13話 杖と魔力開放
8歳になったある日。いつものようにセシルからお茶会の誘いを受け、私だけ馬車で王宮に向かった。
お茶会でなくても時々許可を得て図書室を利用していたため、王宮への道もだいぶ覚えた。だいぶ、というのは、防犯のために城門を抜けて王宮に向かう道がいくつかあるからだ。今日はジェニーと共に1つの馬車に乗り、初めてお茶会に参加した時と同じ道を通っていた。
「ここからは、魔術師様の訓練場が見えるのですね」
窓の外を見る余裕がでてきたジェニーが、呟くように言った。今までは王宮というだけでかなり緊張していたので、もう何度も来ているのに初めて訓練場に気付いたらしい。窓の外では黒いローブを着た人たちが大きな杖を掲げて、土の塊を空に作っていた。
「ああ、私が初めて魔法を見たのもここだったな」
あの後、母様が庭で氷魔法を見せてくれたことを思い出す。噴水の水を一部凍らせて白鳥のような形にしたり、氷で階段を作って2階の窓へ繋げてみたり。
氷の階段はちょっと滑りやすくて怖かったが、やっぱり間近で魔法を使っているのを見るのは感動した。氷魔法は溶けたら水になるのかと思っていたが、キラキラと砂のように消えていったのも綺麗だった。
ちなみに、最近になってたまに話すようになった父様は水魔法を使うらしい。しかし魔力量では母様が圧倒的に勝っているため、魔法勝負では勝てないのだそうだ。
そんなことを話している間に馬車が王宮に着く。護衛のスティーブンを連れたセシルが、手を振って待っていた。
「ようこそ、アレン。今日は僕の部屋でお茶にしないかい?」
「構わないが、中庭で何かしているのか?」
「母上がスワロー夫人とお茶会をするらしくてね」
スワロー夫人は確か公爵家のお茶会にも来ていたはずだ。母様から同じ席だったとも聞いたので、王妃様とも仲がいいのかもしれない。そう思いながら頷く。
「わかった。セシルの部屋にお邪魔させてもらおう」
「うん、是非。アレンに見せたいものもあるんだ」
見せたいもの? と首を傾げつつ、セシルに付いて王宮の廊下を歩く。すぐ後ろをジェニーとスティーブンが付いてくる。
3階まで階段を上がり、護衛兵が2人いる扉の前でセシルが立ち止まった。
「ここが僕の部屋だよ」
そう言って扉を開ける。スティーブンが警護のため中を確認し、その後に続いてセシルと共に入った。
大きな窓にカーテンが束ねられ、テーブルとソファーが置いてある。ベッド等はないので隣の部屋にあるのだろう。部屋の一部に本棚が置かれていて、まばらに本が入っている。テーブルの近くにはメイドが2人並んでいて、私たちが入ってきたことに気付くと揃って礼をした。
セシルに勧められてソファーに座る。セシルの後ろにスティーブンが立つ。王宮のメイド2人と挨拶を交わしたジェニーは、彼女たちと共にお茶の用意を開始した。といってもほとんど部屋に用意されているようで、切り分けたケーキと紅茶をテーブルに並べた後はポットの横に控えた。
1人、給仕を終えたメイドが部屋を出て行った辺りで、セシルが懐から棒のようなものを取り出した。
「アレン、見てくれ。少し前に父上から頂いたんだ」
それは20センチくらいの棒が持ちやすいように加工されたもので、底に赤い宝石が埋め込んであった。宝石の周りは金色に縁取られていて、なぜか宝石には透明な蓋のようなものが付いている。蓋は初めて見たが、この棒と似たようなものは見たことがあった。それこそ、母様に魔法を見せてもらった時に。
「これは、杖か?」
「ああ。父上が子供のころに使っていたものらしい」
「杖を貰ったってことは、もしかしてもう魔法が使えるようになったのか?」
セシルが魔法に目覚めるイベントはゲームにもあった。セシルルートの最後のほうで、ヒロインの回想で明らかになる。田舎から初めて王都の街に遊びに来ていたヒロインがなんやかんや危険な目に遭い、それを助けようとしたセシルが初めて魔法を使って敵を倒す。
