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16話 街へ③

 ドドドッと轟音を響かせて、氷の槍が路地内に飛び散る。


 それを避けようとした大男は体勢を崩し、後ろ向きに転んで壁に頭を打ち付けた。縄を持っていた男は頬を掠めて壁に刺さった槍を確認すると、泡を吹いた。慌ててセシルを盾にしようとした男は脚に槍を受け、悲鳴を上げながら魔道具を通って逃げた。


 地面に座り込んだセシルは目を丸くしてぽかんとしている。一瞬で静寂に包まれた空間で、自分の荒い呼吸音と鼓動だけがはっきり聞こえた。


――本当に、魔法が……。


 震える手を地面に付いて体を起こす。それが恐怖心なのか緊張なのかはわからないが、激しく揺れる心臓のせいで体全体が揺れているみたいだ。ひとまず呼吸を落ち着けようと大きく息を吐いた。痛みをこらえつつ、改めて周囲を確認する。


 大男と泡を吹いた男は気絶しているようで、ピクリとも動かない。壁や地面に氷の槍が刺さったままになっていて、辺りの空気が冷たく感じる。地面はまだしも建物に穴をあけてしまったことを申し訳なく思いつつ、なんとか窮地きゅうちは脱したようだと安堵した。


 どうしてあんな路地裏に、都合よく氷の杖が落ちていたのだろう。手に握った杖を見る。砂にまみれて汚れているが、しっかりした造りで高級なものだとわかる。

 底に埋め込んである魔鉱石も、セシルの杖に付いていたものより大きい。補助輪もないため、明らかに子供用ではなさそうだった。


 そういえばずっと前に、母様が街で杖を無くしたというような話をしていたような気がする。もしや、これがその時の杖なのだろうか。

 そんな偶然があるのかと思ったが、そうだとすれば、初めて手にした杖で魔法が使えたことにも合点がいく。路地を走り回る間しか身に付けていなかったのに、いきなり他人の杖を扱えるようになるとは考えにくい。


 なんだか母様に助けられたみたいだ、と苦笑する。紛失した杖がこんな形で使われることになるとは、誰も思っていなかっただろう。


 それにしても、だいぶ怪我を負ってしまった。昼寝をしているだけでこんなにボロボロになるわけがない。

 脇腹に至っては息をするたびに痛むので、折れているのかもしれない。歩いて王宮に向かうだけでも大変そうだ。


 ジェニーは心配するだろうか。問いただされたら何と言い訳しよう。先に神殿にでも行って、怪我を治してもらうことはできないだろうか。

 そんな時間は残っているのだろうかと考えて、はっとする。


――そうだ、セシルは? 彼は怪我をしてないか?


「アレン……君、魔法を……」


 ようやく落ち着いたらしいセシルが、目を丸くしたまま呟いた。魔法は当たらなかったようだが、その前まで彼は男2人に抑えられていたはずだ。骨折までいかなくても、あざはできてしまったかもしれない。

 怪我はないかと尋ねるために口を開く。



 そこで何故か、言葉ではない別の何かが口から溢れた。



 こぽっと空気を含んだ音がして、込み上げてきたものを抑えきれずに吐き出してしまう。反射的に手で口を押さえたが、それは隙間からあごを伝ってぽたぽたと地面に落ちた。


 砂の上にじわりと赤黒い染みが広がる。


「……え?」


 口の中に鉄の味が広がって気持ち悪い。セシルが真っ青な顔をして固まっているのが見える。どうして、と考える間もなく視界が暗転する。


 同時に思考も闇に飲まれ、そのまま意識を手放した。




===




「アレンッ!!」


 それまで呆然としていた頭は一瞬で覚醒した。跳ねるように立ち上がり、突然血を吐いて倒れたアレンに駆け寄る。あちこちに刺さったままになっていた氷の槍が細かく散るように消えていく。それは彼が完全に気を失ったことを示していた。


「アレン、アレン! しっかりしろ!」


 しゃがんで、彼を抱き起こしたところで気付く。


 マント越しでもわかるほど体が冷たい。手の先や顔は暖かいのに、背中や胸のあたりが氷のように冷えきっている。そこで、王宮で学んだことを思い出した。

 生命維持に必要な魔力も尽きてしまうほど、大量の魔力を一気に消費した時に起こる症状。


――『魔力切れ』だ……!!


