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147.5話 カロリーナの誕生日

 時計に目を向けて、ふうと息をつく。久しぶりにウォルフお兄様を含めた家族みんなで星を眺めていたからか、なかなか眠くならない。


 今年の星見祭はちょうど私の誕生日前日だった。大人の仲間入りとされる18歳は特別なため、今日の夜はスワロー家の屋敷で家族だけのパーティーをする予定だ。

 本当は王宮で祝われるから必要ないのだけど、お父様が数か月前から準備をしていたらしい。1歳違いのお兄様は「きっと去年より豪華だろう」と笑っていた。


 とても嬉しいのに、さっきまで家族と一緒にいたせいだろうか。こうして暗い部屋に1人でいると寂しさを感じてしまう。


――今年は、セシル様からのプレゼントは無いのよね。


 今までは彼の婚約者候補だったため、誕生日までに王宮からプレゼントが届いていた。形式的なものだとは知っていたけれど、毎年楽しみにしていたのも本当だ。


 彼が私のためを思って関係を解消したのは分かっている。セシル様の気持ちが私に向いていないのも昔から気付いていたし、自分でも納得していたつもりだった。

 でも、毎年受け取っていたプレゼントがなくなった今。もう本当に彼の婚約者候補ではないのだと、卒業したらそれまでなのだと理解して悲しくなってしまった。


 幼いころからセシル様やアレン様と一緒にいられたのは、私がセシル様の婚約者候補だったからだ。生徒会の副会長に選ばれたのも同じ理由だろう。

 だからその関係がなくなってしまったら、なんだか私たちを繋いでいた糸も切れてしまうような……1人だけ取り残されてしまうような気がして。


――暗いことを考えるなんて良くないわ。今日は誕生日なのに。


 体を起こしてベッドから下りる。カーテンの隙間から差し込む明かりを頼りに窓に近付く。日付は変わってしまったが、まだ夜空には星が流れているはずだ。

 眠くなるまで眺めていようとバルコニーに続くカーテンを開いたところで、視界の端に黒い影が見えた。魔物かしらと警戒しつつ目を凝らす。


 その影はバルコニーの手すりに座っていた。星明りに照らされた輪郭りんかくが見えてハッとする。大きなガラス戸を開けて、足を踏み出す。


「ジャック様……?」


 おそるおそる声を掛けると、彼はパッとこちらを振り向いて目を丸くした。セシル様に似ている炎のような赤い瞳がきらりと光る。

 魔族であり学園の臨時入学生であるジャック様は、長期休暇中もウォルフお兄様から魔道具について学んでいるらしい。もしやお兄様に用があったのだろうか。


「カロリーナ! よかった、起きてたのか? もう寝たのかと思っ……」


 手すりから降りた彼はこちらに近付く途中で言葉を止めた。ばつの悪そうな様子にきょとんとしてしまう。ジャック様は目を逸らすと、コホンと咳をした。


「その……悪い。話す前に、とりあえず上着か何か」

「あっ」


 彼の言葉で自分の格好に気付く。ベッドから起き上がってそのまま出てきてしまったため、薄いネグリジェ1枚しか身に着けていない。

 顔に熱が集まるのを感じ、慌てて(きびす)を返す。


「お、お待ちくださいませ!」


 部屋に飛び込んで適当な上着を羽織(はお)る。よく考えれば横になっていたせいで髪も乱れているし、とても人前に出る格好ではない。

 ばたばたと身嗜(みだしな)みを整え、改めてバルコニーに出る。


 そもそも、どうして彼はこんな時間に私の部屋の前にいるのだろう。それを尋ねようと口を開きかけたところで、ジャック様は背中に隠していた物を差し出した。

 白い小さな箱と赤いバラの花束。彼を見上げると、赤い瞳と目が合った。



「――誕生日おめでとう、カロリーナ」



 予想していなかった言葉に返事もできず戸惑ってしまう。ジャック様は照れたように笑って続けた。


「カロリーナに似合うと思って用意したんだ。嫌じゃなかったら受け取ってくれ」

