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147話 先生と進路相談

「……せっかくなら外でお茶にしましょうか」


 何故かしばらく複雑な顔をしていたリリー先生は、そう言って外の庭園へ足を向けた。途中でお茶の用意をしていたジェニーも合流する。

 彼女は場所を確認してからティーセットを運んでくるつもりらしく、少し離れて私たちの後を付いて来た。


 先生が向かったのは、神殿を背にして左へ進んだ庭園の端だった。背の高い生垣(いけがき)に近付いたところで、それが簡単な迷路のようになっていることに気付く。


「この場所、アレンは知ってた?」


 振り向いた先生に尋ねられ、首を振る。神殿には何度も訪れているが、庭園を探索したことはない。生垣があるのは知っていても奥へ入ることはなかった。

 彼に続いて短い迷路を抜ける。そこには可愛らしいテーブルと2つの椅子が向かい合わせに置かれていた。離れたところには陶器(とうき)製のバードバスがあり、数羽の小鳥が水を飲んでいる。


 一礼して食堂へ向かうジェニーを見送って、先生に手招かれるまま椅子に座る。周りを囲う生垣の向こうには白いへいが見えていた。

 その更に向こうは街のはずなのに、この辺りは鳥の声が聞こえるほど静かだ。防音の魔道具は塀に埋め込まれているのかもしれない。


「秘密基地みたいでいいでしょ。昔から大叔母(おおおば)様のお気に入りの場所だったのよ。片付けの途中に思い出して、久しぶりに来ようと思ってたの」

「そうなんですね」


 生垣の手入れもされているし、外に置かれているテーブルと椅子も汚れていない。神殿の誰かが掃除をしているんだろうなと考えて、ふと頭に疑問が浮かぶ。


「そういえば、医務室の整理をしていたんですか? そんなに散らかっているようには見えませんでしたが……」

「まぁ、ちょっと棚の中をね。長年置いてた私物の整理をしてたのよ。来年から医務室担当医がもう1人増えることになるから」

「え?」


 初めて聞いた情報に目を丸くしてしまう。先生はきょとんとした顔をした。


「ああ……長期休暇前に話があったばかりだから、まだ生徒会には伝わってなかったかしら。病院を弟子に譲った高齢のお医者様と交互に勤務することになるのよ。学園長の昔馴染みらしいわ」


 リリー先生はそれでいいんだろうか、と勝手に心配になってしまう。彼はたくさん努力をしてお医者様になったはずなのに、それでは医者としての仕事をする時間が減ってしまうことになる。

 学園での仕事がない日はどうするんだろうと思っていると、先生は小さく笑って言った。


「ピーターが大きくなるまでは姉さんも忙しいだろうし、あたしが神官代理をしなきゃいけない日もあるかもしれないでしょ? だからいいのよ。とりあえず、しばらくはね」


 そこでジェニーがティーセットを運んでくる。手際よく私たちの前にカップを並べ、ライアンの差し入れらしいクッキーとカップケーキを用意してくれた。呼び出し用の小さなベルをテーブルに置いて、さっと生垣の迷路を出て行く。


 そんなことより、と先生が口を開いた。


「アレンはちゃんと休めてる? 長期休暇も今年で最後でしょ。神殿を手伝ってくれるのは嬉しいけど、卒業後のことは決めたのかしら。だいぶ前に将来のことで悩んでるみたいなことを言ってたじゃない」


 投げられた質問に即答できず口ごもる。リリー先生は苦笑いを浮かべると、椅子に座り直して聞く姿勢をとった。

 ここで誤魔化(ごまか)すのもよくないな、と少し間を置いて彼に向き直る。


「何も浮かばないわけではないのですが、……どうしても迷ってしまって」

「そうなの? もしかして、神殿に(つと)めるかどうかで迷ってるのかしら」


 いきなり図星を突かれ、驚いてしまう。どうして分かったんだろう。彼には進路について話したことはないはずなのに。

 戸惑っていると、先生は小さく息をついた。


「見てれば分かるわよ。あんたは責任感が強そうだもの。『聖女』として、自分は神殿にいなきゃいけないと思ってるんじゃない?」


 リリー先生は紅茶を一口飲んで、紫の瞳をこちらに向ける。


「いいのよ、そんなこと考えなくて。おかげで今の神殿には聖魔力が十分満ちてるから。聖魔力保持者も1人じゃないし、あんたが神殿に勤めてなくてもなんとかなるわよ。……まぁそれは正直、個人的には残念だけど」


