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139話 魔道具の開発者

 冤罪(えんざい)未遂事件から2日後の生徒会室。午後の授業が終わったばかりだが、今日はすでに私とカロリーナ、そしてジャックが集まっていた。

 屋上でリリー先生にも事情を話したことを伝えると、ジャックは頭を押さえた。


「マジでテッドを入学させなかったのは正解だな」


 隠すように言われてんのに、と彼は大きなため息をつく。長年一緒にいたジャックであってもテッドの行動は予測不可能なことが多いらしい。

 改めて謝罪され、首を振る。


「君のせいじゃない。それに、彼に助けてもらったのも事実だ」

「ああ……なんか大変だったらしいな」


 昨日はイザベラとその取り巻きである女子生徒2人について、学園長を交えての話し合いがあったとカロリーナから聞いた。

 その場に居たセシルとリリー先生、数人の生徒たちが呼ばれていたようだが、当事者であるはずの私は呼ばれなかった。彼女たちと顔を合わせることがないよう配慮はいりょされたらしい。


 完全に被害者という扱いになっていたのは、医務室で目を覚ましたイザベラが早々に計画を自白したからだ。ベッドの上で『もう少しでしたのに……!』と叫んでいるのを先生方が聞いていたらしい。

 結果として、今回のことに関しては全面的に彼女たちに非があると判断された。


 その後の詳しい処分については、これまた何も聞かされていない。しかし生徒会副会長として、彼女たちが3人揃って即日退学となったことは知っている。

 それと、それぞれの家からクールソン家に謝罪の連絡が入ったことも。


 今朝のうちにクールソン家から分厚い手紙が届いていた。私を励ますような言葉と共に、近々改めて謝罪が来る予定だが、こちらで対応するから心配しないようにと書かれていた。


 ジェニーには伏せていたものの、当日の帰りが遅かったことと手紙が届いたことで何かあったと気付かれたらしい。彼女も心配性だから余計な心労を増やしたくはなかったが、じっと視線を向けられて仕方なく話してしまった。

 案の定彼女は顔を青くして、「今後はできるだけ1人で行動しないようにしてくださいね」と子供にするような注意をされた。


 生徒たちの間でも多少話題になってしまったようだが、聞こえてくるのはどれも私に同情するような噂ばかりだった。

 どうやら、イザベラの取り巻きが勘違いで騒いでいただけだと思われているらしい。噂を聞いたライアンやアンディーにも心配はされたが、疑われはしなかった。


――本当に、誰にも疑われていないとは……。


 リリー先生が上着と杖を見つけて回収してくれた。セシルが屋上まで探しに来てくれた。テッドがあの場面で現れてくれた。改めて、私は運が良かったと思う。

 彼らがいなかったら、ここまで平和な話にはならなかっただろう。


「……それにしても、まさかこんなに早く主要キャラが退場するなんてな。そこまで積極的な性格じゃないはずなんだけど」


 ジャックがこぼした言葉に顔を上げる。彼は腕を組んで窓の外を見ていた。席で書類整理をしているカロリーナに聞こえないよう、少しだけ声を落として尋ねる。


「主要キャラというのは誰のことだ?」

「え? あ……悪い、アレンにはまだ言ってなかったか」


 彼はバツの悪そうな顔をして頬を掻くと、間を置いて答えた。


「イザベラ・ブランストーン。あの子がホリラバ2(セカンド)のライバル令嬢だったんだ」


 予想外の返答に言葉を失う。つまり彼女は、乙女ゲームの中ではカロリーナと同じような立場にいたということだ。

 呆気あっけに取られている私に苦笑して、ジャックは続ける。


「元から誰かの婚約者候補ってわけでもないから、どのルートに行っても出てくるお邪魔キャラって感じだったけどな。もうちょい時間が経ってからイベントに絡んでくるかと……」

「その彼女が、何故私に関わってきたんだ?」


 同じ世界の同じ学園にいるとはいえ、私は『前作』の攻略対象だ。彼女が続編のライバル令嬢だというのなら、私ではなくギルやジャックと関わる機会の方が多いのではないだろうか。

 特にギルはエミリアと一緒にいることも多く、年齢もイザベラと同じだ。授業でも面識があるだろうし、実際彼女も彼のことは知っている様子だった。


 目の前のジャックは小さく(うな)って頭を捻った。


「俺らの入学が極端に遅かった、ってわけでもなさそうだからな。単純にあの子から見てアレンが一番魅力的だったんじゃねぇか?」


 そういうものだろうかと首を傾げる。確かにイザベラは身分を気にしているような発言をしていた。ジャック達は男爵家ということになっているから、生徒会役員であり公爵家の私を選んでもおかしくはない。