「あ……ありがとうございます」


 彼の手から箱と花束を受け取る。これは私へのプレゼントということだろう。彼はわざわざ、私の誕生日を祝うためだけに魔界から来てくれたのだろうか。


「あの、どうして……?」


 浮かんだ疑問がそのまま声に出ていた。祝ってもらえるのは素直に嬉しい。でもプレゼントを渡すだけなら配達でもいいだろうし、バルコニーで待つ必要もない。

 私が気付かなければ、彼はもっと長い間待つことになっていたかもしれない。


 尋ねると、ジャック様は不思議そうな顔をして言った。


「やっぱり好きな相手の誕生日は誰よりも先に祝いたかったからな。俺も会いたかったし、直接渡せて良かったぜ」


 素直な返答に少しだけ頬が熱くなる。彼は出会った時からずっとこの調子だ。廊下でも食堂でも、出会うと嬉しそうに笑って声を掛けられる。正直嫌な気はしないけれど、そこまで好かれている理由に心当たりもない。

 冗談で言っているわけではないと分かっているから余計に気になってしまう。この機会を逃せば尋ねるのは難しいだろう。箱を握る手に力を込めて、顔を上げる。


「ジャック様は……どうして私を選んでくださったのですか? 学園で出会うまで、お会いしたこともなかったと思うのですが」

「……ああ、そうだな」


 彼は真剣な顔をしてじっと私を見た。そして、柔らかく微笑んだ。


「確かに直接会ったことはない。けど、俺はカロリーナを知ってる。最初に言っただろ? 俺は君に会うためにこの世界に生まれてきたんだって」


 どういう意味かは分からない。でも、どうしても彼が嘘を言っているようには見えなかった。向けられた視線が優しくて、それ以上何も言えなくなってしまう。

 その言葉の意味を考えていると、ジャック様はポンと手を叩いた。


「さて、いろんな人に迷惑がかかる前にさっさと帰らねえと」

「いろんな人?」

「そうそう。学園長とかアレンとか、ウォルフとかな」


 魔族である彼は基本的に学園都市から出ることを許されていない。しかし、スワロー家の屋敷は学園から離れている。どうやら彼は前もって学園長に頼み込み、数時間だけでもと許可を得ておいたらしい。

 同じくウォルフお兄様にはスワロー家の敷地に入る許可を取り、ついでに私の部屋の位置を聞いておいたそうだ。


 ということは、お兄様はジャック様が来ることを知っていたのだろうか。そういえば部屋に入る前に『星を眺めるなら、夜中の方が綺麗だよ』とおっしゃっていた気がする。

 私が眠ってしまったらどうするつもりだったんだろう。眠れないことも含めて見透かされているようでムッとしてしまう。


――あら? でもお兄様は、ジャック様がどうやって来ると考えていたのかしら。


 彼が魔族であることは生徒会と学園長、あとはリリー先生しか知らないはずだ。護衛兵に守られた貴族の敷地内で魔法を使うことも難しい。


 もしやお兄様はなんとなく察しているのかしらと思っていると、突然ふっと辺りが暗くなった。ジャック様はスワロー家の敷地を出てから魔界に戻るつもりらしく、移動のためにと背中から羽を出したようだ。

 初めて目にした魔族の羽は夜の闇に負けないくらい真っ黒で、美しく見えた。


 彼を見送ろうとして、自分がずっと両手にプレゼントを抱えていたことに気付く。急いで部屋のテーブルに置いてバルコニーに戻り、改めて彼に向き直る。


「ジャック様、ありがとうございました。今度何かお礼をさせていただきますね」

「いやいや、そういうつもりじゃ……、あ」


 ふいにジャック様は考える素振りをした。次いで、躊躇(ためら)いがちに口を開く。


「その、カロリーナが嫌じゃなかったら……一瞬だけ抱き締めてもいいか?」

「えっ?」

「それが礼の代わりってことで、駄目か?」


 さっと両手を広げてそう言われ、どうしようかと迷う。誕生日を祝いうためだけにしっかり許可を取っているくらいだ。彼が不誠実(ふせいじつ)な方ではないのは分かっている。それに、男性とハグをするのも初めてではない。


