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156話 狙われた聖女①

 男子寮には戻らず、ジェニーと共に医務室に泊まった翌日。私1人のせいで学園の行事を中止させるわけにはいかないため、予定通り芸術祭の準備が始まった。

 先生方には魔道具庫に魔物が現れたという情報だけが伝わっているらしく、学園周辺には魔術師や衛兵が配備されて物々(ものもの)しい雰囲気になっている。


 魔物が人型になって言葉を話していたことや、テッドが魔物化して生徒である私を襲ったことを詳しく知っているのは医務室にいた数名。それから学園長と、生徒会であるカロリーナ。そして、私が表立って動けないことを周りに誤魔化(ごまか)す役として選ばれたライアンだけだ。


「巻き込んでしまってすまない、ライアン」


 医務室のベッドの(ふち)に座ったまま背の高いライアンを見上げる。彼には先程、ジャック達が魔族だという事実もしっかり伝えておいた。


 ライアンは何故か目線を逸らしつつ、頬を掻いて言った。


「まぁ、初めて知る情報ばっかりで驚いたけどな。何も知らないままってのも嫌だし、教えてもらえてよかったよ。俺にできることがあったら何でも言ってくれ」

「ああ、ありがとう」


 昨晩も辺りを警戒していたが、再び人型の魔物が現れることはなかった。芸術祭が始まれば生徒たちは全員講堂へ集合する。その間にこっそり寮へ戻り、ひとまず芸術祭が終わるまでは部屋に(こも)る予定だ。


 突然生徒会役員が1人いなくなったため、セシルとカロリーナは慌ただしく講堂へ向かった。私が抜けた分はアンディーやピアが手伝ってくれているらしい。

 彼らにとっても最後の芸術祭なのに申し訳ないな、と小さく息をつく。


 今の医務室にいるのはリリー先生とライアン、ジェニー。そしてジャックだ。ギルはエミリアと共に授業へ向かい、テッドは謹慎(きんしん)という形で魔界にいるらしい。

 録音用魔道具が作動していたおかげで彼に罪はないと判断されたが、敵がどこに潜んでいるか分からない。念のため、学園長からこの1週間は学園に入らないよう言い渡されてしまった。


「相手が本当に魔物なら、神殿が一番安全だと思うんだけどね」


 リリー先生が腕を組んで呟く。神殿は人に対しての警備は(ゆる)いが、魔物に対しては最も強い結界が張られている場所だ。私と同じ転生者であるルーシーもいるため、もしかしたらリセットを試してもらえるかもしれない。

 しかし、そこまでの移動が難しい。道中は護衛が必須な上、クールソン家の馬車を呼ぶわけにもいかない。警備を強化している芸術祭の最中(さいちゅう)に学園を出て行く馬車なんて、嫌でも目立ってしまう。


 さいわい明日から2日間は休日だ。それなら馬車で出かけても不自然ではないだろう。今日は寮で大人しくしていようと考えていたところで、廊下から足音がした。


 扉を開けたリリー先生が相手を確認して、赤い髪の彼女を迎え入れる。


「アレン様、お変わりありませんか? 芸術祭の準備はもうまもなく完了いたしますわ。予定通り12時の鐘と共に開始いたします」

「わかった。知らせてくれてありがとう」


 カロリーナに頷いて返し、隣に立つジェニーに目を向ける。彼女は私の視線に気が付くとこちらに向き直った。


「鐘が鳴り次第(しだい)、寮への移動を開始いたしましょう。学園長のグレイ様から姿を見え(にく)くする魔道具も預かっております」


 部屋の端にいたジャックがそれを聞いて思い出したように顔を上げる。彼は考える素振りをして、(ふところ)に手を入れた。


「……アレン、これも一応持っていてくれ。1つしかないけど、長期休暇中にウォルフと一緒に考えた試作品なんだ」


 ジャックはカロリーナにそれを手渡し、カロリーナからジェニーを経由して私の手元に魔道具が渡ってくる。ジェニーが魔族を警戒しているため、私に直接渡すのは遠慮したらしい。


 それは片手で握り込むことが可能な大きさの、白いボールのようなものだった。


 これは昔、神殿で魔力確認の際に使用した特殊(とくしゅ)な水晶を加工したものらしい。全属性に対応する魔鉱石が開発されたことで、不要になった水晶がいくつか廃棄(はいき)されることになったようだ。

 それをスワロー家が回収し、魔道具に再利用できないか試しているのだという。


「それは中に聖魔力を込めてある『攻撃用』魔道具だ。魔力を込めれば勝手に弾けるようになってる。魔物には効くが、人間には無害だから違法にならないんだと。反撃用の武器が何も無いよりマシだろ?」


