えたからといって、僕は君との関係を変えたいわけじゃない。友達以上の行為も望まない。ただ、知っておいてほしいと思ったんだ。この先何があっても、君を1人にはしないと」


 それでも、と彼は不安そうな顔をした。


「僕がこの気持ちを抱いているだけで、君は困ってしまうかい?」


 尋ねられ、目を合わせられないまま考える。セシルは勇気を出して気持ちを伝えてくれた。それなら私も応えなければならない。――できるだけ、正直に。

 声が震えないよう気を付けながら口を開く。


「……こま、る」

「どうして? ……気持ち悪い?」


 セシルの悲しげな声に慌てて首を振る。どんな形であれ、好かれている『だけ』なら嫌ではない。むしろ嫌われていないのだと安心するくらいだ。

 しかし、恋には恋を返さなければならない。一方的に受け取るだけでは相手を不幸にしてしまう。


 自分を落ち着かせるため深く息をつく。彼はあの時、すぐ近くにいた。誰も何も言わないが、彼らはすでに知っているはずだ。


「……初代魔王から聞いただろう? 私は……私は、恋をしない」


 誰に対しても、となんとか絞り出した声で付け加える。答えようとすると何故か勝手に涙が出てしまいそうで、ぐっと唇を噛む。


「君のことは好きだが、同じ気持ちではない。……私では、君を幸せにできない」


 すまない。申し訳ない。謝罪の言葉ばかり浮かんで消えていく。向けられる想いに応えられないのが申し訳ない。性別だとか跡継ぎだとかそれ以前に、同じ気持ちを抱くことすらできない罪悪感で胸が苦しくなる。


 セシルは数秒の間を置いて、小さく首を傾げた。


「アレン、君が考えている僕の幸せとは何だ?」

「え……?」


 その問いに答えようとして、はっとする。

 幸せと考えて頭に浮かんだのは、異性と結婚して家庭を築いて、子孫を残すことだった。おそらく大多数が抱く幸せのイメージとしては正しいだろう。


 しかしこれはあくまで、私が想像している『セシルの幸せ』にすぎない。


――そうか……これも、セシルに私の価値観を押し付けようとしているだけだ。


 即答できず黙っていると、彼は静かに頷いた。


「僕は自分の立場を理解しているし、責任があることも知っている。もちろん本当に必要な時がくれば国を優先する覚悟もできている。……でも、父上と母上に許可を貰ったんだ。今は自分の幸せを優先しても構わないと」


 セシルが足を踏み出す。手を伸ばせば届きそうな距離で立ち止まり、まっすぐこちらを向く。つられるように顔を上げると、赤い瞳と目が合った。


「僕の幸せは、君に僕の気持ちを知ってもらうことだ。同じ気持ちを返してもらえたら嬉しいけれど、それがないから不幸だなんてことにはならない。僕はちゃんと『幸せ』だよ。大好きな君がこうして生きて傍にいてくれるのだから」


