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161話 転生者のお茶会

 いきなり何を言い出すのかと思われただろうか。目の前で3人分のカップを用意しているジェニーを見ながら、深く指摘されなくてよかったと息をつく。

 以前リリー先生とお茶をした庭園に1つ椅子を増やし、ジャック、ルーシーと向き合って座る。ジェニーが離れると、ルーシーが小声で言った。


「こんなところで集まるなんて思わなかったわ。普通に話しても大丈夫なの?」

「まぁ、少しは声を落としたほうが良いだろう」


 周りは生垣(いけがき)に囲まれているが、声まで聞こえなくなるわけではない。芸術祭が終わったことでカロリーナも神殿を訪れたため、生垣の向こうではセシルたちも休憩を兼ねてお茶会をしているらしい。できるだけ離れてもらうよう頼んではいるものの、護衛兵はすぐ近くで待機しているはずだ。


 そこで、私たちの会話を聞いていたジャックが(ふところ)に手を入れた。


「それならこれを使うか。いつか必要になると思って用意してたんだ」


 彼がテーブルの中心に置いたのは、小箱のような魔道具だった。貴族が外に漏れてはならない話をする際に使用するもので、箱の付近のみに防音効果がある。

 内密な話を聞かれる心配はなくなるが、同時に周りの音も遮断してしまうため、基本的に安全な室内で使用するものだ。


「3人なら周りの様子も見えるし、近くに護衛兵もいるからちょうどいいだろ?」


 ジャックはそう言って魔道具に魔力を注いだ。ふっと周囲に見えない壁ができたような感覚があり、それまで聞こえていた草木の揺れる音も消える。

 これなら誰かに聞かれることを気にせず前世の話ができるなと思っていると、じっとジャックを見詰めていたルーシーが口を開いた。


「人間の姿だけど、魔王様……よね? 声も似てるし見た目も、髪はスチルで見たより短いけどそっくりだわ」

「ん? あんたはホリラバ2(セカンド)もやったことがあるのか?」

「そういうわけじゃないんだけど」


 ルーシーの反応がだいぶ落ち着いているのは、ジャックの中身が転生者だからだろうか。そこまで外見が似ているなら、ホリラバのバッドエンドに出てくる魔王様というのは、やはり彼のことだったのかもしれない。

 本当に3人とも同じ『ゲームの世界』に転生しているんだなと不思議な気持ちになる。現実的に考えると不安になってしまうが、今更気にしても仕方がない。


 ジャックは前作にも魔王が出ていたことを知らなかったらしく、やや興奮気味なルーシーの説明を真剣な顔で聞いていた。

 そのままバッドエンドに向かう方が難しいという話が出たところで、重要な質問を思い出す。話題が変わる前に、と彼に顔を向ける。


「ジャック。前に続編は全ルート攻略したと言っていたが、攻略キャラに関わらずストーリー自体の『バッドエンド』もあったのか? もし他に君が覚えていることがあれば、私たちにも共有してほしい」

「バッドエンドか……」


 ジャックは腕を組んで頭をひねった。その表情で、どうやらまだ思い出せていないようだと理解する。最初からゲームの舞台がある人間界にいた私たちと違い、彼は魔界で魔王として過ごしていた。きっと他にも考えることが多かったのだろう。


 しかし、私にもルーシーにも続編に関する記憶はない。特に初代に対しては、今のところほとんど反撃もできていない。

 ここから優位に立てる情報を持っているのは、この世界で唯一彼だけだ。


 オリバーに襲われたのが私だった時点でゲームとは展開が違うかもしれないが、ゲームで起こっていたことは現実でも起こる可能性が高い。

 ちゃんとハッピーエンドに辿り着くためにも、彼にはなんとしてもこの先に起こるはずの重要なイベントや情報を思い出してもらわなければならない。


――この前は、ルーシーの話を聞いているうちに私も前世のことを思い出したな。


 頭を抱えているジャックを見て、試す価値はあるだろうと心の中で呟く。多少遠回りをしてしまうが、他に記憶を鮮明にする方法も思いつかない。

 ひとまず互いに前世の話をしてみないかと提案すると、ルーシーが「いいわね」と手を叩いた。


「それじゃあ、まずは自己紹介からかしら。名前は忘れても、なんとなく自分の前世は覚えてるでしょ?」


 その言葉で自然と彼女に視線が集まる。

 ルーシーはコホンと軽く咳をして、胸に手を当てた。


「前世の私は16歳の女子高生だったわ。ホリラバは別のアプリと間違って課金したことで知ったの。ゲームの最推しは魔王様。エンディングは……バッドエンドのみ複数回クリアしたわね」

