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148話 氷の血筋①

 長期休暇の終わりが近付いて来た頃。クールソン家の私室で本を読んでいると、母様の専属メイドであるナタリーが私を呼びに来た。

 去年のうちに婚約していたらしく、少しだけ落ち着いた雰囲気の彼女と共に居間へ向かう。部屋の中にはすでに母様がいて紅茶を飲んでいた。


 向かい合って席に着いたところで、さっそく母様が話を切り出した。


「さて、あなたなら呼ばれた理由はもう分かっているかしら。先日、公務の手伝いをしたいと言ってくれたでしょう? 急で申し訳ないのだけど、明後日(あさって)から2日間私の仕事を手伝ってもらいたいの」


 クールソン家の仕事を手伝いたいというのは自分から言い出したことだ。当然断る理由なんてない。「もちろんです」と即答すると、母様は眉を下げて笑った。


「ただ、屋敷での仕事ではないの。我が家の馬車で急いでも半日はかかる遠方で1泊する予定よ。屋敷に戻った翌朝には学園へ出発しなきゃいけなくなってしまうけれど、大丈夫かしら?」

「それは構いませんが……」


 様々な魔道具を載せた貴族の馬車でも半日かかるなんて。一体どこへ行くのだろうと首を傾げる。公務と言うからにはクールソン家の仕事のはずだが、それでは領地の外へ出てしまうような気がする。

 疑問に思っていることが伝わったらしい。小さく頷いて、母様はナタリーから受け取った地図をテーブルに広げた。


「この国に火山はないけれど、隣国にはあるでしょう。今回向かうのはその火山に最も近い国境沿いの農村よ。(おさ)めているのはランプリング伯爵家ね」


 知っているかしら、と聞かれて目を丸くしてしまう。かなり聞き覚えのある家名だ。地図に目を向けたまま口を開く。


「存じています。去年、1年間だけ学園に臨時入学していた生徒がランプリング家の長男でした」

「ああ、そうだったわね。じゃあ久しぶりに彼とも会えるかもね」

「しかし……何故クールソン家の公務として他領へ(おもむ)くのですか?」


 我が家が治める領地の中にも伯爵家はあったはずだが、ランプリング家は完全に領外だ。視察に向かう必要もなければ、家同士の繫がりがあるわけでもない。

 顔を上げて尋ねると、母様は苦笑いを浮かべた。


「本当は、これは我が家だけの仕事ではないのよ。今回はちょっとタイミングが悪かったみたいで……」


 詳しい仕事内容は馬車の中で伝えると前置きして、母様はその仕事が必要な理由を教えてくれた。

 フレイマ王国は基本的に涼しいが、隣国の火山に近いランプリング領は比較的気温が高い。そのため、昔から農作物を暑さから守るために『氷魔力の入った魔鉱石』を埋め込んだ柵が利用されていたそうだ。


「去年は魔物の被害が増えていたでしょう? だからできるだけ魔物を生み出す暗闇を減らそうと、農村近くの森林を伐採(ばっさい)したようなの。そうしたら、今年は作物がみんな暑さにやられてしまったらしくてね」


 一気に気温が上がったせいか、前回の魔力供給から時間が経っていたせいか。魔鉱石に込められた氷魔力がことごとく尽きてしまったらしい。

 作物は突然の暑さに耐えられるはずもなく、収穫量は例年の10分の1にまで落ちてしまったそうだ。


――ということは、その魔鉱石に氷魔力を注ぐために行くのか。


 柵の数が多く魔鉱石も外せないため、直接こちらからおもむく以外に方法がない。柵を丸ごと新しい魔道具に置き替えるにはかなりの費用が掛かってしまうし、今はそんな余裕もないだろう。

 中には、平民でも魔力を注げば使用できる『加工魔鉱石』に氷魔法を設定した柵もあるらしい。しかし加工した魔鉱石は普通の魔鉱石より高価なため、数えるほどしか置かれていなかったそうだ。