 力強い声がバルコニーに響く。セシルは目を逸らさず、柔らかく微笑んだ。


「アレン、どうか応えないことを申し訳ないなんて思わないでくれ。自分の幸せは自分で決める。僕の幸せは誰にも否定させない。……もちろん、君にも」


 目の前のセシルが無理をしているようには見えない。嘘をついている様子もない。これが彼の本音だと理解したら、それ以上何も言えなかった。


 どうして私が申し訳ないと思っていることが伝わってしまったんだろう。セシルは昔から、時々心を読めるみたいだ。

 いつから彼がその気持ちを抱いていたのかは分からない。ずっと、私のためを思って黙っていてくれたのだろうか。


――前世の記憶がある私よりも、彼はずっと大人だな。


 悪夢から目覚めた時には、前世の姿も名前も記憶から消えていた。しかし、自分を否定しないと約束したことだけは覚えている。

 だからといって、他の誰かを否定していいわけではない。セシルの幸せがそうだと言うのなら、私が彼を否定してはいけない。彼が恋をしない私を好いてくれると言うのなら……


 本当に、受け取ってしまっていいのだろうか。


「……いくら想いを向けられても、この先私の気持ちが変わる保証はできないぞ」

「分かっているよ。それは君の自由だ。そして、君を好きなのも僕の自由だ」


 セシルは小さく笑うと、くるりと(きびす)を返した。バルコニーの欄干(らんかん)に手をついて街の灯りに顔を向ける。


「君が隠していたことを無理に言わせてしまってすまない。でも、知ることができて良かった。君と出会わなければ、恋愛感情を持たない人がいることすら知らないままだったろう。僕はまだ、18年過ごしたこの国の、限られた場所で得た知識しか持っていないから」


 そう言ってこちらを振り返る。ふわりと風が吹き、彼の金髪を揺らした。


「見えていなかっただけで、人と違うことに悩んで苦しんでいる人は大勢いるんだろう。……できることなら僕は、みんなが『本当の意味で幸せ』な国を作りたい」


 ガラス越しの灯りがセシルを照らす。強い意志を持った瞳が炎のように(きら)めいて、何度か謁見の間で拝謁(はいえつ)したフレイマ国王の姿と重なった。

 友である彼はこの国の第一王子であり、いずれ王となる。彼の言葉はただの幻想ではなく、そのままこの国の未来に繋がっていくのだろう。


 それを理解した瞬間、何故かドクンと心臓が跳ねた気がした。


――あ、……この人が作る国を見てみたい。


 本気で(たみ)を想う彼の力になりたい。他の誰かに任せるのではなく、友として相談役として、私がセシルを傍で支えたい。

 彼なら本当にそんな国を作れてしまうのではないだろうかと、湧き上がる希望に胸が熱くなる。


 そこで、セシルが思い出したように口を開いた。


「そうだ。君と話してひとつ分かったことがあるんだ」

「……分かったこと?」


 彼は小さく頷くと、じっと私を見て優しい声で言った。



「君が(いだ)いている気持ちはきっと、恋ではなくて『愛』なんだね」



 その言葉に目を丸くしてしまう。私が応えようとしたところで、ホールから賑やかな曲が聞こえた。ちょうどダンスが始まったらしい。

 セシルと共にガラス扉から中を見て、その光景に違和感を覚える。ホール中心には数組のペアが並んでいた。しかし、見慣れているような男女の組ではない。


「同性で踊るのか?」

「そうだよ。以前テッドから、どうして異性としか踊れないのかと聞かれてね。みんな男女どちらのパートも踊れるだろうし、新しいこころみとして数曲だけ入れてもらったんだ。……これで僕も堂々と誘える」


 セシルはそう呟くと、一歩引いてこちらに向き直った。

 王子らしい笑みを浮かべ、そっと手を差し出す。


「親愛なる友よ。僕と踊ってくれませんか」


 彼に誘われて断れる人はいないだろう。私でいいのか、と反射的に(のど)まで出かけた言葉は飲み込む。赤い瞳は私に向けられたまま一瞬も逸らされない。それだけで尋ねるのが無駄なことだと分かってしまう。

 今までも何度か同じように見詰められた気がするなと思いつつ、彼の手を取る。


「……喜んで」

「よかった。じゃあ、中に入ろうか」


 さっそくガラス扉を開けようとするセシルの手を軽く引いて止める。彼は不思議そうな顔をして振り向いた。

 みんなのところへ戻る前に、これだけは伝えておかなければならない。


「セシル」


 この気持ちは恋ではないだろう。家族や他の相手にも同じような気持ちを抱いているし、彼が唯一というわけでもない。


 それでも、この想いが『愛』だというのなら。



「私も友として、――君を愛している」



 大きく開かれた瞳が揺れる。そうか、と小さな呟きが耳に届く。

 セシルは握った手に力を込めると、「両想いだね」と嬉しそうに笑った。

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