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134話 イベントと分担

「ギルルートのイベントは覚えているのか?」

「他のルートが濃かったからだいぶうろ覚えだな。でもこの世界なら、攻略対象とヒロインが揃えばそれだけでイベントみたいなもんだろ」


 人気(ひとけ)のない廊下を歩きながらジャックと小声で話し合う。周りに誰もいないことは確認済みだが、前世の話を大声でする気にはなれない。


 続編のヒロインであるエミリアと彼らをどうやって会わせればいいのだろう。と、悩んでいたのは今朝までの話だ。

 先程昼休みのうちに食堂であっさりと出会いイベントが起こってしまった。私がジャックとギルの傍にいたため、近寄って来たエミリアと偶然鉢合わせた。


 すぐに彼女がヒロインだと気付いたジャックが口を開き、生徒会である私を介してお互いの自己紹介を済ませた。念のため、種族については彼女にも伏せている。


「まぁ、まさか同じ授業を選択してるとは思わなかったけどな」


 ジャックはそう言って苦笑いを浮かべた。


 エミリアに午後の授業を聞いたところ、私が1年時に受けたと話したこともあって『調理』の授業を選択していた。そしてそれが、偶然ギルと(かぶ)っていた。

 彼は人間を知るにはまずは食事からだろうとその授業を選んでいたようだ。ジャックも知らなかったらしく、「それなら一緒に行ってこい」と嬉々(きき)としてギルの背中を叩いていた。


 いきなり一緒に授業を受けるなんて大丈夫だろうかと思ったが、ジャックはギルを信頼しているらしい。彼は3人の中で(もっと)も真面目で世話好きなのだという。

 使用人がいなくなった城で料理を担当していたのも、ほとんど彼だったそうだ。


――そういえば、エミリアは料理をしたことがあるんだろうか。


 食事に関心がなさそうだったし、お菓子も学園に入ってから初めて口にしたと言っていた気がする。

 なんとなく別の不安が出てきたところで、ジャックが「しかし」と呟いた。


「こう上手くいくと逆に怖ぇな。もしかして、ゲームの強制力ってやつなのか?」

「……ヒロインと攻略対象が出会いやすいというのは、あるかもしれない」


 去年のことを思い出す。学園はかなり広いはずなのに、私も他のみんなも頻繁(ひんぱん)にルーシーと出会っていた。

 中には彼女が意図的に動いていた部分もあるかもしれないが、ゲームのように誰がどこにいるか分かるわけではない。狙って出会うのは簡単ではないだろう。


 先程の食堂でもエミリアとギルは偶然出会い、その上偶然同じ授業を選んでいた。こうなってくると、もうどこまでが『偶然』なのか分からない。


 それを聞いて、ジャックは頭を押さえた。


「ってことは、俺が入学しなければ自動的にギルルートに限られてたのか?」

「どうだろう。去年はヒロインも転生者だったから、あまり参考にならないな」

「そうか……今更言っても仕方ねぇか。いい感じに進んでるから良しとしよう」


 そこで別館の入り口に差し掛かる。私はこれから専門授業を受けに行かなければならない。ギルはエミリアと一緒に調理の授業を受けるはずだが、もう1人の魔族である彼はどうするんだろう。

 尋ねると、ジャックはすっと親指を立てて(ほこ)らしげな顔をした。


「もちろん俺は魔道具関係の授業を選択してるぜ。単純に人間界の魔道具にも興味があるし、先輩としてカロリーナが教えてくれることもあるからな」

「ぶれないな。君は臨時入学だから1年生と同じ授業しか選べないはずだが」

「ああ。だから必修以外はだいたい全学年合同のやつを選んでる」


 授業を選ぶって大学を思い出すよな、と楽しそうな彼を見て苦笑する。すでに乙女ゲームは始まっているはずだが、あれこれ悩んでいた去年の私とはまったく違う。同じ攻略対象として、その楽観的な姿勢は素直にうらやましい。


 私は実際その場面になってようやくゲームの記憶を思い出すことがあった。ジャックも今は忘れていたとしても、このままストーリーが進んでいけばいずれエンディングを思い出すだろう。

 その時手遅れにならないために、今は少しでもハッピーエンドに近付く努力をしておかなければならない。


 ただし、時間は有限だ。この学園で私たちが共にいられるのはあと1年しかない。どんなエンディングを迎えても、卒業後はみんなバラバラになってしまう。

 ギルとエミリアの仲を深めるのも大事だが、ハッピーエンドを目指す以上、できることなら『みんな』に幸せになってほしい。


「……君の気持ちがカロリーナに届くといいな」


 乙女ゲームの本編には関係ない。しかし、後回しにするような時間もない。

 ジャックは少しだけ目を丸くして、「そうだな」と照れたように笑った。




===




 そして、翌日。寮の食堂でライアン、アンディーと共に朝食を取っていると、突然近くの席で大きな声が上がった。1年の男子生徒数人が集まっているらしく、慌てて周りに「すみません」と頭を下げている。

