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159話 狙われた聖女④

「人間の王族ですか。火魔法を扱えるとは恐れ入りました」

「君がアレンを襲っていたのかい?」


 誰かの会話が聞こえて目を開ける。最初に視界に入ったのは白い髪だった。生徒会室を(おお)っていた闇魔法の気配は消えている。体に倦怠感(けんたいかん)は残っているものの、怪我の治療も済んでいるらしく痛みはない。


 ふうと息をついたところで、エミリアがこちらに気付いた。


「アレン様! よかった、お目覚めになられたんですね」

「……ありがとう、君が助けてくれたのか」


 金色の目に涙を溜めた彼女が首を振る。別の方向へ向けられた視線を追って、抱えられたまま顔を傾ける。そこでようやく状況を理解した。

 私たちを庇うように背を向けているのはギルだ。その彼とオリバーが向き合っているが、オリバーの目は生徒会室の入口である扉に向けられている。


 開け放たれた扉近く。集まった人影の先頭に立っているのは、講堂にいるはずのセシルだった。普段と違う厳しい表情でオリバーを睨み付けている。

 助けが来たことに安堵すると同時に、何故彼らがここにいるのだろうと疑問が浮かぶ。もしや、芸術祭が終わる時間まで気絶していたのだろうか。


 エミリアに支えられて体を起こしたところで、オリバーが服に付いた火の()を払いながら苦々しく呟いた。


「これは厳しいですね。仕方ない、日を改めましょう」


 その言葉と同時に彼の周りを黒い(もや)が包む。杖を構えたセシルの前に出て、ジャックが信じられないというように声を上げた。


「オリバー! お前……っこんなところで何してんだ!?」

「魔族を救うためですよ、魔王様。人間に頼るあなた様とは違う方法でね」


 セシルがファイアボールを唱える。火の玉が弾けるより先に、ふっとオリバーの姿が見えなくなった。影のように残った闇魔力が燃え尽き、霧散(むさん)して消える。

 オリバーが立っていた場所に駆け寄るジャックとギルを見ていると、こちらに近付いてくる気配に気付いた。


「アレン様!!」

「アレン様、ご無事ですか!?」


 泣きそうな顔で傍にしゃがみ込んだのは、一緒に生徒会室に来ていたジェニーとカロリーナだった。廊下では何が起こっているのか分からず音も聞こえず、ずっと不安だったようだ。2人は書類や本が散らかった室内を見て青い顔をしている。


 カロリーナはスカートを握り締め、絞り出すように言った。


「申し訳ありません……! 私が不注意だったばかりに!」

「君のせいじゃない。油断していたのは私も同じだ」


 まさか連日襲われることになるとは思わなかった。学園の周りには魔術師も待機しているし、ここは魔界の門からも離れている。生徒会室だけを正確に闇魔法で包んで閉じ込められるなんて、想像もしていなかった。


――本当に、学園のどこにいても分かってしまうのか。


 魔法が使えないと自覚していたのに警戒が足りなかったと反省する。彼女たちにも心配をかけてしまったことが心苦しい。

 床に落ちていた眼鏡を軽く拭いてかけ直す。ふいに、少し離れた位置にいたセシルが息をついた。苦い顔をしたままジャックに目を向け、尋ねる。


「先程の男は魔族かい? 知り合いのようだったけど」

「ああ、魔王城に住んでる魔族の1人だ。でも魔道具は渡してないし、俺の魔法を使わずに人間界に来られるはずが……」


 ジャックは信じられないというように口を閉ざした。ギルもどうすればいいか分からないらしく、オリバーがいた床を見詰めている。

 セシルは静かに辺りを見回して口を開いた。


「とりあえず、もっと安全な場所に移動してから詳しい話を聞くことにしよう。彼が再び現れないとも限らない。一刻も早くここから離れたほうがいい」


 学園の中もそこまで安全ではないのだろう。明日まで待つなんてことはせず、今すぐ移動しようという彼の言葉に全員が頷いた。最も速い王家の馬車を呼ぶらしく、セシルに指示を受けたジェニーが急ぎ足で生徒会室を出て行く。


 それなら、私もいつまでもエミリアに抱えられているわけにはいかない。彼女に手を借りて立ち上がったところで、一瞬だけよろけてしまった。

 何度も振り回されていたせいで目が回っていたらしい。咄嗟(とっさ)に支えてくれたカロリーナに礼を言っていると、セシルがスタスタとこちらに近付いて来た。



 そして、何も言わずに私を抱え上げた。



 両腕でそれぞれ膝裏と背中を支える、所謂(いわゆる)お姫様抱っこだ。突然のことに驚いて口をつぐむ。目を丸くしているカロリーナとエミリアに構わず、セシルはジャック達に廊下の安全確認を頼んで歩き出す。