「バッドエンドのみ複数回? マジか。狙って辿り付けるもんなんだな」


 ジャックは驚きを通り越して苦笑いを浮かべている。ルーシーはそれだけバッドエンドへのルートを繰り返して研究していたらしい。

 改めて聞くとすごいなと感心していると、ジャックがスッと姿勢を正した。


「じゃ、次は俺が。前世は確か24くらいだったかな。世界中に流行ってたアレの影響で家にいることが多くて、仕事の間に趣味でゲーム配信をやっててさ。ホリラバはそこで知ったんだ。前作は攻略サイトで知ったくらいで、続編のみ全ルート……あー、そう考えるとストーリーのバッドエンドには辿り付いたことねえのか」


 さっそく効果があったようだ。ジャックはわずかに浮かんだらしい記憶を思い出そうと片手で頭を押さえて呟いている。

 世界中に流行っていたというのは何のことだろう。私が知らないだけだろうかと気になったが、今は邪魔をしないよう口をつぐんでおく。


 しばらく待っていると、彼が諦めたように「次どうぞ」と手を差し出した。いきなり全てを思い出すのはさすがに難しいらしい。

 小さく息をついて、最後は私かと顔を上げる。


「全員若いな、私は22歳だった。前世はOLだ。ホリラバは従姉妹(いとこ)に勧められて、セシルルートだけ……」


 と、そう言いかけたところで2人から同時に止められた。信じられないというような顔を向けられてきょとんとしてしまう。

 どうしたと尋ねる前に、一斉に声が上がった。



「OL!? OLって『オフィスレディ』のことだよな!?」

「嘘、アレン様は女性だったってこと!?」



 混乱している2人を見て、ようやく今まで性別について何も伝えていなかったことに気付く。ジャックと違い、私はルーシーと話せるようになるまで前世の話を誰かにしたこともない。あまり重要視していなかったが、前世と今で性別が違うのは私だけだったらしい。


 ルーシーはハッとしたように呟いた。


「それなら、さっき戻さない方がよかったんじゃ……?」

「いや。それとこれとは別だ」


 勘違いされないよう首を振って否定する。確かに前世の記憶に残っている自分は女性だが、今の自分は生まれつき男だ。

 幼い頃の記憶もあるため、今更女性の体になっても違和感しかない。


――男として生きているより、女性でいた年月の方が長いはずなんだが。


 ふいに、夢で見た『前世の自分』が頭をよぎる。今まで見えなかった姿が何故急に見えたのか、未だに理由は分からない。あれも前世の記憶が薄れてきていることと関係しているのだろうか。

 深く考えようとすると余計なことも思い出してしまいそうで、今はそれどころじゃないと頭を振る。あまり長時間セシルたちを待たせるわけにもいかない。


 聞きそびれていたことを尋ねようと、何かを考えているジャックに目を向ける。


「そういえば、世界中に流行っていたというのはなんのことだ?」

「え、知らないのか?」


 彼は不思議そうな顔をすると、当然のように答えた。


「名前は忘れたけど、アレだよ。新しい流行風邪みたいな。数年に渡ってめちゃくちゃ流行って、各地でマスクが売り切れたりしてただろ?」

「流行風邪……?」


 そんなことがあっただろうかと腕を組む。記憶を辿っても、マスクが手に入らないような事態になった覚えはない。冬になれば毎年ニュースに出るような(やまい)はあったが、世界規模で流行っていたという話を聞いたこともない。

 しかし、ルーシーはジャックの話に迷わず頷いた。


「あったわね。そのせいで卒業式も入学式も省略されて寂しかったわ」

「だいぶ落ち着いてきてたけどな。マスクもいつの間にか大量に入荷してたし」

「私の周りはまだ全然。みんな自分で布マスク作ってたもん」

「え? それってだいぶ初期のころの話じゃね?」


 彼らは顔を見合わせて首を傾げる。2人ともその(やまい)自体は知っているらしいが、どうにも話が食い違っているようだ。

 もしかして、と口を挟む。


「互いに話している時期が違うんじゃないか? ……私が覚えている範囲では、そんな病が流行っていた記憶はない」

「みんな転生した年が違うってこと?」


 目を丸くしているルーシーに頷いて返す。

 それを聞いて納得したように、ジャックは(あご)に手を当てた。


「考えてみりゃ、そうか。2人は続編までやってないんだよな?」

「ああ。まだホリラバが出たばかりだったからな」

「出たばかり? 私が始めた時にはリリースから3年くらい経ってたはずだけど」


 え、と思わず声が漏れる。そんなに差があるとは思っていなかった。


 つまり私が転生した後に病が流行り、落ち着いてきた頃にホリラバの続編が出たということだろうか。数年に渡って世界中に広まっていたということは、この世界の疫病と同じような状況だったのだろう。


