140話 魔道具と再会①
魔道具会議が開かれるようになって数週間。定期的にという取り決め通り、ウォルフは休日の前日のみ魔道具庫に訪れていた。
普段ならエルビン先生に任せているが、今日はジャックに呼ばれたため、私も会議に参加している。
「ジャック君。音の魔鉱石の大きさを変えてみたんだけど、どうかな?」
「なるほど、こっちの方が雑音も入らなくていいな」
「石の動きで雑音が増えるなら、内部で固定してしまったほうが良いのでは」
彼らの目の前には布が敷かれ、その上に魔道具が並べてある。しかし、本人たちは床に直接腰を下ろしていた。全員貴族……ジャックに至っては魔王のはずなのに、いいのだろうか。
初対面ではウォルフに対する敬語が抜けなかったジャックも、何度か話すうちに完全に慣れたようだ。
わいわいと楽しそうに話しているのを聞きながら、少し離れた位置で腕を組む。1度座ったら昼休みが終わるまで立てなくなる予感がしたため、とりあえず立ったままで話が落ち着くのを待つことにする。
「レイヴン殿。腕輪型の魔道具は学園に寄贈してくださると伺いましたが、本当に良いのですか?」
「ああ、いいですよ。まだ魔か……実家に2つ予備があるんで」
一瞬ジャックが『魔界』と言いかけてヒヤリとしたが、なんとか誤魔化せたようだ。エルビン先生とウォルフは、例の腕輪型の魔道具で魔界と人間界を移動できることを知らない。もちろん、彼が魔族であることも。
うっかり作動して魔界に飛ばされないよう、寄贈される魔道具にはジャックの魔法を込めていないらしい。ただ単に身に着ける移動用魔道具としか説明していないらしく、今は他の魔道具と合わせられないか実験中なのだという。
「これを身に着けておくだけで移動できるようになれば最高ですね。基本的に移動型の魔道具は元の地点に置き去りになってしまうので、回収が不可欠なのですよ」
「そうそう。その点これは拾い忘れを心配しなくていいし、誰かに盗まれる心配もない。本人だけを移動できるから怪我人や王族の移動も少人数の護衛で済みそうだし、他にも……」
2人に交互に褒められ、ジャックは照れたように頬を掻いている。移動用魔道具で長距離の移動が禁止されているのには、元の地点の魔道具を盗まれるからというのも含まれているらしい。そうでなくても、設置型の魔道具は作動後に場所を少しずらしただけで帰れなくなってしまう。
――移動用の魔道具は、未だによく分からないな……。
魔道具に関する本も読んだことはあるが、ゴーレムのように特殊な造りだということしか分からなかった。本来なら個人で作れるようなものではないらしい。
色んな魔法が組み合わせて作られているようだが、どうしても前世の常識が邪魔をして、説明を聞いても素直に理解できない。
そう考えると、ジャックはすごいなと感心してしまう。前世の記憶を持ったまま、この世界の道具を生み出してしまうなんて。
彼は前世でも物作りが得意だったんだろうか。そういうところで働いていたのかもしれないな。……と、そこまで考えて息をつく。
「音の魔鉱石を使った魔道具は他にもありますね。いくつか持って来ましょうか」
「そうっすね。どういう加工をされてるか見てみたいです」
「さすがに学園のを解体はできないだろうし、ジャック君、明日うちの作業場に来てみるか? 街の奥の方にもあるんだよ」
「え!? いいのか?」
目の前の彼らは延々と話し続けている。私から止めなければ昼休みが終わってしまいそうだ。タイミングを見計らって口を開く。
「……ジャック。話を止めて悪いが、私は何故呼ばれたんだ?」
「あっ! 悪ぃ、アレンのこと忘れてた!」
素直に謝られ、苦笑する。彼はさっと立ち上がると、ウォルフに渡された魔道具を持って駆け寄って来た。透明な八面体の中に、同じく八面体のピンク色の石が入っている。
「改良版の録音魔道具だ。まだ完全じゃねぇけど、一応なんとなく声を区別できるようになってる。半径1メートルは変わってないけどな」
とりあえず持っていてくれと手渡され、礼を言って受け取る。この魔道具を渡すために呼ばれたらしい。
エルビン先生が魔道具の棚を漁りながら、こちらに顔を向ける。
