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162話 親友と性別

「珍しいですわね。アレン様がこうして人払いをされるなんて」


 離れたところに並んでいる生垣いけがきを眺めながら、カロリーナがぽつりと呟いた。湯気の立つカップから顔を上げて同じように視線を向ける。

 あの生垣の向こうでは、アレンがジャック、ルーシーと共にお茶会をしているはずだ。神殿を囲んでいる壁に近いためか防音の魔道具が影響しているらしく、話し声はまったく聞こえない。


「きっと彼なりの考えがあるんだろう」


 未だにどれだけ大切に想っているかは伝わっていないようだが、アレンは以前に比べると人を頼るようになったと思う。

 意図的に1人で行動することもなくなったし、無茶をすることも減った。


 しかし……だからこそ、気付いてしまった。何かを相談する時、彼がかなり慎重に言葉を選んでいることに。


――今回、お茶会の提案をした時もそうだったな。


 何か話せないことがあるのかもしれない。でももしかしたら、僕も知らないその秘密を『彼ら』は知っているんじゃないだろうか。

 門の開放をたくらみ、罪人となったルーシー。そして、魔界の王である魔族のジャック。アレンはいつの間に、彼らとあそこまで仲良くなっていたんだろう。


 どうしてエミリアには使えない呪文を、アレンとルーシーだけが使えるのかも分からない。神殿関係者のリリー先生なら何か知っているだろうか。

 そう考えたところで、彼がカロリーナと交代で学園へ戻ったことを思い出す。


 さすがに先生としてこれ以上医務室を空けるわけにはいかなかったらしい。彼はアレンのことを心配していたが、神殿なら安全かと乗合馬車で帰っていった。


――アレンは本当に、すぐ人の心を掴んでしまうんだから。


 思えばジャックとは初対面の時から親しげに見えた。時々2人きりで声を落として話していることもある。ギルとも長期休暇中に色々あったようだし、テッドに至っては従者としてアレンを(した)っている。


 親友として一番近くにいられると思っていたが、油断しているうちに彼は遠く離れていってしまうのではないだろうか。いつか、僕でも聞けないような彼の本心を簡単に聞き出せてしまう相手が現れるのではないだろうか。

 初代魔王やオリバーのことを考えたいのに、つい余計な考えが頭に浮かぶ。今はそれどころではないと頭を振ると、カロリーナが小さな笑い声を漏らした。


「セシル様。お顔に『何の話をしているのか気になる』と書いてありますわ」

「……正直、気にならないとは言えないね」


 上手く(つくろ)っているつもりでも、彼女にはすぐ見抜かれてしまうなと苦笑する。アレンが闇魔法や魔族についての話を聞きたいと考えたのは本当だろう。

 しかし、それだけならわざわざ彼らだけを集める必要はない。先程の部屋で一緒に話を聞けばいいだけだ。


――彼は、あの2人とだけ話したいことがあったんだろうな。


 それは一体なんなんだろう。後で尋ねたら教えてくれるだろうか。人払いをしたくらいだから、言葉を選んで誤魔化(ごまか)されてしまうだろうか。

 いくら考えても今すぐ答えが返ってくるわけではない。カップを軽く傾け、カロリーナに顔を向ける。


「すまない。結局、芸術祭の後始末は君1人に任せることになってしまったね。何も問題はなかったかい?」

「ええ、特には。お気になさらないでくださいませ。先生方も生徒のみなさんも、喜んで手伝ってくださいましたから」


 万が一気付かれて騒ぎが大きくなる前に学園を出る必要があったため、先生方へ報告に向かったカロリーナを待つわけにはいかなかった。学園に残るのは僕でもよかったはずなのに、彼女の言葉に甘えてアレンを優先してしまった。

 結果的に生徒会の仕事をすべて彼女に頼んでしまったのは申し訳ない。改めて礼を言うと、カロリーナは「お任せください」と何でもないことのように笑った。


「そういえば、あの時はお伺いできなかったのですが……セシル様はどうして生徒会室で事件が起こっていると気付かれたのですか?」


 カロリーナは思い出したように首を傾げた。生徒会長として芸術祭に参加していたはずなのに、何故生徒会室に来られたのかと不思議に思ったのだろう。

 駆け付けてからまともに話す余裕もなかったな、とカップを置いて答える。


「今年は後方の席にいたからね。エミリアたちが出て行ったのが分かったんだ」


 声は聞こえなかったが、酷く慌てているのは分かった。他の生徒が座っている中で急に立ち上がったのも目立っていたため、僕が動かなければ先生方が声をかけていただろう。今思えば咄嗟(とっさ)に追いかけたのは正解だった。


