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14話 街へ①

 がやがやとあちらこちらから賑やかな声がする。目まぐるしく動き回る人の波を前にして、ぎゅっと繋いだ手に力を込めた。隣にいるセシルは楽しそうに笑っている。絶対に離れないようにしなくてはと心の中でため息をつく。


 セシルの部屋から木を伝って地面に降りて、王宮の外に向かう荷馬車に潜り込んで街に来るまで30分くらいだろうか。迷いのないセシルの動きは確実に常習犯のものだった。

 どこで手に入れたのか、私たちが今着ているポンチョのようなマントも、見つかりにくくなるための魔道具らしい。よく見ると、生地の裏に小さな魔鉱石が縫い付けてあった。


 昼寝をしていると思われている私たちの姿がなかったら、スティーブンやメイドたちが大変な目に遭うのではないだろうか。心配になったが、セシルが言うには2時間以内に戻れば問題ないとのことだった。今までも1人で抜け出していたが、失敗したことはないらしい。その慢心が事件に繋がりそうで余計に不安になる。


――中身は大人の私が止めるべきだったのかもしれないけど……。


 と、目を輝かせて人々の動きを見ているセシルに視線を向ける。実際街に行こうと言われた瞬間に止めようとした。

 しかし、もしセシルがヒロインに出会うイベントが起こるとしたら、それは確実に街中だ。ゲームでもセシルは、時々こっそり王宮を抜けて街に出ていたようだった。年齢だけ考えればあと2年後の話だが、万が一イベントが前倒しになっている可能性を考えると止められなかった。


 私がセシルを止めてしまうことで2人が出会わないだけならまだマシだが、その間にヒロインが誘拐されたり大怪我を負ったりしたらこの世界自体が終わる。

 魔界の門を封印できる聖魔法の使い手は、ヒロインしかいない。


「アレン、杖を見に行こう! 新品のものを見てみたいんだ」


 セシルに手を引かれるまま人の波に飛び込む。前世の夏祭りを思い出すほど混雑しているのでなにかイベントでもあるのかと思ったが、わりと普段からこんな感じらしい。

 髪の色が目立つかもしれないとフードを被りつつ、なんとか人の間を縫ってセシルに付いていく。赤毛や茶髪の人は時々いるが、今のところ青は見かけていない。やっぱり攻略対象者は分かりやすく属性の色が付いているんだろう。


 そういえばセシルは火属性なのに赤毛ではないんだなと思っていると、そこで人混みを抜けた。細い道に入りさえすれば、そこまで人はいないようだ。


「そういえば、普通にセシルって呼んでいいのか?」


 名前と金髪で王子だとばれないのだろうかと小声で尋ねてみる。

 セシルは間を置かずに、頷いた。


「大丈夫さ。王族が生まれた時に付いた名前は、平民の間でもよく付けられるようになるんだ。たぶん僕たちの世代では一番多い名前だと思うよ」


 それなら気にせずに名前を呼んでも問題なさそうだと安心する。護衛兵もいないから、もしもの時は私が彼を守らなくてはならない。とはいえ子供の力では限界があるし、手元に武器があるわけでもない。できるだけ王子だとばれるような行動は避けたかった。

 マントも見つかり難くなるだけで、絶対に見つからないわけじゃない。注意深く観察されたら気付かれてしまう。そう思って辺りを警戒していると、セシルは「心配性だなぁ」と笑った。


「今まで誰かに気付かれたこともないから、そんなに気にしなくていいよ」

「そう言われても……」

「せっかくだから楽しもう。ほら、ここが杖を売っているお店だよ」


 その言葉で足を止め、指された店を見る。

 高そうな服を売っている店に囲まれた、小さな2階建ての建物。扉に小窓もなく、吊り下げられた看板がなければ店かどうかもわからない。何度か来たことがあるのか、セシルは躊躇ためらいなく扉を開く。カランカランと鐘の音がした。


 薄暗い店の奥に、白い髭を生やしたおじいさんが座っている。彼は一瞬だけこちらを見ると、すぐに手元の本に視線を戻した。他に客の姿はない。

 1人だったら入るのにも勇気がいるなと思いつつ、セシルに手を引かれてそのまま中に進む。扉が閉まると同時に、壁の燭台に勝手に火が付いて店内を照らした。魔法も魔道具も何度か見ているのに、なんとなくそわそわしてしまう。


 壁に飾るように置かれている大きな杖が、真っ先に目に入った。王宮の魔術師たちが使っていたのと同じ、いかにも魔法使いという形だ。先端が渦巻きのようになっていて、その中心に大きな魔鉱石が埋め込んである。そこに蝋燭ろうそくの灯が当たって、ゆらゆらとあやしく光っていた。