 伐採はランプリング家の独断で行ったとして国からの支援も少なく、直接クールソン家に助けを求める手紙が届いたらしい。


「先程、本当は我が家だけの仕事ではないとおっしゃっていましたが」

「ええ。ほぼ同じ血筋(ちすじ)だけれど、氷魔力を持つのは我が家だけではないもの」


 前回は約20年前に、各家の氷魔力保持者が集まってランプリング領へ向かったらしい。今回も同じように連絡があったはずだと母様は言った。


「でも……子供や孫と旅行するからとか、友人と会う約束があるからとか。観劇の予定があるから無理だ、なんて返した人もいたみたいなのよね」


 追加で送られてきた手紙をテーブルに並べながら、母様はふうと息をついた。


 離れているとはいえ、貴族の馬車ならそこまで難しい距離ではない。場所によっては1泊もせず戻ってこられるはずだ。

 それに本当に困っているからこそ、ランプリング家はこうして他家を頼っているのだろう。……それなのに。


「そんなに大変な状況で、みんな自分たちの予定を優先したんですか?」


 我が家『だけ』が対応するということは、他の氷魔力保持者は全員頼みを断ったということだ。母様は残念そうな顔をした。


「まぁ、仕方ないわね。直接自分たちの領に関係するわけではないもの。大きな見返りもないし、貴族は元々体を動かす労働が好きではない人が多いから。……でも私は、ランプリング領でしか採れない砂糖がなくなってしまったら悲しいから、応じることにしたのよ」


 甘いものが好きな母様らしい理由だな、とそれを聞いて苦笑してしまう。あると食べ過ぎてしまうということで家には簡単な焼き菓子以外のお菓子は置かれていないが、母様もかなりの甘党だ。

 ランプリング領で採れる砂糖は普通の砂糖より甘味が弱いらしく、紅茶に入れるとちょうど良い甘さになるのだという。


「とはいえあまり長居はできないし、私だけですべての魔鉱石に魔力を込めるのも難しいでしょう? 長期休暇中ならアレンを連れていくことができるから急いで予定を立てたの。あなたさえ良ければ、この後すぐ連絡を飛ばすつもりよ」

「わかりました。喜んでご同行させていただきます」


 椅子に座り直して大きく頷くと、母様は「頼りにしているわ」と微笑んだ。話はまとまったようだが、母様の話はそこで終わりではなかった。

 ナタリーが淹れ直した紅茶を飲んで考える素振りをする。


「ただ……おそらく大丈夫だとは思うけれど、昔よりも作物を育てている土地が広がっているはずなのよね。それに気温も高いだろうから、2人がかりでも疲れてしまうかもしれないわ」


 カップを置いた母様はちらりと私を見た。そして、頬に手を当てる。


「できれば、もう1人くらい氷魔力保持者にいてもらえると助かるのだけど。ねぇアレン、学園に氷魔力を持っている生徒はいないかしら?」

「学園に、ですか?」

「ええ。ランプリング家からの手紙は家に届いているはずだから、家族が勝手に断っていることもあるかもしれないでしょう。生徒会のアレンから話をしてもらえれば、付いて来てくれる生徒もいるかもしれないと思って」


 そう言われて頭を捻る。学園内に氷魔力を持っている生徒は数人いたはずだが、今まで個人的に関わったことはない。

 この長期休暇中に応じてくれそうな相手がいるだろうかと考えたところで、ふと1人の男子生徒が頭に浮かんだ。


「難しいかもしれませんが……一応、連絡を取れないか試してみます」


 私が答えると、母様は嬉しそうに目を輝かせた。




===




 黒髪に青い瞳。私と同じ氷魔力保持者である彼は複雑な顔をして隣に座っていた。馬車に乗るのも初めてらしく、緊張したように膝の上で拳を握りしめている。

 向かいの席に座っている母様は、にっこりと笑みを浮かべた。


「ギル・レイヴン君だったかしら。休暇中だったのに急なお願いを聞いてくれてありがとう。とても助かるわ」

「い、いえ」


 ギルは困ったように視線を動かしていた。いきなり親子で囲んで申し訳ないと思いつつ、私からも礼を言う。


 一昨日(おととい)、母様から話を聞いてすぐに手紙を書いた。1枚はジャックと連絡を取っている可能性のあるウォルフ、そしてもう1枚は学園長宛てだ。

 学園長からの返事が先に届き、無事にギルを遠方へ連れ出す許可を貰えた。ウォルフもジャックへ話を通してくれたらしく、今朝になってギルが直接クールソン家にやって来た。


――まぁ……当然『無条件』ではなかったが。


 心の中で呟いて自分の左腕に目を向ける。ギル達が着けているものと同じ金属製の腕輪が、きらりと光を反射した。


 人間とのハーフとはいえ、ギルも魔族には違いない。さすがに簡単に王都から出すわけにはいかなかったようだ。学園長が提示した条件は、手紙と共に送られてきたこの魔道具を同行する誰かが装着することだった。

 学園都市を離れても王宮魔術師が飛んでこない代わりに、魔力を通すと鎖が現れるようになっているらしい。ギルの腕輪と繋がる鎖の長さには限界があるため、できるだけ彼から離れないようにと書かれていた。