 これなら万が一奪われても相手に使われることはないし、魔法が使えない私でも魔力さえあれば使用できる。ホーリーライトを避けていた相手には普通の武器よりも効果があるだろう。

 魔王であるジャックも人型の魔物は見たことがないらしく、完全に倒す方法は分からないという。テッドを知っていたから魔族という可能性もあるが、録音されていた口調にもまったく覚えがないそうだ。


 彼に礼を言ったところで、カロリーナがライアンに目を向けた。


「それでは、ライアン様もそろそろ講堂へ移動してくださいませ。今回は警備のため、12時の鐘が鳴ったら講堂には入れなくなりますので」

「あ、そうか。じゃあアレン、気を付けてくれ。周りへは上手く誤魔化ごまかしておく」

「すまない、よろしく頼む」


 手を振って背を向けようとした彼を見送るため、何も考えずにベッドから降りて立ち上がる。そのまま足を踏み出そうとしたが、サイズの合わなくなったズボンの(すそ)を思い切り踏んでしまった。

 しまったと思う間もなく前のめりに転びかけ、咄嗟(とっさ)に手を差し出したライアンに正面から受け止められる。


「す、すまない。まだこの体に慣れてなくて」


 苦笑して彼を見上げたところで、気付いた。


 私を見下ろすライアンの顔は真っ赤だ。肩に添えられた手が震えている。水色の瞳はこちらに釘付けになっていて、ぱくぱくと動く口からは声が出ていない。

 しばらく固まっていた彼は、呆れた顔をしたリリー先生に背中を叩かれて我に返ったようだ。慌てて手を離して後退る。


「こ、こっちこそ! 悪い!! じゃ、じゃあまた。早く戻るといいな!」


 それだけ言って逃げるように医務室を飛び出したライアンを見て、きょとんとしてしまう。やはり1年の頃から一緒に行動している男友達が女体化しているというのはショックだったのだろうか。


――そういえば、彼は私の中の女性的な部分を好きだったと言っていたな。


 せっかく気持ちを切り替えていたのに、女性になった姿を見せたせいで余計なことを思い出させてしまったのかもしれない。

 心の中で謝罪していると、リリー先生が複雑な顔をして言った。


「アレンの服を先にどうにかしたほうがいいかしら」

「同感です。この格好では歩くだけでも難しいと思います」


 ジェニーが頭を押さえて答える。私が着ている制服は当然男子生徒用のため、女性の体ではサイズが合わない。(すそ)(そで)も長すぎるし靴も大きすぎる。おかげで胸辺りに余裕はあるのだが、全体的に見るとかなり不格好だ。

 今の身長はカロリーナと同じくらいだろうか。ベルトをしていてもズボンがずれてしまうため、普段のように素早く動くことができない。


「確か生徒会室には制服の余りがあったと思います。大きさが合うかは分かりませんが、いくつか持って来ましょうか?」

「今なら店も開いているはずですので、適当な服を買ってくることもできますが」


 カロリーナとジェニーの提案に、少し考えて首を振る。どうせすぐ寮へ向かうことになるし、いつまでも医務室を占領しているわけにはいかない。

 ここで待つくらいなら、寮へ移動する時に生徒会室へ寄ったほうが早いだろう。


 万が一に備え、生徒会室へは魔法が使えるカロリーナも付いてくることになる。講堂に入れなくなるのではと心配したが、彼女は「最初から講堂の外で少しだけ鑑賞するつもりでしたので」と微笑んだ。

 生徒誘導は先生方に任せ、開始の挨拶はセシルが担当するらしい。

 

