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135話 恋心と冤罪①

 生徒会室にノックの音が響き、手元の書類から顔を上げる。部屋に入ってきたライアンは不思議そうな顔をして首を傾げた。


「あれ、放課後なのにアレンだけなのか?」

「セシルとカロリーナは授業が押しているらしい」


 セシルは婚約者候補の関係を解消したため、交流系の授業にも積極的に顔を出さなければならなくなったようだ。そしてカロリーナは魔道具関係の授業を選択することで実技が増え、毎回片付けまで手伝っているのだという。


 私とは別の意味で忙しそうだと苦笑しながら、席を立ってライアンに近寄る。


「すまないな。授業の終わりに見回りを頼んでしまって」

「いいって。ちょっと遠回りしてるだけだし」


 最近はこうしてライアンやアンディー、時にはピアや他の生徒にも生徒会の手伝いとして見回りを頼むことが増えた。どうなることかと思っていたが、みんな(こころよ)く引き受けてくれた。


 編入生のエミリアが迷っている際に手助けをしてもらったり、ジャックとギルの様子を報告してもらったりしている。

 今のところ特に乙女ゲームのイベントらしいことも起こっていない。エミリアも魔族の彼らも、徐々に学園に馴染なじんできている。


「何も問題はなかったか?」

「そうだな、俺が見た限りでは何もなかった。ホワイト様とレイヴン……ギルが図書館に入っていくのは見たけど」


 レイヴン家は男爵家という扱いになっているため、容姿で目立つギルとエミリアが一緒にいても文句を言う生徒はいないようだ。公爵家の私や王族のセシルが彼女に構うよりは(かど)が立たないだろう。


――調理の授業で一気に距離が縮まったみたいだな。


 ギルは同じ歳だからか、エミリアも話しやすいらしい。どちらも異性と接した経験は少ないらしく、遠目から見ていると微笑ましくなってしまう。

 このまま仲良くなると良いなと思いつつライアンに報告の礼を伝える。今聞いた内容は後で報告書にまとめようと考えていたところで、彼が言った。


「2人でいるのって、なんか久しぶりだよな」

「ああ、言われてみればそうだな」


 確かに3年に上がってからは、アンディーも一緒に行動することが多かった。今まで通りライアンが寮の部屋に来ることもあったが、その時はセシルもいた。

 ライアンは何か考える素振りをすると、躊躇(ためら)いがちに口を開いた。


「あのさ。失礼だって分かってるんだけど、言ってもいいか?」

「失礼? 別に構わないが……」


 何だろうと顔を向ける。彼は大きく息を吸って言った。



「実は俺、2年の半ばくらいまでアレンのことが好きだったんだ」



 突然の告白に、一瞬何を言われたのか分からずきょとんとしてしまう。それはどういう意味だろう。2年の半ばまでということは、今は違うということだろうか。

 少し間を置いて彼に尋ねる。


「……今は『嫌い』だってことか?」

「いや、違うんだ。そういうんじゃなくて……何というか、俺が変なんだけどさ。その、たまにアレンが女性みたいに見えることがあって」

「えっ?」


 告げられた言葉に固まってしまう。女性のように見えて好きだったということは、つまりそういう意味で『好き』だったのだろう。

 まったく気付かなかった。彼の恋愛対象は、ずっと女性だと思っていたから。


――いや……そうか。だからこそ、前世が女性の私にそんな気持ちを抱かせてしまったのか。


 アレンとしての記憶もあるし自分は男だと思っている。しかし前世を思い出した以上、どうしても女性的な面が完全に消えることはない。素直な彼には、それがなんとなく伝わってしまったのかもしれない。

 乙女ゲームの攻略対象である彼が男の私を好きになるとは思えない。ライアンはおそらく『私』ではなく、私の中に残っている女性としての部分を好きになってくれたんだろう。


 まさかこんな形で友達を(まど)わせていたとは思わず、つい黙り込んでしまう。ライアンは顔を青くして、わたわたと手を動かした。


「すっ、すまん!! 馬鹿なこと言ってる自覚はある! アレンが綺麗だから俺が勝手に混乱してただけで……性別を錯覚さっかくするなんて、公爵家の令息に何言ってんだって話だよな。ほんとにごめん!!」

「い、いや。謝らなくていい」


 錯覚の原因に心当たりはある。そう思って彼を止めようとしたが、ライアンは勢いよく頭を下げた。


「俺、去年までアレンに時々変な態度取ってたからさ。こういうのは卒業前に理由をハッキリさせておいた方がいいと思って……い、今はアレンのこともちゃんと男だって分かってるし、大事な友達だと思ってるから!!」