「普通の杖はこっちだね」


 セシルの声でそちらを向く。ガラスケースの中に、セシルや母様が使っていたような形の杖がたくさん並べられていた。


 杖は色や装飾、魔鉱石の大きさで値段が違うと聞いたことがあったが、ケースの中に値札は置かれていなかった。その時点で高いんだろうなとわかってしまう。貴族しか買わないのだから当然かもしれない。

 中には宝石で豪華にデコレーションされているものや、金の装飾が巻き付けてあるもの、見た目が完全に短剣のようなものもあった。


 それぞれに黄色や紫の魔鉱石が付いているのを見ながら、ふと疑問が浮かぶ。


「聖魔法の杖はないのか?」


 セシルは少し考えて「ないんじゃないかな」と首を傾げた。


「そもそも使う人がいないからね。神官様が聖魔法を使う時も、杖は持ってなかったと思う」


 それを聞いてゲームのことを思い出す。言われてみればヒロインも、魔法を使う時に杖を持っている描写はなかった気がする。ラスボスである学園長は杖を持っていた気がするから、闇魔法の杖はどこかに売っているのだろうか。


 そんなことを考えていると、店主だろうおじいさんがわざとらしく咳をした。子供だけだから冷やかしだと思われたのかもしれない。セシルと顔を見合わせて、そそくさと店を後にする。


「杖を買いに行くのはもう少し先になりそうだな」

「そうだね。魔力開放があってもしばらくはこの杖で練習しないと」


 彼はそう言って、ぽんと胸を叩いた。持ってきてるんだなと苦笑いしていると、セシルは辺りを見回して一方向を指さした。


「じゃあ次は、この先の広場に行ってみよう。この時間なら移動式の露店が来ているかもしれない」

「え、まだ見て回るのか?」


 てっきりもう王宮に戻るのかと思っていたため、その言葉に目を丸くしてしまう。あまり移動すると帰りが遅くなってしまうのではと思ったが、彼は大丈夫だよと笑った。


「広場を抜けたほうが近道になるんだ。それにアレンとこうして街に来るなんて、きっともうないだろう? お茶会の度に昼寝をしていたら、さすがに怪しまれるからね」


 そう言われると否定はできない。小さく息をついて、彼の手を握り直す。


「わかった。でも露店だけ見たらそのまま帰ろう」

「うん。異国のお菓子が売ってるって話を聞いたから行ってみたかったんだ」


 セシルが言ったその時。ふいに、どこからか見られているような気がした。


 反射的に辺りを見回す。が、どこにも人の姿はない。すでに視線も感じなくなっている。気のせいだろうかとキョロキョロしていると、セシルは不思議そうな顔をした。


「アレン、どうかしたのかい?」

「……いや、なんでもない」


 店の前で話していたから、さっきの店主に睨まれたのかもしれない。……でも、そうじゃなかったら。このマントは、意識して見ないと認識できないはずなのに。


 改めて周囲を警戒しながら、セシルと共に広場に向かった。




===




 広場は街の中心の様で、噴水やベンチがある小さな公園のようになっていた。ちょうど道が交差する位置にあるため、人通りも多い。最初に通った道よりは広いからそこまで混雑はしていないが、それでもはぐれたら探すのに骨が折れそうだ。

 小さな子供たちが集まっているところに、セシルが言っていた露店があった。荷車の上に大きな道具が置いてあり、その前で男性が棒の刺さったふわふわのお菓子を売っている。


――どう見ても綿菓子だな。


 砂糖を熱して高速で回転させる道具があれば作れるから、この世界でも作り出せるようだ。と、横でセシルが目を輝かせた。私からすれば見慣れたものだが、彼は初めて見るのだろう。


「すごい、あの綿のようなものが食べ物? どうやって作ってるんだろう」


 綿菓子を初めて見たという反応は新鮮だった。子供たちが食べているのをじっと観察しているセシルを見て、つい笑ってしまう。マントがあってよかった。普通に見ていたら、きっと怪しまれていただろう。


 ズボンのポケットを探ると、母様に何かあった時のためと持たされていたコインが数枚入っていた。この世界には一応紙幣もあるらしいが、平民の間ではあまり使わないようだ。明かりに蝋燭ろうそくを使っているから、火事が多いのかもしれない。

 コインは銅貨から金貨まであるが、手元には銅貨と銀貨しかなかった。まぁあれくらいなら、これで十分だろう。


「せっかくなら食べてみるか? 私が毒味をしよう」


 あまりに真剣な顔で露店を見ているセシルに提案する。私がいない時に気になって1人で買いにくるより、お菓子であってもちゃんと毒味をしてからの方がいい。綿菓子なら棒付近の一部だけ確認すれば他のものより安全だろう。