 一切躊躇(ためら)わずにこんな行動ができるなんて、さすがは元攻略対象だ。と、つい感心してしまったところで、彼には想い人がいるはずだと思い出した。

 周りには誰もいないようだが、女性の姿になっている私をこんな形で抱えていたらあらぬ誤解が生まれかねない。そう思い、慌てて顔を上げる。


「セシル、大丈夫だ。自分で歩……」


 途中で言葉に詰まってしまった。すぐ近くで見上げた彼は、眉を(ひそ)めて唇を噛んでいた。怒っているようにも、泣くのを我慢しているようにも見える。


 思わず黙ってしまった私をちらりと見て、セシルは手に力を込めた。神殿へ向かう馬車を待つ間に医務室へ向かうつもりらしい。廊下へ足を進めながら、ぽつりと声を(こぼ)す。


「ごめん。また守れなかった」

「……また?」


 セシルは視線を合わせないまま、声を抑えて続けた。


「君が危険な目に遭っている時に、どうして僕は傍にいられないんだろう。狙われていると分かっていたのに、君が魔法を使えないことも分かっていたのに……どうして、芸術祭を優先してしまったんだろう。今回はエミリアがいてくれたけど、もし間に合ってなかったら」


 炎のような瞳が揺れているのを見て、ぎゅっと制服を掴む。確かに、今回は危なかった。あのままエミリアが来てくれなかったら、どうなっていたのだろう。

 初代魔王は『間違っても殺すな』と言っていたが、オリバーがどう動いたかは分からない。そのまま死んでいたかもしれないし、連れ去られていたかもしれない。


 しかし、そうなったのはセシルのせいではない。彼は学園の生徒会長でありこの国の王子だ。1人よりも大勢を優先するのは当然のことで、何も間違っていない。


――それなのに、親友である私が彼の負担になってしまうなんて。


 セシルはきっと自分に怒っているのだろう。以前魔道具庫でゴーレムが暴走した時のように。彼が自分を責める必要なんてないのに。


 また、というなら私もそうだ。彼に心配をかけてしまったことが申し訳ない。魔法が使えないだけでまともに抵抗すらできない、弱い自分が情けない。

 再び襲われる可能性を考えていれば。たくさん反撃用の魔道具を持っておけば。自分で自分の身を守るために、もっとできることがあったのではないだろうか。


 彼に謝ろうと口を開きかけたところで、数歩前を歩いていたカロリーナがさっと振り返った。反射的に足を止めたセシルと向き合い、首を振る。


「セシル様、敵を見誤ってはいけません。私も反省すべきことがたくさんありますし、何もできなかった自分に怒りもあります。……でも、今は自分を責めている場合ではないのでしょう。その感情はアレン様を襲った相手にこそ向けるべきです」