 力強い声が部屋に響く。こんなに言い(づら)いことを面と向かって言えるなんて、ライアンはすごいなと尊敬してしまう。

 流れに身を任せて黙っておくことだってできるのに、彼はいつもはっきり言葉にして伝える。思い返せば、去年もそうだった。


――何もかも嘘で誤魔化している私とは正反対だ。


 そろそろと顔を上げた彼は、肩を落として申し訳なさそうな顔をした。


「急に変なこと言ってごめんな。気持ち悪かったよな」


 男が男を好きだなんて……と続けられ、慌てて首を振る。彼を混乱させてしまったのは私だ。そんなに謝られると、むしろ申し訳ない気持ちになる。


「そんなことはない。私も君のことは大事な友達だと思っている」

「えっ……ほ、本当か?」

「ああ。できれば、これからも変わらず仲良くしてくれ」


 彼の水色の瞳と目を合わせて答える。ライアンはパッと顔を輝かせて「こちらこそ!」と大きく頷いた。それを見て、ほっとしてしまう。

 男に転生してよかった。ライアンの気持ちを無駄にせずに済んで安堵(あんど)する。彼には幸せになってほしいからなと考えたところで、ふと疑問が浮かんだ。


「それにしても、どうして急にそんなことを言い出したんだ?」


 卒業前にというのは分かるが、今でなければ駄目だったのだろうか。首を傾げると、ライアンは頬を掻いて口ごもった。

 わざわざ過去の恋心を清算(せいさん)したということは、理由として考えられるのは……。


「ルーシーと何かあったのか?」


 彼はギクリと肩を跳ねさせた。ルーシー関連であることは間違いないらしい。分かりやすいなと苦笑してしまう。

 ライアンはバツの悪そうな顔をして、そっと首を振った。


「何かあったわけじゃないんだ。俺が気持ちにケリをつけたかっただけで。一時的とはいえアレンの命を狙ってた相手だし、俺も少し操られてた。国が危なかったのも分かってる。……でも、どうしても嫌いになれなくてさ」

「無理に嫌う必要はないだろう。君は自分の気持ちに嘘をつかなくていい」


 そこまで理解していても、彼は変わらずルーシーのことが好きなんだろう。去年から彼女に惹かれているのは分かっていたが、その気持ちに向き合うための告白だったんだなと納得する。

 次いで、ここにも恋をしている男がいたなと笑ってしまう。セシル、ジャックに続いて私の周りだけでも3人目だ。


 目を丸くしているライアンに向かって、続ける。


「私もルーシーが悪人だとは思っていない。難しいかもしれないが、応援するよ」


 今では彼女のことも友達だと思っているが、罪人には違いない。貴族であるライアンと結ばれるのは簡単ではないだろう。

 彼もそれは分かっているらしく、ぐっと拳を握って真剣な顔をした。


「ありがとな。アレンも好きな人ができたら教えてくれよ。俺も応援するからさ」

「……ああ、ありがとう」


 じゃあまた食堂で、とライアンは手を振って扉に向かっていく。その後ろ姿に、このまま見送っていいのだろうかと一瞬だけ後悔が頭をよぎる。

 彼は友達として全てを話してくれたのに、私は何1つ彼に伝えられていない。前世の記憶があることも恋をしないことも。今伝えなければ、この先彼に話す機会は訪れないかもしれない。


 そんなことを考えていたせいで、扉が閉まる瞬間、思わず呼び止めてしまった。


「ライアン、あの……」



『また後悔することになるよ』



 パチッと視界が(またた)き、空耳が聞こえる。言葉に詰まった私を不思議に思ったらしく、ライアンは閉じかけていた扉を開いて顔を覗かせた。


「アレン、どうした?」

「……いや、何でもない。また後で」


 彼を見送って、ふうと息をつく。しんとした部屋で耳に触れてみるが、もう空耳は聞こえない。一体何なんだと眉を(ひそ)める。


――この感じ、収穫祭の時もあったな。


 ただの空耳ではなく幻聴なのだろうか。何か思い出せないままでいる記憶があるのかもしれない。

 しかしどうにも違和感がある。過去の記憶というよりは、たった今言われた言葉のようだ。でもこれが誰の声なのかは分からないし、まったく聞き覚えがない。


 副会長席に戻り、ライアンから伝えられた内容を報告書にまとめる。空耳なんて聞こうと思って聞けるものではない。おそらく、そのうちまた聞こえるだろう。


「……帰る前に私も校内の見回りをしておこうかな」


 誰もいない生徒会室でわざと声に出して呟く。

 当然、答えが返ってくることはなかった。




===




 1人で見回りをするのは久しぶりだな、と心の中で呟く。生徒会室から下の階へ移動し、渡り廊下を通って隣の校舎へ向かう。まだ18時の鐘が鳴るまで時間はあるが、ほとんどの生徒はすでに帰っているようだ。


 改めて考えると、授業の行き帰り以外で1人になるのも数週間ぶりだ。ライアンのように見回りを頼んだ生徒が生徒会室に来ることもあれば、廊下で声をかけられて報告を受けることもある。食堂で1人になることはないし、寮に戻る時も普段はセシルとカロリーナが一緒にいる。