 ライアン達と顔を見合わせ、こっそり会話に耳をませる。男子生徒たちは声を落とすこともなく話し続けていた。


「本当に同じ材料を使ってたのか? それで何故そんなものが出来上がるんだよ」

「本当なんだって。結局俺たちの班は紅茶しか飲んでない」

「そのホワイト様が作ったケーキは? いや、ケーキって言っていいのか?」

「誰も食べないからって、同じ班のレイヴンが青い顔をして食べていたよ」


 そこで再び「ええ?」「すごいな」と声が上がる。さすがに他の生徒たちから注意され、彼らは慌てて口をつぐんだ。


 話を聞いていたアンディーは不思議そうな顔をして首を傾げる。


「調理の授業について話していたみたいですね」

「レイヴンって昨日アレンと一緒にいた臨時入学の生徒だよな? どっちか分からないけど」

「……おそらく、ギルの方だ」


 ライアンの問いに返しながら苦笑してしまう。話を聞く限り、どうやらエミリアは料理が苦手だったらしい。実際に見ていないから分からないが、(うわさ)されるほどなのだろうか。


――でも、ギルは食べてくれたんだな。


 エミリアが無理やり食べさせるとは思えない。ジャックが言っていた『世話好き』という言葉が頭に浮かぶ。これが世話に含まれるかは分からないが、ほぼ初対面だというのに彼は優しさで動いてくれたんだろう。

 魔族の3人は授業が終わると魔界に帰るため、寮の食堂で会うことはない。ギルがお腹を壊してないといいなと思っていると、近付いてくる人影が見えた。


「おはよう。僕も一緒にいいかな」

「セシル。おはよう、もちろんだ」


 彼はにっこり微笑んで隣の席に腰を下ろした。すぐにメイドが食事を用意し、毒味を済ませて彼の前に並べる。

 3年である私たちはその光景も見慣れているが、1年生からすると気になってしまうようだ。ちらちらと視線を向けられているセシルは特に気にした様子もなく、こちらに顔を向けた。


「そういえばカロリーナの報告書に書かれていたけれど、アレンが食堂で水を掛けられたというのは本当なのかい?」

「ああ、それは……」


 掛けられたというより自ら被ってしまっただけだが、私が答える前にライアンとアンディーが頷いた。それを見て、セシルは心配そうな顔をする。


「今回は水だったからよかったけど、紅茶だったら火傷をしていたかもしれない。アレンは時々1人で飛び出してしまうから、できるだけ無茶をしないでほしいな」

「……すまない。気を付ける」


 心配しすぎな気もしたが、彼の言うことも間違いではない。ここは素直に受け取っておくことにする。

 一応、報告書にはしっかり詳細を書いてくれていたはずだ。イザベラがエミリアに水を掛けようとしていたところに私が偶然入ってしまったのだと。


――だから心配する相手は私ではなく、エミリアだと思うんだが。


 生徒会長であるセシルがおらず私も当事者だったため、イザベラには騒ぎを聞いた先生方から注意があったらしい。

 ブランストーン家は公爵家だから先生の身分によっては聞き流されているかもしれないが、それ以降彼女もその周りも大人しくしているようだ。


 イザベラに目を付けられていたエミリアも気になるが、今は攻略対象であるジャックやギルが学園にいる。完全に落ち着いたわけではなくても、私がそこまで警戒する必要はないかもしれない。