 そして、もうひとつ。


「あなたは魔族と人間のハーフだと聞いているわ。何か困ったことがあったら遠慮なく言ってちょうだいね」


 ギルは母様の言葉に目を丸くした。きゅっと口を結んで、小さく頷く。


 最低2人以上の同行者に彼が魔族であると伝えておくこと。それも学園長からの条件だった。万が一問題が起こった時、冷静に対処できるようにするためだ。


 だいぶ悩んだが、今回の責任者である母様と、私の護衛兵として同行するフレッドにだけ昨晩のうちに話をしておいた。

 2人とも驚いていたが、きちんと許可を得て学園に通っていることを伝えるとすぐに受け入れてくれた。


 こうして顔を合わせても母様に無理をしている様子はない。むしろ初めて会う魔族に色々と尋ねたくてうずうずしているようだ。

 これなら大丈夫だろうと胸を撫で下ろす。魔道具を使う機会もないといいなと思っていると、母様は思い出したように手を叩いた。


「そうそう。とりあえず、簡単にこれからの流れと仕事の内容を説明するわね」


 馬車はランプリング領まで街道かいどうを進むが、途中から農村へ向かう脇道に入るらしい。伯爵に軽く挨拶をした後は畑に向かい、範囲が広い箇所から手分けして魔鉱石に氷魔力を注いでいく。

 夜はランプリング家の屋敷に泊まり、明日も朝から同じように魔鉱石に触れて回る。何もなければ夕方にはクールソン家へ帰る予定だという。


 大まかな内容は事前に伝えていたが、話を聞いたギルは不思議そうな顔をした。


「何故そこまでするんですか? クールソン家は公爵家でしょう。この国では王族の次に身分が高いと伺いましたが……」

「そうねえ。今回に限っては必要とされているのが氷魔力だから私たちが動いているだけで、身分はあまり関係ないかもしれないわね」


 それに、と母様は続けて言った。


「相手が困っている時に助けたら、次は自分が困っている時に助けてくれるかもしれないでしょう? 貴族の繫がりってそういうものよ」


 母様の答えを聞いても、彼はまだ納得できていない様子だった。魔界では貴族という(くく)り自体がないらしく、魔王の家族以外は平民しかいないらしい。

 転生者であるジャックは例外的な行動が多かったようだが、基本的に厚意(こうい)には対価が必要な世界なのだという。


「……助けてもらえるかどうか、確定しているわけではないでしょう」


 ギルは自分への対価を心配しているというよりも、私たちのことを気にしているようだ。今朝屋敷に着いた時、護衛兵やメイドたちが慌ただしく準備しているのを見ていたからかもしれない。

 母様はきょとんとして、次いで柔らかく微笑んだ。


「そうね、そこは信頼関係だから断言はできないわ。でもどうせ想像するなら、希望を持っていたほうが良いじゃない?」


 ギルは再び目を丸くして、ようやく納得したように口をつぐんだ。向こうに着いたらゆっくり話している時間はない。今度はこちらの番と母様が身を乗り出す。

 あれこれと質問を投げかけられ、一度閉じた口を再び開くことになったギルを見て苦笑する。母様を止めるべきか迷ったが、彼が困っている様子はない。まぁいいかと窓の外に目を向ける。


 クールソン領を抜けてさらに王都を抜け、3度の休憩を挟んでしばらくすると徐々に景色が斜めになっていった。

 乗っている人間に負担がないように魔道具が作動しているが、それでも少しだけ座席が傾く。どうやらランプリング領に入ったようだ。


 農村は高い位置にあるらしく、馬車は速度を落として山を登っていく。片側は崖になっていて、反対の窓からはしま模様の山肌が壁のように見えていた。道幅は広いが柵のような物は何もないため、少しだけ緊張してしまう。 

 地層ちそうがあるということは、元々この山は水中にあったのだろうか。私たちが住んでいる大陸も昔は大部分が海だった、という話を本で読んだ気がする。


 護衛兵とメイドたちを乗せた馬車に挟まれて進んでいくと、窓の外に大きな畑が現れた。農村といってもその大部分は畑のため、面積はかなり広い。確かにここを歩いて回るとなると普通の貴族には重労働だろう。


 やがて馬車が停まり、護衛兵たちが先に下りて辺りを確認する。


 母様は体が丈夫なわけではないし、ギルは手伝いに呼ばれただけだ。私が頑張らなければと気を引き締めていたところで、こちらに向かって手を振っている少年に気が付いた。


「アレン様! お久しぶりです!」


 畑の土と同じ赤茶色の髪を揺らして、ロニーが明るく声を弾ませた。

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