 魔族であるギルが先導していたこと、聖魔力保持者のエミリアの手を引いていたこと。そして『アレン様は生徒会室だ』という声が聞こえたこと。

 ギルがどうやって情報を得たのかは分からなかったが、アレンに何かあったのだと理解するのに時間はかからなかった。途中で彼らを追うのを止め、先生に無理を言って校舎の鍵を開けてもらい、まっすぐ生徒会室へ向かった。


「魔術師も控えているからと油断していた。まさか昨日の今日で襲われるなんて」


 先程のことを思い出し、手に力が入る。廊下で何度か魔法を試しても効かず、外からエミリアが闇魔法を破ってくれたところでようやく扉を開けることができた。

 そして生徒会室に飛び込んだ瞬間、目に入った光景に絶句してしまった。


 エミリアに抱えられたアレンは意識があったが、すぐには起き上がらず体を預けていて、酷く疲れている様子だった。

 棚に並べられていた本は床に落ちてインク瓶は割れ、書類はあちこちに散乱していた。何も知らずにあの部屋を見たら、盗人ぬすびとでも入ったのかと思われただろう。


 中で何があったのか詳しいことは分からない。知りたいが、知りたくない。


 せっかくカロリーナが落ち着かせてくれたのに、思い出すだけで初代魔王への怒りが溢れてしまいそうになる。

 自分を落ち着かせるために深く息をつく。カロリーナは静かに頷いた。


「聖魔力保持者であるエミリアさんが学園にいてくださって、本当に良かったですわ。講堂から彼女を連れてきてくださったギル様にも、ギル様を呼んでくださったジャック様にも感謝しなければなりませんね」

「ジャックがギルを呼んだのかい?」

「はい。彼しか持っていない特別な魔法を使ったそうです」


 周りに護衛兵がいるため、彼女は少し考える素振りをして言った。おそらくそれも移動魔法と同じ、魔王としての特殊な力なのだろう。

 アレンを襲ったのも魔族だが、アレンを助けたのもまた魔族だということだ。


 連絡の方法は気になるが、ここは素直に受け止めておこう。そう思ったところで、カロリーナが躊躇(ためら)いがちに口を開いた。


「あの……セシル様。こんな状況で不謹慎(ふきんしん)な質問だとは思うのですが、ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか」

「何だい?」


 彼女はそっと周りに目を向けると、声を落として言った。


「アレン様が男性にお戻りになられたのは本当に喜ばしいことだと思いますし、もう二度と魔法が使えないせいで辛い目に遭っていただきたくないと思っています。でも、その……セシル様は、どう思われますか?」

「どうって?」

「……アレン様に、女性のままでいて欲しいとは思われませんでしたか?」


 その言葉に驚いて目を丸くしてしまう。そもそも初めから1週間で戻るという話だったし、考えたこともない。まさかと慌てて首を振る。

 彼女が何故そんなことを言い出したのかは分かっている。僕の気持ちを知っているからこそ、そんな考えが浮かんだんだろう。……でも。



「アレンは、アレンだよ。男性でも女性でも関係ない」



 もし彼が生まれた時から女性だったとしたら。考えても仕方ないが、ひとつだけ確実に分かっていることがある。


――異性だったら、今と同じ関係にはなれなかっただろう。


 ただでさえ僕は目立ってしまう立場だ。アレンの気持ちがこちらに向いていなくても、公爵令嬢なら周りが勝手に婚約を進めていたかもしれない。

 ただの友人として親しくすればするほど、多くの敵意にさらされることになっていたはずだ。それでは彼に辛い思いをさせることになってしまう。


 僕の答えを聞いたカロリーナは、こちらに向き直ると静かに頭を下げた。


「安心いたしました。大変失礼なことをお聞きして申し訳ありません」

「いいんだよ。君はアレンを想ってそう尋ねたんだろう?」


 幼い頃から彼女はアレンの味方だ。僕が相手の性別で簡単に態度を変えるような男なら、迷いなく叱ってくれたのだろう。

 以前、生徒会室で僕の目を覚ましてくれた時のように。


 (うなが)されるまま頭を上げ、彼女は優しい目をして笑った。


「アレン様には幸せになっていただきたいと思っていますわ。大切なお友達ですもの。でもそれは、セシル様に対しても同じです。アレン様と同じくらい、幸せになっていただきたいのです」