入学時にはヒロインはそれを忘れているが5、6年前のことだと言っていた気がするから、おそらくセシルが10歳の時の話だ。
10歳でも平均よりかなり早いのだから、8歳の今魔法が使えるようになったとしたら早すぎるのではないだろうか。もしかして私と出会ったのも早かったから、イベントが前倒しになっているのだろうか。不安になっていると、彼は首を振った。
「いや、まだ魔力開放は起きてないよ」
「魔力開放?」
「うん。魔法を使えるようになる直前に、体の中で何かが弾ける感覚があるんだって。それを魔力開放というらしい」
その呼び方は初めて聞いた……だろうか? ゲームの中でそう言っていた気もする。本編の学園内では既に全員魔法が使える状態で、あまり話に出てこなかったから覚えていないのかもしれない。分かりやすいので私も今度からそう言おう。
とにかく、まだセシルは魔法が使えるようになったわけではないらしい。
「母上はまだ早いって言ってたんだけど、今のうちから自分の魔力を杖に馴染ませておくために身に着けるよう渡されたんだ」
セシルの言葉を聞いて、本だったか授業だったかは忘れたが、どこかで聞いた話だなと思う。基本的に、杖は他人の物をいきなり奪っても使えないようになっているらしい。
だから魔法を初めて使う時は早めに杖を購入して、しばらく身に着けることで自分の魔力を馴染ませる。もしくは、魔力が似ている『身内』が使っていた杖を借りるしかないという。それ以降はずっと身に着けておくことで、魔力の調整がしやすい杖になるのだそうだ。
「王様が使っていた杖なら、今から身に着けていなくてもすぐに使えるんじゃないか?」
「使っていたと言ってもだいぶ昔だから、念のためということらしい」
なるほどと返しつつ、それでもやっぱり早いような気がする。魔力開放の平均年齢は12~13歳だったはずなので、最短でもこれから4年はある。
王様は、セシルが平均より早く魔法に目覚めると知っているのだろうか。アレクシア母様も10歳で目覚めたらしいから、もしかしたら王様も、それくらいで魔法が使えていた可能性がある。となると、この杖はセシルに対する期待なのかもしれない。
そう考えつつ赤い宝石をじっと見ていると、セシルが言った。
「綺麗だろう? それは火の魔鉱石だよ。子供用の杖だから補助輪が付いているけど」
「補助輪……?」
自転車でしか聞いたことがない単語が飛び出し、首を傾げてしまう。彼は小さく笑って私から杖を受け取ると、持ち手の底を見せた。
「この魔鉱石の周りに付いている金の輪は魔道具なんだ。恐らく一番小さい魔道具なんじゃないかな。子供のころは魔力調整が上手くできないだろう? だから無駄に魔力を使いすぎないように、抑えるためにこれが付いているらしい」
今度こそなるほど、と頷く。あの蓋は魔道具の一部らしい。自動的に魔力の放出量を制限するようだから、ある程度の調整が可能になったら外すのだろう。そう思うと補助輪という言葉もぴったりだなと思った。
「火の魔鉱石は赤なんだな。母様に見せてもらった氷の魔鉱石は青だった」
「そうか。氷の魔鉱石も綺麗だよね」
魔鉱石の色は、そのまま属性の色になる。火は赤、氷は青。雷が緑で風が紫。確か土が黄色だった。水が水色だったり金属がオレンジだったりするため少し分かり難いが、だいたい似たような属性は近い色で分かれている。
杖の底に魔鉱石が埋めてあるのも、戦闘時に相手の属性がわからないようにするためらしい。貴族同士で魔法を使ってまで争うことはめったにないようなので、本当に隠す意味があるかはわからないが。
セシルは満足そうな顔をして杖を懐に仕舞うと、ケーキに手を付けた。それを見て、私もフォークを手に取る。お茶会の度に毎回違うケーキが出てくるなんて、王宮のパティシエはすごいなと月並みな感想を抱いてしまう。
