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163話 学園最後のダンスパーティー①

 ダンスパーティーの会場であるホールへ続く道に衛兵たちが待機している。まだ時間的にかなり早いが、授業が終わったのと同時に集まってきたようだ。

 去年まで出入り口に立つ衛兵は2人とされていた。しかし今は学園全体が警戒態勢だ。夜は魔物の力が強まるため、芸術祭と違って大勢の兵が学園に入っている。


「学生としてはこれが最後のパーティーだと思うと、なんだか寂しいですわね」


 誰もいないホールを見て、カロリーナが呟いた。返事の代わりに小さく頷く。


 初代魔王に狙われている私は寮で大人しくしているべきかと思ったが、セシルたちに説得されて参加を決めた。1人で寮にいる方が危険だろうし、下手をしたらジェニーまで巻き込んでしまう。ホールで何が起こってるか分からないのも怖い。


 それに、私たちにとってはこれが卒業式を除いた最後の行事だ。学園を出てからもパーティーに参加する機会があるとはいえ、今までのようにはいかない。

 男女が2人で話すだけでも人目を気にしなければならなくなるし、身分に差があれば、そもそも会話すらできないかもしれない。


 王子であるセシルは特にそうだろうと思ったところで、気付いた。


「そういえば、セシルはどうしたんだ?」

「セシル様はエミリアさんの件で学園長とお話しをされているようで、少し遅れていらっしゃるそうです」


 エミリアの件と聞いて納得する。2度目の魔力開放があったことで自信がついたのか、エミリアは芸術祭の後から積極的に意見を言うようになっていた。


 家族に対しての意識にも変化があったらしく、長期休暇前には口を閉ざしていたホワイト家に関する情報もひとつ残らずセシルに伝えたらしい。

 おかげで保留になっていた処罰が執行され、ホワイト元伯爵とベロニカ夫人は国外追放……もとい、終身刑になったようだ。


 エミリアは親戚の家に引き取られる予定のため、学園には引き続き通うことになるという。


――ヒロインの周りで一気にストーリーが進んでいるのか。


 乙女ゲームがエンディングに近付いている気配を感じて気を引き締める。どんなイベントが起こるか分かっていた去年と違い、続編をプレイしていない私にとってはこの先の情報がほとんどない。

 ホールには寮に設置されているものと同じ防犯用の魔道具が設置され、生徒への悪意を持つ者は入れないようになったらしい。衛兵に外を守ってもらい、いざという時は先生方も含めてホール内へ避難することになっている。


 裏庭に続く廊下の魔道具を確認をしていると、ホールから声がした。


「おーい、アレン。ここにいるのか?」


 カロリーナと顔を見合わせ、廊下に面した扉から中へ入る。シャンデリアの下にいたのはタキシードに身を包んだジャックとギル、そして黒猫姿のテッドだった。


「あっ、カロリーナもいたのか。忙しい時に悪いな。パーティーが始まったら話すのも難しいかと思ってさ」


 ジャックは申し訳なさそうな顔をして頬を掻くと、足元を指差した。


「テッドの謹慎(きんしん)が明けたことを伝えに来たんだ。暗くなってからいきなり出会ったらびっくりするだろ?」

「そういうことか。わざわざありがとう」


 建物の周りには衛兵がいるが、今のホール内には私たちしかいない。ここならテッドが喋っても怪しまれることはないだろう。

 彼に声をかけようと腰を(かが)める。テッドは私を見て目を丸くすると、慌ててジャックの後ろに隠れた。


――直接会うのは、芸術祭の前日以来だな……。


 テッドはどんな気持ちで魔界にいたのだろう。操られていたとはいえ、魔物化していた記憶はしっかり残ってしまっているようだ。魔族の中でも明るい印象が強かったからこそ、罪悪感に沈んでいる様子を見ていると心が痛くなる。