 吐血しているから、魔力の消費によって内臓までダメージを受けたということだ。ここまで酷い魔力切れは、速やかに神殿で治療を受けないと命に関わる。


 顔から血の気が引いていくのを感じる。大事な友人であるアレンが死ぬかもしれないと考えるだけで涙が出そうだ。しかし泣いている場合じゃない。この際王宮にバレるなんてどうでもいい。すぐに神殿に連れていかないと。


 そう思い、彼を抱えて立ち上がろうとした時だ。


「おい、待て」


 突然聞こえた声に、動きかけた体が固まった。おそるおそる顔を上げて息をのむ。倒れていたはずの大男が、頭を押さえながら立ち上がっていた。怒りを込めた目で睨み付けられ、勝手に体が震えてしまう。


 大男は僕たちを見下ろして、地面を指さした。


「青髪のガキは置いていけ。そしたらお前だけは見逃してやる」

「な……!?」

「クソが。小賢しい真似しやがって」


 吐き捨てるようにそう言うと、いつの間にかアレンの手から落ちて地面に転がっていた杖を拾い上げ、両手でへし折る。勢いよく地面に投げつけられた杖だったものは、破片になって辺りに散乱した。

 それをさらに足で踏みつけながら、男は牙を鳴らす。


「2度も俺に立てついたそいつだけは許せねえ」


 殺してやる、と続けられた言葉に本気なのだと理解する。


 置いていけるわけがない。彼がこうして怪我をしているのも、こんな危険な状況に巻き込んでしまったのも僕のせいなのに。

 ぎゅっとアレンを抱える手に力を込める。


「おい、優しく言ってやってるうちにそいつを置いて失せろ!」


 大声で怒鳴られ、肩が跳ねる。怖い。どうしよう。どうしたらいい? アレンみたいに隙をついて殴りかかっても、この体格差で勝てるとは思えない。剣の訓練は受けているけど今は持ってない。魔法だってまだ……と思ったところで、ふと気付く。


 どうしてこの男は怒鳴るばかりで、実力行使にでないのだろう。アレンを置いていけなんて言わなくても、今までの行動から考えると力づくで奪いそうなものだ。

 そういえば、一定の距離を保ったまま近付いても来ない。


 もしかしてあの男は、魔法を怖がっているのだろうか。アレンと同じように僕も魔法が使えるのではと、危惧きぐしているのかもしれない。

 懐に入っている杖を服の上から掴む。


――そんな、魔法なんて……。


 魔力開放もまだなのに、僕にはできない。


 唇を噛んで俯いたところで、腕の中にいるアレンが目に入った。よく見ると顔にも擦り傷があって、服もボロボロだ。口の端から垂れた血も乾いていない。


 つい数時間前まで魔力開放も知らなかったはずなのに、彼はどうして魔法が使えたんだろう。まさかこの土壇場どたんばで、魔力開放が起こったのだろうか。

 彼の放った魔法は範囲攻撃だったけど、僕には全く当たらなかった。……もしかして、彼は。


――僕を助けるために、魔法を使ってくれたのだろうか?


 ここにくるまでアレンはずっと僕を守ってくれていた。こんな大怪我までして、命がけで。それなのに、僕は何もしないのか?


 できるかできないかなんて、やってみなきゃ分からない。彼のように、今の自分にできることを全部やってから、判断するべきじゃないのか。


――守られてばかりなんて、情けない。僕は『王子』なんだ。


 大事な友人であり、守るべき民の1人であるアレンに守られているだけなんて、絶対駄目だ。そんなんじゃ王子失格だ。

 僕だって彼を守りたい。守らなきゃいけない。



 体の中で、何かが音を立てて弾けた気がした。



「クソガキ、聞いてんのか!? 置いていけ! それとも2人まとめてぶっ殺してやろうか!?」


 しびれを切らした男が勢いよく地面を蹴った。砂埃が舞い、視界が遮られる。男としても視界が悪くなるのは不本意だったらしく、舌打ちをして砂を払いのけた。

 視線が外れた隙にアレンを抱き寄せ、覚悟を決めて言葉にする。


「アレン、ありがとう。……今度は僕が君を守るよ」


 杖を握る。砂埃が落ち着いて視界が晴れる。こちらを睨んだ男は、向けられていた杖に気付いて目を見開いた。

 彼も同じく民の1人には違いないのだから、これはとても褒められた行為ではない。魔法も使えない平民に杖を向けるなんて、これが最初で最後だ。


「アレンは渡さない。このまま帰らせてもらう。君たちは大人しく出頭しろ」

「ああ!? 何言って」

「僕だって君に魔法を使いたくはない。言うことを聞いてくれ」

「何だてめぇ、ガキの癖に偉そうに言いやがって!」


 睨んでくる大男の目をじっと見返す。何故だかもう恐怖は感じない。本当に僕にも魔法が使えるかなんて、まだわからないのに。でもできることなら、そんなことをしなくてもこの場を収められたらと思う。