「珍しいものですから、他の生徒や先生方の前では出さない方が良いでしょう」
「わかりました。気を付けます」
頷いて返し、魔道具を懐に入れる。これで話は終わりだろうかと廊下に目を向けると、オレンジ色の髪が見えた。イザベラの件があってからは1人行動を控えているため、ここへはライアンが付き添ってくれている。
そろそろ食堂に行かなければと思ったところで、ウォルフに声を掛けられた。
「ねぇ、作業場にはアレン君もおいでよ!」
「え? 私もか?」
「他に用事がなければ、だけど。ちょっと聞きたいこともあるしさ。待ってるよ」
それだけ言ってウォルフはひらひらと手を振った。まだ何も言っていないのに決定してしまったようだ。
――まぁ、ジャックだけを行かせるのも少し心配だしな……。
うっかり人前で魔界の話なんかしてしまったら、彼1人で誤魔化すのは難しいかもしれない。
明日はいつも通り神殿に行くつもりだったが、怪我人や病人が多いという話も聞いていない。神殿には聖魔力保持者3人分の魔力があるし、遠方への治療もルーシーがいれば大丈夫だろう。
そう考え、ジャックとエルビン先生にも一声かけて魔道具庫を出る。廊下で待っていたライアンは、お腹を押さえて振り向いた。
「すまない、ライアン。待たせた」
「お疲れ、アレン。大丈夫だ。今日は朝食をおかわりしておいたからな」
その言葉に小さく笑いつつ、彼と並んで食堂へ向かう。いつもならここにアンディーもいるが、彼は今日、ピアと中庭でランチをする予定らしい。
「アンディーとピアは、いつのまにそこまで仲良くなったんだろう」
「あの2人、いい感じだよなぁ。去年からよく同じ授業を受けてたらしいぞ」
それは知らなかった、と心の中で呟く。3年になってからは恋愛ラッシュが起こっているが、考えてみれば当たり前だ。
学園を出ると出会いの場はかなり限られることになる。少なくとも、今のように歳の近い男女が毎日顔を合わせることはなくなるだろう。
――学園卒業後の場といえば、各家が主催するお茶会や夜会……それから、その年に18歳になった貴族が王宮に集合するパーティーくらいか。
この世界で成人とされている年齢は18歳だ。私の前世の記憶では20歳のイメージが強いから、それより2年早く大人として扱われることになる。
昔は18歳のパーティーも個人の家でやっていたようだが、兄弟が多いと家によっては格差が生まれてしまうため、王宮でまとめて祝われるようになったらしい。
そういえば、とふいに思い出す。クールソン家で大きなパーティーを開いているのは見たことがない。私が生まれる前は定期的に人を集めていたらしいが、アレクシア母様が倒れてからはそれもなくなったそうだ。誕生日を祝う際にパーティーを開くことがあっても、基本的に親族だけで済ませている。
学園を卒業したら私が夜会を開く立場になるのかと考えていると、ライアンが「そうだ」と手を叩いた。
「アレンが魔道具庫に入ってすぐホワイト様が来たんだよ。呼ばなくていいって言われたから声はかけなかったけど」
「エミリアが? 気付かなかった。何かあったのか?」
「いや、伝言を頼まれたんだ。『明日は大切な用事があるから、神殿には行けません』って」
「大事な用事?」
なんだろうと首を傾げる。わざわざ前日に伝えに来たくらいだから、絶対に外せない用事なのだろう。ライアンも詳細は聞いていないらしく、不思議そうな顔をしている。
また出会った時に聞いてみようと思ったが、結局その日のうちにエミリアと会うことはなかった。
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ふわりと紅茶から立ち上る湯気を眺めつつ、小さくため息をつく。学んだばかりの内容を手帳にメモしていたジャックは、顔を上げて苦笑いを浮かべた。
「なんか悪いな。休みの日まで付き合わせちまって」
「……君のせいじゃない。気にしないでくれ」
魔道具会議の翌日、私とジャックは学園前の街にいた。午前中はウォルフに作業場を案内され、魔道具の解体や作成の様子を見せてもらった。
今はその作業場に隣接している喫茶店で遅めの昼食を取ったところだ。この街に昔からある店らしく、学園の生徒以外にもたくさんの人で賑わっている。