 幸せか、と呟いて手元のカップに視線を落とす。アレンが幸せならそれで良いというのは本音だが、自分の幸せについてはあまり考えたことがない。


 ただ傍にいるだけなら、親友と呼ばれている今はすでに幸せだ。しかしこの先彼にもっと大切な人ができて、一緒にいる時間が少なくなってしまったら。

 学園を卒業して身分の意識が強くなったら、いつか友として過ごしていたことも忘れられてしまうかもしれない。


 それは本当に、幸せと言えるだろうか。


 彼の本心が知りたいと言いながら、実は自分の本心もよく分かっていないんだなと苦笑する。改めて考えるとこれほど難しいことはない。綺麗事ならいくらでも浮かぶが、それはきっと本心ではないだろう。

 どうしても彼を想ってしまうなら、僕1人で答えを出すのは難しい。この答えはまだもう少し先に取っておこうと息をつく。


 無事とはいえないが、学生として最後の芸術祭は終わった。数日後にはダンスパーティーがあり、僕たちの卒業式も迫っている。

 初代魔王やオリバーが再びアレンを狙う危険もあるだろう。学園内にも表れるのなら、生徒会長として他の生徒たちのことも守らなければならない。


 学園長はカロリーナの報告を受けて魔界の門を確認しに向かったらしい。アレンが魔法を使えるようになったことで封印は復活しているはずだが、それで初代魔王の力が弱まるかは不明だ。

 もし防犯用の結界も破ってしまうなら寮も危険かもしれない。しかし、卒業式の日までアレンを神殿に滞在させるのも現実的ではない。


――この国で最も安全なのは王宮だろうけど、別の問題が出てきてしまうかな。


 今回のことは、先生方や生徒たちには伏せられている。悪意を持った魔族が学園内に現れたなんて噂が広まれば大問題になりかねない。狙われているのがアレンだということも隠さなければならないため、下手に目立つのもよくないだろう。

 生徒会室はすぐに封鎖し、学園長にも話を合わせてもらった。ライアンを含め、事情を知る者には箝口令(かんこうれい)を敷いた。


 誰にも怪しまれないためにも、行事は予定通り執り行う必要がある。


「……まずは、無事にダンスパーティーの日を迎えることだね」

「そうですわね。芸術祭からはあまり時間がありませんもの」


 次に初代魔王がいつ動くかは分からない。しっかり警戒しておかなければと考えていると、カロリーナがちらちらと生垣へ視線を向けていることに気付いた。

 その表情から何を考えているのか分かってしまい、小さく笑う。


「どうやら、ダンスパーティーのお相手はもう決まっているようだね」

「あっ……え、ええと」


 彼女はパッと顔を上げると、恥ずかしそうに両手で頬を挟んで眉を下げた。


「申し訳ありません。アレン様が戻られたとはいえ、まだ警戒を続けなければならないと分かっているのですが……ついパーティーのことを考えてしまいました」

「僕たちにとって、学園最後のダンスパーティーには違いないからね。それとこれとは別さ。アレンも気にせずに楽しんでほしいと思っているはずだよ」


 彼は参加するか分からないけど、と心の中で呟く。今回の事件で、アレンは今後も自分が狙われる可能性に気付いてしまっただろう。多くの生徒が集まるダンスパーティーは避けるかもしれない。

 彼が誰かに迷惑をかけることを嫌う性格なのは知っている。たとえ、相手がそれを迷惑だと感じていなかったとしても。


――アレンは芸術祭にまったく参加できなかったから、せめてダンスパーティーだけでもと思ったけど……。


 どうして彼ばかり危険な目に遭うんだろうと眉根を寄せる。彼が『聖女』だからだろうか。何か目には見えない大きな力が、アレンを聖女という役に縛り付けているのだろうか。


 何か僕にできることはないかと生垣に顔を向ける。

 ちょうど現れた彼の見慣れた姿に、なんとなくほっとしてしまった。

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