「どうせ脅しだ。そのガキがおかしいだけで、お前はまだ魔法なんか使えねえ歳なんだろ!?」

「……試してみるかい?」


 今度はこちらから睨みつける。男はたじろいだが、すぐに持ち直してこちらへ近付いてきた。それを見て、眉をひそめる。脅しだけで諦めてくれればよかったのだが、無駄だったようだ。


 杖を取り上げられたら本当に何もできなくなってしまう。もはや迷っている暇はない。もし詠唱をしても何も起こらなかったらと一瞬だけ考え、首を振る。ここで何もしなければアレンを守れない。


 手に力を込め、杖を真上に向ける。男は怪訝けげんな顔をした。


「ファイアボール」


 唯一、記憶に残っている呪文を唱える。その途端、心臓から腕、手を伝って杖に何かが流れ込んだ。ポッと音がして、杖の先から火の玉が空へ打ちあがる。


 それは路地を挟む建物を越えるほど高く上ったところで、乾いた音を立てて大きく弾けた。一時的に路地が明るく照らされ、また暗くなる。

 魔法が使えたことに対する驚きが顔に出ないよう気を付けながら、静かに杖を男に向ける。口を開けて火の玉を見上げていた男は、信じられないように後退った。


「ひ……火の、魔法だ」


 まさかと声もなく呟いて、尻もちをつく。その様子を見て、さすがにわかるかと小さく息をついた。

 この国で火魔法を使う貴族なんて限られている。中には王族を抜けた者もいるが、平民がそこまで知っているわけがない。


「君はアレンに感謝するべきだ。王族の誘拐が未遂で終わったのだから」

「や、やっぱりお前……!」


 男が声を震わせて僕を指さした。先程のファイアボールが衛兵の目に留まったらしく、遠くの方から徐々に複数人の声と足音が近付いてくる。彼らなら街中に置かれた魔道具にも気付くだろう。

 未遂とはいえ王族に手を出し、公爵家のアレンに怪我を負わせた彼らの罪は計り知れない。このままでは捕まると気付いた大男が、慌てたように立ち上がった。


「ち、畜生、こんなはずじゃ……そのガキさえいなけりゃ……!」


 恨みを込めた視線がアレンに向けられる。それを代わりに受け止めて、杖を握る手に力を込めた。本当はもう使いたくない。僕の魔法では、確実に相手の命を奪ってしまう。怪我で済ませるような魔力調整はまだできない。


 しばらく睨み合い、男が一歩足を踏み出したその時。



切り裂け風の矢(リップ・アロー)!」



 背後にある魔道具から強い風が吹き、大男を吹き飛ばした。


 そのまま突き当たりの壁にぶつかった男は、服ごと縫い付けられたように動きを止めた。咄嗟にアレンを抱き締めた体勢のまま、首だけで振り返る。

 名前はわからないが、王宮で見たことのあるローブを着た魔術師が杖を構えて立っていた。僕たちに気が付くと、彼は顔を青くした。


「セシル王子!? これは一体……お怪我は!?」


 どうやら偶然衛兵の近くにいた魔術師が、先陣を切って飛んできてくれたらしい。火の魔法を見て、王族の血縁者がいると思われたのかもしれない。

 答える前に、魔術師に続いて数人の衛兵が魔道具を通って姿を現した。みんな僕の姿を見て驚いた顔をしている。当然だ。僕たちは王宮にいるはずなのだから。


 しかし悠長ゆうちょうに説明している暇はない。

 助けが来たことに泣きそうになりながら、声を上げた。


「僕は大丈夫だ! でも、アレンが! 早く神殿に連れていかないと!!」


 その言葉で僕が抱えていたアレンに気付いた魔術師は、慌てて衛兵の1人に指示を出した。

 アレンを衛兵に預け、魔術師とその衛兵の間に入って差し出された手を握る。風の魔法で一気に神殿まで飛んでいくつもりらしい。


 周りでは衛兵たちが、泡を吹いている男や大男を捕らえるため騒いでいる。それでもアレンの意識が戻る気配はない。


 結局誰かの力を借りなければ、自分は友人1人助けられないのだと唇を噛む。もっと強くならなければ。守られるだけじゃなくて、守ることができるように。


――アレンに安心して背中を預けてもらえるくらい、強くなろう。


 ふわりと体が浮くのを感じながら、そう決意した。

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