 小さく息をつき、できるだけ優しく声をかける。


「久しぶりだな、テッド」


 黒猫はビクリと体全体を揺らして、そろそろと顔を上げた。その場にしゃがんで両手を広げる。彼の黄色い瞳が大きく揺れた。

 躊躇(ためら)うように数秒の間を置いて、勢いよく飛び込んできた彼を抱き留める。


「……ご主人! 会いたかった!!」

「ああ、私もだ」


 芸術祭からダンスパーティーまでの数日なんてそこまで長くないはずなのに、長い間会っていなかった気がしてしまう。

 しきりに毒の影響を心配している彼を撫でて落ち着かせていると、ジャックが声を落として言った。


「テッドが魔界にいる間、オリバーの姿は一度も見てないらしい。俺もずっと資料室にこもって調べてたから、例の門については色々分かったけど……さすがに今は話す時間がないよな」


 今回は先に魔道具の確認をしていたため、まだ私もカロリーナも制服のままだ。これから寮へ戻り、それぞれタキシードとドレスに着替えなければならない。

 詳しい話は後ほど改めて聞くことにしてホールを出る。魔族の彼らは着替えも済んでいるため、パーティーが始まるまで近くで待っているらしい。


 寮へ向かおうとしたところで、ジャックが思い出したように付け加えた。


「そうだ、アレン。ダンスパーティーでは『2人が踊るまでは』心配いらねぇと思う。ただ、その後は気を付けたほうがいいかもしれねえ」


 周りは何のことかと首を傾げていたが、彼が言いたいことは十分伝わった。礼を言ってカロリーナと共に背を向ける。

 男子寮の前で彼女と別れ、部屋で待つジェニーの元へ向かう。


――何か起こるとすれば、エミリアとギルが踊った後だということか。


 彼は私が余計な心配をしないようにと遠回しに教えてくれたのだろう。パーティーの前半に乙女ゲームのイベントが起こることはないと。

 去年のパーティーでは何が起こったかと頭をひねる。マディが裏庭にいたこと以外、特に大きな問題は起こらなかった記憶がある。


 しかしあれは、ストーリーがゲーム通りに進んでいたからそうなっただけだ。


 今はどこまで前世の記憶に頼ることができるのだろう。

 ジェニーに出迎えられながら、早くも少しだけ嫌な予感がしていた。




===




「アレン、早かったな。迎えが来てるぞ」


 ジェニーに身嗜(みだしな)みを整えてもらい、薄暗くなってきた外へ出る。寮の前で待っていたライアンが顔を上げて手を振った。

 迎えとは何のことだろうと思ったが、答えは彼の足元を見てすぐに分かった。


「ご主人! すごくかっこいいね」


 控えめに声を弾ませた黒猫が駆け寄ってくる。彼らが出会うのは初めてのはずだが、ライアンには魔族について話した際にテッドのことも伝えていた。おかげで猫が喋っていることもすんなり受け入れられたようだ。


「しかし、どうして君がここにいるんだ?」


 ぴょんぴょんと元気に私の周りを走り回っているテッドに尋ねる。黒猫はこちらを見上げると、考える素振りをして答えた。


「本当はみんなで迎えに来ようと思ってたんだ。でも、生徒は早くホールに入るようにって言われちゃって」

「定期的に衛兵が見回ってるから、ずっと外にいると声をかけられるらしいぞ」


 ライアンが付け足すように続ける。ホールの傍にいたジャックとギルは、半強制的に中に入れられてしまったらしい。


 1人で行動しないためにライアンと待ち合わせしていたが、そこにテッドが加わってくれるならさらに心強い。ホールまでの道を3人で歩きながら、ぽつぽつと星が輝き始めた空を見上げる。