 でもそれなら王子であるセシルの方が……と思ったが、万が一王族に冤罪えんざいなんてかけようものなら、貴族であっても重刑は(まぬが)れない。

 そう考えると、狙われたのが私でよかったなと思う。未遂で終わったから彼女たちの罪もそこまで重くはないだろう。


 そこで、思い出したようにジャックが小声で言った。


「そうだ。今回みたいな事件がまた起こった時のために魔道具を持ってきたんだ。この世界、監視カメラがないだろ? 冤罪でバッドエンドなんて洒落(しゃれ)になんねぇし、映像は無理でも録音だけできるやつがあったからさ」

「魔道具? また君が作ったのか?」


 魔道具という単語に反応したらしく、視界の端でカロリーナが顔を上げる。彼女も気になっているようだが、ジャックはまったく気付いていないようだ。


「まだ試作品だけどな。とりあえず1個しかないからアレンが持っとくか?」


 彼はそう言いながら、ふところからその魔道具を取り出した。透明な八面体の中に、音の魔鉱石らしいピンクの玉が入っている。

 半径1メートル程度なら空気中の魔力の揺れを感知して録音、再生ができるらしい。さすがに声までは再現できないけど……と説明を続ける彼を一旦手で制する。


 そして、そわそわと耳を立てていた彼女に顔を向ける。


「カロリーナ、魔道具なら君の方が詳しいだろう。彼が作った魔道具を私が学園内で所持するのは、スワロー家として問題ないのか?」

「えっ? あ、ええと……そうですわね」


 カロリーナはこちらを向くと、ジャックを見てさっと目を逸らした。初対面時にジャックが告白をしてから彼女はずっとこんな調子だ。嫌がっているわけではなさそうだが、どういう反応をすればいいのかわからないらしい。


 カロリーナは考える素振りをして、視線を外したまま答える。


「お話を伺う限り問題はないと思いますが、念のためお預かりしてもよろしいでしょうか? 明日は学園の休日ですから、スワロー家に確認して休み明けにお返しいたしますわ」

「わかった。ジャック、いいか?」


 ちらりと彼に目を向ける。ジャックはハッとしたように頷くと、魔道具を握りしめてカロリーナに近寄った。彼女は慌てて勢いよく席から立ち上がる。


「じゃあ、カロリーナ。よろしく頼む」

「は、はい。お預かりいたします」


 そっと魔道具を受け取ったカロリーナを、ジャックはとてもいとおしそうに見詰めていた。それに気付いた彼女が顔を赤くする。

 授業で積極的に関わっているからか、彼らの仲は良好なようだ。微笑ましい様子につい頬が緩んでしまう。


 妹から魔道具の確認を頼まれたウォルフが学園を訪れたのは、休み明けの朝のことだった。




===




「君があの魔道具を作ったんだって? アレン君が付けてた移動用の腕輪も!」

「は、はい。まぁ」


 男子寮近くにある門の前で、久しぶりに会ったウォルフは挨拶もそこそこに声を弾ませていた。彼の前には魔界から移動してきたばかりのジャックがいる。


「あ、学園外だけど堅苦しいから敬語はいらないよ。で、この魔道具なんだけど」


 卒業後すっかり魔道具の仕事にのめり込んだらしい彼は、先程からずっと興奮気味に話し続けている。


 いつものようにセシル達と朝食を取って寮を出たところで、すでに門まで来ていたウォルフに声を掛けられた。すぐに魔道具を作った生徒を呼んでほしいと言われ、ひとまずセシル達には先に校舎へ向かってもらった。そして寮の裏手にジャック達が現れるのを待って、彼らを紹介した。


 そこから数十分。


 ギルはエミリアを待たせているからと先に校舎へ向かい、テッドはいつの間にか姿を消していた。私もそろそろ移動したいと思っているが、ジャックを置いていくわけにはいかない。彼も午前中は授業が入っているはずだ。