――私がいなくなった後の世界も大変だったんだな。


 みんなは大丈夫だったのだろうか。祖母や友達、会社の同僚もその病にかかってしまったのでは……と考えて、一瞬だけ目を(つぶ)って気持ちを落ち着かせる。

 いくら心配したところで今の私にできることは何もない。それより、と目の前の2人に顔を向ける。


「君たちもその病にかかってしまったのか?」

「俺は軽症だったけどな。まぁ一応言っておくと転生理由は別だぜ。普通に睡眠不足とか偏食が(たた)って、身体壊してそのまま」


 さらりと前世の死因を聞いてしまい、何と返せばいいかわからず言葉に詰まる。ルーシーは特に気にした様子もなく、彼に続いて言った。


「私はなんやかんや一度も感染しなかったわ。転生の原因も交通事故だったし」

「交通事故……君もか」


 16歳で事故死なんて、と眉を(ひそ)める。もちろん何歳であってもよくはないが、それにしても高校生で転生はさすがに早すぎる。

 彼女にとっては既にこちらの世界の方が長いのかと複雑な気持ちになったところで、「交通事故……」と呟いていたジャックが真剣な顔をした。


「なぁ、アレン。もしかして」


 何かを尋ねようとしたのだろうか。彼は途中で言葉を止めた。数秒の間を置いて、ガタッと椅子から立ち上がる。

 そして、魔道具がなければ街にまで聞こえそうな声で叫んだ。



「お……思い出したっ!! そうだ、ゲームでもそうだったじゃねえか!」



 ぐっと拳を握っている彼を見て、ルーシーと目を合わせて頷く。前世の話をしたことで記憶がはっきりしたらしい。


 ジャックは椅子に座り直すと、前のめりになって口を開いた。


「アレン。薄々分かってただろうけど、ホリラバ2(セカンド)のラスボスは初代魔王だ。普段は分身体でオリバーと行動してる。前作はどうだったか知らねえが、エンディング前の戦いで勝てばそのままストーリーが進んで、ハッピーエンドになった。つまり、そこで負けたらバッドエンドになるってことだ」


 時々ルーシーへの説明を交えつつジャックの話に耳を傾ける。聞いているうちに大まかな内容を理解したらしいルーシーは、首を傾げて怪訝けげんな顔をした。


「ホリラバの戦闘シーンで主人公側が負けることなんてあるの? 前作はあっさり勝ってた覚えしかないんだけど」

「まぁ攻略対象の好感度が高くて、ヒロインが成長イベントをクリアしてれば負けはしないと思うけどな。今はゲーム通りに進んでないことの方が多いから油断はできねえ。オリバーがいつから操られてたかも知らねえし……」


 ジャックは複雑な表情で説明を続ける。初代魔王は人間界と魔界の間に封印されているらしく、だからこそ門とのつながりが深いらしい。

 戦闘で勝利した後は、両方の世界から門を破壊する流れになるそうだ。


――ということは……前作のバッドエンドに出てくるのはジャックではなく、初代魔王の本体だったのか。


 ルーシーと恋をするルートに進んでいたら一体どうなっていたんだろう。止めることができてよかったと思いながら、頭に浮かんだ疑問を尋ねる。


「門に魔法は効かなかったはずだが、物理的に壊せるのか?」

「初代魔王を倒した後なら効くはずだ。城にはオリバーが研究してた資料が山ほどあるから、ダンスパーティーまでに調べておく」


 なるほど、と声に出さず呟く。おそらく門を破壊するまでが最終イベントなのだろう。門が存在している限り開放を企む者は現れるだろうし、聖女1人が鍵を握っている状態なのも危険だ。門そのものが消えれば、封印も必要なくなるだろう。


 ただ、とジャックが顔を(しか)める。


「その初代が厄介なんだ。闇魔法を使えるオリバーに憑依(ひょうい)すんのもそうだけど、一緒に封印された武器を持ってるはずだからな」


 武器と聞いて浮かんだのは、生徒会室で彼が持っていた黒い短剣だ。何度も見かけたあれはかなり危険なものだったらしい。

 心に隙が無ければ簡単には刺さらないが、何重にも呪いのような闇魔法が掛けられていて、触れるだけで精神が(むしば)まれるという。


 ジャックは魔王としてその魔法への対策も学んでいたようだ。本当なら門外不出もんがいふしゅつだという解除方法を、念のためと私たちにも教えてくれた。

 しかし、その方法はあくまで魔族に向けたものだ。人間が同じように動けるとは限らない。できるだけ短剣を使われる前に初代魔王を倒さなければならないと考えたほうがいいだろう。


 ゲームの最終イベントでは、初代魔王がオリバーに憑依ひょういした状態で戦闘が始まり、ヒロインであるエミリアと攻略対象が協力して倒すらしい。

 最後には初代魔王が飛び出してそのルートの攻略対象にやいばを向けるが、エミリアのおかげで心が満たされている攻略対象に刺さる寸前で弾かれるようだ。


 ゲーム通りに進めば、エミリアと最も親しいギルが対象になるのだろう。

 しかし、きっと狙われるのは彼ではない。


――次に刃を向けられた時、今までと同じように弾けるだろうか。


 向けられた嫌な視線を思い出して眉根を寄せる。

 思い出して手に取ったカップは、いつの間にか(ぬる)くなってしまっていた。

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