私がここまで疲れているのは、ずっとウォルフに質問攻めにされていたからだ。ジャックが作業場を見学している間、ウォルフは用意していた疑問をまとめて私に投げてきた。
どこから情報を得ているのかは不明だが、ライアンに告白をされたかどうか。学園で周りに恋愛をしている生徒がいるか。セシルの想い人について聞いたかどうか。カロリーナとジャックの様子まで、相変わらず止まることのない会話の中で根掘り葉掘り聞かれた。
思わずそれが聞きたくて呼んだのかと尋ねると、何故かとても良い笑顔で「もちろん!」と返って来た。
ウォルフの話し好きには慣れていたはずだが、久しぶりだと体力とは別のものを消費した気がする。
カロリーナとの様子なんてジャックの前で言えるわけがないし、ライアンのことも彼の許可なく言いふらすことではない。セシルは王子だから、周りにも作業員がいる公の場で話せるようなことでもない。
結局ウォルフの話を聞きながら質問を受け流していたら、あっという間に12時を過ぎていた。ウォルフは午後から仕事があるらしく、この喫茶店を勧めて街を出て行った。
――まぁ、疲れたのは彼の話を聞いていたから……というだけではないんだが。
今日のウォルフの話題は、そのほとんどが恋愛に関してだった。友達とここまで長時間恋愛について語ったことなんてこの世界では経験がない。カロリーナと本の話をすることはあるが、現実的な話は誰ともしたことがない。
なんとか『普通の人』のふりをして相槌を打っていたから、余計に疲労を感じているのだろう。
紅茶を飲んで、ジャックに目を向ける。
「君は有意義な時間を過ごせたようだな」
「ああ。やっぱり面白ぇな魔道具って。魔法じゃできないこともできるしさ。魔界だと魔法は自然に生まれる魔鉱石でしか使えないから、魔道具なしの生活は考えられないんだよな」
そうなのか、と目を丸くしてしまう。魔族は魔法を使えないから全て手作業なのかと思っていたが、魔鉱石を利用して魔道具を作ることで魔法の代わりにしているらしい。
創作呪文のように考えるだけで魔法を生み出すことはできないが、彼は魔鉱石の組み合わせや魔道具の仕組みを変えて、今までも色々と作り出してきたようだ。
説明する間も彼はずっと手を動かして魔道具の設計図のような物を書いている。器用だなと眺めていると、ジャックは視線に気付いて笑った。
「こいつめっちゃ書いてるなと思ってるだろ? メモ取るの癖なんだよ」
「いや……すごいなと思って」
インクを付けなくても書き続けられるペンはこの世界にもあるが、羽ペンより値段が高い割りに消耗品のため普段は使用しない。彼が使っているのは魔道具なんだろうかと思いつつ、ふと頭に浮かんだ疑問を口に出す。
「ジャックは社会人だったのか?」
周りに聞かれないよう、『前世で』という言葉は省略しておく。彼は考える素振りをして、小さく頷いた。
「まぁ、そうだな。何周か遅れてはいたけど働いてたぜ」
「遅れていた?」
「大学入試を控えてた時にちょっと色々あってな。……アレンは?」
「私も社会人だった。そんなに経験は積んでいないが」
あまり聞かれたくないという雰囲気を感じたため、それ以上は深く追求せずに流すことにする。そろそろ出るかと窓の外に目を向けたところで、見覚えのある黒髪が視界を横切った。
「……ギル?」
ぱっと目の前のジャックを見る。彼は思い出したように頷いた。
「そういや、今日は用事があるからあいつも一緒に行くって付いて来たんだよ。人間界に来てすぐ別れたけどな。テッドは置いてきたし、ギルなら無茶はしねぇだろうって」
「ああ、そうなのか」
納得して再度外を見たところで気付く。ギルは青い顔をしてキョロキョロと辺りを見回し、しきりに手元を確認していた。
何か小さな紙を握っているのが見え、席から立ち上がる。
「どうした?」
「ジャック、行こう。様子がおかしい」
支払いを済ませて店を出る。こちらから声を掛ける前にギルがハッと顔を上げた。青い目を見開いて駆け寄ってくると、彼は紙を握り締めて言った。
「あのっ……エミリアを見かけませんでしたか!?」」