 ぽつりと聞こえた呟きに首を傾げる。彼は「何でもないわ」と手を振って、カップケーキを手に取った。


「確かに聖女には神殿にいてほしいって声もあるけど、自分の将来なんだから自分で選んだ方がいいわよ。迷うってことは他にやりたいことがあるんじゃないの?」


 ちらりと視線を向けられ、カップの取っ手を握る手に力が入る。やりたいことと言われて頭に浮かぶのは、ひとつだけだ。

 神殿のことを考えるだけで揺らいでしまう程度の想いだし、立派な(こころざし)があるわけではないが、それだけは数年前から変わっていない。


 先生相手に言うのは少し勇気がいるなと思いながら、答える。


「できれば……宰相(さいしょう)になりたいと思っています」

「あら、すごいじゃない」


 彼はまったく否定する様子もなく微笑んだ。なんとなく誤解されているような気がして、慌てて付け加える。


「でも、立派な目標があるわけではありません。宰相を目指した理由だって、いずれ王になるセシルの力になりたいと思っただけで……自己満足でしかないんです」


 力になるというだけなら宰相にこだわる必要はない。王宮の仕事は他にもたくさんあるだろうし、家の仕事をするだけでも目的は果たせるだろう。


 本を読んで授業を受けて宰相という仕事について調べているからこそ、じわじわと不安になる。私が試験を受けるだけでも、本気でこの国を支えようとしている誰かの邪魔をしてしまうのではないだろうか。

 セシルは応援してくれているようだが、もしかしたら。


――私が(そば)で働くことが、逆に彼の負担になってしまうかもしれない。


 つい目線が下がってしまう。リリー先生は眉を下げて笑った。


「いいじゃない。親友の力になりたいって想いも十分立派だと思うわよ?」

「……国の大事な役職なのに、目指す理由が国民ではなく友達1人のためというのは変ではありませんか?」


 カップから離した手を膝の上で握る。先生は「そうね」と考える素振りをした。


「何て言ったらいいかしら……ああそうだ。言及(げんきゅう)されたことがないから聞くけど、アレンはあたしの口調を変だと思う?」


 そう尋ねられて少しだけ考える。初めて会った時に驚きはしたが、変だと思ったことはない。否定のために首を振ると、彼は嬉しそうに頷いた。


「あんたならそうよね。最初から気にしてなさそうだったもの。でも、男なのに女口調なんて変だって思う人はたくさんいるのよ。もちろん神殿関係者の中にもね」


 要するに、と先生は私と目を合わせて言った。


「何が『変』かは人によるってこと。あんたが宰相を目指す理由を馬鹿にする人もいるかもしれないけど、あたしは立派だと思うわ。そんな不安定な基準で判断できないわよ。だいたい誰かにその動機は変だって言われて簡単に諦める程度の気持ちなら、何年も図書館に通って勉強なんかしないでしょ?」


