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142話 魔道具と再会③

 ホワイト伯爵とベロニカ夫人は貴族だ。普段から使用人に色々と任せていたためか、他の貴族同様あまり体力はなかったようだ。

 私が追いついた時には、すでにジャックに杖を奪われて青い顔をしていた。魔族は魔法が使えないぶん、人間よりも身体能力が高いらしい。


 魔法を使わせずに済むとは思わなかった。これならそこまで心配しなくてもよかったな、と胸を撫で下ろす。

 衛兵たちに追われる立場とはいえ、ホワイト家はまだ『伯爵』扱いだ。対するジャックは、人間界では彼らより身分が低いことになっている。万が一必要以上に危害を加えたら、別件として罪に問われてしまうかもしれない。


 思ったよりもあっさりと逃亡を諦めた2人を囲うように魔法で氷の(さく)を作る。他に違法魔道具を持っていれば内側から柵を壊されるかと思ったが、今のところ抵抗する気配はなかった。


 大人しく座り込んだ彼らを睨み付け、ジャックが腰に手を当てる。


「ったく、親不孝だのなんだの言いやがって。それを言っていいのは、本気で子供を幸せにしようとしたことのある親だけだろ!」

「ジャック、落ち着け」


 先程から妙に熱くなっている彼に声をかける。彼は深く息をついて、がしがしと頭を掻いた。


「なんか変なんだよな、さっきから。エミリアを見たら、こう、胸にぐわっと来たというか」

「……似たような感覚には、私も覚えがある」


 去年のことを思い出す。乙女ゲームのストーリーが進んでいる最中(さいちゅう)に、ヒロインであるルーシーと出会った時のこと。

 普段より冷静でいられなかったり勝手に胸が高鳴ったりしてしまうのは、私たちが『攻略対象』だからなのかもしれない。


 ルーシーは効率よく好感度を上げるためにポーションを使っていたが、毎回必ず使用していたわけでもないらしい。

 特に長期休暇前は、私には1度も使っていないと言っていた。それでも彼女には他の相手と違う不思議な感覚があったことを覚えている。


 しかし、こんなところで話しているわけにはいかない。とりあえずと柵に目を向ける。意図せずホワイト伯爵と目が合ってしまった。

 彼はバッと立ち上がると、両手で柵を(つか)んで声を上げた。


「ああ、あなたは噂の聖女様ではありませんか!! どうかお許しください。私たちは代々続くホワイト家を守りたかっただけなのです!!」


 彼の後ろではベロニカ夫人がハンカチを取り出し、わざとらしく目元を拭っている。ここまで分かりやすい嘘泣きは見たことがない。

 聖女と呼ばれているから勘違いしているのだろうか。私は別に聖人(せいじん)君子(くんし)でもなんでもないのだが。


 先程とまったく違う様子に眉を(ひそ)め、伸ばされた手を避けるように数歩下がる。


「それにしては、娘のエミリアに対して倫理(りんり)(かん)欠如(けつじょ)した行為を見受けられたが」

「誤解なさらないでください! あれは我が家流の『しつけ』でございます」


 その言葉に、いつかバラ園で泣いていた赤い髪の彼女が頭をよぎる。縄で縛って蹴り飛ばして、学園にも通わせず家に閉じ込めるのがしつけだとは。彼らはエミリアのことを物だとでも思っているのだろうか。