 そこで、芸術祭開始を知らせる鐘が鳴る。試着をしている間に廊下の警戒をするため、ジャックも一緒に医務室を出て生徒会室へ向かう。


 ベッドにいた時は感じなかったが、改めて動くとなかなか歩き(にく)い。ズボンは裾を曲げれば何とかなるものの、靴が(ゆる)すぎてとてもじゃないが走れそうにない。

 できれば靴の替えも欲しいなと思いつつ、なんとか生徒会室に辿り付く。生徒たちはみんな講堂にいるため、辺りに人の気配はなかった。


「やっぱり、完璧に合うものはありませんわね」


 生徒会室の端でカロリーナが頬に手を当てる。彼女が選んでくれた男子用の制服に着替えてみたが、肩幅がちょうど良いものは腰回りが厳しい。

 はっきり男女の骨格の違いを感じてしまい、ため息をつく。


「アレン様がよろしければ、女子生徒用の制服もお渡しできますよ」

「すまない。それは嫌だ」


 体が女性ならその方が合うだろうとは思うが、精神的に女性の服を身に着ける気にはなれない。即答すると、カロリーナは苦笑いを浮かべた。

 結局男子用の小さい制服を借りて着替え、靴も小さいものに履き替える。本来ならしっかりサイズを測って作るものだが、長くて1週間程度なら不要だろう。


――まぁ、普通の貴族なら迷わず作るんだろうが……。


 1日のパーティーのためにドレスを仕立てることを考えれば、ここでもったいないと思うのは庶民的すぎるかもしれない。

 しかし、まだこの件に関してはクールソン家にも伏せている。卒業まで数か月しかない今、サイズの違う制服を仕立てるのはさすがにおかしい。


「では、このまま寮へ向かいましょうか」


 ジェニーの言葉で、カロリーナと共に生徒会室の扉を開ける。ジャックは階段の辺りに立っていた。辺りを見回して誰もいないことを確認すると、小さく頷く。

 ギルは半分人間の血が流れているため魔物化しないらしく講堂にいるが、ジャックは芸術祭に出るのを禁止されている。万が一テッドと同じように魔物化させられた時、今の私ではリセットの呪文を使えないからだ。


 早く魔法だけでも使えるようになれば。そう思いながら生徒会室を出ようとしたところで、つんと制服の上着が何かに引っかかった。

 一瞬足が止まり、カロリーナとジェニーからわずかに出遅れる。


 ふいに、耳元で声がした。



「捕まえた」



 はっとして声を上げる間もなく、後ろから伸びてきた手に口を(ふさ)がれる。強い力で引っ張られるのと、彼女たちが振り返ったのは同時だった。


「――アレン様!?」


 ジェニーが青い顔をして手を伸ばす。カロリーナが杖を構えたが間に合わない。

 バタンと音を響かせて、生徒会室の扉が目の前で閉じた。




===




「あ……アレン様! アレン様!?」

「下がってジェニー! 切り裂いて(リップ・ナイフ)!!」


 扉に向かって力の限り唱える。杖の先に集まった魔力がナイフのように飛び、扉にぶつかる。しかし、魔法は届かなかった。

 扉を覆う黒い(もや)に弾かれた風魔法は、そのまま反射してこちらに向かってくる。


「危ねぇ!!」


 横から腕を引かれ、ジャック様の方へ倒れ込む。刃は校舎の壁に深い傷を残して消えた。ビクともしない扉を見て頭から血の気が引く。


 アレン様をお守りするために私が付いていたのに、どうして彼より先に部屋を出てしまったの。どうして杖を握っていなかったのと後悔ばかりが胸の中で渦巻く。

 学園の中だからと油断していた。今の彼は魔法が使えないのに、『彼なら大丈夫だろう』と勝手に思い込んでいた。闇魔法を使う意思を持った魔物なんて、魔法なしで相手にできるわけがない。


――そんな……アレン様にもしものことがあったら……!


「カロリーナ、落ち着け!」


 肩を掴まれて我に返る。顔を上げると、赤い瞳と目が合った。視界の端に泣きそうな顔をしているジェニーが映り、後悔している場合ではないと杖を握り締める。

 ジャック様は小さく頷いて扉に近寄った。取っ手を握ろうとしたところで弾かれるように手を引き、眉を(ひそ)める。


「闇魔法で結界が張られてるな。魔王城にあるのと同じだ。先にこれを解かねえと扉を開けられない」

「闇魔法の結界、ですか?」


 国を守る結界を生み出す魔道具なら、神殿そのものがそうだと聞いたことがある。でも、闇魔法の結界なんて聞いたことがない。


 ジャック様は扉を睨み付けて答えた。


「周囲からの干渉を受けないようにして、許可を得た者だけ中にはいれるようにする魔法だ。物理的に魔力で覆ってるから俺が魔界を経由したとしても入れねえ。この魔法を使えるのは……俺が知ってるのは、1人だけだ」


 言葉を振り絞るようにして、彼はぐっと拳を握った。ジャック様はこの結界もその相手が生み出したものだと考えているらしい。

 話を聞いていたジェニーがスカートを掴んで声を上げる。


「では、その結界はどうすれば解けるのですか!?」

「闇魔法の結界は外から開けられない。できるとすれば聖魔法くらいだ」


 今のアレン様は聖魔法を使えない。もう1人の聖魔力保持者であるエミリアさんは講堂にいる。その講堂の入り口は警備のために封鎖されていて、芸術祭の間は中に入ることができない。

 今から神殿に向かっていたら手遅れになってしまうかもしれない。どうすればと目の前が暗くなりかけたところで、ジャック様が耳に手を当てた。


「カロリーナ。講堂には入れなくても、出る分には自由なんだよな?」

「は、はい。でも扉が閉まっていては連絡手段が限られて……」

「大丈夫だ」


 小さく息をついて、彼は静かに言った。


「エミリアの傍にはギルがいる」

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