 彼女の声はハッキリと廊下に響いた。数歩先を歩いていたジャックが複雑な表情でこちらを見ている。後ろを歩いていたギルとエミリアが小さく頷いた。

 魔族の彼らもオリバーの企みを知らなかったようだし、もしこれが乙女ゲームのイベントだとすれば、避けられないことだったのかもしれない。


「……カロリーナの言う通りだね」


 苦笑いを浮かべたセシルがこちらを向く。

 彼の表情を見て、一瞬だけ何と言うか考える。


 廊下に生徒たちの姿がないため、まだ芸術祭は続いているのだろう。この場にギルがいるということは、ジャックが念話(テレパシー)を使って伝えたのだろうか。

 エミリアとギルにとっては初めての、セシルにとっては最後の芸術祭だというのに。彼らはわざわざ私のために講堂を抜け出してきてくれたようだ。


 生徒会として、セシルが一所懸命いっしょけんめいに準備をしていたことも知っている。申し訳ないと謝りたい気持ちはあるが、きっとここで伝えるべきは謝罪ではない。

 小さく息をつき、改めて彼を見上げる。


「セシル。助けに来てくれてありがとう」


 目が覚めた時、心から安堵した。もう大丈夫だと素直に思えた。それは今まで何度も助けてくれた、親友の姿が見えたからでもあるだろう。

 とん、と彼の胸に頭を預ける。セシルは目を丸くすると、眉を下げて笑った。


「……1人で頑張ったね、アレン。まずは医務室までちゃんと送り届けるから、安心して休んでくれ」


 優しい言葉に頷いて、少しの間だけ休ませてもらうことにする。

 聞こえてくる自分のものではない鼓動に目を閉じながら、襲われたのが私でよかったと心の中で呟いた。




===




「とりあえず、怪我は残ってないみたいね」


 診察(しんさつ)を終えたリリー先生の言葉に、エミリアが胸を押さえてほっと息をついた。


 彼女は先程2度目の魔力開放のような感覚があったらしく、それに(ともな)って魔法の強さも上がったようだ。おかげで、体には()り傷ひとつ残っていなかった。

 (まれ)に魔力開放が数回起こる人もいるようだが、聖魔力保持者の前例はないらしい。おそらくそれがヒロインとしての成長イベントだったのだろう。


 学園内で襲われたため、カロリーナは急いで学園長へ報告に向かった。講堂には入れないが、生徒会として先生方に状況を伝えておかなければならない。

 一足先に話を聞いたリリー先生は、不安そうな顔でこちらを見詰めた。


「生徒会室でそんなことが起こってたなんて知らなかったわ。ごめんなさい、あたしも護衛として付いて行くべきだったわね」

「いえ、そんな。今回のことはさすがに予測できませんでしたから」


 芸術祭中に他の生徒が襲われる可能性もあったため、彼が医務室を留守にするわけにはいかなかった。慌てて首を振ると、彼は申し訳なさそうに目を伏せた。

 ぽんと軽く私の頭を撫で、ベッド脇にいたセシルを振り返る。


「それで、アレンを襲った相手は分かっているのかしら?」

「魔族だということは分かっていますが……」


 ちらと視線を向けられ、ジャックが言葉を引き継ぐ。


「あいつの名前はオリバー。そこまで俺らとの年齢差はないけど、先代の頃から魔王城に勤めてる魔王の秘書みたいな男だ」

「アレンを狙ったということは、魔界の門の開放が目的だろう。魔族なら君の魔法を使わないと人間界に来られないんじゃなかったのかい?」

「ああ、そのはずなんだけどな……移動用の魔道具はちゃんと仕舞ってあるし、覚えてる限り俺らが移動する時に近付いて来たこともない」


 それなら何故オリバーは人間界(こっち)にいるのだろう。ジャックも彼が移動してきた方法は分からないらしく黙ってしまった。

 それを見て、一番情報を持っているのは私かと口を開く。


「オリバーは門の開放に『初代魔王の復活』が必須(ひっす)だと思い込んでいるようだったが、何か関係あるだろうか」

「初代魔王?」


 魔族の2人が顔を見合わせる。ジャックは眉を(ひそ)めて答えた。


「門の開放条件は知らねえけど、初代の話は聞いてるぜ。加虐(かぎゃく)(てき)狡猾(こうかつ)で、歴史に残るほど酷い(あく)(おう)だったらしい。最終的には反乱に負けて封印されたはずだ」

「その彼は、小さな悪魔のような姿をしているか?」


 私が尋ねると、彼はハッとした顔をして固まった。すぐに答えないジャックの代わりにギルが頷く。


「確かに、本で見る初代魔王は悪魔として描かれていることが多いな。姿を知っているのなら、アレン様は会ったことがあるのか?」

「……オリバーが、傍にいた魔物を『初代様』と呼んでいたんだ」


 医務室内に動揺(どうよう)が走る。続けて彼が初代に利用されているように見えたことも伝えておく。オリバー本人は魔族を救うために動いているつもりのようだと話すと、エミリアがぎゅっと拳を握った。


「あんまりです。魔族を助けたい気持ちを利用してアレン様を襲わせるなんて」

「オリバーは門について研究してたからな……1人で行動することも多かったし、闇魔力を持ってるから、復活を目論もくろんでた初代に目をつけられたのかもしれねえ」


 世界間を移動しているのも初代魔王の力だろうとジャックは言った。肉体が倒されて封印されても、魔族の魂や魔力は残るのだろうか。それとも初代魔王だから特別なのだろうかと考えていると、リリー先生がポンと手を叩いた。


「つまり、敵は初代魔王ってことね。相手が分かったなら話は早いわ。どうやら聖魔法が弱点みたいだし、すぐにアレンを神殿へ連れて行きましょ」

「もちろん。そのために王宮から馬車を呼んであります」


 セシルの声に重なるように、医務室にノックの音が響く。ちょうど馬車が到着したらしく、ジェニーが私たちを呼びにきたようだ。まだ芸術祭は続いているが、リリー先生も神殿へ説明をするため一緒に向かうことになる。


――とにかく……まずは、元の姿に戻らなければ。


 何故か再びセシルに抱えられながら、普段より小さな自分の手を見る。

 かすかに聞こえる音楽から逃げるようにして、大勢で馬車に乗り込んだ。

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