 ふところに杖は入っているし、見える範囲にも数人の衛兵が歩いている。ホールへ向かう生徒たちの姿も小さく見える。


 辺りに嫌な気配がないことを確かめていると、ライアンが口を開いた。


「なんか、1年の時にウォルフと3人で歩いてたのが懐かしいな」

「ああ。あの時はまだ生徒会ではなかったから、もう少し遅い時間だったな」


 そうだったな、と呟いて彼は間を置いた。

 そして、躊躇(ためら)いがちにこちらへ視線を向ける。


「学園最後のダンスパーティーだけど、アレンは……その、誰かと踊るのか?」

「いや、今のところ予定はないな。ライアンは?」

「俺も誰とも約束してなくてさ。まぁ、一番踊りたい相手は学園にいないしな」


 ライアンが踊りたい相手というのはルーシーのことだろう。去年は攻略対象として自然に順番が回ってきていたが、もう彼女が生徒として参加することはない。


「去年は来年も同じように踊れると思ってたけど、まさかこんなことになるなんてな。今しかないって分かってたら、もっと何回も誘ったんだけど」


 ライアンはそう言って困ったように頬を掻いた。学園を卒業しても夜会は開かれるが、罪人であるルーシーが参加する可能性は限りなく低い。

 神殿でパーティーが開かれることもないだろう。この先彼らが踊るような機会があるかは分からない。


 何と返せばいいか迷っていると、テッドが私を見上げた。


「ダンスパーティーって好きな相手と何回でも踊れるの?」

「そうだな。他の生徒もいるから3回が限度だと思うが」

「じゃあ、俺も生徒だったらご主人と踊れたってこと?」


 目を輝かせているテッドを見て、思わずライアンと顔を見合わせる。私が答える前に、ライアンが苦笑いを浮かべた。


「テッドは男なんだろ? ダンスの練習ならともかく、実際にパーティーでアレンと踊るのは難しいんじゃないか?」

「え、なんで?」


 テッドは目を丸くして不思議そうな顔をした。


「『好きな相手』と踊れるんでしょ。なんで男だと駄目なの?」

「なんでって……」


 ええと、とライアンが口ごもる。

 改めて聞かれると説明が難しいな、と苦笑してしまう。


 (おおやけ)の場で踊るのは相手が婚約者、または婚約者同等に親しい相手だと示すようなものだ。家族であっても同性で踊ることは滅多(めった)にない。

 それはもう、以前からずっと変わらない『そういうもの』だからだ。


――性別が変わる毒も存在している魔界では、感覚が違うのかもしれない。


 そう考えて説明に悩んでいたところで、ふいに生徒から声をかけられた。はっと口をつぐんだテッドが音もなく離れていく。

 顔を向けると、そこにいたのは着飾ったアンディーとピアだった。タキシードの色の組み合わせやドレスの飾りなど、細かいデザインがお揃いになっている。


「あれ、2人とも。待っててくれたのか?」


 ライアンの問いには、アンディーが頷いて答えた。


「パーティーの前に、クールソン様にお伝えしたいことがありまして」


 この場で私だけを指名するということは、ライアンはすでに知っているのだろうか。隣にいた彼は一瞬考えると、心当たりがあるというように口をつぐんだ。

 アンディーとピアはちらりと目配せをして頬を赤くする。


「実は先日、ホルト様と正式に婚約関係を結ぶことになったんです。ご報告が遅れてしまいましたので、ダンスの前にお伝えしておこうと」

「そうか、よかったな。おめでとう」


 噂でも何度か耳にしていた彼らは正式に婚約者同士になったようだ。1年の頃から知っている2人が婚約することに感動を覚えつつ、祝いの言葉をかける。

 さらに顔を赤くしたピアは、照れたように両手で頬を押さえた。


「これも、クールソン様のおかげです。本当にありがとうございます」

「私は何もしていないが……」


 どういう意味だろうと首を傾げてしまう。詳しく尋ねる前に、彼らはぺこりと頭を下げた。気にはなるものの、いつまでも外にいるわけにはいかない。

 ひとまず彼らをホールへ送り出し、その後に続いて私たちも中に入る。


 辺りはすっかり暗くなっていた。衛兵たちが配置にき、警戒を強めている。ライアンとテッドのおかげで何事もなく会場へ辿り付けたことに感謝する。


 ホールにはすでにほとんどの生徒が集まっているらしい。前方ではセシルらしき金髪の生徒が女子生徒に囲まれているのが見えた。カロリーナの姿は見えないが、男子生徒が集まっている所もいくつかある。