 仕方ないなと息をつき、弾丸トークを繰り広げる彼に声をかける。


「ウォルフ、それくらいにしてくれ」

「えっ? まだ全然話してないよ。彼の魔道具についても詳しく聞いてないし。もう少し駄目か?」

「もうすぐ授業が始まってしまう。私もジャックも移動しなければ」


 ええー、とウォルフは残念そうに肩を落とした。ジャックを見ると、彼は複雑な顔をして首を傾げている。


「ジャック、どうした?」

「いや……あのさ、この人って誰なんだ?」


 そう尋ねられ、ウォルフが自己紹介もせず語り出したことに気付く。苦笑して、今更ながら彼の紹介をする。


「彼はウォルフ・スワロー。私たちの1つ上の先輩で、学園の卒業生だ」

「気軽にウォルフって呼んでくれ。周りに面倒な貴族がいない時に限られるけど」

「え? スワローってまさか」


 ジャックが言いかけたところで、後ろから声がした。


「お兄様!? どうしていらっしゃるのですか!?」


 赤い髪を揺らして、ぱたぱたとカロリーナが駆け寄ってくる。彼女はジャックを見て一瞬だけ目を丸くすると、キッとウォルフを睨み付けた。


「生徒たちが噂していましたわ。門の辺りで魔道具について熱く語っている男性がいるようだと!」

「それで、カロリーナも俺に会いたくて来たってことか?」

「違いますわ! 生徒会として確認しにきたのです!」


 相変わらずウォルフはカロリーナを可愛がっているらしい。怒られているのにどこか嬉しそうだ。

 ジャックはそんな2人のやり取りを眺めながら「怒ってんのもかわいいな」と呟いていた。(さいわ)い、カロリーナには聞こえなかったようだ。


 ウォルフは時間切れを理解したのか、眉を下げて笑った。


「わかったわかった、じゃあとりあえず今はこれくらいにしておくよ。ジャック君だっけ、また会える? もっと色々聞きたいんだけど」

「あ、あー……そうっすね」


 ジャックは頭を掻いて言葉をにごした。彼は授業が終わった後、18時の鐘が鳴る前にギルとテッドを連れて魔界に戻らなければならない。休日も基本的に魔界にいるため、人間界(こちら)で自由にできる時間はあまりないのだろう。


 じっと彼を見て、ウォルフは(あご)に手を当てた。


「無理そうか? 直接が難しいなら手紙でもいいよ」

「いや、俺も魔道具の話は聞きたいんで……昼休みならどうすか?」

「昼休みか。でも学園の外に出る時間はないんじゃないか?」


 ウォルフの疑問に答えるように、「それなら」と再び背後から声がした。


「学園の中でお話しすれば良いと思いますよ」


 気配を感じなかったため、慌てて振り返る。そこには魔道具担当のエルビン先生が立っていた。カロリーナとジャックも驚いたようだが、後ろから来るのが見えていたらしいウォルフは「なるほど」と手を打った。


「時間に縛られずに行動できる俺が許可を得て学園に入ればいいんですね。もしかしてエルビン先生も、ジャック君が作る魔道具に興味があるのでは?」

「ええ、もちろん。噂でしか知らないので実物を見せていただきたいものです」

「魔道具について語るなら、是非使用して色々と試したいですよね」

「では昼休みに魔道具庫を開けることにしましょう。あの部屋は丈夫ですから」


 そこからどんどん話が進む。気付けば、昼休みは定期的にウォルフが訪れ、魔道具庫でジャックとエルビン先生と共に『魔道具会議』を行うことが決定していた。

 学園に入る許可だけ頼むよと馬車で去っていくウォルフを見送りながら、隣で呆然としているカロリーナに尋ねる。


「ウォルフは、あんなに魔道具に対して意欲的だっただろうか?」

「いえ……私が魔道具の勉強を始めたから、余計に張り切ってらっしゃるようで」

「ああ、そういうことか」

「卒業しても兄がご迷惑をおかけして本当に申し訳ありません。入校許可は私から学園長に申請しておきますわ」


 彼女はそう言って小さくため息をつく。苦笑してジャックに目を向けると、彼はエルビン先生と魔道具について話していた。そろそろ止めなければウォルフを見送った意味がなくなりそうだ。

 録音と腕輪型の魔道具はカロリーナが預かっているらしく、あとで受け取ることになっている。きっと今日の昼休みはそれについて会議が行われるのだろう。


 ウォルフとジャックがこうして出会うことになるとは思わなかった。魔道具を通じて、カロリーナの知らぬ間に外堀を埋められているような気がする。


――ウォルフがジャックに向けていた視線には、なんとなく気の早い『期待』が込められている気もしたが……。


 彼女が疲れた顔をしていたため、そのことについては黙っておくことにした。

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