『私はいつまでもお優しいクールソン様をお(した)いしております』


 ふと、以前イザベラから受け取った手紙を思い出す。結局あれはどういう意味だったんだろう。

 彼女も学園には婚約者を探しに来ているはずだ。1度断った私ではなく、他の相手に気持ちを切り替えた方がいいのではないだろうか。


 もしや正しく伝わっていないのかと不安になったところで、セシルが言った。


「食堂の件で、イザベラからアレンに直接謝罪はあったのかい?」

「え? ……いや、言われてみればないな」


 食堂で会ったのは先週だが、今週は魔族のこともあって忙しかった。放課後は学園長室や生徒会室にいることが多かったし、18時の鐘と同時に寮へ戻っていた。

 もし彼女が私に会おうと思っても難しかっただろう。手紙で1度やり取りをしていたから、正直あまり気にしていなかったというのもある。


 改めて考えれば、彼女の行いは生徒会を通して学園長まで伝わってしまっている。あれだけ大勢の生徒の前で起こったことだから、噂にもなっているだろう。

 貴族として家名を傷付けないために謝罪の証拠(しょうこ)を残すこともあるが、手紙にも特にその記述はなかった。


 それなら、とアンディーが口を開く。


「近いうちに声を掛けられるかもしれませんね。謝らずに済むとは思っていないでしょうから、彼女もクールソン様を探しているかも」


 彼の言葉に、ライアンも同意するように頷いた。


「アレンは最近ずっと忙しそうだもんな。寮に戻ってくるのも遅いし」

「短期間に生徒会の仕事が増えたからな。しばらくすれば落ち着くだろう」


 エミリアが入学した次の週に魔族が入学するなんて。もし最初からホリラバに続編があると知っていたとしても、さすがに想像できなかったはずだ。

 しばらくして彼らが学園生活に慣れれば、その後は時々乙女ゲームのサポートをするだけで済むようになるだろう。私はあくまで『前作』の攻略対象なのだから。


――それまでは、生徒会としてできることをやろう。


 彼らに困っていることがないか聞いてみようかと考えていると、セシルがちらりと横目で私を見た。


「アレン、生徒会役員は君だけではないからね。しばらく視察は入らないから僕もいるし、カロリーナもいる。手伝ってくれる生徒も多いだろう。全て1人でやろうとしないで、誰かに任せられることはちゃんと任せてくれ」

「ああ、分かっている」

「……そうかい? それならいいんだけど」


 彼はそう言って苦笑した。何故か目の前の席に座っているアンディーとライアンも苦笑いを浮かべている気がして、首を傾げる。


 食事が終わり、全員で寮を出て校舎へ向かう。今日は午前中に交流系の授業しか選べなかったため、私は生徒会として見回りをするつもりだった。

 午後はいつも通り、宰相さいしょうに関わる専門授業を受けることにしている。


 もうジャック達は人間界(こっち)に来ているんだろうかと頭を捻る。できれば午前中に彼らの様子を見ておきたいし、エミリアが無事に教室へ辿り付けるかも気になる。

 またギルと一緒であれば安心できるのだが、生徒会室で確認しなければ彼らがどの授業を選んでいるかは分からない。


 学園内の見回りを他の生徒に頼む手もあるが、どこかで乙女ゲームのイベントが発生するかもしれない。無関係の生徒が巻き込まれるくらいなら私が動いた方がいいだろう。……と、そこまで考えてハッとする。


――セシルが言っていたのはこういうことか。


 先程1人でやるなと言われたばかりなのに。つい余計なことまで考えてしまうせいで、無意識のうちに誰かに任せるのを躊躇(ためら)っていたようだ。

 去年もあちこちで乙女ゲームのイベントが起こっていたはずだが、他の生徒が巻き込まれたのは共通イベントくらいだった。共通イベントがほとんどないという続編では、見回りをしているだけで巻き込まれる可能性は低いかもしれない。


 廊下の角でライアン、アンディーと別れ、セシルと共に階段を上る。セシルは4階で授業を受ける予定らしい。

 彼の話に相槌(あいづち)を打ちながら、頭の端で別のことを考える。


 噂が立つことを考えると、他の男子生徒をエミリアと関わらせるのはあまり良くないだろう。かといって女子生徒ではイザベラの時のようになりかねない。

 それならやはり私が見回りに向かうしかないか。いや、それではさっきと変わってない。その前に生徒会室で選択授業を調べる時間はあるだろうか。書類の整理も残っていたはずだが、自分で書いた報告書までセシルたちに任せるわけには……。


 そんなことを考えていたせいで、つい生徒会室のある階を通り過ぎてさらに上へ向かう階段に足をかける。それを見ていたセシルが隣で小さく笑った。


「アレン、考えに集中しすぎだよ。そんなに人に任せることが難しいのかい?」


 その言葉に目を丸くする。考えていたことが口に出ていたのだろうか。セシルにはお見通しかと息をついて、彼に顔を向ける。


「さすがだな、君は」

「君の負担を減らせたらと思ったんだけど、そこまで悩むとは思わなかったな。今考えていたことを、僕に任せてくれてもいいんだよ?」

「セシルの方が忙しいだろう。でも……、そうだな」


 確かに彼の言う通り、全て1人でやる必要はない。エミリアだけならまだなんとかなったが、魔族も入学した今、私1人では手が足りていないのも事実だ。

 生徒会として他の生徒たちのこともあるし、自分の勉強も(おろそ)かにはできない。


――どちらも私が手引きしたようなものだから、私がなんとかしなければならないと思っていたが……。


 誰にも任せないとそれはそれでみんなのことを信頼していないような気がする。それに学園長と生徒会を巻き込んでいる時点で、もはや私だけの問題ではない。

 ホリラバの続編も気になるが、前作の攻略対象はゲーム本編には出てこない。必要以上に首を突っ込んで話をややこしくする方がよくないだろう。


 私は私にしかできないことを優先して、今まで1人でやっていた見回りは協力してくれる生徒たちにも頼んでみよう。そう考え、改めてセシルに向き直る。


「やることが多い時は、できるだけ分担することにする」

「そうだね。それがいいよ」


 彼はにっこりと笑うと、「君に頼られるのは嬉しいからね」と付け足した。

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