 ちょうど銅貨もある、とコインを取り出そうとしたところで、セシルがぱっと顔を輝かせた。


「ありがとう! 僕も買ってみようって言おうと思っていたんだ。どんな味かわからないし、半分こしよう」


 お金はあるから大丈夫だ、と彼もポケットに手を入れた。そして取り出したコインを何気なく手のひらに乗せる。

 きらきらと輝く金色を視認したところで、慌てて彼の手ごと両手でコインを握った。きょとんとしている彼に、小声で伝える。


「セシル、こんな街中で金貨なんか出しては駄目だ。銅貨はないのか?」

「金貨しか持ってないよ。これじゃ駄目なのかい?」

「こんな平民が集まる露店で金貨を出す人はいないだろう。釣りも用意できないだろうし、なにより危険だ」


 平民が金貨を使うのは家を買う時くらいだと、授業で学んだ。本来なら貴族は貴族専用の店で買い物をするため、平民の金銭感覚なんてそこまで気にしなくていいのかもしれない。

 しかし、将来出会うだろうヒロインは平民だ。攻略対象としてプレゼントを買うことがあるかもしれないと、念のため先生に聞いておいたのはよかったと思う。まさかヒロインに出会う前に、こうして平民に紛れて買い物をする機会があるとは思っていなかったが。


 結局私が銅貨で購入し、ベンチに座って食べることになった。


 毒味のため、まずは一部だけ千切って口に入れてみる。ふわふわ感はどうしても前世のほうが良かったが、口の中で溶ける甘さは記憶にある綿菓子と変わらなかった。

 変な味もせず、気分が悪くなることもなかったため、そのままセシルに手渡す。大丈夫だろうとは思っていたが、ここで万が一毒が入っていたらどうしようと考えていたので、少し安心した。


「僕はまだまだ勉強不足だね……平民が金貨を使わないことも知らないなんて」

「これから学べばいいだろう。早く食べないとしぼむぞ」


 軽く落ち込んでいたセシルは手にした綿菓子をじっと見て、そっと手で千切って口に入れた。その瞬間目を丸くする。確かめるようにもう一度食べてみて、同じように驚く。それが珍しく年相応の子供に見えて、微笑ましい。


「これは、砂糖でできているのか? 口に入れた瞬間なくなるなんて面白いお菓子だ。でも、甘くておいしいよ」


 夢中で食べているのを見て、それでも食べ方は綺麗だなぁと思う。前世で子供だった頃なんか、綿菓子を食べる度に服やら口の周りがべたべたになっていたものだ。セシルはさすが王子様というべきか。少しずつ手で千切っているから汚れることもない。

 嬉しそうに食べているのを眺めていると、彼は視線に気付いてはっとした。


「あっ、ごめん! 半分こするって言ったのに」

「いいや、かまわない。私は食べたことがあるから」

「そうなのかい? だからあまり驚いてなかったんだね」

「まぁ、そういうことだ」


 前世の話だからどこで食べたのかと聞かれたら困るが、そんな心配はなかった。彼はそのまま綿菓子を食べ進め、綺麗に棒だけ残った。

 それを近くのゴミ箱に入れて、ベンチから降りる。他の子供たちと同じように噴水で手を洗ってハンカチで拭いていると、どこからか明るい曲が聞こえてきた。周りの人達もざわざわと顔を見合わせている。


「西の方の広場に大道芸が来てるってよ!」


 誰かが叫んだ。

 それを合図に、人が一斉に動き出す。まずいと思ってセシルの手を取ろうとしたところで、走ってきた子供とぶつかってしまった。

 大丈夫か、と慌てて転んだ子供を抱え起こして、顔を上げる。



 さっきまで目の前にいたはずのセシルの姿がない。



「セシル……?」


 あっという間に広場から人がいなくなり、残ったのは数人だけになった。辺りを見回してみてもセシルはいない。

 さっと血の気が引く。さすがのセシルも大道芸と聞いて走って行くほど子供ではない。となると、さっきの人の波に巻き込まれたのだろうか。


 急いで人々が向かっていった道に入る。間に細い路地がいくつかあるようだが、道自体はまっすぐ伸びている。見える範囲にセシルらしき人影はない。


「セシル!」


 彼の名を呼びながら、道を進む。すでにみんなこの先にある広場に行ってしまったらしく、人の気配がない。この辺りは前世で言うシャッター街のようなものなのか、店も閉まっていて薄暗かった。


 一旦広場に戻るべきか、それともこの先に進むべきか。悩んでいると、突然路地裏から伸びてきた手に腕を掴まれた。反射的に振りほどこうとしたが、抵抗むなしく引きずり込まれる。


 路地裏に数歩入ったところでなんとか振り払うと、目の前に立っていた大男は私を見下ろして舌打ちを響かせた。


「あ? なんだ男か。女のガキなら高く売れたのによ」

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