――そういえばこの男は……あの採掘場の事故にも関わっているんだったな。


 衛兵に任せるべきだと分かっているのに、事故で怪我をした人たちのことを思い出してしまったからだろうか。ざわざわと嫌な気持ちが胸に渦巻く。

 一言返しておこうと口を開きかけたところで、隣にいたジャックが前に出た。


「ふっざけんな。何がしつけだ。子供は親の道具じゃねえよ」


 昔、何かあったのだろうか。そう思ってしまうほど苦々しい表情の彼を、ホワイト伯爵がちらりと見上げた。


 その目がにやりと(ゆが)んだのに気付き、ハッとする。


「――ジャック!!」



 柵の隙間から(びん)が落とされるのと、私が彼を突き飛ばしたのは同時だった。



 一瞬で視界が白に染まる。パチッと何かが弾けるような音が聞こえ、緑の閃光(せんこう)が走る。雷魔法だと気付いた私の腕をジャックが掴んだ。

 ぐいと引き寄せられるようにして共に地面へ倒れ込む。次の瞬間、大きく地面を揺らして空から垂直に雷が落ちた。バリバリと大きな音が響き、土埃(つちぼこり)が舞う。


 次いで何かが崩れる音がして、慌てて振り向く。倒れた拍子(ひょうし)に眼鏡を落としてしまったようだが、私たちがいた地面から黒い煙が上っていることは分かった。

 そして、今の雷で氷の柵が一部崩れかかっていることも。


「かすりもしないとは、運のいい奴らめ」


 本性を出した伯爵が私たちを鋭い目で見ながら言った。ベロニカ夫人がスカートの内側に隠していた複数の瓶を素早く取り出し、伯爵に手渡す。


「まぁまぁ、まだ違法魔道具はいくらでもありますから」

「そうだな。さて、聖女様と魔法対決でもさせてもらおうか」


 この距離では杖を構える暇もない。唇を噛んでなんとか体を起こしたところで、遠くから詠唱が聞こえた。


「アイスボール!!」


 小石程の氷が林の間をまっすぐに飛んでくる。それは柵の隙間を通り抜け、ホワイト伯爵とベロニカ夫人の額に直撃した。

 勢いがついていたせいかゴッと鈍い音がして、彼らはその場に崩れ落ちる。どうやら今の1撃で気絶したらしい。


 魔法が飛んできた方へ顔を向けると、ギルが駆け寄ってくるところだった。


「ギル! 助かっ……」


 彼に礼を言いかけた時だ。

 突然、それまで黙っていたジャックが手を伸ばした。


「……ッ俺を」


 両肩を掴まれるようにして強制的に彼と向き合わされる。どうしたと尋ねるより先に、至近距離で怒鳴られた。



「俺を、庇うんじゃねぇ!!」



 え、と声が漏れる。反応できず地面に座り込んだまま固まってしまう。どうして怒っているんだろうと不思議に思うと同時に、違和感に気付いた。

 彼の顔は真っ青だ。表情も怒っているというより、今にも泣き出しそうに見える。肩を掴む手は細かく震えていた。思わず、反射的に口を開く。


「す、すまない」


 ジャックはそこで我に返ったらしい。はっとしたように手を離すと、自分の両手に視線を落とした。ぎゅっと拳を握り、悔しそうに俯く。


「……いや、(わり)ぃ。アレンは俺を、……」


 それ以上言葉は続かなかった。彼は片手で顔を覆っておもむろに立ち上がる。「頭を冷やして来る」とだけ言い残し、そのままふらふらと林の奥へ歩いていく。


 呆然と彼の背中を見送っていると、いつの間にかギルが傍まで来ていた。


「……何か、気に(さわ)るようなことをしてしまったんだろうか」


 彼に尋ねるように、ぽつりと呟く。ギルは静かに首を振って、地面に落ちていた眼鏡を拾ってくれた。


「いや、そうじゃない。……魔王様は、誰かに『庇われる』のが心の傷(トラウマ)になっているらしい」

「トラウマ?」

「ああ。ご本人がそうおっしゃっていた」


 受け取った眼鏡を掛け直し、立ち上がる。遠くでジャックがしゃがみ込んでいるのが見える。ギルは同じように彼に視線を向けながら、声を落として続けた。


「先代様……魔王様のお父上が魔物化したのは、あんたも知ってるよな」

「確か、魔界に行った時にテッドが話していた。そのせいで使用人がみんないなくなったと」

「そうだ。でも、いなくなったのは使用人だけじゃない。……魔王様のお母上は、あの方を庇って亡くなったんだ」


 それを聞いて言葉に詰まる。その時もジャックはパニックを起こし、テッドが抱えて避難させたそうだ。結局落ち着くまで2日程かかり、その間は食事も取らなかったらしい。


――知らなかったとはいえ、私が雷魔法で負傷していたら……。


 彼が青い顔をしたことを思い出し、ふうと息をつく。


「ジャックに悪いことをしたな」

「あんたは魔王様を守ってくれたんだろう。ありがとう。魔族として感謝する」


 ギルは礼儀正しく頭を下げた。むしろ守られたのは私だ。首を振って、頭に浮かんだ疑問を口に出す。


「そういえば、エミリアはどうした?」

「彼女なら馬車の傍にいる。一応氷の壁で守っているが……」


 そう言いつつ、ギルは後ろを振り返った。エミリアのことが心配なのだろう。怪我をしているかもしれないし、私も彼女を見ておきたい。

 杖を握り直し、ホワイト伯爵とベロニカ夫人を更に丈夫な柵で囲っておく。ジャックのことが気になったが、落ち着くまでにはもう少し時間がかかりそうだ。


 彼には何も言わないまま、ギルとその場を後にした。




===




「……! アレン様!!」


 馬車の近くに座り込んでいたエミリアは、私たちに気付くと弾かれるように立ち上がった。肩にはギルが着ていた上着が掛けられている。

 地面へ倒れ込んだ際に汚れてしまった服を見て、彼女はさっと青い顔をした。


「も、もしかしてお怪我を……!?」

「いや、大丈夫だ。誰も怪我していない」


 先程の雷鳴を聞いていたのだろう。安心させるように手を振ると、彼女はぎゅっと胸の前で拳を握った。縛られていた縄はギルが解いてくれたようだが、その手首にはまだ赤い痕が残っている。