今日のはチョコレートケーキのようだ。あまり詳しくないが、紅茶の茶葉も違っている気がする。ケーキに合わせて変えてあるのだろう。そこからは最近読んだ本の話や、護衛兵に教えてもらった戦闘訓練の話などをしてお茶会を楽しんだ。
しばらくすると、何故かセシルがそわそわし始めたのを感じた。何だろうと思いつつ、彼が言いだすまで待つことにする。見せたいと言っていた杖の話はもうしたし、他に何も思い当たることがない。
もしや見せたいと言っていたのは別のものだったのだろうかと彼を見ていると、ぱちりと目が合った。そこでカップを置いたセシルは、突然わざとらしく口を手で抑えてあくびをした。
「ごめん、失礼した。最近いくら寝ても眠くて」
それが嘘なのは分かっていたが、返さないのも変なので私もカップを置く。
「そうなのか。眠いなら無理せずに寝たほうがいいんじゃないか?」
「でもせっかくアレンが来てくれたのに、これだけでお別れなんて……アレンは眠くなったりしないのかい? お茶会のために午前中に授業を詰め込んでいるんだろう?」
そう言いつつ、彼は私に向かってメイドに見えないようウインクをした。理由はわからないが、乗って来いということなのだろう。
そうだな、と返しつつ目を擦る。
「君がそう言っているのを聞いたら、私もなんだか眠くなってきたかもしれない」
「そうか、君もか。なら一緒にお昼寝でもどうかな?」
「いいのか?」
「もちろん」
セシルは言わなくても意思疎通ができたことが嬉しかったのか、にっこりと笑った。そのままメイドたちに声をかける。
「ということで、僕とアレンはお昼寝をすることにするよ。いつものように2時間後に起こしてくれるかい?」
昼寝に2時間は長くないだろうかと思ったが、王宮のメイドたちは慣れているようで、「かしこまりました」と礼をした。その横で戸惑っているジェニーには私から声をかける。
「ジェニー、すまないが私もそれくらいに頼む」
「……かしこまりました」
ジェニーが礼をしたのを確認して、セシルは続けた。
「2時間は暇だろうから、君たちは休憩室でお茶でもしているといい。昼寝だから準備も必要ないよ。それとスティーブン、君はいつものように扉前で警備を頼めるかな」
「はい。かしこまりました」
スティーブンも慣れた様子で頷く。セシルはいつも同じように昼寝をしているんだろうか。でも、全く眠そうな様子はない。あまりにてきぱきと命令を出すため、何か他の目的がありそうな気がしてしまう。とりあえず、席を立った彼に続いて私も席を立つ。
メイドたちがそれぞれ礼をして部屋を出て行く。私はセシルに続いて扉から隣の部屋に移動した。予想通りそこにベッドやクローゼットが置かれていた。
「それじゃ、おやすみスティーブン。また2時間後に」
「おやすみなさいませ」
スティーブンに手を振って、セシルが扉を閉める。きっちり鍵までかけて、これで完全に2人きりだ。この部屋には窓があるが、侵入を防ぐためか他の扉はない。
腕を組んで、首を傾げる。
「それで、何をするつもりだ?」
扉の向こうにいるスティーブンに聞こえないよう、小声で尋ねる。セシルは楽しそうに笑ってベッドに近付いた。音もなくしゃがみ込み、ベッドの下からなにやら大きな箱を引っ張り出す。
それは、一見するとおもちゃ箱のようだった。ごちゃごちゃといろんな物が入っていて、それが何なのか直観ではわからない。
彼はそこから大きな布を2つ引っ張り出して1つを私に手渡すと、今度は窓に近付いた。音を立てないように気を付けながら窓を開け、下を覗き込んで何かを確認している。
その間に受け取った布を広げてみると、それはフードが付いたポンチョのようなものだった。その時点でなんとなく察してしまう。
人払いをして寝ていることにして、こんなものを着てこっそり窓を開けるなんて、まさか。
確認が終わったらしいセシルは、顔を上げてこちらを振り返った。
「アレン、街に行こう!」