 小さく頷くと、彼は顔を輝かせた。


 私が足を踏み出すよりもジャック様が近付くほうが早かった。ぎゅっと力強く抱き締められ、外気に触れて冷えていた体に熱が伝わる。

 すぐ近くで彼が嬉しそうに呟いた。


「カロリーナ。生まれてきてくれて、俺と出会ってくれてありがとな」


 つい口からこぼれてしまったような声が耳に届いた瞬間。

 何故か今までにないくらい、激しく心臓が高鳴った。


 それはまったく落ち着かず、早鐘のように耳元で響く。おかしいわ、と熱を持った頭で考える。セシル様に抱き締められた時も、お父様に抱き締められた時も、こんなことは一度もなかったのに。

 一瞬だけと言いつつなかなか離れない彼からも鼓動が伝わってくる。じわじわと顔が熱くなって、私から離れればいいのに動けなくなってしまう。



――ああ、この方は本当に、私のことを……。



 ようやく理解した。理解してしまった。こんなふうに家族以外の誰かから『好き』という想いを向けられたのは初めてだ。

 これまでどうやって接していたか思い出せないまま、そっと腕を緩めたジャック様から離れる。暗い中でも分かるほど赤い顔をした彼は、笑顔を浮かべて言った。


「じゃあ、素敵な1日を。おやすみ、カロリーナ」

「お、おやすみなさいませ」


 反射的に挨拶をすると、彼は軽く跳んで空に飛び上がった。そして空中でふわりと止まる。私が部屋に入るのを待っているのだと気付き、慌てて室内に戻る。

 鍵を閉めてカーテンを下ろしても、心臓はドクドクと騒がしいままだった。


 落ち着くまで眠れそうにない。ふう、と深く息をついてテーブルに近寄る。彼が選んでくれたプレゼントの箱が目に留まり、燭台しょくだいに火を灯して箱を開ける。

 中を見たところで、思わず感嘆(かんたん)の声が漏れてしまった。


 ジャック様の髪色のような黒いリボン。一部がレースになっていて、シンプルだけどとても可愛らしい。よく見ると小さな赤い宝石が散りばめられている。


 どんな服にも似合いそうで、一目見てお気に入りになってしまった。さっそく明日から使わせてもらおうかしら。それとも大事に仕舞っておいたほうがいいかしらと考えていると、部屋に控えめなノックの音が響いた。

 もしやジャック様の姿を見た衛兵から連絡が行ってしまったのだろうか。不安に思ったが、扉の向こうにいたのはメイドでも執事でもなかった。


「ウォルフお兄様!」

「やぁ、やっぱりまだ起きてたね」


 お兄様は全て分かっているとでもいうように楽しげに笑う。そして、手に持っていた赤いリボンのついた箱を差し出した。


「カロリーナが部屋に入った後に届いてたみたいでさ。明日でもいいかと思ったけど、父様に見付かったら面倒くさそうだから」

「届いた? ……どなたからですか?」

「それはきっと中を見たら分かるよ」


 そう言うと、お兄様は「早く寝るんだよ」と手を振って去っていった。不思議に思いつつ、受け取った箱をテーブルに運ぶ。

 リボンを(ほど)くと、中には赤い万年筆と共に封筒が入っていた。とても見覚えのある字で書かれた手紙が2枚。それぞれ、セシル様とアレン様から。


 婚約者候補ではなくなったが、幼馴染として祝いたいと。異性に個人的にプレゼントを渡すのは難しいためこれからは連名で贈らせてもらうと書かれた下に、誕生日を祝う言葉がつづられている。

 ぐっと胸にこみ上げたものを飲み込んで、手紙を抱き締める。素敵な万年筆も嬉しいけれど、何より彼らの気持ちが嬉しくてたまらない。


 わざわざ祝いに来てくださる方もいる。こうして今までと違う形で祝ってくださる方もいる。私はなんて幸せなのかしらと目頭が熱くなる。


――ジャック様の言う通り、今日はきっと素敵な1日になるわ。


 朝が来てもこの温かい気持ちが消えることはないだろう。

 部屋には誰もいないのに、さっきまで感じていた寂しさはすっかり消えていた。

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