「私よりも君の方が怪我をしているだろう。見せてくれ」


 急いで駆け寄り、エミリアの様子を確かめる。蹴り飛ばされた靴の痕が背中にくっきりと残っていて、眉根が寄るのを感じる。骨折などの大きな怪我はしていないようだが、痛々しいあざがあちこちにできていた。

 これだけ目撃者がいれば暴行の証拠は十分だろう。内臓を怪我していないとも限らないし、早く治療したほうがいい。


 そう考えて左手の指輪を外そうとしたところで、じわりと金色の瞳が揺れた。


 エミリアが突然しゃがみ込む。そのまま地面に手をついて頭を下げようとしたのを見て、慌てて止める。


「待て、何を」

「申し訳ございません……! わ、私のせいで……みなさんにご迷惑をおかけしてしまいました!!」


 いつになく力のこもった声が林に響き、口をつぐむ。彼女は震える手で地面の土を掴んだ。ギルに目を向けると、彼は黙って首を振った。

 おそらく彼もエミリアを励まそうとしたのだろう。しかし、反省を続ける彼女を止められなかったようだ。


 ボロボロと大粒の涙がエミリアの頬を伝って地面に落ちる。それを拭うこともせず、彼女は続けた。


「お、お父様の魔法で怪我をさせていたかもしれないのに……! 家族のことに巻き込んで、本当に申し訳ございません! 私は……私はいつもみなさんに助けていただいてばかりで何もできない……っ役立たずで申し訳ありません!!」


 怖い思いをしたせいか、普段より感情的になっているらしい。止めるのも聞かず頭を下げたエミリアを見て、食堂で水を被った時のことを思い出す。

 あの時も彼女は同じように謝ろうとしていた。きっと、そうすることでしか気持ちを伝えられないのだろう。


 小さく息をついてエミリアの前に(ひざ)をつく。彼女はハッと顔を上げた。


「謝るな。誰も迷惑なんて思ってない」

「で、でも、……!」


 なおも土下座を続けようとする彼女の肩を掴み、できるだけ優しく起こす。泣き顔を見てしまうのは心苦しいがそうも言ってられない。取り出したハンカチを彼女の頬に当て、未だ濡れている瞳と目を合わせる。

 自分が何もできないと思い込むのは分かる。役立たずなのだから何かしなければと思う気持ちも、「そんなことはない」と言われるだけでは意味がないことも。


 彼女が落ち着くまで少しだけ間を置いて、口を開く。


「エミリアは……16歳だったな」

「え?」


 いきなり何を言い出すのかと思ったのだろう。彼女はきょとんとして、小さく頷いた。この世界では18歳で成人するとはいえ、前世で22歳を経験した私からすれば16歳なんてまだまだ子供だ。自分が何もできないと決めつけるのは早すぎる。


「君は生まれてから16年しか経っていない。家を出て学園に入ってからは、数か月しか経っていないんだ。まだ自分の足で歩き始めたばかりだろう」


 エミリアは目をぱちくりとした。溜まっていた涙がぽろぽろとこぼれる。彼女が土に(まみ)れた手で(ぬぐ)おうとしたのを止め、ハンカチを握らせる。


「誰だって常に人の役に立っているわけじゃない。今の自分が何もできない役に立たないと思うのであれば、『これから』何かをやって誰かの役に立てばいい」

「これから……」


 ぎゅっとハンカチを握り締めて、エミリアは俯いた。


「でも、私なんか……」

「そう自分を卑下ひげするな。もう君には、君のために一生懸命になってくれる人もいるだろう?」

「私のため……?」


 大きく頷いて後ろを振り向く。私の視線に気付いたギルが目を丸くした。


「ギルはエミリアがいなくなってから街中(まちじゅう)を探し回っていたようだし、馬に乗ったのも久しぶりだったらしい。私たちも彼に声を掛けられたから、事態に気付くことができたんだ」

「お、おい!」


 ギルは顔を赤くして固まってしまった。エミリアは私と彼を交互に見ると、不思議そうな顔をして首を傾げる。


「ですが、ギル様は先程『お前のために来たわけではない』と」

「そ、そうだ! お前のためじゃない……から、気にするなと言ったんだ!」


 どうやら彼は偶然馬車を見かけて追ってきただけだと伝えていたらしい。黙っていたのは優しさだったのだろう。

 そういえば彼は『ツンデレ』キャラだったな、と今になって思い出す。せっかく彼が伏せていたのに、うっかり余計なことまで話してしまったようだ。


 数秒後。優しい嘘を理解したエミリアが嬉しそうに微笑んだことで、ギルはさらに真っ赤になっていた。

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