 1人でいるのは平気なはずなのに、なんとなく寂しく感じてしまう。


――でも、きっとみんなの恋が成就(じょうじゅ)したらこれが普通になるんだろう。


 それなら今のうちから慣れておかなければ。と、小さく息をついたところで後ろから近付いてくる気配に気付いた。

 隠しきれていない足音は2人分。何故かこそこそと小声で話している。視線を向けられている感覚に足を止めて振り返る。


 そこにいたのは、イザベラと共に食堂にいた2人の女子生徒だった。彼女たちは私と目が合うと、ギクリとその場で固まった。

 少し距離はあるものの、誰もいない廊下では十分に声が届く。


「……私に何か用か?」


 尋ねると、彼女たちは顔を見合わせた。何故かどちらも制服の上着を着ていない。着脱は自由だが、今日は気温が高いわけでもないのに寒くないのだろうか。


 そう思っていると、片方の生徒がそろそろと口を開いた。


「その……上着を教室に置き忘れてしまったのですが、鍵が掛かっていないはずなのに扉が開かなくて。クールソン様にご確認いただきたいなと」

「私を探していたのか?」


 彼女たちは揃って頷いた。その反応に違和感を覚える。扉を見るだけなら先生でもいいはずだ。それに本当に私を探していたのなら、生徒会室に来ればいい。

 しかし偶然入れ違いになった可能性もある。本当に困っているのだとしたら、違和感だけで疑うのはよくないだろう。


 とりあえず、と彼女たちに向き直る。


「どこの教室だ?」

「4階の端です。付いて来てくださいませ」


 それだけ言って、彼女たちはさっと(きびす)を返した。彼女たちに続いて階段を上りながら、4階の教室を今日の授業で使っていただろうかと考える。


――確か、お茶会関係の交流授業が入っていたな。


 彼女たちはそれに出ていたということだろうか。授業中に上着を脱ぐ機会があるのかは不明だが、教室に行けば本当かどうかは分かるだろう。

 誰もいない4階の廊下を歩き、教室の前に着く。大きな扉は閉まっていてどうやっても動かない。授業で使っていたなら、鍵を閉めるには早すぎる。


「確かに開かないな」

「先生方にも聞いてみたのですが、まだ鍵は閉めていないそうです。この扉だけ壊れているのでしょうか?」

「そんな報告は受けていないが……」


 もしや今日壊れたばかりなのだろうか。それなら実際に授業を受け持った先生に確認したほうが早いかもしれない。

 一度職員室に向かおうかと考えていたところで、傍にいた女子生徒がくしゃみをした。ぎゅっと肩を抱いて小さく震えている。


「どうしましょう。上着がないと寒くて仕方ありませんわ」

「替えはないのか?」

「つい先日ほつれてしまって、新しいものを用意させておりますの」


 ほつれたくらいなら着られるのではと思ったが、口には出さないでおく。貴族の令嬢には難しいのだろう。少し考えて彼女に顔を向ける。


「生徒会室に制服の余りがあるはずだ。この扉が開くまでそれを借りるか?」

「い、いえ! あとは寮に戻るだけですから……」


 再び彼女がくしゃみをする。その寮に戻ろうにも、部屋の鍵は上着のポケットに入っているらしい。


 もう1人の令嬢は不安げな顔で私を見上げて言った。


「クールソン様。本当に申し訳ありませんが、今だけクールソン様の上着をお借りできませんでしょうか?」

「え?」

「彼女には持病があります。このままでは発作(ほっさ)がでてしまうかもしれません。一時的に温まれば治まるはずですわ。その間に私が生徒会室で上着を借りて参ります」


 持病という言葉に彼女を見る。聖魔法で治らないなら喘息(ぜんそく)のようなものだろうか。そう言われて断るのも心苦しい。仕方ないなと息をついて上着を脱ぐ。

 そのまま女子生徒に手渡そうとして、ふと気付いた。


「待ってくれ。杖だけ取っ……」


 そう言いかけた時だ。突然、彼女たちが動いた。

 素早い動きで私の手から上着を奪い取る。



 そして、わずかに開いていた廊下の窓から外に放り投げた。



「――は?」


 予想外の行動に理解が追い付かない。制服の上着を奪われて捨てられた……だけではない。杖を奪われたのだと気付いた時には遅かった。


「イザベラ様!!」


 女子生徒の声と同時に背後で扉が開くのを感じる。振り返る間も無く、廊下側から女子生徒たちに押されるようにして、暗い教室に足を踏み入れる。

 咄嗟(とっさ)に手を伸ばしたが、扉はバタンと音を立てて閉まってしまった。同時に呪文を唱える声が聞こえ、扉は内側から押しても引いても動かなくなる。


「……何のつもりだ?」


 扉に手をついて大きく息をつく。振り返った暗い教室の中に彼女は立っていた。

 金髪縦ロールに紫の瞳。カーテンの隙間から差し込む光に照らされた表情は、不気味なほど喜びに溢れている。


「なかなかお1人になられないんですもの。ようこそいらっしゃいました。お待ちしておりましたわ、アレン・クールソン様」


 (にら)まれていることなど気にも留めないように、イザベラはにっこりと微笑んだ。

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