 人口密度も高い気がして、さっと入り口近くの壁に背をつける。


「今年は壁際で眺めているだけになりそうだな」


 3年生が多いからか、ペアになっている男女が去年より多いような気がする。学園を卒業してからでは相手を見つける難易度が上がってしまう。特にこの行事を逃してしまうと、もう卒業式まで何もない。

 同じように壁際に並んだライアンは、どこか呆れたような顔をして頬を掻いた。


「どうだろうな。だって今年は最後の機会だろ?」

「最後……私たちにとって、ということか?」

「いや、アレンというより」


 そこで、ホールに曲が流れ始めた。セシルが生徒会長としてパーティー開始を宣言しているのが聞こえ、そういえば最初から参加するのは初めてだと思い出す。

 開始直後は少しだけ歓談の時間があり、そこから曲が変わってダンスが始まるようだ。この間に踊る相手を探すらしい。


 今回の私は攻略対象ではないし、ダンスに誘う相手もいない。ライアンも踊る予定がないのなら、この時間は彼と話しておけばいいかと辺りを見回す。


 ふと、ホールの端でギルとエミリアが話しているのが目に留まる。


 彼らの動きはしっかり見ておかなければ、と小さく息をつく。楽しげな雰囲気に流されてしまいそうだが、まだこれは乙女ゲームのストーリー真っ只中ただなかだ。

 2人が踊った後に突然敵が飛び込んでくるかもしれないし、1年時のように魔物が現れるかもしれない。すべてが終わるまで油断はできない。


 今のうちにジャックから話を聞いておくべきだろか。そう思って顔を上げたところで、頭に黒いリボンを付けたカロリーナの姿が目に入った。それと同時に彼女の隣で幸せそうな顔をしているジャックが見え、目を丸くしてしまう。


 どうやら彼らも今から踊るようだ。知らぬ間に気持ちが通じ合っていたらしい。


――まぁ、あの2人は今日くらいしかチャンスがないだろうからな。


 カロリーナはまもなく卒業してしまうし、ジャックも攻略対象としての役目を終えた後は魔王としての仕事がある。無事にエンディングを迎えたとしても、いつまで人間界にいられるか分からない。

 特にカロリーナは元『王子の婚約者候補だった』公爵令嬢だ。婚約者がいないまま学園を出たら、今まで以上に多くの貴族から声を掛けられるはずだ。


 彼のぶんまで警戒しておこうと思っていると、ちらちらと視線を感じた。悪意や敵意は含まれていない、周りにいる生徒たちからの視線だ。

 3年になっても相手がいないまま壁際にいるから珍しいのだろうか。もしくは意図的なものではなく、単に人が多いせいで目線が交差しやすいのかもしれない。


 場所を移動するべきかと足を踏み出したところで、突然声をかけられた。


「あの、クールソン様! よろしければ1曲お相手願えませんか?」

「え?」

「お、お待ちください。それなら次は私と……」

「他にご予定がなければ、是非私ともお願いいたします」


 1人が口を開いたのを皮切りに、次々と踊りの誘いを受けて戸惑ってしまう。


 このパーティーでは女性側から男性を誘うこともできるとはいえ、去年までこんなことはなかった。どうしようかとライアンに目を向けると、彼もいつの間にか大勢の女子生徒に囲まれていた。


 予定がないのは確かだが、全員と踊る時間があるわけではない。乙女ゲームのイベントが起こった場合、状況によっては私も動かなければならない。

 かといって数名だけ選んで断るのも、勇気を出して誘ってくれた相手に人前で恥をかかせてしまうことになる。


 1対1ならともかく、一斉に誘われるなんて。こういう場合は何が正解なのかと考えていると、女子生徒たちの向こうから小さく笑う声が聞こえた。


「アレンは人気者だね。僕も彼に用があるんだけど、いいかな?」

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