 力強い言葉に背中を叩かれて思い出す。

 去年あれこれと思い悩んで倒れてしまった時、リリー先生が背中を押してくれたこと。たくさん相談に乗って励ましてくれたこと。



――そうか。……この人は『先生』なんだ。



 間違っていることを躊躇(ためら)わずに指摘して、他の考え方を示してくれる。同じ攻略対象のはずなのに、彼には何度も助けられてきた。肉体的にも、精神的にも。

 改めて感謝すると同時に気付く。学園を卒業したら、彼のことは何と呼べばいいのだろう。


 ふいに、先生がテーブルに頬杖をついた。


「それにしても、宰相ねえ。宰相って王宮勤めだし、基本的に忙しいんでしょ?」

「そうですね。まだなれると決まったわけではありませんが」


 お茶会のマナーとしてはあまりよろしくないとされているが、今は私と彼しかいない。それだけ気を許されているんだなと思っていると、彼は一瞬こちらを見た。

 そして目を逸らしたまま、呟くように言った。


「もちろん怪我も病気もしないでほしいけど。できれば、たまには神殿に来てちょうだい。……寂しいから」


 それを聞いてハッとする。今は学生だから、学園の医務室担当医である彼と関わる機会がある。休日の(たび)に神殿を訪れることもできている。

 しかし働き始めたら、自由に過ごせる時間はほとんどないだろう。


 リリー先生とこうしてお茶をするのは最初で最後なのかもしれない。そんなことを考えていたせいで、自然と眉が下がってしまった。


「私も、寂しいです」


 思わず口から本音が(こぼ)れる。先生は目を丸くして、困ったように笑った。


「もう、そんな顔されたらなんとかしたくなっちゃうじゃない。でも、そう。アレンもあたしと同じ気持ちでいてくれるのね」


 そこで、バードバスから小鳥が一斉に飛び立っていく。近くで聞こえていたさえずりが遠く離れて消えていく。

 せっかく仲良くなれたというのに、卒業したらこの関係も終わりなのだろうか。もう何かを相談をしたり、共にでかけることもなくなってしまうのだろうか。

 

 それは悲しいな、と頭に浮かんだ言葉をそのまま口にする。


「リリー先生。……学園を卒業しても『先生』と呼んでいいですか?」

「えっ?」


 彼は目をぱちくりとして、次いで不思議そうな顔をした。


「学園外だとなんか変な感じね。あたしは構わないけど、いいの? あたしなんかをそんなふうに呼んで」

「私にとって、リリー先生はいつまでも先生なので」

「……それは、他の先生方と違って特別だと思っていいのかしら?」


 その問いには大きく頷いて返す。授業でお世話になった先生方と卒業後に会うことがあったとしても、先生と呼ぶのはなんだか違う気がする。


 前世の考え方なら違和感はないが、この世界には身分がある。学園の外に出れば年齢や経験より身分の方が重視される。

 もし目の前の彼にも身分を気にされるようになってしまったら、きっと今のように気軽に会話をすることはできないだろう。


 リリー先生はしばらく黙っていたが、照れたように微笑んで頷いた。


「好きに呼んでちょうだい。あんたに特別だと思ってもらえるのは嬉しいわ」

「……ありがとうございます」


 その言葉にほっとする。話しているうちに紅茶が冷めていたことに気付き、カップに口を付ける。学園を出ても彼とはこれまでと同じように話ができるのだと安心したせいか、急にお腹が空いてきてしまった。


 そこからは聖女祭の話になる。人が多くて大変だったこと。レオ王子がノーラに渡すために花束(ブーケ)を持って帰ったようだということ。

 花束の数はなんとか足りたという話を聞きながらクッキーをまんでいたら、あっという間に時間が過ぎていた。


 お茶会を終え、ジェニーを呼んで生垣の外へ出る。神殿に入ると、ちょうど遠方の治療から戻って来たらしいアデルさんとルーシーの姿があった。


 アデルさんは私たちに気が付くと、慌てたように駆け寄って来て頭を下げた。


「アレン様、本当に申し訳ありません! ピーターを寝かしつけてくれたようで……ご迷惑をおかけしました」

「いえ、少しの間だけですから。大人しくて良い子でしたよ」


 私がそう言うと、彼女は安心したように胸を撫で下ろした。そして、にっこりとリリー先生に似た笑顔を浮かべて言った。


「普段はなかなか眠ってくれないので助かりました。アレン様は良いお父様になられますね」


 一瞬だけ言葉に詰まりつつ、礼を言って苦笑する。

 その瞬間、何故かいつもの幻聴が聞こえた。



『褒められてるのになんで喜べないの?』



 周りに人がいたため反射的に口をつぐんでしまう。不思議そうな顔をしながら、私と交代するようにリリー先生が口を開いた。


「姉さん、戻ってくるのは夜だって言ってなかった?」

「それなんだけど……移動用魔道具の調子が悪いみたいでね。すぐ用意できるものじゃないし、しばらく緊急時以外は使わないことにしたの。とりあえず今日は治療だけ済ませて戻ってきたのよ」


 どうやら神殿に置いてある移動用魔道具はかなり古いものらしい。みんなにも使わないように伝えてくるね、と走って行くアデルさんを見送る。


 そっと耳に触れてみたが、それ以上幻聴が聞こえることはなかった。

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